step09:戦艦
「メタナイトさまあ!」
「……!」
一人ブリッジに残っていたメタナイトは、突然の呼び声に振り向いた。
剣を抜かなかったのは、その声が、よく知っているものであったからだ。
通路の奥から大勢で走ってくるのは、メタナイトの部下達だ。
赤くて丸い、小さな身体。彼らの世界では、ワドルディと呼ばれている。
「おまえたち……!」
わらわらと寄ってくる彼らを見て、メタナイトは驚きの声をあげた。
この戦艦が亜空軍に占領された時、彼らは整備のために、内部にいた。
無事を、願ってはいたけれど。
最悪の事態になることも、また、覚悟していたからだ。
ワドルディ達はメタナイトの周囲に集まると、次々歓喜の声を上げた。
「メタナイトさま、メタナイトさま! ご無事でよかったです!」
「……あの時は、すまなかった。
私を脱出させるために、おまえたちは……」
「いいえ! メタナイトさまがご無事なら、それでいいんです!」
「……。
おまえたちこそ、よくぞ無事でいてくれたな」
「オイラたちは、自分たちでは何も……陛下の言うとおりにしただけです」
「……陛下の?」
メタナイトや彼らが呼ぶ“陛下”とは、デデデのことだ。
この騒動の中、メタナイトは、デデデには会っていなかった。
騒動の直前、まったく歓迎出来ない形で対立してからは、一度たりとも。
「陛下は……何とおっしゃっていたのだ?」
「え? ええと……。
オイラたちを、向こうの隠し部屋に隠して……そのあと……」
「『みんなが、必ず助けに来る。だから信じて待っていろ』と」
「…………」
「本当にそうでした。さっき、スネークどのが鍵を開けてくれて……。
こうして、メタナイトさまにもお会いできました」
「…………」
デデデの手引きで、ハルバードは奪われた。メタナイトは、それを目の前で見ていた。
そのことを誰にも言わなかったのは、その彼が、妙なことを口にしていたからだ。
ハルバードが何者かの どうやら、ゲームウォッチだったらしい 操縦で、
メタナイトを置いて離陸した、あの時。
デデデはどこかに向かって、こう叫んでいたのだ。
『こんなことをして、後悔するのはおまえだぞ』 と。
「……では……陛下はやはり……。
……そして……この騒動は……」
「メタナイトさま!」
ワドルディがブリッジから外を指し、ぶんぶんと手を振り回している。
見れば甲板では、ピーチを始めとする屋敷の住人達の一部が、
二つの顔を持つ巨大な戦闘兵器と対峙していた。
「オイラたち、お手伝いにいかなくて、いいんですかっ?」
「戦いは、彼らに任せよう。彼らなら、きっと勝利してくれる。
……今この場で、我々のやることは、ただ一つだ」
戦場と化した世界に、亜空軍をばら撒いていた戦艦。
ようやく取り戻した。どれほどの悔しさも、今はもう過去のもの。
忌まわしい最後の枷から逃れるため、メタナイトは声を張り上げる。
「クルー全員に告ぐ! 全員、各々の持ち場へ!
甲板の戦いが終わるまでに、準備を済ませよ!
目標は、世界に災厄をもたらす、この赤雲からの脱出だ! 急げ!」
メタナイトの指令を聞くや否や、ブリッジを担当する幾人かを残し、
ワドルディ達は全員が全員、一斉に走り出した。
戦艦は広いが、彼らの足は走れば速い。きっと、すぐに準備は整うことだろう。
後は、甲板の戦いだけだ。
メタナイトはどうしたって、この場を離れるわけには行かない。
「……頼んだぞ。皆」
ぽつりと呟いた声は、誰に届くことも無く、部屋に掻き消えた。
***
「 きゃあっ!」
「ピーチ姫……っ!」
デュオンの刃に斬りつけられたピーチの軽い身体が吹き飛ぶ。
床に叩きつけられる直前、スネークがピーチを抱きかかえ受け止めたが、
完全に止めることは出来ず、スネークの背中が代わりにダメージを受けた。
「スネーク!」
「お気遣い無く、姫。それより、怪我は?」
「あたしは大丈夫よ。ありがとう」
ピーチが身体を起こすと、スネークもすぐ立ち上がる。
相変わらず妙な武器を使う、という呟きは耳に留めず、
ピーチはフライパンを構え直した。
乱れた呼吸と、こんな時でもドレスの裾を整えながら、
鮮やかな青い瞳でデュオンを見上げる。
「……強いわね。イヤになるわ、まったく」
「二つの頭は、何のためについているのかと思いましたが」
ブラスターを突き出し隙を探しているフォックスが、ピーチの隣にやってくる。
今はシークとファルコが攻撃に当たっており、フォックスは援護の役だ。
ファルコの動きを主に見つつ時折引き金を引きながら、フォックスは続けた。
「近距離と遠距離を使い分けているようですね」
「……そういえばさっきも、急に攻撃の方法が変わったんだったわ。
だから反応できなかったんだけど……厄介ね。どうしようかしら」
言った傍から、デュオンは体を反転させた。ピーチとフォックスは身構える。
桃色の腕から飛んできたレーザーを跳んで避け、先ほどよりも離れたところに着地すると、
その場にシークとファルコも逃げてきた。攻撃態勢を立て直すためだ。
