偽れ、笑顔

| コメント(4)

仕事どうしたんだよ。

原稿どうしたんだよ。

 

もう私バカだよね?アホだよね?

今日でこの関係、終わりにしましょう。

ぐさりと刺さるバーナビーの言葉。
それでも、虎徹は耐えてみせた。
「んぁ、そうだな。」
最大限に理性を動因させて。
俺たちのおかしな関係は、いつでも終わるものですよ、と装う。

(―バカだよな、俺)

こんな関係になったのは、酒の勢いと耐えられなくなった重圧の所為。
『キスでもしてみますか?』
冗談で言ったであろう、バーナビーの言葉をいいことに。
虎徹は隠し通すはずの想いをぶつけた。
そう。
バーナビーを愛しているという事実を受け止めきれず、その重圧に屈してしまったのだ。
言葉にはしなかった。
だが、その行動は雄弁に虎徹の想いを語った。
その想いの丈をぶつけられたバーナビーは。
どこか虎徹を見下しながら、虎徹の体を押し開いた。
まるで、都合がいいとでも言うように。
それでも。
虎徹は幸せだった。
甘い睦言も、優しい触れ合いも、柔らかな視線も。
そんなものは一切なかったけれど。
「そんじゃ、お疲れさん。」
オフィスから出て行くバーナビーの背に。
全てにさようならの想いを込めて。
虎徹は手を振った。

いつものバーでいつもの席を陣取っていれば、隣に座る親友の気配がする。
「焼酎ロックで!!!」
虎徹の隣で今度は親友はビールを頼む。
他愛ない会話は、途切れることがない。
この年齢になると。
己の最近を語るより、過去を語るほうが多いのかもしれない。
「あんときのオマエはないよなぁ。」
げらげらと笑いながら、親友の背を叩く。
「仕方ないだろ、抜けなかったんだから!!!」
弄られ気味の親友も、酒に気持ち良く酔っているせいで爆笑している。
今まで続けていた日常が、虎徹に戻ってきた。
失ったものがあるけれど。
刺激があるのは仕事だけでいい。
日常はいつもの穏やかなものでありさえすればいい。
楽しく酒を飲んで。
気持ち良く酔って。
親友と馬鹿な話をして。
それだけで、いいじゃないか。

夜中近くの外の空気に触れて虎徹は家路につく。
春夏秋冬、それぞれの夜の空気は。
虎徹の酔いを緩やかに冷ましてくれる。
自宅近くの公園は。
泥酔してなければ、その季節の変化を楽しませてもくれる。
意識してその変化を楽しんだことはないが。
それでもこの公園に桜の木があるのは、春の夜道の楽しみですらあった。
「もうすぐ、見ごろだよなぁ。」
本数はそこまでない。
だが、春の風の強い日の桜吹雪は。
自宅の帰り道の虎徹にとっては、年に数度の楽しみだった。
花見なんて風習はシュテルンビルトにはないから。
それだけで我慢しているが。
できることなら、あの桜の下で酒でも飲みたいとうずうずしてしまう。
泥酔さえしなければ警察に怒られることもないかと、踏んで。
オフの夜にしてみるか、と虎徹は思うのだった。

テラスハウスの寂しいドアを開け。
誰も居ない部屋に向かって虎徹は言う。
「たーだいま。」
酒瓶とペリエの瓶がいくつも転がった部屋は。
生活感で溢れ返っている。
億劫ではあるがゴミ袋を用意して、そこらじゅうに転がる瓶を拾い集めた。
がちゃん、がちゃんと小うるさい音が部屋に響くと。
ああ、家に戻ってきたのだな、と確認できる。
瓶用のダストボックスにゴミ袋をつっこんで、乱暴に手を洗うと大して食べていないことを思い出した。
冷蔵庫を開ければ最低限のものしかなくて、買い物に行かなかったことを後悔した。
それでも、米のストックはあるから今から炊きつけて風呂にでも入れば遅い夜食はなんとか賄える。
酒も入っているんだし、お茶漬けで充分。
さらりと胃に入れて、さっさと寝てしまおう。
シンプルな自分への提案に、虎徹は納得して米をがしゃがしゃと研ぐ。
最初は濃い白が、だんだんと透明へ。
適当に研ぎ終わって、炊飯器にセットしてスイッチオン。
久しぶりのご飯の味が楽しめそうだ。
ここ最近は、ずっと、バーナビーの家でバーナビーの好きなものを食べていたから。

(こんなに...侵食してたのか...)

タイを外し、ベストを脱ぎ、カッターも脱ぎ捨てる。
トラウザーズと下着を一緒に下ろす頃には、浴室の扉の前。
下着とカッターを手にして洗濯機に突っ込むと、ここでもまたスイッチオン。
春といえども夜はまだ寒く。
虎徹は早々に熱いシャワーを浴びようとカランに手を伸ばした。
「うぉ、つめて!!!」
すぐに暖かくはならないことを失念していて、床に飛び散った水滴の冷たさに震える。
水がお湯に変わるまでの時間。
虎徹はじっとシャワーを見つめていた。

(-コレなら...いいかなぁ...)

