「…………」

長い長い光の階段の前に、この“世界”の管理者は転がっていた。
見るに堪えない、無残な姿で。
そのそばに散らばる『敵役』であった二人も、人形と化した今はまったく怖くない。
クッパとガノンドロフ   彼らは真の意味で、ただの敵役だったのだ。
マスターハンドをも倒した、真の敵。
その手のひらの上で踊らされた、駒の一つ一つに過ぎなかった。

「デデデさん、大丈夫?」
「おう、平気だゾイ。まったく、手加減を知らないヤツは面倒だゾイ」

クッパとの戦闘を終えたデデデを労わるネスが、返事を受けて複雑そうに笑う。
心優しい少年には、元は屋敷に暮らしていた仲間同士で戦うことがつらいのだろうか。
それを言うなら、例えばマリオとクッパなら、
敵同士であることが、そもそも正しいのではあるが。

「まあ、これでこやつもわかっただろう。
 主人のマスターハンドが倒されていたのだからな。
 ワガハイ達は敵ではないこと、真の敵がいること。
 今なら、理解するはずだゾイ。……そんなわけだゾイ、マリオ殿」
「おう。……こいつも本当は、そんなに悪いやつじゃないんだがな」
「……兄さん」

ようやく出会えた兄弟は、落ち着いた様子で頷いた。。
それを見ながらオリマーが、もう一つの人形に目を向ける。

「デデデ殿、こちらはどうする?」
「む……ガノンドロフか。……そうだな……」
「……リンクに……任せて、いいと思う」
「うん。私も、そう思う」

横から口を挟んだピカチュウに、同意したのはサムスだった。

「リンクか……しかし、あやつは無事なのか?」
「無事だよ。間違いない」
「むう。ずいぶん自信があるようだな。根拠もないのに」
「根拠なら、あるよ。
 ……だけどそれは、僕の口からは言えないこと」
「……?」

訝しげに首を傾げるデデデをじっと見上げるピカチュウの瞳は、真剣そのものだ。
二人の不透明な対峙には、再びサムスが、そしてフォックスが割って入った。

「デデデ。ここは、リンクとピカチュウの仲の良さを、信じてあげられないかな」
「俺も、たぶん大丈夫だと思いますよ。
 リンクとピカチュウのことも、それから、リンクの無事も」
「ふむ。……まあいいゾイ。
 どのみち、起こさないなら起こさないで、何も問題はないわけだからな」

なら今は放っておくか、と答えたデデデは、今度はマスターハンドの無事を確かめ始めた。
ピカチュウは、ほっと胸を撫で下ろす。
サムスとフォックスにお礼を言うと、ピカチュウはまわりを見渡した。

終わりの無い闇に、長い長い光の階段。
ピカチュウは、この場所を知っている。一度だけ、来たことがある。
この“世界”がひっくり返った、あの瞬間。
ピカチュウは、この場所に巻き込まれた。だからピカチュウは、この場所を知っている。
それこそが。
今はもう消え失せたあの島で、ダークリンクが言っていたことだ。

「…………」

ピカチュウは、犯人を   真の敵を知っている。
そう、この場所で。
ピカチュウは、真の敵に出会ったのだ。
そして、忘れた。
そして、そして   

「…………」
「……ピカチュウ? 大丈夫か?」
「……ピットさん」

頭をそっと指で撫でられて、ピカチュウは顔を上げる。
闇にも負けないくらい眩く輝く翼を広げて、ピットがピカチュウを見ている。
その後ろには、アイクがいた。
何か言いたげに、じっとピカチュウに視線を向けていた。

「アイクさん。何か用?」
「……。……いや……」
「あいつ、さっきからずっとああなんだよ。ガラじゃねえよな、言いよどむなんて」
「……。お前に、訊きたいことがあるんだがな。
 だが、何か下手なことを言うと、リンクに成敗されかねん」
「なんでそこでリンクが出てくるの。
 訊きたいことがあるなら、訊いてくれて、いいよ」
「いや、だけどな……」

以前リンクに、ピカチュウは美味いのか、などと尋ねてしまった時のことでも思い出したのか、
アイクはいまいち気が進まないらしい。
ピットの不審そうな眼差しを考慮する間でもなく、
ピカチュウには、アイクの本当の訴えくらい、わかっている。
子ども扱いはなんだか腹立たしい気もしたが、そのとおりだから黙っていた。

