晴れているのにくすんだ空が、冷たい水面に僅かな色彩を与えていた。
昔どこかで見た水彩画のような、遠く憧れた風景のような。
この“世界”が誰かの記憶であるのなら、これは一体誰の記憶なのか。
水に映る青が、流れる血を、消費されてゆく命を嘆いて、揺れる。
「……な……っ」
「…………っ、」
小高い丘の上で再会を果たした二人は、互いの姿を、何か信じられないもののように見た。
大量の影虫が散っていく。足元の地面を這い、うんと遠くまで逃げてゆく。
それでも二人はそんなことには構わず、ただひたすら、互いの姿を見ていた。
「……マリオさん」
「リンク…………」
形が崩れた。それはとても大切な、自分の信念の姿をしていた。
目の前で。
驚愕や、絶望や、論理や、意識が、破綻して、破壊されてゆく。
「よくも……、よくも、姫様を !!」
「リンク、……ッお前ええぇぇぇっ !!」
残ったものは、ただひとつの、激しい怒り。
相手が何者であろうと、この手で、滅ぼしてしまいたいほどの。
彼らの脆弱な抵抗を、嘲笑うかの如く。
一陣の風が吹く。
step05:湖畔
「あわわわわわ、あああ、ど、どどど、どうしましょうー……!」
「ドラゴンさん!」
「!! ……あ……!」
拳と刃を交えたマリオとリンクをどうにも出来ず、ただ慌てていたヨッシーは、
飛んできた声と近づいてくる羽音に、弾かれたように顔を上げた。
「ピットくんー……!」
短剣の形に分離させた弓を両の手に握り、ピットは、ヨッシーの目の前に着地する。
風が、髪と法衣と翼を派手にばたつかせる。
ピットはヨッシーの慌てぶりを一瞥すると、すぐに顔を上げて二人を見た。
互いの言い分など、まるで聞く気も無いのだろう。
ただがむしゃらに、持てる力をぶつけているといった様子のマリオとリンクの戦いぶりに、
ピットは軽く舌打ちした。
「ドラゴンさん。そっちは何があったんだ?」
「え、ええと、そ、それがですねぇー……。
リンクさんと二人で、おととい、森を抜けて……、
ずっと、平地を来ていたんですがぁー……」
わたわたと身振り手振りで、ヨッシーは必死で状況を説明する。
その大きな目は混乱に満ちていた。
口にすることも躊躇われるくらい、信じられないのだとわかるくらいに。
「少し前、真っ黒な……虫で出来た、ニセモノのピーチ姫に襲われましてぇー。
二人で迎え撃ったんですが、後少しというその時、急に逃げ出してぇー……。
そして、リンクさんが、それを追いかけたんですがぁー……」
ヨッシーはそこで、心配そうに、戦っている二人に視線を向けた。
屋敷で指折りの実力を持つマリオとリンクの目に見えるものは、過ぎる程に純粋な怒りだ。
他には何も見えていないかのように、互いの一挙一動だけを追って。
「あの丘の上で、ニセモノのピーチ姫は崩れましてぇー。
そうしたら、そこに、マリオさんがいたんです。
……誤解しているんです、マリオさんは、リンクさんが、ピーチ姫を倒したんだと!」
「……ちっ。やっぱりそうなのか。どういうことだよ……。
……こっちも状況はほとんど同じだ。
俺らの前に現れたのは、偽者の知恵姫(ゼルダ)だったけどな」
マリオはピーチを、リンクはゼルダを。
どこにいても、どんな時でも、彼らは彼女らを護ろうとした。
理由など知る由も無いが、そのことだけは知っている。
滅多に見ることの無い彼らの真の実力は、彼らの護るものの為にのみ存在しているのだと。
偶然か。偶然にしては、あまりにも出来すぎているではないか。
怪訝そうに眉を顰めたが、今はゆっくりと考えている場合では無い。
両手に握り締めていた柄を合わせ、武器を弦の無い神弓へと戻すと、
ピットは、未だおろおろと落ち着きの無いヨッシーに向き直った。