「チッ、近距離で攻めようにもあの馬鹿でけェ刃があるし、
遠くから撃とうと思ったらあの調子だ。やりにくいったらねェな」
「ピーチ姫。さっきは大丈夫だったか?」
ファルコは八つ当たりのように悪態を吐いたが、シークはピーチを気づかった。
それがなぜかおかしくて、ピーチは少しだけ笑ってしまう。
大丈夫だったわ、と短く返せば、シークも僅かに微笑んだ気がした。
スネークとルカリオが両側から同時攻撃を試みたが、直前に頭を入れ替えられた。
それぞれの攻撃を止めた青い両腕が二人を薙ぎ払う。
宙に投げ出された二人は身体を捻って安全に着地したが、
どうにも攻めあぐねているようであった。
「どうしましょうか」
「……困ったわねえ」
時間を掛けてはいられない。皆、これまでの疲労が溜まっているのは明白である。
そして出来るだけ早く、この赤い雲からも抜け出してしまいたい。
その役割を担うメタナイトのためにも、これ以上撃破を遅らせるわけにはいかない。
彼が甲板の戦いを待つと言ったのは、ピーチ達の足場を不安定にさせない為なのだから。
となれば、方法は一つである。
まったくよろしく無い作戦だが、躊躇っている暇は無い。
「短期決戦。
……全員で一斉に、一箇所に攻撃を仕掛けましょう。
場所は、そうね。あの足の軸が良いかしら」
あそこを壊せば自分自身を支えていられなくなるから、とピーチは続けた。
「……ピーチ姫。それは、つまり……」
「ええ。……多少の怪我は、覚悟するしか無いわね」
二つの頭をそれぞれ潰しているような時間は無い。
一刻も早く地上へ降りて、他の者たちと合流し、この“世界”を守るため。
なぜ、戦わなければならないのだろう。
そんな疑問に、答えを出すため。
ピーチの言葉に耳を傾けていた皆は、ほんの一時沈黙した。
それを最初に破ったのはファルコだったが、その表情は、一目見れば怪訝、
注意深く見れば心配に満ちていた。
「……ピーチ姫。いいのかよ? そういう乱暴なことには、向いてねェンだろ」
「そうね、向いてないわ。だけど、それしかないもの」
「それしか無いのは、俺だってそう思いますが……。
あなたに何かあれば、マリオさんに思うところがあるんじゃあ?」
続いてフォックスが、よく見なくとも心配する心が滲んだ顔で言う。
シークも何か言いたげに視線を寄越しているが、口を開こうとする様子は無い。
「だから、マリオがいるからよ」
だがピーチはきっぱりと、それらの懸念を切って捨てた。
「マリオと、いつか約束したの。
あの人は、いつもあたしの力になってくれるから……だから。
あたしも、あの人の力になりたい、って」
ピーチは“世界”が転覆した直後、マリオの目の前で敵に攫われてから、
かの人のもとへは辿り着いていない、と言う。
今更そんなことを思い出して、フォックスは居た堪れなくなった。
誰よりもマリオのことを思っているのは、ピーチであるに決まっているのに。
「マリオは、今、絶対、戦っているわ。この“世界”を守るために。
だから、あたしだって戦うのよ!
ここであいつを倒せなくて、何かを失ったら、マリオに会わせる顔が無いもの!」
「……姫」
真っ直ぐに見据える瞳に、フォックスとファルコは顔を合わせた。
やがて。
ふ、と笑い、二人は前に出た。ピーチを庇うように立つ。
「……わかりましたよ。ピーチ姫。やりましょう。
ただし、これだけは絶対、約束してください」
「約束? ……何?」
敵を牽制していたスネークとルカリオが、今一度攻撃しようと構える。
彼らの攻撃に合わせ飛び込み、作戦はその時に伝えれば良いだろう。
約束、と言われこくんと首を傾げたピーチに、ファルコが言った。
「無茶は止めねェが、死ぬなよ。
アンタに何かあったら、俺らの方こそ、マリオ殿に会わせる顔がねェからな!」
遠距離攻撃用の体勢を取っているデュオンに、まずはスネークが踏み込んだ。
その反対側ではルカリオが、波動を撃ち込もうと力を手に溜めている。
おそらくこちらの作戦を察知したのだろう。
ピカチュウと同じく、しかし正反対の方向に、ルカリオもまた勘が鋭い。
フォックスとファルコが同時に飛び出す。その手にはブラスターを携えて。
「彼らの言うとおりだな。……貴女を失えば、私も悲しい」
「シーク……。……ええ、そうね。あたしも、そう思うわ」
ピーチの背中をとん、と軽く叩いて、シークも後を追う。
「……あいつに勝てば、マリオに会えるわ。そんな気がするの」
願いのような祈りを口にし、ピーチは美しく笑う。
そして。
「 さあ、行きましょう! 絶対勝つわよ!」
ドレスの裾をさばいて、ピーチは足取りも軽やかに走り出した。
二つの頭を持つ巨体が傾き、影虫へと分解したその瞬間、
メタナイトは戦いを終えたピーチ達に、全員艦内へ退避するように言った。
最後の一人の避難を確認し、メタナイトは舵をぐっと握る。
主人を取り返した戦艦が、応えるように風に乗る。
その日彼らは久方ぶりに、美しく晴れ渡る青空を見た。
赤い雲の向こう側で、誰かの唇が彼らの勝利を嘲笑ったのも知らずに。