その日の青空は、涼やかな風を纏い、どこまでも美しく澄んでいた。
「みんな! 大変……!」
水平線を眺めていたピカチュウが皆を呼んだのは、各々が朝の支度を終えた頃だった。
崖際に集まり、示された方を見る。
元は空に浮かぶ島があったその場所は、一晩経っても切り取られたままであったが、
そこには明らかな変化があった。
「……? ……何だ、あれ……?」
切り取られた部分にあるのは、暗く深い闇。
今は、その中から。
何か巨大なものが、こちらに出てこようとしていた。
形状は戦艦だが、全長はハルバードの倍以上あるだろう。
大小様々な大砲がついているが、その中でも一番長く伸びたものが皆の目を引いた。
その先端に、光が集まっている。言葉に表せない音をたてながら。
そして。
「…………!!」
それは、耳をつんざく爆音と共に、迷い無く真っ直ぐに放たれた。
命中した場所が、見る見るうちに切り取られてゆく。
元からあったものなど何も思い出せないくらい、そこには暗く深い闇があった。
何か信じられないものを見るような目で、彼らはその様子を見ていた。
成す術が、何も無かった。
あの主砲は、例の爆弾と同じ効果を持っている。
威力と速度と利便性だけが、何倍も勝っていた。
あんなものがあったなら、なぜ最初から使わなかったのか。
否 。
「……あの爆弾は……。
……あれを引きずり出すためだけの空間を作るために、あったのか……!」
「……そんな! じゃあ……」
激したサムスの声に、ディディーがちらりとマスターロボットに目を向ける。
ディディーはあの島の戦いで、彼の仲間が犠牲になったのを見ていた。
彼らは、本当に犠牲だったのだ。敵の目的のためだけの、ただの実験体だった。
「……!」
「おい、どうするんだ……! あんなもの放っておくわけには……!」
「……こちらから、攻めるしか無いんだろうな」
取り乱すことも無く、落ち着き払った様子でリンクは言う。
その言葉には、力強く頷く者もいたが、心配そうに首を傾げる者もいた。
ゼルダは後者だった。右手で左腕を押さえながら、不安げに尋ねる。
「ですが、リンク。攻めると言っても、一体どうすれば……」
「……空を飛ぶものは、一体いくつある?」
ゼルダの疑問に横から口を挟んだのは、既に抜き身の剣を肩に担いだアイクだった。
「小さくても、大きくても。数が知りたい」
「……空、か。それなら……。
メタナイト殿のハルバード、ファルコン殿のフライヤー、私のドルフィン号。
それから……」
「アーウィンは、俺のが一機だな。フォックスのは昨日やられちまった」
「はい、はーい! ボク、ワープスターかドラグーンか、どっちかなら呼べるよ!」
ぴょんぴょん跳びながら一生懸命主張するカービィを一瞬だけ視界に入れ、
アイクは確認のため、小さく声に出しながら数える。
「……ということは、同時に動かせるのは全部で五台……か?
