〜第二幕〜 |
若者とねずみさんに発見された一寸法師は、 ことの成り行きで、結局二人のおうちのお世話になることになりました。 とは言っても、一寸法師はその名のとおりとても小さかったので、 食費寝床その他で特に困ることはありません。 強いて言うなら、一寸法師の服の調達がちょっとやっかいでしたが、 適当に切った布地を与えれば、一寸法師は勝手に自分の服を作っていました。 針と糸はどうしたのでしょうか。 ロイという名前があるにもかかわらず、何故か一寸法師と呼ばれながら、 一寸法師は一見穏やかに、実のところかなり過酷に過ごしていました。 人の良さそうな若者、可愛らしいねずみさん、と、 女の人はいませんでしたがとても理想的な環境であるのに、 一寸法師はいつだって心が休まりませんでした。 ……というのも、 「一寸法師さーん。ごはんだよ〜」 「だああああぁっ、わかったから人の頭に手をぽんと置くなー!!」 「えぇー、だってー。ふふふ、なんだか可愛いだもん〜」 「可愛いって言うなああああぁぁぁっ!! お前っ、表向き褒めてそうで実は小さいってけなしてんだろーッ!!」 「別にけなしてはいないけど、僕より小さくて、可愛いなーって」 「うぅるぅせえええぇぇ!! 俺は小さくねぇーッッ!!」 「……いや、小さいと思うけどなあ……。」 「だーっ、黙れそこのへたれ!! 俺は……ッ、……俺は――――――!!」 ……このような会話が、毎日毎日、飽きもせず繰り広げられていたからでした。 一寸法師はどうやら、自分の小ささをかなり気にしていたようでした。 そういう生物なのかどうかは知りませんが、確かに一寸法師は、 若者やねずみさんと比べると、かなり小さかったのです。それはもう、かなり。 どれくらい小さいかというと、人間の親指くらいです。 ですがやはりここは小さいということにつっこまないと話が進まないので、 若者とねずみさんは、たいへん心苦しい思いをしながら、小さいと連呼していました。 人の良い若者、可愛らしいねずみさんに見守られながら、 一寸法師はとっても元気に、泣くほど元気に、厳しい冬を越えました。 ―――やがて、雪がとけ、川の水がやわらかな涼みを取り戻した、春のこと……。 ****** 「俺は旅に出る」 キッパリ。 ハッキリ。 ざぶとんにきっちり正座をしながら、一寸法師は告げました。 「……へ?」 人間サイズのざぶとんにちょこんと座る一寸法師は、まるで豆つぶのようでしたが、 なんとかそうは言わずに、自分の心の中で呟くことまでで踏みとどまりました。 若者は正座をしながら、ねずみさんは隣にちょこんと座りながら、 目をお月さまのようにまるくして、一寸法師を見つめます。 「旅? ……どうして、急に」 「春は、いろんな人が出るからねえ。……でも本当、何で急に?」 「俺を変態みたいに言うな、ピカチュウ。 ……とにかくっ、俺は決めた。 旅に出る。都に出る。出るったら出る!!」 意志はかなり固いらしく、一寸法師は二人を見たまま視線を逸らそうとしません。 ただごとではないな、と若者は思い、とりあえず正座していた足を崩しました。 あぐらをかいた姿勢でふう、と一息ついて、珍しくまじめな顔で、たずねます。 「……お前がそう言うなら、オレは止めないけど……。 ……理由だけは、聞かせてくれないか?」 「そうだねえ。いちおう、おやみたいなものだったしね。半年だけだけど」 「…………俺にとって、ここは、屈辱だったんだ」 ぼそり。 こちらも珍しくかなり深刻な声で、静かに言いました。 「……屈辱?」 「……俺……、修行だ! って言って、この山に放り出されたのに。 ここでいつまでもぬくぬくしてたら、全然修行じゃないだろ。 おかしいよな、って思ったんだ。……それに……、」 正座をした足の上で、ぎゅうぅっ、とかたく手を握って。 一寸法師はねずみさんを、ぎっ! とにらみつけました。 「……俺はここにいると、いつまで経っても、 ……小さいって言われっぱなしなんだよ……ッ!!」 「……それは事実でしょ」 「うーるーせーええぇ!! 小さい、って言うなーっっ!! ああっ、どれだけ屈辱だったか……!! いつもは俺より小さいピカチュウに、小さい〜なんて言われながら、 頭に手をぽんと乗せられてッ……!!」 細かいつっこみは禁止です。 「……っと言うわけだから!! 俺は旅に出る!! 出るったら出る!! 止めんな、もう決めたんだ!! 春に都に行く、って!!」 「いや、別に、止めやしないけど……。」 