暴け、涙

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結局のところ、無料配布は これの1冊になりました...。

際どいとこあるけど前年齢って言い張る!!!

その手のシーンないんだもん!!!

 

一狩り行こうぜ、があまりに長くなりすぎた為無料配布のページどころでなくなったためです...orz

 

180cmの花嫁-Dear my prince-の続きである180cmの花嫁-king of kitchen-もするはずが、一狩り行こうぜで全て狂いました...。

後悔はしている!!!

 

さて。

こちらでこっそり予告です。

7月は新刊2冊でるはず、多分w

 

1冊は表紙も確定してますので、出なかったら私は土下寝どころではすまされません...。

がんばりま...す...

 

 

 

そして。

気付いた方がいらっしゃるかもしれませんが、基本こちらのほうが先だったりします。

だって本サイトだものw

週末は必ず相手の為に時間を取る。
見晴らしのいいリストランテをリザーブするのは当たり前。
そのついでとは何だが、ホテルの手配もしておく。
迎えに行くときは必ず愛車のNSXで。
エスコートするように車に乗せるのは絶対だ。
車内の音楽がクラシックなのはちょっとしたギャップの演出。
短いけれど、ドライブと洒落込むのも喜ばれる。
美味しい夕食を食べ、会話を弾ませる。
このとき、ささやかなプレゼントを忘れてはいけない。
あくまでも相手の為というアピールが必要だ。
食事の後に手配したホテルへと向かうが、さり気なく相手の様子を気遣っておく。
そうして、相手と一晩を過ごす。
翌朝はすぐに別れ、翌週に同じことを繰り返す。
このテンプレート的なデートコースを、スマートにスタイリッシュにこなすのがバーナビー・ブルックスJr.という男だった。

 

そのテンプレートな行動をしなくなったのはついニヶ月程前に遡る。
半ば冗談で零した意地の悪い提案に。
何故か相棒である鏑木・T・虎徹が乗ってきたからだ。
『キスでもしてみますか?』
自分でもその提案をした理由はよく覚えていない。
ただの酒の勢いに乗せた冗談だったはずだ。
だが、その行為に彼は己の想いを雄弁に語らせた。

少し空いた間の後に、彼は掠れた声を上げた。
「は?何言ってンだよ、バニー...?」
疑問符をいくつも浮かべたような顔の彼を見ながら、扇情的に己の唇を舐めてみせた。
僕の薄い唇に赤い舌が這うのを見て、彼はどんな顔をするのだろう。
何かを彷彿とさせるその光景に、彼は想定していた以上の表情を見せてくれた。
怯えと羞恥の入り混じったその表情に、僕の喉がごくりと鳴る。
妖艶な微笑みを見せ付けて顔を近付ければ、息を飲み込む音をさせて彼は顔を逸らす。
「ただの冗談ですよ。」
追い討ちをかけるように甘く、低く囁いてみれば。
彼が確かめようと、目尻の下がった情けない瞳をこちらに向けてくる。
僅かの距離しかないのに、顔を上げるなんて馬鹿な人。
冗談だと言って、ここまで迫ってるのに何もされないと思うなんて愚かな人。
無防備に開いた唇を奪ってやった。
吸い上げるように、下唇を食んでやる。
ちゅぅ、とわざと音をさせると柔らかな唇が震えた。
ぺろりと唇を舐め、薄く開いた隙間に舌を差し込む。
驚愕して動けないのか、舌を差し込んでも反応が返る気配はない。
目を開けて、彼の琥珀色をした瞳に視線を絡める。
と。
現実に引き戻されたのか、一気に琥珀色の瞳が水気を帯びて潤んだ。
照明の光を反射させ、まるで本物の宝石であるかのように透き通った艶が宿る。
彼はふと目を細めて、頬に朱を差した。
そして、差し込んでいた僕の舌に己の舌を絡めてきた。
最初は大丈夫かと確認するように。
舌先でちろちろとお互いを舐め合い、意思を確認する。
拒否の気配がないのなら、と彼の舌を絡めるように動いた。
突然のことに彼は一瞬引くが、僕はもうそれをさせない。
彼の唇を塞ぎ、呼吸を奪うように食いつく。
強引に奥まで舌を入れ、彼の舌を引き摺り出す。
蕩けたような口内は、僕の舌を熱く焼いた。
彼の舌を僕の口の中へ導き、思い切り吸い上げる。
混ざった唾液を飲み込み、甘く彼の舌を噛む。
再び、僕の舌は彼の口内へ。
今度は行為そのものを連想させるような動きを。
奥へと入り込み、彼の舌を舐め上げては引いていく。
僕の舌を迎え入れる度、彼の舌も絡むように舐めてきた。
まるで、己の中がそうであることを主張するように。
それならば、と。
僕は彼を抱いた。