空を飛ぶだけなら出来るやつもいるだろうが、
流石に、生身のまま飛んでこい、というわけにはいかんしな……」
「……アイク? 何か、考えが……」
「いや、俺はあんたの意見が聞きたい。マルス」
「……え?」
僕? と目をまるくするマルスに対し、アイクは至って真剣だ。
アイクはあくまでも淡々と、自分の考えを述べてみせた。
「五台、全部で二十六人。
俺は、それぞれ分散して、五つの方向からばらばらに攻めるのが良いと思う。
あんたは、どう考える?」
「…………」
「この人数だ、誰かが作戦を考えなきゃならんだろう。敵は強大だからな。
だが、ここにいる連中は、単騎で戦ってきた奴が多い筈だ。
戦う力と考える力は、まったくの別物だ。……だから、あんたの意見が聞きたい」
俺も考える方はまったく得意では無いからな、と続けたアイクは、要するに、
人を動かした経験、という点に於いて、一番の経験者はマルスだろうと言ったのだ。
マルスがくぐり抜けてきた戦いをきちんと知っているものはこの場にはいないが、
彼が戦争経験者であり、かなり上の立場にあったということは、誰もが知っていた。
「…………」
皆の視線が、マルスに集中した。
マルスは一瞬戸惑ったが、その視線に込められた意味を正しく理解して、
ひとつ深い息を吐いた。
「……目的は……敵の戦艦を打ち倒すこと、で正しい?」
「……いや。それで終わりじゃないな。
……あれが、あの空間の向こう側から出てきた、ということは……」
リンクの言葉の続きを、誰もが知っていた。
あの戦艦が向こう側から出てきたなら。
確かに、あの空間の向こう側に、その場所はある。
彼らの、最大の敵がいる。
「目的は……あの中にいるはずの、“何か”を倒すことだ」
ようやく、場所がわかった。理由が、まだわからないけれど。
そんなものは、本人に直接、訊けば良い。
「……わかった……」
マルスは長い睫毛に縁取られた藍色の瞳を閉じた。
ほんの少しの沈黙の後、その目はゆっくりと開かれる。
「……それなら……」
***
「……よし、こっちは完了だ。いつでも出られるぜ」
「マルス、オリマーの方からも合図が来たぞ。これで、こちら側の準備は完了だな」
「わかりました。……では、後は……卿の連絡を待ちましょう」
ファルコン・フライヤーの中で報告を聞いたマルスは、剣の柄を握り静かに溜息を吐いた。
そういえば、この中に入ったのは初めてである。
天馬でも竜でもないどころか、生物でもないものが空を飛ぶというのが信じられなくて、
さりげなく敬遠してきたのだ。これまで何度も、搭乗する機会はあったのだが。
マルスの“世界”とは根本的に何かが違うのだろう。
様々なパネルが並ぶ内装は、彼の目にはとても珍しいものに映る。
かと言って、この事態にそれを楽しむ気分になれるわけもなく、
異文化への興味は内部を視線でぐるりと一周しただけで、あっさりと収束した。
どうにも落ち着かなくて、なんとなく隣に座っているアイクに目を向けてみる。
「…………。」
マルスとは、対照的だ。
アイクはまるで小さな子どものように、忙しなく目玉を動かし、あちこちを眺めていた。
よくぞこの状況下で、と半ば呆れたが、そこがアイクの長所の一つでもある。
マルスのもう半分の心は、ただ素直な感心を覚えた。
「……しかし、よくこんなことを思いつくな。あんたは」
「! ……何がだ?」
こっそり見ていたのにいきなり話しかけられて、思わず肩を強張らせてしまった。
そんなマルスの挙動には気づかなかったらしい、アイクは自らの言葉を続ける。
「今回の作戦のことだ。あんたは、見た目よりもずっと大胆なんだな」
「誰だって、考えつくと思うよ。慣れているから早いだけで……」
「普通は、一番強いものを後に残しておくと思うがな。俺だったら、そうしていた」
「…………」
先刻、あの崖際で、マルスが告げた策。
それを知った時の、皆の反応を思い出したのか、マルスは苦笑した。
『……メタナイト卿。お願いがあります。
ハルバードを、捨ててください』
アイクに意見を求められた後、マルスはしばらく考えていたが、
ルカリオから齎された、あの戦艦にはクッパとガノンがいる、という情報を聞くと、
意を決して、まずこう告げた。
メタナイトの、そして皆の驚く表情には構わず、作戦を知らせる声は続く。
『ハルバードを、囮にします。あなたの部下達は、なんとかして逃がしてください。
