○ さよならの会話 ○
本当の後編




「ねえ、リンク。
 ピットさんと、お話、した?」
「……え?」

屋根の上、リンクの頭の上で遠く街の景色を見下ろしながら、
ピカチュウは突然、そんなことを言った。
仲直りをしたというか、元通りになったといっても、
やはりその口からその名前が出てくるのが、まだちょっぴり悔しくて、
リンクは思わず間の抜けた返事を寄越す。

「さっきまでここに、ピットさん、いたでしょう」
「……聞いてたのか?」
「ううん。羽が落ちてるから」
「……ああ」

そういえばさっき、一枚飛んできたような。
まあ確かに立ち聞きはピカチュウの趣味じゃないし、と、
リンクは平常心を持ち直して、ようやく答えた。

「ああ、したよ。あいつ、思ってたよりも、いい奴だな」
「ピットさんは、ちゃんといいひとじゃない」
「……そうか? ……何か、けっこう性格悪く見えるけど」
「そんなふうに言うの、珍しいねえ。何かあったの?」
「……。」

何かあった、っていうか。

「……うん、まあな」
「ふーん。もめごと?」
「……いや……。」

そもそも彼がリンクを煽ったおかげで、あんな事態に陥っていたわけなのだが。
そんなことをふと考えて、リンクは、はっ、と思い直す。
違う、だから、あんな事態になったのは、自分が勝手に怒った所為だ。
ああでもあいつはオレがどんなふうに考えているかわかってたみたいだし、
だったらあれはわざとだったということで、
あれでもだったらあいつが悪いんじゃないか? いやでもそれは自分が勝手に、
ピカチュウからしてみれば、オレが勝手に離れていたのだと考えるのが正しいし、
だったらやっぱり悪いのは自分なんじゃないだろうか。
だって彼は純粋にピカチュウが気に入っただけで、でも途中から嫌がらせが、
……とりあえず落ち着けオレ。

「どうしたの。あんまりいろいろ考え込むの、良くないよ。
 ただでさえ色々背負い込んでるのに、胃に穴が開くよ?」
「……いや、うん。……そうだな」

事態がこじれても、元に戻ってみても。
何だか結局何も解決していないような気がするが、
そもそも別に何も起きてはいないのだ、と。
自分が勝手に怒っていたこと以外は。

頭の中で無理矢理整理をつけて、リンクははあ、と溜息をついた。
ピカチュウがその様子を、こくん、と小首を傾げて見ている。

「だいじょうぶ?」
「……うん。ありがとな」

ちょっぴり情けない気持ちで、笑って。
リンクはぼんやりと、夜空を見上げた。

視線を顔ごと上げれば、頭の上のピカチュウが、頑張って捕まっている気配。
なつかしい重みを嬉しく思う自分に呆れながら、リンクの瞳が何かをつかむ。
夜空。
掻き消えそうな星の光。
真っ暗闇の中の。
   白い三日月。

「……、」

月はリンクにとっては、とても馴染みの深いものだ。
馴染み深いというよりは、さんざん世話になっている、という方が正しい。
例えば夜の暗闇を歩くようなことがあった時、
目印になるものは、たった一つの星と、そして月だけなのだから。

ふと、思う。
どうして、彼は。
白い翼をなくして、たったひとりで。
月を見つめていたのだろう。

「……。
 ……なあ、ピカチュウ」
「なあに?」

自信に満ちて、えらそうで、どこか人を小馬鹿にしたような、いつもとは違う。
その横顔を、
さびしげに揺れていた瞳を、
透きとおすような声を、

リンクは、忘れない。

「……あいつさ。誰かに似てるよな」
「あいつ?」
「ピットだよ。……誰かに似てるのは、わかるんだ。
 でも、誰に似てるんだろう、と思って」

大地をうつしたような茶色の髪、深海に引きずり込むような青い瞳。
見たことの無かった、白い翼。
ところどころに、藍や藤とか、翠が混ざったような。

「別に、迷うようなことでもないと思うけど」

きょとん、と目をまんまるく見開いて。
ピカチュウは、言う。


「だって、ピットさん。
 マルスさんに、そっくりだもの。あんまり似てて、びっくりしちゃった」


当たり前のように。
紡がれた、それ。

「……マルス?」
「うん。似てない?」
「……似てない」
「そうかなあ。少なくともこのお屋敷の中では、一番似てると思うけどな」

淡々と、ピカチュウは答える。
小さな親友がきっぱりと言いきるそれに、リンクは頭を捻りながら。
ピットと、マルス。
白い天使様と、青い王子様。

似ている、だろうか。

「……」
「僕は、似てると思うよ。……そうだね、何でってね   


あの時。
青い空から、真っ白な翼が落ちてきたときに、感じた予感は何だったのだろう。
昔、旅路の途中で読んだ話には、白が落ちるのは終焉の予兆だと書いてあった。
物語に答えは無いし、正直本には通じていないので、
意図するところはさっぱりわからなかったわけだが。

勘違いに終わったけれど、喜ぶべきことを喜べなかったこと。
その姿を、奇妙だと感じたこと。
隣で変わった何か。
祈り。

リンクの頭の上から、屋根の上にぴょん、と跳び下りて。
ピカチュウは、まっすぐにリンクを見上げる。
そして。


「リンクが、ロイさんを嫌いなのと、おんなじ理由じゃない?」


「……   !!」


響かずに届いた声に、リンクは思わず言葉を失った。
驚愕に見開かれる瞳が、何を物語っているのか、考えなくても、わかってしまう。

息の止まりそうな気配をまとってリンクはピカチュウに顔を向けたけれど、
ピカチュウは動じなかった。


「人間は、不思議だね。
 好きな人にも嫌いって言うし、嫌いな人にも好きって言うんだもの」
「……っ、お前……、」
「好きな人でも嫌いと思うし、嫌いな人にも好きと思うよね。
 しかも、それに嘘が無いなんて、……今なら少しはわかるけど」


屋敷増築計画表、なんていう、ふざけた手紙が来たのは、もうずっと前。
それからしばらく時間が経って、世界はまた少し変わっていった。
今ならわかる。
世界はかわる。
そう、
ずっと昔なら聞き流すだろう、言葉で。


「……気づいてた……のか……?」
「……。
 だって、僕は、リンクの親友だもの」


終わりの予感だ。
全てが白にかえるまでの、
短い時間。




「気づかないと   思った?」




終わりにしようと、誰かが囁く。
さよならの時間だ、と。
誰が、何を、どんなふうに終わりにするべきなのか。
わかるはずは、ないけれど。


途切れる会話。
お互いに、お互いの目を見つめ合ったまま。
隠しごとを光のもとに晒して、
もう何も言うことは無い。



冷たい空気につつまれる世界を。
真っ暗闇の中の白い三日月が、一切の感情を持たずに、見下ろしていた。

←後編



いつもより大分長い後書き


SmaBro's text INDEX