自身の心に決意して、ピカチュウはぽつりと言う。

「いいよ。本当は、もう、わかってるんだから」
「!」

アイクが、そしてピットが、似たような色の瞳を同時に見開いた。

「……ピカチュウ、それは……」
「サムスさんに聞いたんだったよね? ピットさん。
 僕は、“真の敵”に会って、しかも、そのことを忘れている、って。
 ……思い出したわけじゃないよ、だけど……」

ピカチュウは、ずっとずっと考えていた。この“世界”を、失わないために。
なぜならばこの“世界”には、大切なものがあるからだ。
大切なものをけっして手放さないように、こんなところまでやってきた。

「忘れてしまったのは、僕が忘れたかったから。
 忘れたかったのは、きっと……信じたくなかったから。
 それなら、信じたくなかったのは……。
 僕が、信じたくないことは……」
「…………」
「やっぱりか。
 ……お前は、普段はずいぶん淡白で冷たいが……」

言葉も無いピットの隣で、アイクが傷めた肩を押さえながら呟く。

「実は、とんでもなく仲間思いだろう」
「……。さあ。
 ……アイクさんに、淡白、なんて、言われたくないけどねえ……」

いつもの調子で返して、ピカチュウはうろうろと視線をさ迷わせながら何かを探す。
アイクもまた、人の群れの間に、ただ一人の姿を捜す。
ピットは口を噤んだまま、その場でじっと何かに耐えている。
握り締めて震えている手には、彼には滅多に見られないある感情の波があった。

ふと見ると、マリオに叩き起こされたクッパが、デデデに説教を受けていた。
いろんなことがあったんだねえ、というピカチュウに、ああそうだな、とアイクが返す。
ぞんざいな相槌だったが、それは今、アイクがある一つのことに集中しているからだろう。
ちょっとした意趣返しのつもりで、ピカチュウはさらりと鎌をかけてみる。

「あの人は、どこかな。僕たちが来た道にはいなかったね。
 行ける場所には、デデデさんたちはぜんぶ行った、って言ってるし。
 リンクと一緒なら、いいんだけどねえ」
「…………。」

あ、当たった。
わかりやすい。
とは言わず、ピカチュウは黒い瞳を、遠い向こうの闇へと向けた。
自分たちが来たものとは反対の方向へ伸びる道が、そこにはある。

実際には。
彼が、リンクと一緒でいなければ。
それでなくとも、今この場にいない誰かと一緒でいなければ。
一人でいては、危険なのだ。

だって、きっと、この戦いは、すべて、

ただひとつのためだけに   

「……ッおい! おまえら!」
「!」

突如響いた声が、沈鬱な空気を切り裂いた。
声のした方へ一斉に振り返る。
階段の先、閉じていたはずの光の扉が開いて、中から一人のヒトが飛び出してきた。
あざやかな青は、ピカチュウとアイクが探していたものではない。
しかし、無事を願っていたもののひとつではあった。マリオが声を上げる。

「ソニック! お前、一体どこから……!」
「遅すぎだぜ、おまえら! ほらよ、受け取りな、探してきたぜ。大体揃ってるはずだ」
「は? 受け取るって何、……っうおああぁっ!?」

相変わらず慌しいハリネズミ   ソニックは、言うなり両腕を広げた。
そこから出てきたのは。

「何……これは、……影虫……?」
「おまえら、影取られたんだろ?」
「は……?」

広げた腕に大量の影虫を抱えていたソニックは、さらりと言う。
影虫たちは自主的にぱらぱらと分かれながら、それぞれの戻る場所へと向かった。
ある固まりはマリオへ、またある固まりはオリマーへ。
自分のところにやってきた影虫を手のひらで掬い、アイクは何事か考える。

これからソニックが言うことの内容が、アイクにはわかったような気がした。

「だから、影だよ影! おまえら、あの翅野郎にひっでえ攻撃受けたんだろ?
 俺がここに来たのは、その直後だったんだ。悪かったな、助けに行けなくてよ!
 で、しょうがないからこの迷宮を走り回ってたんだけどよ、
 あっちこっちで見かけたんだよ。おまえらにソックリな影をな」
「…………」

