意地の張り合い なんて、ばかばかしくてどうしようもないけど。
君をあんなに傷つけた言葉を思い返すたび、謝れなくなるんだよ。


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ゼロ・フォーチューン
第六話  

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「………………ばっかじゃないの」
「……ストレートに言いすぎだろ、ピカチュウ……。」

リンクの話を全て聞き終えたピカチュウは、ただ一言、バッサリと切り捨てた。
ああやっぱり話さない方がよかったかもしれない、と、リンクは視線を上にやる。
しれない、で止まったのは、自分もだいたい同意見だったからで。
頭の上に乗っているピカチュウに、リンクは話しかけた。

「そりゃあまあ、オレも聞いたとき、驚きはしたけど……」
「だって、何かそれ、あんまりじゃない?
 ようするに、マルスさんはロイさんが心配で心配で心配でたまらなくって、
 ロイさんはマルスさんに、心配をかけたくなかった、てことでしょう?」
「ああ、多分」
「それって結局、二人はらぶらぶー、てことじゃないか。
 ……心配しすぎて喧嘩するなんて、すれ違いもすさまじいねえ」
「……そうだな」

ぽつりと、静かに同意を返す。リンクは溜息をついた。
本当に、なんで二人は、あんなことになってしまったのだろうか。
口に出さないだけで、本当はすごくバカみたいだ。
そうは思っている。けれど。

「……でも、な。ピカチュウ」
「なあに?」

手を両膝の上でぎゅっと握り締めて、視線をせいいっぱい逸らしていた、マルスは。

「……謝るのも怖い、って、言うんだよ……」
「……。」

窓の外。
夕焼けが過ぎ、真っ暗になった空。
外はまだきっと、風が冷たいだろう。
ふ、と窓の外に目をやったところ、庭の花壇にロイを見つけて、ピカチュウは黙る。
視線を下ろして、リンクは肩も落とした。
何も、言うべきことも見当たらなかった。

あの時、マルスは言った。
せいいっぱいの意地を張りながら、小さな声で、リンクに話した。
喧嘩の原因。
ロイの怪我。ロイの言葉。

自分の言葉で、ロイを傷つけたのだ、ということ。

「……自分は悪くないって。……そう思わないといられなかったくらい、か」
「……」

相変わらず察しの良いピカチュウは、そこまで話した時点で、全てを理解した。
どう説明すればいいのかよくわからなかったので、リンクはちょっと安心する。

「自分が悪いとは思ってるけど、謝って許してもらえなかった時が怖い、だとさ。
 ……まあ、ちょっと、その気持ちは、わからなくはないよな」
「そうだね。
 許してくれなくていいから謝らせて、……なーんて、意味が無いから」

許してほしくて謝るのに、許してくれなくていいから、なんて、
自己満足にも足りない。
天井を見上げて、ピカチュウは静かに言う。
リンクは、それを聞いている。

「……でも、どうにか、したいねえ」
「……そうだな……。……、」

人の喧嘩に首をつっこむような趣味は持ち合わせてはいなかったが、
今の状態は、精神的に、ちょっとつらい。
仲が良すぎるくらいに仲が良かったのは、時々ちょっぴりうっとうしかったが、
身勝手なことに、離れていると、何だか変だった。

窓の下。いつも、マルスが世話をしている、庭の隅の花壇。
そこに今、立って、ロイが、何を見て、思っているのか、知らないけど。

「……仕方ないなあ……。」

ピカチュウが、ぽつりとつぶやく。

「……ピカチュウ?」
「リンク、二人ともに話、聞いたんでしょう?」
「え? ……あ、ああ。ロイについては、サムスさんに聞いたんだけど」
「そう。ってことは、リンクの言ったことはそれなりに正しくて、
 つまりは二人とも、この状態をどうにかしたいとは思ってるわけだ」
「……ロイとマルス、な? ああ、そうだと……思うよ」
「そう。それじゃあ、いいよね」

言って、ピカチュウは、リンクの頭から飛び降りた。
ぽふん、とやわらかい音をたてて、ベッドの上に着地する。
もう一回跳んで、今度は、窓の縁へ。
窓を、ばんっ、と開ける。カーテンがざわめいて、吹き込む風は少し冷たい。

「え、おい、あの…… ……ピ、ピカチュウ?」
「二人の深刻なことは、二人で解決するのがいいと思うけど」

いつものように、ピカチュウは、ふよん、とした顔をしていたが。
声の調子は、とても冷ややかだった。抑揚の無い、冷淡な。

「あの調子じゃあ、あの二人、あのままだから。
 意地っていうのは、怖いよ。……勇気を出すのは、もっと難しい。
 だから僕は、きっかけを作るだけ。決めるのは、二人」
「…………」
「ズルイけど、これならいいよね。僕が決めるんじゃない」