若者は事も無げに返しますが、 もうちょっと名残惜しそうにしても良いのではないでしょうか。 「……まあ、いいさ。やっぱ、世界に挑戦、っていうのは、あるよな。 男として。 オレは応援するよ。ピカチュウもそれで、いいだろ?」 「うん。僕は、リンクが良ければそれで良い」 優しく微笑む若者。ねずみさんも、にっこりと笑います。 そして若者は、何故かちょっぴり不機嫌そうな一寸法師に向き直ると、 いつもと変わらない口調で、あれこれとたずねました。 「で、一寸法師。旅に出るんなら、準備は必要だろ? 剣に、食料に、笠に。他に何か、あるか?」 「え……。……あ、ああ、そう……だな」 まさかこんなに惜しみなく協力をしてくれると思っていなかった一寸法師は、 心の中に気恥ずかしさを隠しながら、今まで考えていたことを口にしました。 「……舟と櫂(かい)、かな」 「舟と櫂? 海……じゃないな、川を渡るのか?」 「ああ。……俺の歩幅じゃ、徒歩の旅は一生かかっても終わんねーだろ」 「……ああ」 どうやら納得してくれたようです。 「川なら、一気に都に行けるもんねえ。うん、いいんじゃないかな」 「用意してもらえるか?」 「ああ……、それは別にいいんだけど……。 ……どうするかなあ……。」 辺りをぐるりと見渡して、若者は少し困りながら言いました。 と言うのも、しつこいようですが、一寸法師はとても小さいのです。 剣、食料、笠、そして、舟に櫂。 どれも人間サイズでなら用意はそれなりに簡単でしたが、 一寸法師サイズとなると、話は別です。 知恵をぐるぐるとはたらかせながら、若者とねずみさんは悩みました。 何か、代わりになるものはないでしょうか。 部屋中を見回し、ほこほこと湯気をたてているお鍋を見つけ、 ああ、そういえば、お昼ご飯がまだだったなあ、と、こっそり思って、 そして。 「「……あっ!!」」 若者とねずみさんは、同時に思いつきました。 「? な、何だよ?」 「これだ、これだ! 良かったな、舟、見つかったぞ」 「へ?」 「お味噌汁のお椀だよ。これならぴったりだと思うよ」 予備のお椀を頭に乗せて、ねずみさんはにっこりと笑いました。 ことん、と、丁寧に、一寸法師の隣に、お椀を置いてあげます。 ……確かに。反論の余地も無く、一寸法師の大きさに、お椀はぴったりでした。 「これなら水にも浮くし、ね」 「で、剣は、……斬るタイプじゃなくて申し訳ないんだけど、 これ。裁縫用の針、使ってくれ、な」 「……はあ、どーも……。」 布で作った針入れと一緒に、若者は一寸法師に、針を渡しました。 糸を通すための穴が、まるで柄のように見えましたので、 一寸法師はそこを握って、すらりと針を引き抜きました。 紛れも無く、ただの針でした。 自分の身体に比べるとちょっと大きめだったのですが、まあ仕方がありません。 リーチは長いが、振りは遅い。 作戦を考えなくちゃいけないな、と思った一寸法師の傍に、 更にもうひとつ、何かが入った小さな袋が置かれます。 「これは、食料ね。栗、三つ。 茹でてあるし、皮も剥いてあるし、いつでも食べられるよ」 「…………。」 確かにまあ、一寸法師は、栗の皮ひとつ、剥くことはできませんが。 その優しさが痛々しい、とは、一寸法師は言いませんでした。 「笠は、……藁があれば、お前が作れるよな?」 「ああ、うん。それは俺、やるよ」 「じゃあ、それで。後は、櫂なんだけどー……」 若者はそこまで言うと、急に口ごもってしまいました。 頭の上にハテナマークを浮かべながら、若者の顔を覗き込みます。 見ると若者は、自分の手の中の「櫂」を見て、何やら考えている様子。 一寸法師は身を乗り出して、若者の手の中の「櫂」を見ました。 「……箸?」 そこに、あったのは。 大人用の、箸の片割れでした。 「それが、櫂になるんだな」 「ああ……、それはそうなんだけど……、」 「? 何だよ、だったら悩むことないだろ?」 「……だってよ……。」 考えてもみてください。というか実物持ってきて確かめてください。 一寸法師の身長は、一寸。約3センチです。 それに対して、箸の長さ。……かなり長いです。 これでは櫂になるどころか、一寸法師が吹っ飛んでしまいそうです。 川の水につけた際の、勢いで。 うーん、と、しばらく考えて。 若者は仕方なく、箸の両端をそれぞれ指でつまみました。 そして。 ぱきっ。 「……これで、良いか」 箸を、真ん中から真っ二つに折りました。 一寸法師の、目の前で。 「………………。」 