今でも、彼の蕩けた顔を鮮明に思い出せる。
むしろ好都合だったのだ。
バーナビーには特定のパートナーがいない。
体の関係だけ、それだけを求めているのだがパートナー達はこぞってそれ以上を求めるようになる。
だからいつも、その気配を見せたら早々に別れを切り出す。
中には危険な人物もいたが。
社会的に制裁を加えれば、皆大人しくなった。
それでも、"煩わしい"とさえ思うようになった。
そのときに冗談にした行為で、相棒である鏑木・T・虎徹がバーナビーに想いを伝えてきたのは本当に都合が良かった。
彼は大前提で相棒という立場にある。
ビジネスにおいてのパートナーだ。
つまり、バーナビーが求める以上のものを、彼も求めない。
どう足掻いても、彼とバーナビーでその関係が知られてしまうとお互いのスキャンダルとなる。
貞操観念の固い彼のことだから、そんなことになることに人一倍慎重にもなるだろう。
常に一緒にいても【仲の良いバディ】とされるのも都合がいい。
二人で飲みに出ても、誰も不思議には思わないだろうしアピールにもなる。
鏑木・T・虎徹はバーナビーにとってこれ以上ないほどの優良物件だったのだ。
なのに。
なのに、やはり"煩わしい"と思ってしまった。
最初はテンプレートなデートコースを。
今まで連れ出した相手は誰もが喜んだのに、彼は「ありがとう」と零すだけで喜んではいなかった。
それでもと思って彼の為にと割いた時間で何がしたいかと問えば。
「バニーの家でゆっくり飲みたい。」
何をするでもなく、ただそれだけ。
バーナビーが求めている関係が体の関係だから最後には彼は組み敷かれる。
テンプレートのデートコースだって実はその行為の代償だ。
ささやかなプレゼントだってそうだ。
バーナビーの性欲の処理に付き合ってもらうだけの報酬なのだ。
なのに、彼は何も求めてこない。
体の関係がある、とマスコミに流しても傷付くのはお互いだし。
だからといって、男にとってはこの屈辱なはずの行為を肯定しているはずはないだろう。
さりげなく、何度も何度も彼が欲しがっているものをバーナビーは探した。
だが、彼が求めているものは何処にも見当たらない。
必死で取り繕うように彼の欲しがっているものを探す自分に嫌気が差した。
何を媚びているんだ、と思い返せば煩わしくなった。
だから、別れを切り出した。

「今日でこの関係、終わりにしましょう。」

 