影虫は、指の端から、皮膚へととけて身体の中へ消えていく。

「翅野郎のあの攻撃は、ヒトから影を切り離す攻撃なんだそうだ。
 おまえらが人形になったのは、影を切り離されたショックがでかかったから。
 ……で、その影を実体化させてたのが、この影虫ども、ってわけだ」
「……実体化、って……」
「影は普通、実体を持たないモンだろ?
 何て言ったか、ああそうそう、ダークリンク? ってのがいんだろ?」

その呼び名を聞き、サムスが思わず表情を強張らせた。
ピカチュウは既に平然としている。
アイクは珍しく、ソニックの話に真剣に耳を傾けていた。

「あれは、影を映した水が、実体を作ってんだろ?」
「……。そういえば、そんなことを言っていたような気もするね」
「ダークの手って、夏は冷たくって気持ちいいよねえ」
「へえ、そうなのか? って話はともかく、そういうことだ。
 だからその影虫どもは、おまえらの影そのものだ。
 おまえらの中に戻るのが正解だからよ、安心しろよ!」
「知らない間に、そんなことになってたのか……っていうか」

影が自身にとけていく不可思議な感覚に戸惑っていたマリオが、
ふと疑問に思いソニックに尋ねる。

「お前、そんな話、どこから?」
「ん? ああ、だから、そのダークリンクってのに教えてもらったんだ。
 ここに来る前に、たまたま会ったんだよ。
 しかし何か、あいつ、妙だったな。あんなに喋るヤツだったっけか?」
「…………」

ダークは無事なのか、良かった、と安堵するもの、未だに影虫を怖がっているもの。
その中でピカチュウは、ソニックの言葉にかくされた、本当のことに気づいていた。
アイクもまた。
自身が体験した夢のような出来事に、一つの結論を出していた。


その時。

「ピカチュウ! ……みんな!」
「!」

見えない向こう側から届いた声に、ピカチュウはぴんと耳をたてた。
一拍遅れて、皆が一斉に同じ方角を向く。
何も無い暗闇から、確かにヒトの気配がした。ひとつではない、たくさんの。

階段の光により、一番はじめに姿を確認できたのは、リンクだった。

「リンク!」
「ピカチュウ! ……良かった、みんな無事だったんだな」
「うん。デデデさんと、ルイージさんと、ネスが助けてくれたんだよ」
「そうか。……ってことは、カービィが正しかったわけか」
「へーかああぁああぁぁぁッ!」

はねてきたピカチュウを腕に抱きしめたリンクが呟くと同時に、
リンクの後ろからカービィが飛び出してきた。ものすごい勢いで。
少し落ち着け、というメタナイトの制止も、きっと届いてはいないのだろう。
カービィは、デデデのもとへ直進する。

「へーか、へーか! よかったあぁ、やっぱへーかは敵じゃなかったんだね!」
「カービィ! 元気そうでなによりだゾイ」
「へーかのブローチが助けてくれたんだよ! ありがと、へーか!」
「ブローチ……って、おまえが持っていたのか!?
 どうりで一つ足りないと思ったゾイ!」
「ええ〜、いいじゃんべつにぃ! 細かいことは気にしないの!」

笑顔ではしゃぐカービィに纏わりつかれるデデデは、悪態をつきながらも嬉しそうだ。
カービィの後を追ってきたメタナイトを視界に入れた瞬間、
デデデは少し複雑そうな顔をしたが、それに気づくものは僅かだった。

互いの無事を喜び合うマリオとピーチを、ルイージとヨッシーが微笑ましく眺める。
その傍ではドンキーとディディーが、なにやら気合いを入れていた。
どうやら士気を高めているらしい。相変わらずテンション高いなあ、とひとりごちて、
ピカチュウは一堂に会する皆を確認した。

不安そうなリュカの背中を叩いて励ますネスと、二人の頭を撫でるサムス。
愛用している武器の具合を見ているフォックスとファルコ。
トレーナーとしてやはり気になるのか、ルカリオと話しているホムラ。
何を考えているのか、何も考えていないのか、ぼんやりしているゲームウォッチ。
一同から少し離れたところで、項垂れているロボット。
そういえばいつの間にか合流しているワリオは、リンク達と来たのだろうか。
スネークに事のあらましを聞かされているが、あまり深くは考えていなさそうだった。