あの戦艦を指揮しているのが、クッパさんと、ガノンさんなら……。
油断を誘うのが、一番良いと思います。彼らは、自分の力を信じていますから』
己を過信し他を過小評価する性質は、僕達には非常に有利だとマルスは言う。
そんなマルスを、一部のものは動揺した様子で。
一部のものは、非常に真剣な様子で見つめている。
『僕達が分散することは、相手も読んでいると思います。
そのための攻撃も用意してあるでしょう。
だからこそ、はじめは、ハルバードだけを動かした方が良いと思うんです。
そうすれば、分散した時のための手段を、まずは捨てさせることが出来る。
そして……そこにどんな裏が潜んでいても、
一番大きな戦力を持つハルバードを落とせば、彼らは勝利を確信するでしょうから』
『……なるほどな。
……後は攻撃の手が止んだ隙を突き、機動力のある四機で攻め込む、というわけか』
ハルバードがこの“世界”に影虫をばら撒いていたことを、
誰よりもメタナイトがつらく思っていた。
どれほどの後悔が、激しい怒りがあったのか、マルスはちゃんと知っている。
だからこそ周りの者は、マルスがこんなことを言うのが意外でならなかった。
彼らの知っている青の国の王子は、いつも穏やかで、優しかったから。
たった一人の例外を除いて、ではあったが。その例外も、今はいない。どこにも見えない。
メタナイトはしばらく黙り込んだ。そして、
『わかった。貴方の指示に従おう、マルス殿。
部下達には、その旨を伝えておく。
我が戦艦、如何様にも使ってくれ 』
メタナイトの決断が早くて助かった。これなら充分に間に合うだろう。
逸り、昂る気持ちを抑えつけるように、マルスは胸に手をあてる。
窓の外に目を向ければ、今日はずいぶん天気が良い。
うんと遠くまで見渡せるこの清涼さが、吉と出るか凶と出るか。
それは、マルスにもわからなかった。
「……どれかひとつくらい、」
「……うん?」
「いや。……あのでかい戦艦を、わざわざ囮に使うんだ。
……残りの四機、どれかひとつくらいなら、向こう側へ辿り着けるだろうと……」
「アイク。……僕は、そんなことを思って、あんなことを言ったんじゃないよ」
マルスの返事に、アイクはよそへ向けていた視線を引き戻した。
「……?」
「どれかひとつくらい、なんて、僕は思ってはいない」
アイクをじっと見つめる青年は、こんな時でも頼り無げで儚い。
戦場で目の当たりにした剣の美しさ、その鋭さをわかっていても、手放しで信じられない。
それは、身体の線の細さのせいでもあるし、表情のやわらかさのせいでもあった。
それなのに。
「僕は、信じたんだ。
皆が、必ず無事に、生き残ってくれる、って。全員」
「…………」
光を弾く青い髪にほんの少しだけ隠された、藍色の瞳が笑う。
普段の印象が、嘘のように思えるくらい。
今のマルスは、強く見えた。
そんなところに惹かれているのだと、怖いくらいにアイクは自覚した。
背中を何かが駆け上がる。
「四機、すべて、向こう側へ辿り着く。僕は、信じてる」
きっぱりと言い切ったその時、突然ファルコンがマルスを呼んだ。
どうやらメタナイトの準備が整ったらしい。
では行きましょう、というマルスの指示を、今度はファルコンが全ての部隊へ伝える。
風が、アイクのそばにある窓を叩いた。
「しかし、いい晴天だな。絶好のドライブ日和だぜ、マルス」
「ええ。視界良好で、助かりますね」
ファルコンの軽口にさらりと返せば、ゆっくりと外の景色が動き出した。
フライヤー、アーウィン、ドルフィン号、そしてドラグーンを乗せたまま、
ハルバードが離陸する。
信じている。
そう、口にすれば。
すべて、現実になるような。
そんな気がした。
事は、ほぼマルスの思い描いた通りに運んだ。
ハルバードが沈んだ後、突然飛び出した四機に、敵の戦艦は対応出来なかった。
機動力と破壊力を兼ね備えたドラグーンが主砲を破壊すると、
クッパとガノンドロフは、闇の向こうへ消えていった。
全員でそれを追いかける。
すべて、彼の思い通りに。
決死の特攻の後、水平線にはもとの静寂が返った。
寄せては返す波間に、眩い陽の光が反射する。
その日の青空は、涼やかな風を纏い、どこまでも美しく澄んでいた。
なぜ、彼は、こんなことをしたのだろう。
その姿には気づかぬまま、その思惑も知らないまま。
その日、彼らは、彼らの“世界”の理を踏み越えた。