当然それを見て、一寸法師が、黙っているはずはありません。 「折ーるーなあああぁぁぁぁ――――――ッ!!」 「え、いや、だって……」 「てめえっ、あ、実は結構いい奴だったのかも、と思った矢先にこれだ! やっぱりお前、俺のこと馬鹿にしてんだろ!!」 「仕方ないでしょ。だって、事実だもん」 相変わらず淡々とした口調のねずみさんは、 フォローをする、ということを知りません。 「まあとにかく、これで旅の道具は揃ったわけだから。 出発はいつ?」 「……今すぐ、だ」 「今すぐ? ……そうか、寂しくなるな」 ねずみさんの反論に負けず、一寸法師は質問に答えます。 ここへきてようやく名残惜しさを見せたリンクとは裏腹に、 ピカチュウは怪訝そうな顔をしました。 「え、今すぐ……? ……ねえ一寸法師さん、もうちょっと待った方が」 「嫌だ。今すぐ行くって、決めたんだ!」 「……。……まあ、あなたがそう言うなら、いいけど……」 小さな身体に大きな決意を持った一寸法師の意志の強さに、 さすがのねずみさんも敵いませんでした。 剣代わりの針を帯に提げ、笠をつくるための藁を一本持ち、 三つの栗をずるずると引きずって、半分に折れた箸を抱えて。 一寸法師は、家の前に流れる小川の前にやってきました。 後ろには、お椀を持った若者と、その頭の上に、ねずみさんがいました。 お椀の中に道具を一式と一寸法師を入れてやり、 若者は、おそらく最後になるであろう言葉を投げかけます。 「それじゃあ、短い間だったけど、楽しかったよ。 いろいろあるだろうけど、頑張れよ」 「ああ。ありがとうな。 もし次ここに来ることになったら、かわいいお嫁さんつれてくるからな」 「……。それって、難しいと思うんだけどねえ……」 なにせ、そのサイズだから。 とは、ねずみさんは言いません。 「あっ、何だよその言い方」 「あー、はいはい……、最後まで喧嘩するなよ、まったく」 「僕はべつに、喧嘩をしているつもりではないけれど。 うん、まあ、それじゃあ、元気でね。ロイさん」 「……ああ。そっちも、元気でな」 ふ、と笑って、軽く手を上げると、若者もねずみさんも、微笑みました。 思えば短い半年だったと、それぞれの胸に思いながら。 若者は、一寸法師の入ったお椀を、小川にそっと流してやりました。 そして、 次の、瞬間――――――。 「………………っっ!!? え、何っ……!?」 「…………あ」 ざぶーーーーーーん!! と、小川の中に、爽やかな音が響きました。 水が、大きな力を持って、流れる音でした。 本当に小川かと思うほどの、大きな波が、一寸法師入りのお椀を襲ったのです! そして。 「う、おわああああぁぁぁ――――――ッッ!!!」 お椀は見事にひっくり返りました。 一寸法師が水に揺られて、どんぶらこと流れてゆきます。 残念ながら大きな桃は流れてきませんが、 それでも一寸法師は、どんぶらこと流れてゆきます。 「あーあ、だから言ったのに。もうちょっと待った方が、って。 今年は山の雪がいっきに溶けたから、川が氾濫してるんだよねえ」 「…………。 ……なあ、ピカチュウ」 波に襲われながら、どんどん下流に流されていく一寸法師を見ながら、 ねずみさんはかなり冷静に、淡々と言いました。 そんなねずみさんに、若者は、やはりどこか冷静に、言います。 「……それ、ちゃんと言ってあげた方が、良かったんじゃないのか?」 それより早く助けてやれ、という言葉は誰にも届きません。 「んー、まあ、でも、ほら。良く言うじゃない」 どんぶらこと下流に流されていく、豆粒のような一寸法師を見送りながら、 ねずみさんはへらっと笑って、爽やかに一言、トドメを刺しました。 「小さい子には、旅をさせろ、って」 「うぅるぅせええぇぇぇ―――!! さらりと間違ったことを言うなー!! 小さい、って言うなああぁぁぁ――――――ッッ!!」 遥か遠くから抗議の声が聞こえましたが、 二人はあえて無視を決め込みました。 冷たい冬を越えた春、小川はどこまでも澄んでいました。 さらさら、というよりはざぶざぶ、という音が聞こえますが気にしてはいけません。 青い空。 若者の足元には、小さな花が、顔を覗かせていました。 下流に消えた一寸法師さんは、一体どうなってしまうのか。 このまま海まで流されて、あわれもくずとなってしまうのでしょうか? 色々と言いたいことはありますが――― つづきます。 |
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