「…………」

手をつないだまま、亜空間を見回しているポポとナナ。
なぜかファルコンに群がるピクミン達を、順番に数えているオリマー。
目覚めさせたガノンドロフに、神妙な顔つきで話すゼルダ。

肩の怪我を気にしているアイクと、険しい表情のままのピット。
リンクと、ピカチュウ。

それから……。

「…………リンク」
「ん?」
「…………あの人……は?」
「え……」

ピカチュウの震えるような声で、アイクがはっと顔を上げた。
辺りに視線を投げる。顔色が変わる。
意味がわからないリンクは、ただ首を傾げるだけだ。
ピカチュウは更に言い募る。

「リンク、あの人は? あの人は、一緒じゃないの!?」
「あの、人?
 ……オレ達は、道が繋がっているところは全部行ってきたはずだけど……」
「……!」
「……あいつは、」

口を開いたアイクに、リンクとピカチュウとピット、そしてオリマーが顔を向けた。
険しい声が続く。抑揚は無いが、尋常ではない焦りだけを孕んで。

「彼女の影を探していた。影があれば、影の持ち主を取り返せる、とも言っていた」
「彼女……って……」

アイクの呻くような呟きを聞いて、リンクの表情が険しくなる。
彼の言う“彼女”とは、言葉通り女性を指すのではない。
リンクは、よく知っていた。いつまで勘違いしているんだか、といつも思っていたから。

リンクはピカチュウを見下ろした。彼には、まだわからない。
しかしピカチュウは、縋るようにリンクを見上げてくる。

「アイクさんの言っていることが本当なら、あの人はもう捕まってるんだ!
 だけど、だけど、みんな、影をとられていたから!
 影がいなければ、完璧ではないから! だから、影を探していたんだよ!」
「ピカチュウ、」
「あの人は“真の敵”のところにいるんだ   あの人だけがいないんだよ!
 助けなくちゃ、リンク! 助けて、助けて   


ピカチュウの悲鳴に同調するように。


彼らを取り囲む布陣で、亜空間に、何体もの人形が現れる。



「マルスさんを      助けて!」
「…………!」



両手に鳥かごを持った人喰い花、機械を己の手足とする少年、ある“世界”の古代生物。
彼らがこの戦いの中で撃破してきたあらゆる敵の人形が、一斉に襲い掛かってきた。
瞬時に構え戦闘を開始する。突然のことに驚いた顔をしている者も、少なくはなかったが。
リンクもまた剣を引き抜き、メタリドリーの爪を受けていた。
右腕に、ピカチュウを抱き上げて。

「何、なんだ、こいつら、いきなり……っ!?」
「何かしらね。あたしには、足止めか、時間稼ぎに見えるわ」

マリオとルイージに守られながら、自分もまた攻めの姿勢をとるピーチが言う。
彼女に頷いたのは、炎の魔法でリンクを援護しているゼルダだった。

「私もそう思います。おそらく、この光の階段の向こうに、真の敵がいるのでしょう」
「全員で向こうに突撃、ってのは無理っぽいな。
 あの向こうで、ようやく黒幕に一発撃ち込んでやれると思ってたのによ!」
「敵の戦力がどれほどあるのかわからんのが痛いな。
 どうやらいつでも好きなところに、兵を送り込める力もあるらしい。
 頭を叩きに行く者と、ここでこいつらと戦う者とにわかれた方が良いだろう」

両腕を振り回し舌打ちしたドンキーに同意しつつ、スネークは更に自身の見解を語る。
ロケットランチャーが、サムスを狙ったガレオムの腕に命中した。

光の階段の先を見据え、デデデは唇を噛んだ。
こんなことになる前に、この手でなんとかしたかったのに。

事はもう起こってしまった。ピカチュウの叫び声が聞こえた。
彼らに残された選択肢は、この“世界”の存続に関するものだけだ。
デデデはすう、と大きく息を吸い込む。

「行け!
 その階段の先に、マルス王子がいるはずだゾイ。
 取り返しのつかないことになる前に   終わらせてくるゾイ!」

ハンマーで敵を蹴散らし、叫んだ。声に応えるべき、誰かへ当てて。

デデデの言葉で、いくつかの足音が止まる。
そして、

「わかりました。絶対、助けてきます。
 だから……ここを、お願いします!」

答えたのは。一度だけゼルダを見て、真っ先に駆け出したのは。
ピカチュウを抱えたままの、リンクだった。

「おう! 任せろ、行ってこい!」
「俺も行く。メタナイト、後はまかせる」
「ああ。マルス殿をよろしく頼む。
 しかし、その傷だ。無茶をするなよ」

荒野で旅路にあった時とまったく変わらない台詞に、
努力はする、とだけ残し、アイクがリンクを追った。
その後ろ姿を見て、ピットが背中の羽根を広げる。
たまたま近くを走っていたオリマーが、その様子を見て頷いた。