「ドラゴンさん。あいつら、止めるぞ」
「は、はいぃー? えええ、で、でも」
「一瞬でいい。
あいつらの気を、お互いから、逸らしてくれ」
首を傾げ不安そうなヨッシーに比べ、ピットは至極冷静だ。
手の中に集めた光を矢に変えて、深海色の瞳を交戦中の二人に向けた。
「あの二人がどんなに強くても、所詮、ヒトはヒトだ。
ミスターとドラゴンさんは仲が良いし、馬鹿勇者は根本的に馬鹿だし」
矢を番え、その先も二人に向ける。
「方法は何でもいい。本当に、一瞬でいい」
「…………」
ヨッシーは懸命に何かを考え、何度も何度も頭を振る。
やがて。
「……わかりましたぁー。任せてくださいぃー」
いつも通りの口調、しかし震えた声で、こう言った。
けれどその目は覚悟していたし、握り締めた手は怖がってはいない。
ピットはそれを見て好戦的に笑う。
そして。
「お前、何のつもりだ! 何でピーチ姫を……!」
「こっちの台詞だ! 何で貴方が姫様を……っ!」
落下の勢いで力を増した拳をリンクは剣で受け止める。
その瞬間、腕を大きく外に振りマリオを吹き飛ばそうとしたが、
マリオは片膝を地面につき、体勢を崩すことも無く着地した。
低い位置から跳び込んで、リンクに足払いを仕掛ける。
「……っ!」
それは思いもよらない速さで繰り出された。
避けきれなかった体が後ろに揺らぎ、仰向けのまま倒れ込む。
「くっ……!」
顔面目掛けてマリオは拳を繰り出したが、リンクは首を捻って避けた。
指の背が地面を撃った瞬間、リンクはマリオの腹部に膝を打ち込む。
「がっ……!」
「は……っ、」
マリオがよろめいた隙に、リンクは立ち上がり、剣を構えることに成功した。
ヒト二人ぶんの距離を置いて、風の中、二人は対峙する。
「…………」
「…………」
激しい怒りが、体の中の何かを掻きたてる。許してはいけないと、叫んでいる。
他には、何も聞こえない。
なぜ、戦わなければならないのだろう。
そんな当たり前の疑問すら浮かばない程に、彼らは冷静さを欠いていた。
冷静さを欠いている、という自覚も無かった。
マリオはぐ、と手を強く握る。リンクは刃を前方へ突きつける。
「……覚悟しろ」
風が吹く。
強く強く、世界を一心に駆け抜けて。
「行くぞ !」
戦う意志をはっきりと持ち、二人は同時に飛び出した。
その瞬間。
「行けませんんーっ、駄目です、マリオさん、リンクさんーーーーーーっ!」
「っ、!?」
「なっ……!」
何の前触れも無く近づいてきた声と気配に、二人は瞬時に振り向いた。
普段なら、必要以上に洗練された身体能力が簡単に反応したかもしれないが、
それはあまりにも唐突で、予想外だった為に。
マリオとリンクは双方共に、身動きが出来なかった。
ヨッシーは、ただ、勢い良く走った。他には何も考えずに。
ただ、真っ直ぐに。拳と剣が交わるであろう、二人の間に。
「ヨッシー……!」
「ヨッシーさんっ……!?」
二対の瞳が、動揺に揺れる。
突然目の前に跳びだしてきた、無防備なヒトの存在に。
ピットが望んだのは、正にそれだった。
光そのものの矢が、光のように速く、二人の心臓を貫き、消える。
そして。
「……ったく。余計な手間掛けさせやがって」
「……ええ、えええ、ええええええぇーっ!」
マリオとリンクは矢を受けた格好のまま、色素の無い人形になって草の上に倒れた。
それを見て、ピットもようやくその場へと歩いてゆく。
二体の人形を見て動じることもなく、珍しく溜息などを吐いてみせたピットは、
せっかく戦いが収まったのに、やっぱり慌てふためいているヨッシーに気づき、首を傾げた。
「ん? どうしたんだよ、ドラゴンさん」
「なななな、なんで落ち着いていられるんですかぁー!
