step02:荒野

「つっ……!」
「マルス!」

舞い上がる砂埃と共に撃ち出されたガレオムの弾丸を避けきれず、
マルスは大きく吹き飛ばされた後、膝をついて折れた。
すぐに体勢を立て直そうとするが、変に捻ったらしく、右の足が動かない。

その様子にいち早く気づいたアイクは、一瞬だけマルスの方を振り返った。
思わず、といった様子の舌打ちと共に、神剣ラグネルの柄を握り直して走り出す。

「待て、アイク! 敵は攻撃態勢に……」
「覚悟しろ……!」

メタナイトの静止を無視して、アイクは高く跳躍する。
そして、

「……はあぁあっ!!」

アイクは裂帛の気合いと共に、剣を振り下ろした。
今まさに拳を振るわんと構える、ガレオムの脳天目掛けて。
これは、アイクの必殺技   “天空”だ。

アイクの剣はガレオムの頭を割り、胴体を縦に裂き、
脚の付け根にひびを入れてから、主人と共に着地した。

ガレオムは体から黒煙を吐き出しながら、叫び声とも爆発音とも取れる音を発した。

足元の地面が、派手な音と共に崩れていく。

「!」

アイクは素早く後退し、その場から離脱した。
メタナイトも、その見た目からは想像も出来ない腕力でマルスを抱え、
空中へと退避する。

ガレオムは壊れかけた体で、そのまま地下世界へと落ちていった。
覗き込んでみても、底は深く不明瞭だ。
淡い紫色の光が、雪のように白い壁をぼんやりと照らしていることだけがわかった。

「卿……! あれは……」
「……ああ。おそらく、遺跡でもあるのだろう。
 奴はもう、長くは持つまい。こちらへ戻ってくることは無いだろうが……、
 ……あそこに誰か、迷い込んでいなければ良いがな」

メタナイトにとっては、最後の一言は単なる独り言であったのだが、
どうやら隣にも聞こえていたらしい、マルスはその端整な横顔に翳を落とす。
離れ離れになってしまった屋敷の者達の顔を思い出したのだろう。
それに気づいたメタナイトは、すまない、と謝ったが、
返ってきた微笑みが無理矢理作ったものであることくらいには気づけた。

「マルス!」

地上から、大して疲れた様子も見せないアイクがマルスを呼ぶ。
捻った右足が心配なのだろう、その表情には珍しく焦りが見える。

「マルス殿、掴まっていてくれ。下りるぞ。
 あれの行方は気になるが、まずはその足の処置をせねばなるまい」
「あ……、……はい。……あの、ありがとうございました」
「礼には及ばん。こんな状況だからな。
 ……それにしても……、
 ……半ば気合で、あの巨体を打ち倒すとはな」

アイクを見下ろし呟くと、アイクは強いですから、とマルスが言う。
だがきっと、大きな理由はそれではないだろう。火事場の何とやら、というやつだ。
そんなことには全く気づかない様子でアイクを讃えるマルスに溜息を吐き、
メタナイトは翼を大きく広げた。
華奢な身体を抱えたまま、ゆっくりと慎重に下りていく。

「マルス、足の怪我は……!」
「ちょっと痛むけど……だけど、平気。ありがとう。
 それよりも、アイクの方こそ……」

地面に降りるや否や、怒るように心配しながら詰め寄るアイクに、
マルスはこんな時でも綺麗な、ふんわりとした微笑みを見せた。
アイクがあんなふうに焦ったり、心配するのは、メタナイトの知る範囲ではマルスだけだ。
今日も今日とてマルスのことが大事で仕方無いらしいアイクを眺め、
メタナイトは、微笑ましいものだ、と笑う。


三人は、ガレオムが開けた穴から離れたところでひとまずの休憩を取った。
その後、
念のためと見張っていたその場所からガレオムが飛び出てきて、
しかもその手にリュカとホムラ  ポケモントレーナー、と呼ばれる者だ  を捕まえているのを見た時、
三人が三人とも、思わず言葉を失う程驚いたのは、言うまでもないのだけれど。






   何でだよ。何で……』

   何の前触れも無かった。
賑やかな商店街や、花が咲く公園や、夏がくるたびにささやかな釣りをする小川や、
その他、その“世界”にあったすべてのものが、一夜にして覆された。
原因はわからない。理由なんか、わかるはずもない。ただ、世界は変わってしまった。
人間が立ち入れるはずもない雲海や、焦げたにおいがする戦場、迷い込めば出られない森。
世界の、世界に住むものたちの、本当のすがたを思い出したかのように。

