病院関係が長かったですが、終わりとなりました。
うえーん眠かったよ~。
あと、プロットになかったの追加しました。
お父さんが1部復帰は完全捏造です。
虎徹さん探すためなら何でもやるという心意気。
同じ夢を何度も見る。
それは酷く優しい夢で、なのに目覚めるといつも虎徹は泣いていた。
そして、肝心の内容を覚えていない。
ただ、優しい感触であることだけは覚えている。
心電図は3日程で外れ、日常生活までなら何の制限もない生活の許可が下りたのが先週。
虎徹は2週間程度は絶対安静でベッドの上にいたことになる。
その間も、アノー医師は虎徹によく尽くしてくれた。
そして、虎徹専属になったレイノルド看護師長も。
秘密厳守を徹底するため、虎徹に実際に関わる者を最低限にするというアノー医師の配慮であった。
1日に最低3回はアノー医師の往診がある。
レイノルドから別の手術があったりと忙しい人と聞いてはいるが、必ず顔を出し虎徹に直接触れその時その時の体調を把握している。
ここまで、虎徹に医師として尽くすのは何か理由があるのでは、と思わせるほどだ。
思い切って虎徹が聞いたら、彼女は快く専門分野を教えてくれた。
【NEXT能力の分野における生殖機能の能力について】
確かに虎徹の症例を研究対象とすると言っていたのだから頷けるものがある。
「うん、産婦人科医じゃないのはその研究に対して外科的なアプローチのほうが大きいからなんだ。」
要約すると、複雑に存在する臓器等に如何にして負担にならないよう妊娠の継続をさせるか、ということらしい。
「鏑木さんの数値、最初の頃は結構なイエローゾーンだったからね。」
からからと笑いながら怖いことを言うが、東洋医学の研究者と相談して出して貰っているという漢方薬を中心にした薬のおかげで今は心配されていた心臓への負担も最低限に抑えられている。
「怖いこと、言わないで下さいよ。」
虎徹も笑って言えるが、ここへ来る前の体調の悪さが嘘の様に消えたのは確かだ。
悪阻だけは引きずったが、個人によって違うものだと教えられれば体調の安定とともに引いていっている。
やがて、アノー医師が定期的に診るエコー検査で虎徹の中の生命がはっきりと見えるようになってきた。
「うん?あ、おぉ?...これは、これは。」
虎徹の場合、現在の週数を求める基準がないためエコー検査で確認できる大きさが頼りとなった。
「鏑木さん...双子だねぇ。」
爆弾発言だった。
「双子...ですか?」
エコーを何度も傾けて確認するアノー医師も、何とも言えない顔をしている。
「うん、双子だ。ほら、ここ見える?」
映し出された映像に、小さく映る2つの生命に印を付ける。
最初、この施設に来たとき虎徹は知らないうちに子供たちと言っていた。
そう思い出して、ラクウェルは虎徹の様子を窺った。
不安の色が出ていた。
だが、以前のような色ではない。
父親を頼りとしない母親の顔だ。
精神的な脆さが肉体に対してダメージを与えるのはよくあることで。
虎徹が訴えていた体調の悪さなどは、十中八九精神的な不安によるものだった。
ふと考えるとラクウェルは、『もう大丈夫』かもしれないという希望を見出す。
何かとリスクの多い多胎妊娠だが、この閉鎖された病院にずっと置いておくよりも。
少しでも以前のように自立した生活をさせたい。
虎徹と子供たちの父親に関して何か言うつもりではないが、少し冷静になる時間もあったほうがいいのかもしれない。
もうすぐ、虎徹の妊娠期間は安定期に突入する。
その安定期に合わせて、転院という形でもっとのんびりできる穏やかな場所に移ることを提案した。
アノー医師曰く、生活のリズムを戻そうとのことだった。
確かに病院にいると、生活のリズムというものが崩れていくようだ。
ここに閉じこもるより、外にも出たい。
欲を言えば、家に帰りたい。
だが、シュテルンビルトへ帰ることは、アノー医師も反対しているし、何よりバーナビーと接触することになりかねないという危惧が虎徹を躊躇わせた。