あわわわ、マ、マリオさんがぁーリンクさんがぁー!」
「え? ……ああ。ドラゴンさんは、見てなかったのか」
偉そうに腰に手を当て、ピットは、息もせず転がったままのそれらを見下ろす。
いきものの色も、感触もどこにも見当たらない、それは本当に、ただの人形だ。
俺も推測で喋るだけで、何もわからねえよ、と、さらりと念を押してから、
ピットは子供っぽい顔つきの、深海色の眼差しだけを鋭くさせて、話し始めた。
「この“世界”で致死ダメージを受けると、俺達はこんな風に人形になるらしいんだ。
……で、ちゃんと生きているものが人形に触れれば、たちまち生き物に戻るらしい」
「……はい、……んんー?」
「それ以外のことはさっぱりだ。とりあえず、死ぬことは無いってことだけど。
まあ、さわってくれるやつがいなきゃあ、永遠に人形のままってことだしな。
俺は、ミスターがこの姿で、雲海に投げ出されてるのを見たから……」
まるで意味がわからないらしい、ヨッシーは手で大きな頭を抱えて唸っているが、
ピットはそれには構わず、視線を一心に、人形になった二人に注ぐ。
「……世界の理を侵さない為、か? ここが、本人の在るべき世界ではないから」
ぽつり、ぽつりと呟くのは、誰も疑問に思ったことの無かった、“世界”のことだ。
「世界ごと消えて無くなれば、たかがヒトひとり、どうでもいいだろう?
なら、まだ、この“世界”は……ヒトを護っているのか? どうして?」
世界が、崩壊したいのだと思っていた。
神様が、何も言わなかったから。
世界が、何かとても大きなもののために、自分自身を、闇へと変えた。
そんなものは信じられなかったから、岩の牢獄を抜けて、降りてきた。
それなのに。
「……この戦いは……。
……まさか、ヒトが、起こしたっていうのか?
……自分の、何かの目的のために?」
「ピットくん! ピットくんー!」
「……ん、ああ? 何だよ、ドラゴンさん」
ヨッシーの呼び声で、ピットは思考を中断して意識をそちらに向けた。
見ればヨッシーは、人形になったままのマリオとリンクの周囲をうろつきながら、
とても心配そうな顔でちらちらとピットを覗いている。
先程の話の、わかるところだけを無理矢理理解したらしい。
どうやら、二人を元に戻したいようだ。
表情からそれを見て取ったピットは、なんだか楽しそうに笑って。
「ああ、いいんじゃねえの? さすがに、頭も冷えただろうし。
その二人を叩き起こして、この状況を……」
もう少し真面目に考えて そう言いかけて、ピットは手を伸ばした。
人形をヒトに戻すため。指がふれそうになった、
刹那。
「! ッ、伏せろ!」
「ふえぇえぇっ!?」
ピットは手のひらでヨッシーの頭を地面に押さえつけ、自身もまた体を低く屈めた。
その直後、二人の頭上を、何か、浮遊物が通過する。
盛大に風と煙を巻き起こしながら、それは一瞬のうちに遠ざかった。
わけがわからないまま顔を上げた二人は、己の眼に映った光景に、目をまるくする。
「……!? 何……っ!」
「え、あああぁぁーっ!」
湿った地面の上を走るのは、黄色いボディの簡易カーゴ。
荷台には、ルイージ人形とネス人形を載せて。
アームには、マリオ人形とリンク人形を捕まえて。
乗り手は、青いからだの権力者。
“世界”が覆される前までは、皆と一緒に笑っていた。
「ご苦労だったな。……この二人は、いただいていくゾイ!」
「 デデデさんんーっ!?」
カーゴを楽に操縦しながら。デデデが、四人を乗せて、逃げてゆく。
「くそっ……!」
ピットはすぐに地面を蹴り、翼を羽ばたかせ宙に浮いた。
低空飛行で追いかけるが、距離はまったく縮まらないどころか、
どんどん離されてしまう。
「待て……!」
せめて、と叫んでみるが、そんな力の無いもので、止まるはずも無い。
ピットの様子をちらりと見て、デデデはにやりと笑う。
「フフン、せいぜい頑張るが良いゾイ! ワガハイは……」
「ねぇ、待ってよ。逃げないで」
「!?」
だが、デデデの表情は、一瞬にして凍りついた。
狼狽する瞳が、ぐるりと辺りを見渡す。
ずいぶんと、可愛らしい声がした。しかも、とても聞き覚えがあった。
「ダメだよぉ、へーか。何をしてるの?」
声は、上から聞こえた。手に入れたばかりの人形を掴んだままの、アーム部。
視線を上げる。
「ねぇ。答えてよ。何をしてるの?」
「……!」
そこには。いつの間に貼り付いていたのか。
カービィが、いた。
闇のような色の大きな目で、じっとデデデを見つめていた。
「カービィ……!」
「ねぇ、へーか。何があったの? この“世界”で、何が起きたの?」
「なっ……、わ、ワガハイが知るわけないゾイ!」
「ウソ」
カービィを振り払おうとデデデはカーゴを揺らすが、まったく効果は見込めない。
「ウソ。へーか、何か知ってるでしょ? だから、こんなことしてるんでしょ?