「俺も行くかな、っと。王子様が危険なんじゃあな」
「ピットくんは、マルスくんと仲が良かったものな。
 私では力不足だろうが、ここは……」

きっとなんとかするから、と、オリマーが続けようとした、
その瞬間。

オリマーの傍にいたピクミン達が、全員、一斉に階段へ向かってしまった。

「え、」
「……え、えええええぇえぇぇぇ!? おい、お前達、どこへ行くんだ! こらー!」

ピットが唖然としてピクミン達を見つめる。
ピクミンがいなければ、オリマーは戦うことができない。
何故、と頭を抱えたオリマーに、前線から一旦退いてきたファルコンが言った。

「せっかくだから、あんたも行ってくればどうだ?
 あんた、言ってたろう。
 真の敵が、なぜこんなことをしたのか、気になる、ってな」
「……そ、それはまあそうだが、し、しかしだな」
「そうしろよ、船長さん」

分離させていた神弓を元の姿に戻し、ピットは地面を蹴った。
ふわりと宙を舞い、尻込みしているオリマーを見下ろす。
深海色の瞳が、軽い口調とは裏腹に、ひどく真剣だった。

「ピクミン? だっけか? あいつらなりに、何か感じることがあるんだろ。
 啓示とか、神託とか。
 神様が、何か仰ったのかもしれないぜ? 船長さんも来い、ってさ」
「う……」
「俺は先に行くぜ。さっさと決めろよ」

神様の言うとおり、って言葉があんだろ   そう告げて飛んでゆくピットを、
オリマーは見送る。
否、見送ろうとした。……気づいたら。

「……ああもう、どうにでもなれ! どう考えても身に余ることだが……!
 愛する妻と子どもたちのためだ!
 これは、“世界”の危機なんだから!」

気づいたら、オリマーもまた走り出していた。
この“世界”の基準では小さな身体で、懸命に後を追う。

「ファルコン殿、ありがとう!」
「ああ。気をつけろよ! 真実を、その目で見て来い!」

無事に帰って、見たこと聞いたこと、知ったことを、ちゃんと教えてくれよ。

オリマー達は、光の向こうへ消えてしまったから。
その言葉は、伝わったかどうか、わからなかった。










「……ああ、きたきた。ったく、手ェかかんな。
 勇者さん。たぶん、船長さんで最後だ」
「オレと、アイクと、ピットと、オリマーさん……とピクミン達と。
 それから、ピカチュウか。
 ……って、ピカチュウは、オレが連れてきちゃったんだけど」
「そいつはいろいろ知っているようだし、マルスとも仲が良い。
 構わんだろう」

眩く輝く階段を駆け上がりながら、前を行く三人は話す。
アイクがちらりとピカチュウを見ると、その子どもは未だリンクの右腕に抱かれていた。
小さな体を更にまるめて、必死でしがみついていた。
垂れている耳やしっぽが、かたかたと震えている。

よく聞いてみれば、ピカチュウは、か細い声で何事か言っていた。
ただごとではないその姿に、アイクは考え無しにリンクを呼ぶ。

「おい」
「ん?」
「何か言っているぞ。そいつ」
「え? ……ピカチュウ? どうした?」
「……め、なさ……」

走りながら尋ねる。ピカチュウの微かな呟きを、耳が拾った。

「ごめ……なさ……、……ごめん、なさい。ごめんなさい……っ」
「ピカチュウ? おい……」
「ごめんなさい、ごめんなさい……!
 リンク、ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「ピカチュウ」

階段の途中でとうとう立ち止まったリンクに合わせて、アイクとピットも足を止めた。
そこにようやくオリマーが追いついてくる。
リンクはピカチュウの背中を撫でながら、出来るだけの柔らかな声で名前を呼んだ。
ピカチュウがこんなにも謝る理由が、リンクにはわからない。