漠然とした、将来の設計しかなかったがそこにバーナビーは居ない。
だからできる限り、接触は断ちたい。
アノー医師が紹介してくれた転院先は、故郷のオリエンタルランドに近い田舎町カルムの廃病院だった。
1年前までアノー医師の師にあたる医師が経営していたそうだが、残念ながら故人となってしまい設備を残したまま廃病院にしているとのことだった。
特に、虎徹がそこに決めた理由は、ラクウェル・アノーの家ということだった。
彼女曰く、師の葬儀以来帰ってないそうだ。
施設に1ヶ月以上もいれば、主治医の話しは色々と流れていた。
専門分野は異色なものの、外科医としての腕はかなり高いとの評価だった。
そのために、家に帰りたくても帰れない状態が続いているらしい。
この日は、珍しく手術を入れず、虎徹と一緒にその家に向かった。
「寝たきりは、性に合わないんですよ。」
そう零せば、アノー医師はやっぱりと笑った。
それに、2つの生命を抱えた生活だが、産まれたあとのことを考えるときちんとした生活に戻るのは早いに越したことはない。
カルムの町へは、エスペランサから電車で30分。
週に一度の診察は、車より電車のほうが早いと教えられた。
救急車より電車のほうが早いということで、何かあったら電車に乗ってそれを見せればいいから、とアノー医師から施設に従事するNEXTに与えらるPDAを渡される。
「ありがとうございます。」
虎徹はそれを受け取り、右手首に装着する。
未だにそこには。
ヒーローの為のPDAが装着されている。
鳴らなくなったアラームを思うと、アノー医師の手配の大変さが解る。
人の良い穏やかな人物だが、ここまでの徹底ぶりを見せつけられると本当の意味での素顔を想像してしまう。
だが、普段の印象が強くあるらしく、愛嬌のある眼鏡が笑っているぐらいだった。
カルム駅で降り、そのまま徒歩で廃病院へ向かう。
離れているかと思えば、歩いて数分の場所に廃病院があった。
「近くて便利だな。」
スマートフォンで周囲を検索すれば、駅前なので大抵のものが近くにあるといった状況だ。
「鏑木さん、これ。」
玄関でゴソゴソしていたアノー医師が何かを投げてくる。
虎徹は難なくキャッチすると、それは鍵の束だった。
「家の鍵とか、車の鍵。」
雑草がのび放題の庭に隠されているのではないかといったように車が1台。
「え、でも、いいんですか?」
がらがらと庭に面した廊下のガラス戸を開け、換気を促す。
「うん、使ってないから、いいですよ。」
人の気配のなかった廃病院に、光が差し込む。
1年放っておいたから、そこかしこに埃が舞う。
虎徹を中へ招き入れ、受付の奥を通り過ぎると、一般的な屋内があった。
白で統一されたリビングには、白い布を被った家電が揃っている。
よっこいせ、と掛け声を零したアノー医師がブレーカーを上げると薄暗かった室内にライトが灯り一気に明るくなる。
どこからどう見ても一般家庭だ。
「家電は好きに使って下さい。病室より、こっちのほうが使いやすいでしょうし。」
白い布をどければ使い古されたようなテレビや、空調が姿を現す。
キッチンはこっちだと呼ばれ、中へ入れば充分に揃っているらしく久しぶりに病院食でなくチャーハンが食べたいとの欲望が湧き上がる。
あとで、探検しつつ食料を買いに行こう。
自分の好きなことができると思うと虎徹は転院という名の引越しをして正解だと思った。
虎徹に何度も薬を飲むこと、能力を使わないこと、そして無理だけはしないことこれらを念を押してアノー医師は研究所へ帰っていった。
換気を終えようと開け放していた窓を虎徹は閉めにかかる。
久しぶりの普通の生活ができると、虎徹も浮かれている。
生活費についても、研究所専属の弁護士が厳重管理している研究所が新しく作った専用の口座があり、そのカードを貰っている。
2階へと上がり、窓を閉めていく。