顔色一つ変えもせず、彼は言った。
「んぁ、そうだな。」
いつでも終わる関係というのを正しく理解してくれていたようだ。
だから、バーナビーは盛大に安心した。
追い縋ってくるほど彼は自分を空っぽに出来ない人だ。
だが。
そう理解してくれているのはありがたいはずだが。
それだけの関係としか認識して貰えてなかったのかと思う自分に、引いた。
彼に別れを切り出して一週間。
バーナビーの周囲は平和そのものだった。
別れ話を蒸し返して追い縋るでもなし。
気まずくなってギクシャクするでもなし。
冗談を言う前に、何の前触れもなく戻った気分だ。
それで良かったんだと思う反面。
鏑木・T・虎徹が怖いと思うこともある。
そう、バーナビーは彼に正当だと思える報酬を支払っていない。
その取り立てが何時なのか。
そう思うと何故か心臓が締め付けられるように苦しい。
彼が温厚で優しい性格だということはよく知っている。
コミカルにくるくると表情を変え、自分の心配よりまず他人の心配をする。
それが、バーナビーの相棒の為人である。
その性格に付け込んだとは言いたくないが、この関係はそれ以上のものを彼にさせている。
考えても、考えても答えは出ない。
彼が欲しいものを今更でも渡せば、この恐怖は消えるだろうか。
薄暗い自分の部屋に沈み込んでバーナビーは考える。
だが、やはり答えは出ない。
考えても始まらないとそう思うと現実に戻る。
週末だというのに相手がいない為にバーナビーは忘れていた。
普段なら、相手と共に夕食を食べ終えている時間だ。
近くのデリにでも行って夜食を入手しよう。
いつの間にか彼が作ってくれたいつかのサラダの味を思い出して、バーナビーは頭を振る。
ジャケットを再び羽織り、玄関を出てエレベーターに飛び乗る。
豪華な食事より、手作りの食事が今は欲しい。
エントランスを抜けがけにコンシェルジュが「いってらっしゃいませ」と声を掛けてくる。
それを横柄に頭を下げつつ外に出た。
春先の暖かい風が、纏わりついてくるが。
それが、誰でもない風だということにバーナビーの感情が沈んだ。
一人で過ごす週末があまりに久し振りすぎて人恋しいだけ。
この時間帯でも暖かな食事を提供してくれるデリを目指して、バーナビーは進んだ。

ゴールドの中でも、バーナビーの住む部屋の周囲はデリが比較的多い。
その中の一軒を選ばなければならないが、バーナビーは何処にするか迷っていた。
好きなものを食べればいい話だが、なかなかに考えがまとまらない。
思い返せば、彼がバーナビーの好きなものを全て覚えていて。
バーナビーが何かを言う前に、好物を買っていてくれた。
トマトベースのスープで煮込んだロールキャベツが美味しかったように思う。
あの店は何処だったかと思い出そうとして、立ち止まる。
その先の光景に。
バーナビーの体の中が一瞬で冷え上がった。
何でここにいるんだ。
そう言ったとしても彼の意思でいるのだろうし、今のバーナビーには関係のないことだろう。
ここは紛れもなくゴールドステージの一角だ。
給料の安さに嘆く彼が、この辺りで飲むことはないはずだ。
自宅近くであれば、彼でも飲める酒場は多いはず。
なのに、何故この一角で?
バーナビーの中の疑問は尽きない。
そして、彼の隣に並んで歩いている人物。
バーナビーが間違うはずはない。
彼の隣にいる人物は、ユーリ・ペトロフ管理官。
ヒーローの管理官を専任されている人物と鏑木・T・虎徹。
取り合わせとしてはありえないように思う。
だが、彼のキャリアを考えると実はバーナビーよりその人物のほうが付き合いは長いだろう。
指先に感覚がない。
別れを切り出してすぐに、だ。
もう、新しい男の影を見せるのか、と心の中で詰る。
別れを切り出したのはバーナビーのはずなのだが。
固い貞操観念を匂わせておいての所業だと思うと、腸が煮え返る。
ギリ、と奥歯を噛み締め感覚のない指先で拳を握る。
即座に踵を返し、大股で元のルートを辿る。
エントランスへと進めば、コンシェルジュが「おかえりなさいませ」。
だが、バーナビーにはそれすらも気に入らない。
かなりの上の階に留まるエレベーターに舌打ちして非常用階段への通路を抜ける。
だん、だん、だん、と派手な音をさせて地下の駐車場へ。
ポケットに入れていた車のキーを乱暴に差し込んで、ドアを開ける。
誰の匂いもしない車内は冷たい空気しか流れていない。
初めてこの車に乗せたとき、畏まって小さくなっていたのは誰だったか。
キーを回しエンジンをかけると。
アクセルを踏み込んで急発進させる。
許せない、と思う理由を探す気はなかった。
ゴールドからブロンズへ抜ける道を一気に走り、虎徹の家へと向かう。
管理官と過ごすのは夜だけなのだろうか。
そう思うと凶暴な怒りが、バーナビーの中で沸きあがった。
彼に貰った自宅の合鍵が、車のキーの下で揺れている。
彼が、管理官に組み敷かれていることを想像して嫌なものを見たというように顔を歪めた。
恐らく酷い顔をして運転しているに違いない。
だが、全て彼の所為だ。
彼の家で二人でよろしくやっているであろう時間を、邪魔してやりたい。
乱暴にギアチェンジして、ハイウェイを走るスピードを更に上げた。

