透きとおったガラス盤に世界を映しとり、彼は白い駒を二つ、北西方向に移した。
そこには、未だ名前も知らぬ創造主にさえその原理が理解出来ないと言わしめたらしい、
空中浮遊都市がある。
ぽっかりと宙に漂う島には、黒い駒が一つと灰色の駒が一つ、そして白い駒が二つ。
彼は自分が移動させたことで四つになった白い駒を眺めると、
しばらくしてまた二つ、更に時を置いてもう一つ、そこに白い駒を増やした。
黒い駒を一つと灰色の駒を一つ、ガラス盤の外へ放った。

赤く燃えた空には、白い駒が三つと一つ並べてあった。
山の頂上につけた二つの白い駒を、それらと合流させた。
更にその上空に、白い駒を二つ浮かべておいた。

手前にはおもちゃ箱そっくりの遺跡があり、そこでは四つの白い駒と一つの青い駒が、
五つの白い駒とようやく出会ったところであった。
彼は眩しそうにそれを見つめると、溜め息を一つ吐いて、そっと目を逸らした。
白い駒の中から一つだけ選んで、それもガラス盤の向こうへ捨てる。
遺跡から少し離れた城には、三つの白い駒が置いてある。
が、彼はそれには構わず、代わりに自分の手の中を見た。
白い駒が一つと、黒い駒が三つ。
黒い駒は三つともガラス盤の隣に置かれた闇色の盤の上に置かれ、白い駒だけがそこに残った。
世界を見渡し、二つの眼で最後の駒の位置を探したが、どうしても見つからなかったらしい。
彼は最後の駒を、盤の脇にそっと積んだ。



ある一人の行方が知れないことと、早々に退場したものが三人いること以外は、
皆、ほぼ予測通りの動きをしてくれている。
勝つものが勝ち、負けるものが負け、そして皆が疑っている。
疑えば疑うほど、皆は戦いの深みに嵌まるだろう。考えるものとはそういうものだ。
考えれば考えるほど、正しく真実に近づくことになる。
そして真実に近づいてくれなければ、彼はどうしても困るのだ。

短くとも濃い経験と元からの才により、彼にはこの後のことが大体予測出来ていた。
勝つものが勝ち、負けるものが負け、世界は運命のように螺旋階段を駆け降りる。
平穏を戦場に変えたあのときから、きっともう、誰にも止められない。

拠点にしていた都市は、跡形もなく蒸発するだろう。
あそこはこの時点では既に用済みと言っても良く、失われることは何でも無い。
むしろ、無くなることこそが、最大の存在意義であったと言える。
少なくとも、彼の、あの慟哭の日から今まで、そして想像の出来ない未来までは。

そしてまた、赤い空を行く戦艦も、残された使命は、奪還されることにある。
皆が決起するほどに問題の種をばらまけば、後はそれが発芽し、
天まで届くほどに成長するのを待てば良い。
だからこそ彼は、戦艦への侵入者をはじめから放っておいたのだから。
誰かしらその道に長けたものが、行動を起こすことまで期待して。



大いなる戦力を取り返した皆は、こちら側が強大な暴力で仕掛ければ抵抗するだろうが、
こちらはおそらく、あちら側の主戦力は落とせるだろう。
彼は皆を過大評価しない。

しかしそれでも、皆を殲滅するには間違いなく至らないだろう。
揃ってしぶとく生き残り、一矢報いるはずだ。
数々の修羅場をくぐり抜けてきた、その力は本物である。
彼は皆を過小評価しない。

皆は全員揃って、こちらに乗り込んでくるだろう。
理由の見えない戦いや、まったく望まない争いを終えるため。

そして。      そして。



もうすぐ。もうすぐだ。後ほんの少し耐えれば、望みのものが手に入る。
手に入れば、すぐに終わる。こんな馬鹿げた戦いや、くだらない争いも。

彼はガラス盤に世界を透かし見る。
あちこちが切り取られ傷ついていても、なお、世界は美しい。
あまりにも大きな世界からしてみれば、ヒト一人の存在など、まったく大したことではない。
そんなことは、誰よりもわかってはいるのだけれど。

大切なものがこの手に帰ってくれば、この空虚な胸は満たされるだろうか。
真っ暗なままいつまでも光のともらない、奈落の底のような心ごと。



彼は手の届かない世界を見下ろす。
どれだけ考え、戦おうとも、結局はすべて彼の手のひらの上にあるのだ。
彼の簡単な思いつきに至らない程、皆は冷静ではいられないのだろうか。
それとも。

つ、と上げた唇に、ひどく悲しげな笑みが浮かぶ。

糸の操り手の心など、理解できないのならば知らずにいれば良い。
今はただ、戦え。
愛しく思い、救うと決めた、ろくでもないこの世界を。






その頃、地上では。
戦艦ハルバードと激闘を繰り広げていたグレートフォックスが、
氷山の頂上で大破するという事件が起きていた。

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