ボク、知ってるよ。
へーかはねぇ、ほんとはねぇ、わるいヒトじゃないんだよ」
「か、勝手なことを言うんじゃないゾイ! ワガハイは、大王として……っ」
「ウソ。
へーかが、何も言わなかったから……あのとき、ボクたちは、戦ったんでしょ!?」
怒鳴るように叫び、カービィは、カッターでカーゴとアームを切断した。
投げ出されたマリオ人形とリンク人形に、小さな手で飛びつき、さわる。
マリオ人形は赤帽子のマリオに、リンク人形は緑の衣を着たリンクに。
道の上に落ちた二人は、気を失ったままではあったが、確かに命を取り戻していた。
「しまっ……! ……っ、仕方無い、諦めるゾイ……!」
「逃げるの!?」
「ピンクだま、避けろよ!」
被害に構わず走り去ろうとしたデデデを追うカービィの後ろから、声が飛んできた。
続いて声を追いかけるように、光の矢が駆け抜けてゆく。
矢はカービィの右側を一瞬で通り過ぎ、音が届くよりも速く、カーゴを貫いた。
カーゴは黒煙を噴きながら、しかし止まることは無かった。
カービィとピットの足では追いつかない速度で、遠くへ消えてしまう。
追跡も追撃も諦め、カービィは地面に降りて、それを見送った。
その少し後ろに、ピットがふわりと着地する。
「……逃がしたか。
でも、まあ、少なくとも……どこかの、なにかの拠点へは帰るだろ。
これ以上、あの足で移動するわけにはいかないだろうしな」
「ピットだー。ひさしぶり!」
「ん? ああ、久しぶり。一人か?」
足元でぱたぱたと手を振っているカービィは、ピットの問いかけに頷き返した。
「うん! 大変なことになってたから、ずぅっとへーかをさがしてたの!」
「あのヒトを? そりゃあ、また、どうして」
「ピット、あのフネ、見た?」
「戦艦(ふね)……って、仮面さんの?」
「うん! そう、それ!」
影虫から成る軍隊を空から大量に降らせていた、空を行く戦艦だ。
ピットにはあれの目的以外のことは、よくわからなかったのだが。
今のところ唯一の手掛かりだから、追いかけよう、ということにはなったけれど。
「あのフネはメタきょんのだけどね。メタきょんが、こんなことするワケないもん。
メタきょんが、あのフネを盗ったヤツらのことを、知ってるかは、知らないけど」
「うん」
「それでね。あのね。
あのフネのありかを知ってるのは、ボクと、メタきょんと、へーかだけなんだ。
フネがほしいなら……ボクたち三人のだれかに、なにか言わなくちゃいけない」
「……。だとしたら……」
デデデは、人形になったものたちを、カーゴに載せて逃走した。
加えてカービィは、自らはもちろん違うし、メタナイトも違うと言っている。
「あのヒトが、“なにか”と、手を組んだのか?