一番奥の部屋は、アノー医師の私室だと教えてもらったが、この家に引っ越してきたのは荷物だけという状態と語られたように、荷物の入った箱が3箱並んでいた。
ベランダへ続くガラス戸から、強めの風が入る。
そう言えばもう春爛漫へ差し掛かる季節だった。
己の状況が目まぐるしく変わっていた所為でこんなことも忘れていた。
かたん、と音がして風に倒れた写真立てを虎徹は拾う。
何処かで見たことがあると思わせる風貌の美しい青年の写真だった。
くすんだ金髪の色も見事だが、何より目を引いたのは海を思わせる深いマリンブルーの双眸。
切れ長の自信に満ちた尊大さが、一層の美青年振りを引き立てている。
着ている服は、シュテルンビルト海軍の将校の制服。
勲章は小さくて確認できないが、歴戦の勇士であることは間違いない。
「...どこかで...。」
確かにこの写真を見たことがある。
どこだったか、と思案してみれば。
アノー医師の私室なのだからと、記憶を絞ると虎徹はようやっと思い出した。
研究所のアノー医師の机に飾っていた写真立ての人物だ。
気に止めないようなことだったが、アノー医師の家族というところで兄にあたる人ではないかと見当をつける。
「しっかし、綺麗なお兄さんだなぁ。」
雰囲気が虎徹がよく知る人物に似ている。
その人も、尊大な表情で自信たっぷりに笑って見せる男だ。
時折見せる子供のような表情は虎徹しか知らないだろう。
ゆっくりと思い出せば、2人で過ごした穏やかな時間が懐かしい。
写真立てを風の影響の少ないところへことりと置いて、ガラス戸を閉めて1階へ降りた。
テレビ番組を見るなんて何ヶ月ぶりだろう。
食料を買い込んだ後、家に戻った虎徹は野菜多めのチャーハンを作りそれを食べながら野球中継を眺めていた。
酒が飲めないだけで、好きなことが出来るのだからこの生活は快適とも言える。
野球中継も終わり、夜のバラエティ番組になるが面白そうなものがないかとチャンネルをポツリポツリと変える。
と。
見覚えのある、音と映像が流れて、実際はこんなもんなのか、と虎徹は思った。
The HERO TV
これに自分も出ていたと思うと妙にむず痒い。
皆、元気にしているだろうか、それだけが心配でつい番組に見入ってしまう。
【...シュテルンビルトを守る7人のヒーロー...】
いつものナレーションが遠くに聞こえる。
『あれ、6人じゃ、なかったっけ...。』
俺とバーナビーが辞めて6人になった。
で、また一人増えたのか。
浮かび上がったシルエットを一人一人確認する。
『相変わらず、元気そうだよなぁ、ファイヤーエンブレム。』
『見切れてないで仕事しろよ、折紙。』
『お前がいるから、安心してられるぜ、スカイハイ。』
『最近一人で飲み行ってるのか、ロックバイソン。』
『彼氏の一人でも出来たかよ、ブルーローズ。』
『父ちゃんと母ちゃん心配させんなよ、ドラゴンキッド。』
最後のシルエットに、虎徹は言葉を失くす。
ぱたり、ぱたりと大粒の涙が零れる。
チャンネルを変えよう、そう思うもののリモコンを押す指は動かない。
「あ...ぅ...」
中継画面に切り替わり、ヒーローそれぞれの姿が映し出される。
虎徹は夢中になって、最後に紹介されたヒーローの姿だけを追いかける。
懐かしい姿が、虎徹の記憶と寸分違わずにある。
唯一無二の背中を預けられる相棒。
そして、虎徹が唯1人だけと許した男。
「...ば、にぃ...」
もう2度と、触れないと誓った。
誓ったのだと虎徹は強く己を戒める。
リモコンの電源ボタンを押す。
犯人逮捕に至ったバーナビーの姿も確認せずに、虎徹はその場に泣き崩れた。
現在トップを独走中のバーナビー・ブルックスjr.のヒーローインタヴューは。
「ワイルドタイガー、見ていてくれてますか?僕は、貴方の帰りをいつまでも待っています。」
いつもその言葉で締めくくられるのを、虎徹はまだ知らない。
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