『何で、俺だけ……。何で俺だけが、帰らなくちゃいけないんだよ。
 何で、こんなに急に、離れなくちゃいけないんだ。どうして   

屋敷に住んでいたものは、“世界”が変わったその瞬間、散り散りになってしまった。
手合いでも無く、試合でも無い、生きるための戦いを強いられた。
そんなのは珍しいことでは無かったが、文字通り“世界”が違う。
頭は混乱し、心は動揺し、それでもなんとか生きている。

戦場の砦で目を覚ましたマルスは、すぐにメタナイト、続いてアイクと合流することが出来たが、
他の皆はどうなのだろうか。頭を過ぎる様々な可能性に、マルスは胸を塞がれる。

メタナイトとアイクには、特に異常は見られなかった。
二人は屋敷の住民の中でも、踏んでいる場数が遥かに違う。リンクには敵わないかもしれないが。
ガレオムの自爆から逃れたリュカとホムラにも、幸い、大きな怪我は無かった。
そしてマルスは足首を多少捻ったくらいで、今はもうほとんど痛まない。
だがこの先会うものが、不幸なことに巻き込まれていないとは限らない。
出会えない、なんてことは  もう、想像もしたくなかった。

なぜ、世界は変わってしまったのだろう。
理由はわからない。

傾いた陽の光の中を皆で歩きながら、一番後ろをついてきていたマルスは、ふと、顔を上げた。


「…………」


きっと、世界中の絵の具で塗りつぶしたって、こんな色にはならないだろう。
それほどあざやかで、まぶしくて、せつない赤が、空を覆い、荒野を照らしていた。
自分の前を行く長く伸びた影を見つめながら、マルスは考える。
いったい、この世界は、今、どんなふうに変わっているのだろう。
戦争とは無縁の、退屈な平穏だけが約束されたところだったのに、どうして……。

「…………?」

そのとき。
ふいに誰かに呼ばれた気がして、マルスは立ち止まり、振り向いた。
広がる荒野。自分の心ごと染まってしまう錯覚をしそうな、赤。
炎のような、命のような、それは、ただ  本当に、赤くて。

見つめていると、胸の中がとつぜん苦しくなった。
思い出さないようにしていたものを、無意識に思い出してしまった時のように。
あたりまえのように咲いている花に、いつか終わりがあると考えた時のように。
悲しいことを、いつものことだと思ってしまった時のように。
いつもどおりの夕暮れが、今また訪れているように。

悲しいことは、たくさんある。悲しいと思わないと決めただけ。

そして。

「………………」

マルスは、ふと、いなくなってしまった少年の名を思い出した。
その少年は、以前、この世界にいて、マルスのいちばん近くにいた。

本当に唐突だった。
この“世界の”管理者にいきなり呼び戻され、気づいたときには消えていた。
理由も教えてくれなかった。ただ、帰らなければならない、としか。

何で、どうして、どうして、こんなにいきなり。
そんなふうに、少年は叫んでいた。
怒っているような、悔しがっているような、悲しがっているような。
それでもマルスは、何も出来なかったし、何も言えなかった。
引き止める権利なんか、自分には無いと思ったからだ。
そして、少年がいなくなっただけで何も変わらない時間を、いつもと変わらず過ごしていた。

思い出したのは、この赤い景色のせいだろうか。
赤い色が大嫌いだった自分の心に、図々しいくらい自然に入り込んでいた。
炎のように、命のように、この夕陽のように赤い、はねた髪。
理想を見ながら誰より現実を見据えていた、なつかしい碧色の瞳。

「……ロイ……?」

いつも、当たり前のように傍にいた。
言葉に出来なかったけど、大好きだった。
だけど、今は。

もういない。
この世界の、どこにもいない。
誰も、答えない。

      マルス?」
「……あ、……ごめん……、」
「あまり離れない方がいい。行くぞ。
 ……それとも、足が痛むのか?」
「……ううん。何でもない。……大丈夫、ありがとう」

前を行く青年が、立ち止まりこちらを見ている。マルスは慌てて後を追う。
前に伸びる影は長く長く、自分の身長よりもうんと長く伸びている。
高くも無く低くも無い背丈で、まぶしい光に照らされた赤い世界を見つめながら、
マルスは再び、荒野の道無き道を歩き始めた。



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