じわりと適温になったお湯が、虎徹の足元に届き冷えた体温に痛みを寄り戻す。
そろりと足元からお湯をかけ、ゆっくりとシャワーの位置を心臓に近付ける。
全身冷えていたらしく、適温のはずのお湯が少し熱い。
じわじわと熱が虎徹を暖めていき、虎徹の気を緩ませる。
ざあざあと、お湯を頭にかける。
降りかかったお湯は虎徹の濃茶の髪を濡らし、体へと滑り落ちていく。
そうして。
眦に溜まった水滴が、お湯と一緒に零れ落ちていった。
食いしばって、食いしばって、声だけは抑える。
手が震えているのは寒さの所為じゃない。
冷たい浴室の壁に向かって。
虎徹はただ。
終わったことを確認するように。
離れていったものがどれだけ自分にとって大切だったかを思い知らされる。
いつかは終わらせなければならない関係だった。
それは解っている。
それでも、いくらなんでも。
唐突すぎると思うのは虎徹の我侭なのだろうか?

朝起きたら、オマエがいる、それ以外は望まなかったぞ。
オマエからの欲しいもの、全部我慢したぞ。
飲みに行くのだって控えたじゃねーか。
なぁ、なぁ、なぁ、なんでこんなに突然なんだよ。
なんでイキナリ突き放すんだよ。

ぼたぼたとみっともなく零れる水滴を。
シャワーのお湯は見事に隠してくれる。
虎徹が唯一と本音を自分にだけ曝せる場所は。
この場所しかなかった。
この年齢でそもそも恋愛感情をもったことが失敗だったとは思う。
夢中になる気はなかったが、あまりに長く一緒に居すぎた。
それでも容赦なく明日はやってくると思うと気が重い。
思う存分心の中で本音を叫んだあとは、適当に髪を洗って体を洗う。
いい加減に体を拭いて、惰性でスエットに着替える。
キッチンに向かって茶碗に軽く1杯炊き上がったご飯をよそって。
お茶漬けの素を振りかけて、面倒だと水を入れれば。
カウンターのイスに腰掛けていただきますとざらざらと胃の中へと流し込む。
そして、ごちそうさまと茶碗と箸をシンクにつけて。
滅入る一方の気の所為か。
ふらふらと階段を上ってベッドに潜り込んだ。

(明日なんてこなけりゃいいのに...)

そう願うものの。
眠りの先にあるのは、朝陽と決まっているのだった。

翌日。
いつものようにギリギリに目が覚め。
やっぱり朝はきたのかと悪態をつきながら着替える。
出かける直前に写真の妻と目が合った。
「...バチがあたったよ、友恵。いってきます。」
彼女だけ愛してれば良かった。
それが虎徹の身の丈にあった愛だったのだ。
だから。
いままでみたいに蓋をしよう。
誰かをもう二度と愛さないと自分に誓おう。
ハンチングを目深にかぶり、虎徹は友恵にただいまと小さく呟いた。

どんな顔をして、とも思うが。
結局答えはでないままオフィスの中へ。
「おはようございまーす。」
最大限に平静を装うものの。
本来の相棒に戻った背を見て、奥歯が震える。

(取り乱してる場合じゃないっての)

勇気を振り絞って、いつものように。
経理のおばちゃんが遅刻だという視線を向けてくるのを無視して。
「さて、今日もいっちょ頑張りますか!!!」
にぃぃっと笑ってみせたが巧くいったもんだか。

以前に虎徹の笑顔を。
機嫌のいい虎が笑っていると評した人がいる。
もうその笑顔は2度とできないだろうけど。

ずっと、ずっと、今の笑顔でいればそれが真実になる時がくる。
悲しくて、寂しくて。
それを押さえ込めない笑顔だけれども。
この笑顔がいつか虎徹の笑顔になる。

それまで。

偽れ、笑顔-

拍手する

コメント(4)

(お返事は不要です)
初めてコメントいたします。
いつも楽しみに、読ませていただいています(^^)
特に男同士なのに子供を授かる話が大好きで、「虎徹さん、孕む」シリーズをときどき思い出しては、ニヤニヤしてしまっています(^_^;)
番外編の、看護師さんとお医者さんのシュールな会話は、本当に理系?人間の感覚だなぁと思います。(日常的に手術している方々なので、手術に慣れないとかえってつらいと思います)
前回と今回の作品も、ハッピーばかりではない、ハッピーエンドじゃないけれど、切なくて好きです。
季節の変わり目ですので、どうかお体を大切にしてくださいね(^^)

はじめまして(^^)
孕むシリーズとても面白かったです!

できたらでいいのですが、コチラの話でもハッピーエンドの続編がみてみたいです(><)

あと、私ものすごくチキンな隠れオタクなので、拍手機能なんかをつけてくださるとエールを送りやすくて助かります;☆よかったらでいいのでご検討ください~^^

また更新楽しみにしてます♪

コメントする

2014年11月

            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

最近のコメント