 

彼の家までだと車では飛ばしても四十分はかかる。
四十分あれば電車ならば楽に帰れる時間だ。
それを思うとバーナビーの気は急いた。
どう詰ってやろう。
振られたばかりなのに、もう男に尻を差し出す淫乱とでも言ってやろうか。
それとも、先週まで僕のものだったと冷ややかに言ってやったほうがいいか。
車を彼の車の真後ろに停めて、部屋を見る。
明かりは点いていない。
帰ってすぐにでも互いを貪っているのだろうか。
余計に腹が立って、ドアを蹴破りたくなる。
それでもいいが、彼の青褪める顔が見たい。
静かに入って、冷ややかに見下してやろう。
淫乱にはそれがお似合いだ。
彼の家のドアのキーを探り当て、静かに回す。
鍵の開く手応えがあって、バーナビーは静かにノブを回した。
テラスハウスの有難いところで、近所迷惑になる軋みはない。
暗がりに体を押し込み、家の中へと入った。
中から聞こえてきたのはシャワーの音。
そういえば、その行為の前は執拗に体を洗いたがった。
そのクセは抜けないと見えて、シャワールームににじり寄った。
小さなシャワールームだ。
成人男性二人が入るには狭すぎる。
じゃあ、管理官は一緒ではないということか。
そう気付けば安心している自分がいる。
彼に、酷いことを言わずにすんだと安心している自分がいる。
静かに。
静かに、シャワールームのドアに手を掛けた。
そうして、微かに聞こえてきた彼の声に、バーナビーは動きを止めた。
降り注ぐシャワーの水音でかき消される程の微かな声。
それは、彼の嗚咽だった。
噛み殺したような、震える泣き声。
寂しい、寂しいと彼は。
指先が震えて制御が効かない。
かたん、とシャワールームのドアを開ける。
勝手に開いたドアに驚いて、彼はバーナビーの方に振り返った。
ぞっとした。
泣き腫らした瞳が、青褪めてバーナビーを見ている。
先程まで青褪める顔が見たいと思っていたのに。
実物を見たら、そんな馬鹿なことをどうして考えたのかと思ってしまう。
「...なんで...。」
掠れた声が、恐怖に揺れていた。
「何しに...来た...。」
他の男を銜え込んでいる、というただの妄想でここに来た。
だが男の気配など一切なく、明らかに泣いていたであろう顔を晒されては。
バーナビーの意思が嘘を吐くことを躊躇わせた。
「...管理官と、飲んでいたでしょう。」
そんなこと、彼の自由だ。
彼を手放して自由にしたのはバーナビーだ。
「ンだよ...おめぇにゃ、カンケーねぇことだ...。」
彼の言う通りだった。
今のバーナビーはビジネスのパートナーである以外は何者でもない。
ぐず、と彼は泣いていたことを誤魔化すに鼻を啜る。
零れ落ちた涙はどれだけだろう。
もう触れられることが出来なくなって、理解することがある。
「関係あります。」
誰が、それを止められる?
寂しい、寂しいと訴える彼は。
「貴方が、いつまでもずっと泣いているからッ!!!」
他人に笑顔ばかり寄越して、影で一人で声も涙もなく泣いている。
