虎徹さん孕む-05-

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 順調にプロットが崩れてまーすw

(笑い事でない。)

 

それはいいんですが、なっかなか長くなってしまったので申し訳ございません。

あと少し。

あと少しでお父さん追いつきます!!!

ふと目覚める。
開け放したベランダから入っくる風はもう夜更けだというのに温かい。
もうすぐ夏か、と思うと随分長い間離れていたような感覚がして寂しさが心の中に蟠った。
『いつも見る夢の所為だ。』
虎徹は、未だに零れる涙を止めようと、右手で両目を塞ぐ。
入院した頃は、その夢を見ても内容を覚えていたことはなかった。
だが、アノー医師の勧めでカルムに引っ越してからというもの。
その夢の内容を僅かだが覚えているようになった。
やがて、鮮明に見てしまい今日に至る。
 
自分が居て、子供たちがいて。
そして、バーナビーがいた...。
 
忘れようと思って忘れたはずだ。
なのに、毎日のように夢を見る。
「忘れられねぇ...てか...。」
開け放したベランダの先には煌々と輝く月。
穏やかな春の宵。
「馬鹿みてぇだな...。」
1部に復帰したバーナビーを見て以降。
虎徹はただ、帰りたいという感覚を持て余している。
 
虎徹が一人の子供を抱え、バーナビーがもう一人の子供を抱えていた。
ふわふわとした優しい感覚だった。
暖かな布団の中で包まれている、そんな幸せ。
それに、なによりも。
バーナビーが、優しく微笑んでいた。
子供を抱く虎徹に向かって。
 
その微笑があまりに欲しくなって、虎徹はいつも無理矢理に目覚めようとした。
バーナビーと今更どうこうなりたいというわけではない。
むしろ、このまま世間からも忘れられるように、虎徹の存在など忘れてしまえばいい。
そうすれば、虎徹だって小さな子供2人抱えて実家に適当な言い訳をしてどこかに就職して家族で暮らしていける。
何度も、何度も、夢を見る度そう思った。
ただ、どんなに虎徹がそう思っても涙だけは止められない。
止められない理由を知ってはいるが、もう決意してしまったのだ。
「明日、診察だっけ...。」
月明かりが酷く優しい。
血の絆さえあるのなら、子供たちはいつか父親に出会うことだろう。
大袈裟なことを考えて、虎徹は再び眠りについた。
 
 
 
携帯の呼び出し音が長く続いた。
やっと出た電話の先の相手はレイノルド看護師長。
「今日、先生は?」
尋ねると午前いっぱいは心臓外科の手術が入っているとのこと。
「じゃ、午後に伺いますんで...はい、えぇ。では。」
付属病院勤務の医師に会うなら、予約を入れればいいが。
研究所勤務のアノー医師は、予約で会えるような医師でなく直接のアポが基本となる。
本来なら、彼女は難易度の高い手術を必要とするような患者でなければ会えない医師であった。
週に1度の診察も慣れ、早めの昼食を済ませると準備にかかる。
といっても、寝巻き兼となっている部屋着から着替え、アノー医師から貰った母子手帳を持って出かけるだけなのだが。
カルムに来てすぐに虎徹の胴回りに変化があった。
その直後の診察で、アノー医師に2人も抱えているんだから、お腹が目立つようになるのは早いだろうと言われた。
タイトなフォーマルの格好を好んだが、虎徹は胴回りを目立たせないために、その頃から大きめの衣服に切り替えている。
たっぷりと余裕のある長袖のTシャツにベルトで絞めなければそのまま落ちていくカーゴパンツ。
40歳手前の男がしないような若い格好となるが背に腹は変えられない。
それに、ざっくりした大きめのパーカーを羽織ってしまうと、どこからどう見ても若い格好をしたおっさんだ。
外に出るときはこの格好が板についた。
それに誤魔化しがきくので、安定期に入ったからと許可を貰ったジム通いでもおかしな格好には見られていない。
無理だけはするな、と念を押されたが大きくなっていくであろうお腹を支えるためにも今まで付けた筋肉を落とさないためにも、アノー医師が快諾してくれたので、毎日のように通っては無理のない範囲で運動している。
さて、と母子手帳をカーゴのポケットに突っ込み鍵を握って外へ出る。
日中の温度はもう暖かいを通り越している。
玄関の鍵をかけたことを確かめ、振り仰げば太陽がかなり近い。
虎徹は目を細めて太陽を見上げた。
今日はいい散歩日和になりそうだった。
 