なら、ミスターや馬鹿勇者を連れ去ろうとしたのは、納得が行くけどな」
「……。……あのね……」
そこでカービィは、一旦、言葉を切った。
その見た目や、普段の言動からは、まったく想像出来ないような。
ひどく悔しそうな顔をしていた。
「……まえにもね、ボクの“世界”では、こういうことがあった」
「…………」
「そのときはね。
その本当の原因を、へーかはぜんぶ知ってたのに、何も言わなかった。
自分だけわるいヒトになって、でもボク、何も知らなくて」
悲しんでいるのか、怒っているのか、これは、どちらなのだろう。
ヒトの感情のことなどどうでもいいピットには、まったく見分けがつかないのだけれど。
ただ、ひどく、悔しそうだった。
それだけは、理解できたような、そんな気がした。
「…………」
「へーかはねぇ、ほんとはねぇ、わるいヒトじゃないんだよ。
いつも、ちょっとエラソウだけど。
へーかはねぇ、ほんとはねぇ、“世界”とか、みんなのこと、ダイスキなんだよ」
カービィは、デデデが遠く逃げていった方角を見つめる。
風が吹いている。
水面に映る世界が、揺れる。
「へーかがわるいことするときは、なにかが起きてるとき。
だから、へーかは、ゼッタイなにか知ってると思って、さがしてたの。
メタきょんのフネのことも、もしかしたら、それ以外のことも」
逃げられちゃったけどね。そう言って笑ったカービィは、すっかり元の表情に戻っている。
ピットはカービィの話を頭の中で整理しながら、何事か考えた。
思考を巡らせる。
戦艦ハルバードは、カービィでもメタナイトでもないものの手で強奪された。
おそらく、その原因は、デデデにあるのだろう。
しかしカービィは、現在のデデデの行動は、何かを助けるためなのだと言う。
何か 何かとは、この“世界”と、そして、そこに暮らす者達のこと。
ならば、デデデ自身が全ての元凶であるということは、やはり無いだろう。
そして彼の行動を考えれば、元凶がこの“世界”の誰かであることも無い。
普段の顔触れの中に元凶があるならば、デデデの行動は、遠回り過ぎるのだ。
もしそうなのなら、こちら側の者全員で、奇襲でも何でもすれば良い。
お互いの力量くらいは把握しているし、こんな世界を望む者が大多数であるわけもない。
第一、世界を覆すなどという大それたことを、やれる者がいるとも思えない。
では、どうしてデデデは、そうしないのだろう。どうして、独りで何かをしているのか。
「…………」
それは、そうしなければいけない理由があるからだ。
それは、例えば。
全員が一丸となるだけでは、どうにも出来ないほどに、強大な力。
それは、例えば。
ほんの一瞬で世界を闇に変え、日常を戦場へ変えられるような力。
影虫が成す軍、それを指揮する何か。
ワリオやその他のものを唆した何かが、向こう側にいると考えた方が良いだろう。
天空界の岩の牢獄、水鏡で見た空中スタジアムには、マリオ達に牙を剥くワリオがいたが、
彼はきっと、向こう側に与したのだ。何かの目的があり、手を組んだ。
ワリオだけではなく、もしかしたらもっと、他にもいるのかもしれないけれど。
デデデは、利用されたのだろうか。戦艦ハルバードを強奪した、何者かに。
それならば、カービィの言うとおり、デデデは何かを知っている。
一番の問題は。
その“向こう側”が、一体、“何”であるのかだ。
「…………」
「マリオさぁーん! リンクさぁーん!」
「……あ、いけね。忘れてた」
何だかとても嬉しそうな声に、ピットはまたしても考えることを放棄させられた。
視線を向ければ、ヨッシーが半分踊りながら、その場でくるくると回っていて。
どうやら、マリオとリンクが目を覚ましたようだ。
額をおさえながら、よろよろと、その場で体を起こしていた。
たたたっ、と駆け寄るカービィの後に続いて、ピットもそちらへ向かう。
「……う、……一体、何が……」
「マリオさぁーん! ううううっ、良かったですねぇー!」
「……ヨッシー……? ……俺は、確か…… ……!」
「!! ……姫様! 姫様は……っ!」
「ガタガタうるっせえな、馬鹿勇者。ちょっとはものを考えろよ」
倒れる前のことを思い出した瞬間、弾かれたように剣に手をかけたリンクに、
ピットは仰々しい溜息を吐き、心底呆れたような声をかけた。
まだいまいち状況が理解できていないらしい、マリオとリンクは顔を上げ、
怪訝そうにピットを見ている。
「ピット……? お前、いつの間に……」
「ミスターと一緒だったんだよ。あのな、よく聞けよ、勇者さん。
ドラゴンさんから聞いたんだけど、お前、偽者と戦ったんだろ?」
「え……。……あ、ああ……」
「誰だったんだよ。その偽者」
偽者と、と口にした瞬間、マリオがぴくりと反応を返す。
リンクは不思議そうに首を傾げると、少し前の出来事を思い出そうと、