「ピカチュウ、どうしたんだ? ……何で、謝るんだ?」
「だって……僕がもっと早く思い出してたら、こんなことにならなかったのに!
 少なくとも、マルスさんは無事だったはずなのに……っ」
「落ち着け、ピカチュウ。……マルスはきっと無事だよ。大丈夫」

小さな子どもをあやすように、何度も何度も語りかける。
ピカチュウが目に見えて大人しくなっていくのが、アイクには不思議でたまらなかった。

「これから、みんなで助けに行くんだから。
 ピットがいて、アイクもいて、オリマーさんだっているじゃないか。
 ……それに、オレがいるだろ? だから、大丈夫だよ」
「…………リンク……」

泣き腫らしたような瞳のピカチュウに、リンクはただ、いつものように微笑んでみせた。
実際に涙は見られないが、潤んだ漆黒は、今にも心が溢れてきそうで。
しかしそれすらも、段々と収束していった。身体越しに伝わる鼓動や言葉で。

「な。大丈夫だよ。……それよりも、……思い出してたら、って?」
「……あんた、そいつから何も聞いていないのか?」

意外だな、と目を見開いたアイクに、リンクが首を傾げる。
アイクはじっとリンクを眺めた後、蒼い双眸をピカチュウへと下ろした。
アイクが何か言う前に、ピットが口を開く。

「ピカチュウ。おまえの口から、話した方がいいんじゃねえの?」
「……、うん……」
「私も聞いていいかな、ピカチュウくん。私も、詳しいことは知らないのでね」
「うん。……あの、とりあえず、上に向かわない?
 そんなに長い話じゃないから……。……ごめんなさい」

僕のせいで走るのやめちゃったんだよね、と言ったピカチュウの頭をぽんと叩いて、
一行は再び駆け出した。
ピカチュウもリンクの腕から跳び下りて、自分の足で走り出す。
多少は落ち着いたのだろうか、先ほどとはうってかわって、ずいぶんとしっかりしていた。
この小さな子どもは、あの緑の青年を心底信頼しているのだろう。
そんなことを改めて認識して、ピットは軽く笑った。

長い階段をかけ上がりながら、ピカチュウは喋り出す。
彼の眼が見た、真実を。

「リンク。あのね。僕、あなたに隠していたことがあったんだ」
「うん。何をだ?」
「……僕、この場所を知っているんだ。この、亜空間を。
 あの日、この“世界”がひっくりかえった時に。
 僕はちょうど空間の裂け目にいて。それで、この亜空間に、巻き込まれちゃったんだ」

あの日。
この“世界”は、今までの日常を覆され、戦場へと変貌した。
光の差す場所に闇が生まれ、闇からも闇が生まれてきた。

「巻き込まれた亜空間で……つまり、ここで。
 僕は、今回のこの事態の、“真の敵”に会ったんだ」
「……。……な、ん、だって?」
「言葉通りの意味だよ。
 ……だけどね、亜空間から、元の“世界”に追い返された時には……。
 ……僕はもう、“真の敵”のことを、忘れていたんだ」
「……忘れて……?」

知らないのではなかった。忘れていた。
忘れていた、ということを思い出させたのはリンクの影の姿をしたものだったが、
ピカチュウは特に言及しなかった。

「……どうして、忘れてたんだ? そんなに……大切なことを?」
「忘れたかったからだよ。僕が。忘れなければ、いけなかったから」
「!」

リンクの瞳が驚愕に染まる。すべてを悟る。言葉を失う、胸の奥がざわつく。
強い絆で結ばれているから。
リンクは、アイクよりもずっとずっと、ピカチュウの本質を知っていた。

そして。
今、どこにもいないのは、マルスただ一人だ。

「…………」
「忘れてしまったのは、僕が忘れたかったから。
 忘れたかったのは、信じたくなかったから。
 信じたくなかったのは……“真の敵”が、僕の、みんなの、知っている人だったから。
 僕にとっては、とくべつなヒトの、一人だったから」

長い長い階段に、終わりが見えた。

「僕は、信じたくなかったんだ。
 真の敵が、あの人なんだって」

類がない大きさの扉がある。
この暗く深い亜空間の中心にありながら、目が潰れそうなほど明るい扉だった。
まるで、光そのものであるかのような。
リンクはそっと手をかける。
熱くもなく、冷たくもなく。ただ、ひどくあたたかい。

