ああ。ようやくだ。ようやくこの日が来た。
唇の端をつりあげて、彼は笑う。
ああ。ようやくだ。ようやくこの時が来た。
両腕をうんと広げて、彼は笑う。



ああ。ようやくだ。ようやくこの時が来た。
一体どれほど、この時だけを待ったことか。
きっと、彼らにはもうわからないのだろう。
自分とは違う彼らには、けしてわからない。
だって、彼らは未だに気づいていないのだ。
この戦いもこの争いも、この災厄も、全て。
この手の上で、成されたのだということに。

二人の魔の王は、本当によく踊ってくれた。
蛇の甘言に騙されて、赤い実を手に取った。
口に含んだものが、罠であると気づかずに。

気づいた時には既に、毒が回った後だった。
身の程知らずな欲に狂わされた、愚かな王。
愚かな王は、真の支配者に気づかなかった。
その愚かさで、彼らの神を倒してしまった。

掌握の右手は倒れた。既に、戦う力も無い。
破壊の左手は逃した。だが、戦う力が無い。
神はいつだって二つで一つだ、それゆえに。
片方さえ倒してしまえば、なにも怖くない。



彼らは勝利を信じて、この闇にやってくる。
何も知らないまま、この亜空にやってくる。
知らないことは罪だ。だから容赦はしない。
最後まで、油断をしたりはしない。絶対に。
ああ。ようやくだ。ようやくこの時が来た。
何度も夢に見た。狂おしいほどに焦がれた。
ようやく訪れた好機を、けっして逃さない。
後少し。後少し。本当に本当に、後少しだ。
この手をすり抜けた愛しいもののすべてが。
きっともうすぐ、この手の中に帰ってくる。



ああ。ようやくだ。ようやくこの日が来た。
唇の端をつりあげて、彼は笑う。
ああ。ようやくだ。ようやくこの時が来た。
両腕をうんと広げて、彼は笑う。



契約をしよう。
俺があのひとを、取り返すための契約を。
契約をしよう。
俺はあなたに、あの世界を奪う為の術を。
契約をしよう。
あなたは俺に、あの世界に干渉する力を。

あなたの力なら、きっと容易に奪えるのだろう。
その混乱と混沌を利用すれば、俺の願いは叶う。
だから、

契約をしよう。
俺が、あのひとを取り返すための契約を。
俺が、あのひとを取り返せるのだったら。
俺は、あの世界に、他には何も望まない。






彼らは愚かだ。本当にやってきた。この闇に。
彼らは愚かだ。本当に気づかない。この闇に。

彼らは予定通り、全員で亜空間にやってきた。

そして。






何か、聞きたくない言葉が聞こえた気がした。
助けて、と、だれかが叫んだような気がした。
そんな言葉は、もう、聞きたくなかったから。
耳を塞いで、何も聞こえなかったふりをした。



彼らの世界の災厄が、翼を広げて待ち構える。
慈悲深いことに、裁きは、ほんの一瞬だった。






彼らは予定通り、この亜空間の中で全滅した。

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