視線を少し上へと泳がせた。
「誰……って。……ピーチ姫の偽者だったよ。でも、それがどうか……」
「……! 何だって!?」
「え? マリオさん? 何、」
「俺とピットが戦ったのは、ゼルダ姫の偽者だ!」
「!」
マリオとリンクはお互いに顔を見合わせ、その時、お互いの誤解を理解した。
マリオはゼルダの偽者と戦い、それを撃破したこと。
リンクはピーチの偽者と戦い、やはり、それを撃破したこと。
戦いの場、二人の偽者が掻き消えた場所が、たまたま同じ場所だったこと。
そして、消滅した二人の偽者を。
お互いが、お互いの主(あるじ)だと思い込み、殺意を向けたことも。
「…………」
「…………」
「…………すまん。リンク」
「…………いえ。オレの方こそ……すみません」
「そんな一言で解決するんだったら、何で戦ったりしたんだよ。
ったく、本当、わけわかんねえな。人間って」
ピットの悪態を聞きながら、二人はとても申し訳なさそうに肩を竦める。
が、そんなことをしていてもどうしようもない。過ぎたことは過ぎたことだ。
マリオとリンクは立ち上がると、もう一度だけ、謝罪の言葉を繰り返した。
その様子を見て、そして、己の言葉を顧みて、ピットはふと疑問に思う。
マリオがヨッシーと、そしてカービィと話しに行ったその隙に、
ピットはさりげなくリンクの隣を陣取り、ひそやかに尋ねた。
「なあ。本当に、何で戦ったんだ?」
「……え?」
「らしくない、って言ってんだよ。
本当は誰よりも冷静で、しかも、上に馬鹿のつくお人好しのくせに。
何か、おかしくねえか?」
深海色の瞳が、リンクの空色の瞳を、射抜くように見る。
「タチの悪い例え話だけど。
あの、赤髪の番犬が、ピカチュウを手にかけたとしても 、
普段のお前なら、まずは疑ってかかるんじゃねえの?」
「……。……これでも、色々あるんだよ。オレにもさ」
しかしリンクは、ピットの質問のような脅迫を、簡単に流してみせた。
顔に浮かぶ微笑みはいつものものだが、何か別人のように見えるのは気のせいだろうか。
「…………ふーん。」
ピットはしばらくリンクを見ていたが、やがて、興味を失くしたらしい、
くるりと回り背中を向け、マリオ達の方へすたすたと歩き出した。
「まあ、何でもいいけどな。別に、どうでもいいし」
「ああ、助かるよ。……ところで……」
「……何だって!? ルイージが……!」
問いかけを遮ったマリオの声に、リンクと、そしてピットがそちらに目を向けた。
見ればそこでは、カービィがヨッシーの頭の上で、マリオに何かを話している。
おそらくは先程の出来事を伝えているのだろう。
デデデが逃げるための足とした壊れかけのカーゴには、
ルイージ人形とネス人形が、命の色を持たないまま乗っていたから。
「そーだよぉ、ルイージが! ネスもいたの!」
「あわわわわわ。ネスさんまでですかぁー……」
「くそ……、何がどうなってるんだ!
姫はワリオに攫われて、デデデは俺達を捕まえようとして、
ああもう、一体、この“世界”に何が起きてるんだ!?」
「そのことなんだけどさ。ミスター」
マリオとヨッシー、カービィの元に、ピットと、続けてリンクが集まる。
五人は道の上に輪を作った。
誰もがもう、巻き込まれている。何か、とても大変なことに。
「社長さんと、大王さんは、俺達の目から見れば、同じことをしてる。
だけどピンクだまは、大王さんは違う、って言うんだ」
「へーかは、わるいヒトじゃないもん! でも、ゼッタイなにか知ってる!
今、すごくたいへんなことになってて、そのためになにかしてるんだよ!」
「……って、わけだ。
……で、これから話すのは、俺の、憶測だらけの話なんだけど。
全員の持ってる情報は道中で話すとして、だからとりあえず、結論だけな」
あらゆる経緯、未だ知り得ない、再会出来ていない者達。
わからないことの方が多いが、それでも、わかったこともある。
「俺は、この“世界”を喰い尽くそうとしている何かが、いるんだと思う」
その何かは、ある日、この世界のすべてを覆した。
「……それは……俺達の仲間内の誰か、じゃなくてか?」
「だとしたら、大王さんは、何で俺達に協力しろって言わないんだ?
ピンクだまの言うことを信じれば、だけどな。
大王さんは、ハルバードを悪用する為の手伝いをした。
だけど今は、悪いことのために行動してるわけじゃない、って言う」
「ではぁー……。デデデさんはぁー、騙されたんですかねぇー?」
その罪滅ぼしでもしたいと言うのなら、確かに一人で何とかしようとするかもしれない。
だが、彼が本気で“世界”のことを思っているのならば、
こんな状況になってまで、そんな意地や正義を通そうとするだろうか。
「何で、一人でこそこそと動いているんだ? 理由が無いわけ、ないだろ?