それに気付いてしまった。
一緒にいる時間が長すぎてそれに気付いてしまった。
「な、俺がいつ...泣いたよ?」
泣いた覚えはないと彼は言う。
だが、バーナビーはもう知っている。
「泣いてるじゃないですか!!!いつもいつもッ!!!」
寂しい、寂しいと彼は訴えて泣いているのだ。
だから、何度も何度も彼が欲しいものを探した。
彼の涙を止めたくて、必死になって探し回った。
それでも何処にもなかったのだ、彼が一番欲しがっているものが。
「虎徹、さん...あなたの欲しいものって...一体何ですか...?」
搾り出すようにバーナビーは虎徹に問い質す。
「...俺の...欲しい、もの?」
バーナビーに訊かれて初めて彼は、その視線を上げた。
泣き腫らした目元が赤く痛々しい。
「...だったら...。」
枯れて震える声がバーナビーに語りかける。
「だったら...怒らないで、俺の名前を呼んで?」
じわり、と彼の目尻に涙が溜まる。
「...俺に、優しく触れて?」
無理矢理笑おうとして、彼の笑顔が失敗する。
「少しでいいから、俺を見て?」
ぱたり、と音をさせて彼は泣いた。
初めて彼が涙を零しているのを見た気がする。
「...あ...虎徹、さん。」
彼の言葉にバーナビーは愕然としていた。
彼の欲しいもの。
それは、バーナビーだけにしか出来ない行為だった。
「虎徹さん。」
丁寧に彼と視線を絡める。
震えの止まらない指先で、彼の頬を辿る。
その感触に目を細めて、彼は嬉しそうに笑った。
それは、まるで、花が咲くように。
たったこれだけのことで、彼は涙を流すことを一瞬でも止めた。
こんな、日常の些細な触れ合いなだけで。
「...ありがとう、バーナビー。」
彼の震える声に、バーナビーが見たことのない感情が乗った。
素直に嬉しいと伝えてくる感情。
彼からのそれを、バーナビーはもうすでに失っていた。
「虎徹さんッ...。」
今頃になって気付いてしまった。
どうして、必死で彼の欲しがるものを探したのか。
どうして、彼の見せない涙を止めたかったのか。
偏にそれは、彼に笑って欲しかったからだ。
心の底からの笑顔をバーナビーだけに見せて欲しかったからだ。
縋るように、バーナビーは彼に近付く。
だが。
「...出て行け。」
そうして、搾り出された悲痛な声は。
バーナビーを拒絶していることに間違いない。
その一言に、バーナビーは頭を殴られたような衝撃を感じてしまった。
別れを切り出したのは自分なのに、縋ろうとした。
それを彼は見抜いて、バーナビーを拒絶したのだ。
「出て行ってくれ。」
もう、何も残っていない。
彼の温もりも、優しさも。
そして一番欲しかったはずの笑顔を奪ってしまった。
力なく引き下がる。
ふらふらとバーナビーは後ろへ進む一歩を踏み出した。
「...。」
声は出せなかった。
心の中は叫びで一杯なのに、声が出せない。
何度も、何度も彼の名前を呼ぶ。
伝わるはずはないと解かっていても叫ばずにはいられない。