ホームに入ってきたエスペランサ行きの快速電車に乗り、適当な席を陣取る。
この時間帯の乗客は少ないようで、まばらな人影しか見当たらない。
ポケットに突っ込んでいた母子手帳を取り出し、頁をめくる。
アノー医師がいつも丁寧にエコーの画像を貼り付けてくれているから、子供たちの様子を順を追って見れる。
もうすっかり赤ん坊の姿をしていて、静かに眠っているようだ。
本当はそろそろ胎動を感じても良い頃合だというが、一向にその気配はない。
2人を抱える虎徹が男だからだろうか...。
初めて楓の胎動を感じた友恵が嬉しそうにしていたのを思い出す。
今は亡き妻が感じていたことを、こんなふうに追体験するのも悪くない。
らしくない考えに浸って、長閑に流れていく景色を眺める。
空はくっきりとした青空で、田舎の風景が気持ちがいい。
もうすぐエスペランサ駅の2つ前の駅に入る。
そのときだった。
けたたましい警告音が鳴り、電車が急ブレーキをかける。
通常運行ではあったが快速のためそれなりのスピードが出ていたはずだ。
虎徹も慌てて腹を庇いながら前へと引っ張られる衝撃を耐えた。
警告音は過去に1度だけ聞いたことがあった。
AECと名付けられたそのシステムは、地震の予兆を感知すると全システムの命令を無視しブレーキをかける。
走行中という不安定な中で地震に耐えるよりも、停止中で地震を耐えたほうが被害が少ない為だ。
地震の警告を知らせるアナウンスが即座に入る。
職業柄というのはおかしいが、この警告音をよく覚えていたと思う。
慌てて体を丸めて座席の隙間に入り込んだ。
そして。
どん、という衝撃が下へと落ちたような揺れだった。
かなり長時間揺れていたと思う。
感覚的なものではあるだろうが、揺れは確かに長かった。
ダイヤの乱れも当然出ただろう。
案の定流れたアナウンスは、地震のため大幅に沿線のダイヤが乱れしばらくは動かないというものであった。
揺れの治まった電車内は人々の不安でいっぱいだった。
だが、アナウンスでは動くなという指示だけがされている。
電車は未だに高架橋の上。
通り過ぎる2つの駅も高架橋の上なので、乗客はエスペランサかそれ以降の駅でなければ降ろしてもらえないはずだ。
再び、虎徹は座席に座りなおす。
少しだけ窓を空ければ、春の暖かい風が吹き抜ける。
慌てても仕方ない。
どうせ30分もすれば動き出すだろうと見当をつけて、虎徹は昼寝を決め込んだ。
 