「信じたくなかった。
 あの人が……この“世界”に、こんなことをするなんて」

重くはない。
扉は簡単に開いた。
五人の姿が光と同化し、向こう側へと転送される。


「あの人が……僕達を。
 あの人が……マルスさんを、傷つけるなんて……!」


それから。






「…………」

そこは、深い闇の吹き溜まりだった。
太陽も月も星もないのに、命を持つものだけがはっきり見えた。
空気を震わせる、圧倒的な存在感。
あざやかな光と闇を同時に纏う、死と絶望を模した翅。

「…………」

そこは、深い闇の吹き溜まりだった。
そこには、禁忌と呼ばれるものがいた。
そして、もう一人。

台座に美しく飾られた人形があった。見覚えのある形、儚く強い表情。
マルスは人形のまま、そこにいた。
もう一人。
人形と化したマルスを見上げ、飽くことなく見つめている、少年の姿がそこにある。

少年は彼らの足音を耳に留めると、ゆっくりと顔をこちらに向けた。
はねた赤い髪、挑戦的な碧色の瞳。いつも気にしていた、背の低さ。

「……よお。遅かったな」

懐かしい声だった。
リンクが息を呑む、ピカチュウはじっと何かに耐える。
ピットは忌々しげに舌打ちをして、オリマーは驚きに目を見張る。
アイクは、ただ少年をねめつけた。
敵意とも殺意とも取れ、しかしどちらも違うような色を佩いた瞳で。

「もう少し早いかと思って戻ってきたんだけどな。
 まあ、いっか。
 これからのことに、早いか遅いかの違いなんか、あんまり意味は無えし」
「……お、まえ、」

リンクの唇から、声が漏れた。奥歯が噛み合わず、途切れ途切れになってしまう。
少年は微笑む。
どこか安らかなその顔つきには、どんな意味があるのか。
少年以外の誰にもわからなかった。少年の戦友であるリンクも、ピカチュウも。

「どうして……」
「どうして? 何、寝惚けたこと言ってんだよ。
 じゃあ訊くけど、何でお前ら、ここに来たんだよ。
 理由は、いろいろあるだろうけど。
 やることは、ひとつしかないだろ?」

ここにこの人がいるもんな。そう言って、少年は楽しそうに唇の端を上げる。
わかりやすく表情を歪めたアイクが、抜き身の剣を前に掲げた。

「ああ、そうだな。
 少なくとも俺は、戦いにきたんだ」
「単純で助かるよ、お前」

少年は、腰の剣に手をかけた。すらりと引くと、美しい刀身が姿を現す。
それに呼応して、禁忌が両の翅を大きく広げた。
ピットは弓を構え、そちらを向く。オリマーもピクミン達を自分の周囲に呼び集めた。

「今はただ、戦うためだけに、ここにいるんだろ。
 どうして、なんて馬鹿なこと言ってないで。
 お前も剣を抜けよ、リンク。結構、楽しみにしてたんだぜ?
 本気のお前と、戦うのを、さ」
「…………」

少年はリンクに剣の切っ先を向けた。リンクはほんの一瞬、手をぐっと握り締める。

左手が柄を握り締めた。
抜いた剣は宙を薙ぎ振り抜かれ、
それから少年に向けられた。

「禁忌殿を倒せば、この“世界”を。
 俺を倒せば、この人を。
 取り返せるんだ、簡単だろ? だから、さあ、始めようか   

ピカチュウはまだ、少年を見つめていた。
いつも喧嘩ばかりしていた。何てことのない日常だった。
愛おしい日々を、当たり前のように享受していた。
あの日、この“世界”がひっくり返る前までは。

「我はリキアのフェレ候が嫡子、ロイ。
 どうぞお相手を……時の勇者、そのご一行!」

ロイが、禁忌と手を組んで、この“世界”を戦場へ変貌させた、あの日までは。




step15:亜空の使者




押し込められていたたくさんの感情が弾けた。
二つの剣が音をたて、ここもまた戦場へと変わる。

「……ロイさん……」

ピカチュウの声は誰にも届かず、戦いの音に消える。
命の色をともさないマルスの人形の暗い目が、彼らをうつろに見つめていた。

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