好きなんです。
愛してるんです。
貴方の涙を止めたかったんです。

今更そんなことを言って何になるだろう。
大馬鹿な自分は今すぐ消えてしまえ。
失ってから気付くなんて、本当にどうかしている。
バーナビーの足は後ろへと下がり続け、そしてシャワールームの扉が閉じられる。
彼の影がその場に沈み込むのが見えた。
拒絶の意志を示した彼にどうして縋ることが出来るだろう。
彼の匂いがする、部屋に一瞬顔を向ける。
数度だけこの部屋へ泊まった。
その度に、彼は存分にバーナビーを甘やかしてくれた。
朝の弱いバーナビーのために、美味しい朝食を用意してくれた。
優しい、彼らしい味だった。
彼は自分が欲しいものを、バーナビーに傾けてくれた。
その、優しさにどっぷり浸かった。
誰一人としてバーナビーにそれを傾けてくれなかったのに。
幼い頃に両親が傾けてくれた愛情にも似た、想い。
何てことだ、とバーナビーの指先が体温を失う。
両親と同じ程の想いを傾けられ、家族を持つ彼に嫉妬していたのかもしれない。
「...僕は...なんて、ことを...。」
彼が何も失っていないとでも?
彼も失っているじゃないか、心から愛した唯一人の女性を。
目を合わせないようにした、写真。
半身を得たように、嬉しそうに笑う彼は。
機嫌のいい虎が笑っているように、綻ぶ様に笑っていた。
「虎徹、さんっ、虎徹さん、虎徹さん、虎徹さん...。」
繰り返し、繰り返し、名を呼ぶ。
拒絶されてもいい。
拒絶されたって構うものか。
シャワールームの扉を乱暴に開け、蹲るように泣いてる彼を覆うように腕に抱く。
未だ流れる少し熱めのシャワーもお構いなしだった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、虎徹さん。」
震えたままの体を小さくして、彼は大人しく腕に抱かれている。
「僕が馬鹿でした。僕が、馬鹿だったんです。」
形振り構っていられなかった。
初めて見た、あの写真に真実の彼の笑顔を見つけた。
それが欲しくて溜まらなかった。
でも、彼が写真のように笑うことはなかった。
彼の心の底からの笑顔を引き出した故人に嫉妬した。
どうして気付かなかったのだろう。
彼が永遠に失ったのだと絶望したものを。
それが彼女でなくても、バーナビーが与えればいいだけだったことを。
「泣かないで、どうか、泣かないでください...。」
冷たくなった裸身を暖めるように、バーナビーは抱き込む。
嗚咽を殺して彼はずっと泣いている。
宥めるように背を摩っていれば、暫くして嗚咽がゆっくりとなった。
「...このままだと、風邪引きますから上がりましょう?」
春先といえどもまだまだ夜は冷える。
ぐずるようにしている彼を立たせて、シャワーのお湯を止める。
予め用意していたらしいバスタオルを手にし、彼の体を包む。
ついでに濡れてしまった自分の衣服を脱ぎ捨て、着るものがないからバーナビーもバスタオルを借りた。
シャワールームから彼を引っ張り出すと、よたよたと覚束ない足取りですぐにソファに座らせる。
この時期にと思うが、体調を崩させることを危惧してエアコンの電源を入れる。
隣に腰を落ち着けても、彼はただじっとしたまま。
水気をしっかり取るように、バスタオルの上から柔らかく叩く。
背中の水気を取りたいからと引き寄せても彼はされるがまま。
言葉も、何もない。
これが彼なりの拒絶なのだと覚悟はしていた。
バーナビーの肩に彼の顎が乗る。
体温だけは貰えるのだと思うと、その許しが酷く安心させる。
「...少し、痩せました?」
触れる体の感触が少しだけ頼りない。
「...ん。」
短い返事が返ってきた。
「すみませんでした。」
一度ならずも二度も彼に失う絶望を突きつけた。
バーナビーは真摯に謝った。
自分も失う絶望を経験をしたからこそ、辛さは知っている。
「......もう、いい。」
長い沈黙のあとの返事。
バーナビーが自惚れていいのであれば、それは。
もう謝らなくてもいいということだろうか。
「虎徹さん...。」
水気を吸い取ってしまったバスタオルはもうゆっくり摩るように触れていた。
「僕はもう、二度と貴方から何も奪わないと誓います。」
濡れた髪を拭き、静かに口付ける。
「だから。もう、寂しいと一人で泣かないで。」
亡くした彼女を悼むように、彼はもう一度だけ泣いた。
寂しい、寂しいと誰にも見せなかった涙を、バーナビーに見せてくれた。
本当は誰かに縋って泣きたかったのだろう。
バーナビーの胸の中で彼は泣いた。
泣き疲れて、眠ってしまうまで彼は泣いた。

バーナビーも泣き疲れて眠った虎徹を腕にして眠った。
ただ、愛しい人が自分の腕の中にいる。
この穏やかな触れ合いこそが、想い合う真髄だと漸く知った。

ずっと、ずっと虎徹さんは寂しい、寂しいと訴え続けて泣いていた。
それをやっと僕が気付いた。
気付いてあげることが出来た。
もし、また、泣くことがあるのかと思うけれど。

そのときは。

暴け、涙-

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