『乗客の皆様、長らくお待たせしてすみません。高架橋に一部崩落が認められましたが復旧作業が完了したとの無線をキャッチしました。』
アナウンスは電車を動かしている運転手のもの。
その声に虎徹は目を覚ます。
もう随分と眠っていたらしい。
時計を見れば2時間は眠っていたことになる。
「今日の診察は無理、か。」
ゆっくり、ゆっくりと電車が動き出す。
30分程度で動くだろうと思っていたが、高架橋の崩落という大きな事故になっていたとは。
その他の電車も乗客を降ろすために、エスペランサや以降の駅に集まっていることだろう。
1つ駅をすぎると、運転手が崩落箇所にさしかかるとのアナウンスを入れた。
そして、そこで信じられない姿を虎徹は確認する。
青で統一された清々しいほどのイメージカラーは見知った少女のもの。
虎徹は慌ててパーカーのフードを目深に被る。
他人を寄せ付けない雰囲気なのはまだ彼女が成熟する前の幼さを隠している背伸びをした年頃であることを物語っていた。
彼女の能力を最大限に使って、完全な崩落を止めたのだろう。
彼女自身をよくあらわす透き通るような清純な色をした氷がそこかしこに巨大な柱となって支えていた。
「...まっさか、こんなところまで...。」
基本シュテルンビルトのヒーローはシュテルンビルト方面で活躍している。
その他の街に出ることのほうが少ない。
エスペランサは大きい街ではあるが都市に入る部類ではなく専属のヒーローはいない。
なんでまたこんなところに、と虎徹は思うが、大きめの地震とあって行政が助けを求めたのだろう。
まさかすんなり、ヒーローの出動になるとは思わない程度の救援だったにちがいない。
見れば、作業員を護衛する形で軽快な動きを見せるもう1人の少女もいる。
遠目から見ても、背が伸びたのは一目瞭然だ。
2人が連携して仕事をしている様は本当に微笑ましい。
フードの奥から覗いた2人の姿に虎徹は微笑む。
2人の傍を電車は通り過ぎ、エスペランサへ向かう。
停まっていた電車が一斉に動き出したためか、エスペランサ駅のホームに入ったのはもう暫らくしてから。
ホームは人でごった返している。
駅員の指示通り、電車から降りた虎徹はいくつかの列に紛れ込んだ。
本来なら、ここからモノレールに乗り換えるのだが、空中を移動する所為か今は停止しているらしい。カルムに戻りたいがこの状況では無理だろうし、エスペランサのホテルでもとって明日の朝診察してもらってから帰るのが一番だろう。
列はかなりゆっくりだが進むには進んでいる。
エスペランサ駅は比較的大きな駅なので、人が捌けるのも早いと思っていたのだが。
整列を促す駅員を捕まえ、尋ねてみたら緊急システムの誤作動で全ての出入口が閉じ非常用としてシステムから切り離されたたった1つの通路でしか外へ出れないことを知った。
仕方ないか、と虎徹は諦め列に従ってゆっくり前に進む。
やがて、列は駅のエントランスに差し掛かる。
向こうのほうで、ファイヤーエンブレムの姿が見えた。
「まさか、全員出動ってねぇよな?」
虎徹はヒヤリと背中に冷たいものが走る。
フードをしっかり被り直し、前を見る。
かなり広い出入り口はシャッターが降ろされ、日の光も入り込めないように閉ざされている。
緊急システムの誤作動と言っていたから、通常のシャッターだけでなく災害を見込んだ防御壁も降りているのだろう。
そうなると、並大抵の努力でも開かない。
例えば、虎徹の持つ"ハンドレットパワー" のような力でない限り。
もし、能力が減退せず5分間保つというなら虎徹も躊躇わずに力を使っただろう。
たった1分間で何処まで開けられるというのだ。
寧ろ、開いた瞬間に能力が切れたら防御壁を虎徹は支えられず潰されるのがオチだろう。
そう考えるとつくづく役に立たなくなったと思う。
「俺なんて、居なくても、か。」
フードのなかでポツリと愚痴を零せば。
人々のどよめきが、虎徹の愚痴を掻き消す。
じわり、と正面の出入り口の壁が僅かに動いた気がした。
ごとんと音がして、床に薄く光が差し込む。
システムの復旧かとも思ったが、スムーズさに欠ける動きが外部の力によるものであることを如実に物語る。
防御壁は高さもあれば幅もある。
それを持ち上げようとする2つの影。
アーミーグリーンの厳つい姿をこんな間近で見たのはいつ以来だろう。
許されるなら、あとで礼を言いたい。
そして。
白とピンクの懐かしい姿を認めて、虎徹は呆然と立ち尽くす。
距離にして、20mもない。
テレビ越しではない、その姿が間近にあることがこんなにも苦しいなんて。
虎徹だけが許されていたその愛称を、声にせずに呼ぶ。
胸が苦しい。
その苦しさに抗えず虎徹はフードの中で泣く。
バニーがこんなにも側にいる。
なのに、もう、触れてはならないと誓った。
「皆さん、もう大丈夫です!!!」
バーナビーの声が響く。
防御壁を支える為の支柱を滑りこませ、バーナビーはマスクを上げる。
笑顔でいるが、営業用スマイルであるのは同僚全員が知っている。
そして、彼の本当の笑顔を知っているのは虎徹だけ。
この先、虎徹以上にバーナビーのことを知る人が現れるだろう。
しなやかな動きで、ダラダラと並んだ列を正面出入り口へ導こうと、バーナビーが虎徹の直ぐ側を過ぎる。
1mもない場所で背を向け、人々の列を誘導していく。
手を伸ばせば触れられる。
だが、触れてどうするのだ。
触れたとしても、その先に待っているのは何だ。
一度だけの抵抗で、何をされたのか忘れたわけではあるまい。
虎徹が触れてはならないと誓った理由。
もう二度と、バーナビーにあの夜のような抱かれ方をされたくない。
ここまで避け続けたのだ。
今、ここで触れれば何をされるかわからない。
虎徹だけであれば話は違うが。
虎徹は今、目の前の男の子供を抱えている。
それ故に、触れてはならないと誓ったのだ。
背を向けていたバーナビーが、虎徹の方へ向く。
バーナビーの存在に夢中になっていた虎徹は指示の声が全く耳に入っていなかった。
バーナビーが前へとの指示を出したその拍子に停滞していた列が動く。
急な移動に慌てて我に返れば、フードを押さえることを怠ってしまいみっともない泣き顔を目の前の男に曝した。
一瞬だけ。
ほんの僅かな瞬間目が合う。
驚いた顔はお互い様だろうが。
バーナビーの唇が、名を呼ぶ。
「虎徹、さん?」
だが、人の列の流れは虎徹を押し流し、咄嗟に流れに逆らわず自分の腹を庇うことを選択した。
「...あ...おっと...」
虎徹はそのまま駅の中を脱出し、一度だけ振り向く。
脱出する人に埋れて、もう姿は見えない。
また、安堵する人の声が一杯で、声も聞こえない。
最後の邂逅。
「お父さん、元気そうだったな?」
パーカーのポケットに手を突っ込みお腹を摩る。
間近で父親の姿を見せられるのは、これが最後だろう。
虎徹は市街地へと足を向ける。
交通も強かに麻痺しているらしい。
ホテルが取れればいいが、と虎徹は杞憂した。
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