なら、その理由は何だ?」
「……工作、か。……打開策、って言ってもいいな。
……オレ達が協力して戦うだけでは、どうにもならない時のための。
……だから、協力できないんだ。……違うか?」
「つまり……」
皆の表情が変わる。
未だかつて、見たことも無いような、真剣な顔つき。
「俺達が一丸になっても敵わないかもしれない、“何か”の可能性……か?」
「ああ。
そんな、圧倒的な力を……屋敷の連中が、持ってたと思うか?」
屋敷には、敵同士だった者達もいた。マリオとクッパ、リンクとガノンドロフ。
だけど。
そんな力を宿しているのならば、そもそも、あんな日常には、いなかった。
全部推測だ。手持ちの情報を並べて、足りないところを無理矢理継ぎ足しただけの。
けれど、知らない誰かが、知らない力で、確かに。
何かの目的のために、この“世界”を、どうにかしようとしている。
「……追いかけよう」
ぽつりと、マリオが言った。それは、その場にいる全員の心の代弁だったに違いない。
自分達が戦う理由を、戦うべき敵を。
けっして、見過ごすわけにはいかない。
「デデデが何か知ってるんだったら、俺達はそれを知らなきゃ駄目だ。
それが、デデデの考えに反することだったとしてもな。
そいつは、この世界の明確な敵だ。……絶対に、倒さなきゃいかん」
「さんせい! そんなにつよいヤツなんだったら、へーか、タイヘンだもん!」
「私も賛成ですねぇー。
ちゃんとした理由を聞かないと……一人にはさせておけませんねぇー」
マリオに続いて、カービィが、そしてヨッシーが声を上げる。
「じゃあ、決まりだな。勇者さんは、まあ、もちろん賛成だろ?」
「……。……ああ」
ピットの言葉に、リンクはなぜか、形容しがたい苦笑を返した。
どうしてそんな顔をしたのか、ピットは疑問に思ったが、
今は早く、デデデを追いかけ、捕まえるべきだろう。この戦いの真実を掴むため。
「よし。 行こう!」
くすんでいるのに蒼く晴れた空に、マリオが高らかに、戦うことを宣言する。
「あっ、待ってよぉマリオぉー! ぬけがけきんしぃッ!」
「待ってくださいぃー、マリオさんんー」
湖畔の真っ直ぐな道を勢い良く走り出したマリオを、
カービィとヨッシーが追いかける。
三人の後ろ姿を見ながら、ピットはくく、と楽しそうに笑った。
「はははは! 楽しそうだな、あいつら」
「……なあ。ピット」
「……ん?」
呼び声に振り返ると、剣を背にかけたリンクが、ただ、ピットを見据えていた。
きょとんとした顔をしていると、リンクは返事を待たず、再び口を開く。
「……お前には、話しておこうかな」
「……何をだ?」
「この“世界”は、今……本当に、大変なことになってるらしいんだ」
それは。
とても、普段のリンクらしいとは言えない声、言葉だった。
ピットは眉を顰める。
「…………」
「言っておくけど、オレだって、知らないことの方がずっと多いんだからな。
オレは、ただ、伝えられただけだ。
まだ、みんな、生きているから。だから、まだ、大丈夫だけど。
急がないと 早く何とかしないと。間に合わせないと。
オレ達の抵抗なんか待つ間でもなく、この“世界”は消滅するぞ」
目の前の青年は、確かにピットの知っている、リンクの形をしている。
だけど。
これは、……誰だ?
「…………」
「だから、行こうか、ピット。
早くしないと、大事なものも、全部まとめて失うぞ。
おーい、カービィ! あんまり急ぐと、転ぶぞ!」
走り出したその瞬間、彼は、よく見るいつもの彼に戻った。
案の定すっ転んだカービィを見て、心配そうに、そしてちょっとおかしそうに笑う。
それがあまりにも、いつものリンクらしかったから。
ピットには、彼の正体を疑うことが、出来なくなってしまった。
「…………」
リンクの後を追うように、ピットも走り出す。
何があっても、今はただ、真実を知るものを追いかけることが最優先であるから。
風が、五人の戦士の背を押すように吹いている。
それにより舞い上がる砂埃が行く先を阻んでも、
彼らはけっして、止まることは無かった。
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