何も、言えない。

ピカチュウは、にっこりと笑って、
唐突に、窓から乗り出す。

ちょっと待て、ここは、四階だぞ?
やけに冷静な声が、リンクの頭の中に響いた。

「……え?」
「よしっ、風向き良好ー、っと」
「ちょっ、」
「せーのっ」
「ばっ……!!」

そして。

      んっ、と、何のためらいもなく、窓から飛び降りた。
庭の隅の、四角い花壇の前に立っている、ロイ、目掛けて。

「っおい、ピカチュウーーーーーーッ!!?」
「……え? って、えええええぇぇええぇっ!!?」
「ローーーイーーーさーーーーーーん!!!」

慌てて窓から上半身を乗り出すリンク。
その声に反応して、上を向いて、ピカチュウを見つけて、叫ぶロイ。
ロイのもとに、ひらひらと手を振りながら、落ちていくピカチュウ。

その場の勢いで、ロイは腕を差し出して。
落ちてくるピカチュウを、受け止める。
肩で息をしているロイと、屋敷の四階から、安心したように息を吐くリンク。
へらっと笑うピカチュウ。
ロイは、何とか息を整えると、ぎっ、とピカチュウを睨みつけた。

「……っあっのっなああぁっ、お前なー!! 驚くだろうが!!」
「うん。そんなことより、ねえロイさん」

ロイの訴えを、ピカチュウは一瞬で破棄する。

「明日、何の日か、知ってる?」
「は? 明日? ……14日?」
「うん、そー。2月14日。誰かに聞かなかった?」

にこにこと、笑顔で尋ねるピカチュウ。
まるっきり子供のようなその顔を見ながら、ロイは、ぽつりと答える。

「……女の子が男にチョコあげてどーこー、って日?」
「うんそうー。正解。だからねえ、ロイさん」

まったく、悪びれもせず。
たった、一言。


「明日、一緒に、出かけよう?」


「……。……は?」


ピカチュウの突飛な発言に、思わず二の句が続かないロイ。
ふふふ、と笑いながら、ピカチュウはロイの手の中からすり抜ける。
とん、と地面に着地して。ロイがずっと見ていた、花壇に視線を向けた。

冬の花壇には、色味は全く無い。
ただ、ちょこちょこと、緑色の芽が、頭の先を覗かせているだけ。
これから訪れる春を待ち遠しく思って、世話を受けている。

「……え、いや、ピカチュウ、何で俺が、お前と……、」
「このままでいいの?」

なにかの花の芽を見ながら、はっきりと、一言。
ロイが、押し黙る。

「…………」
「僕は、手を貸すだけ。おせっかいだけどね。決めるのは、あなた。
 あなたが話さなければ、僕は勝手に、僕の解釈をするだけ」
「……お前……、」

真っ直ぐに。ピカチュウの瞳が、ロイの答えを待っている。
答えと呼べるのか、ピカチュウが望むものなのか、わからなかったが、
ロイは手を、ぎゅっと握った。けっして、奥までばれないように。
……もっとも、相手がピカチュウでは、そんな努力は無駄になるかもしれないが。

「……でも、あんなに、ひどいこと言ったのに……。……俺……っ、」
「じゃあ、謝りたくはないの?」
「…………」

言われて、視線を逸らすロイ。ピカチュウは、可愛らしく微笑む。
そして、すう、と息を吸い込んで。
窓からずっとこっちを見ている、リンクの方を見上げた。
できるかぎりの大きな声で、リンクに告げる。

少しだけ、わけのわからなそうな顔で、リンクはそれを聞く。

「……っというわけだから、リンク! 僕、明日、出かけてくるね!」
「え? ……あ、ああ、別にいいけど……、」
「夕方の四時に、中央区の公園にいるから! わかってるよね!?」
「……え……、……いや、わかってるって、何が、」

少し、どころかさっぱり、わけがわからない。
何が、わかってる、なのか、聞き返そうと思ったところ、
急に。

「……リンク?」
「っ!?」

後ろから、声をかけられた。
よく知ってる、優しい声。
リンクは慌てて振り向く。

「……マルス!? お前……、」

そこにいたのは、マルスだった。

「ごめん、ノックはしたんだけど……聞こえてなかったみたいだな。
 さっき、何か、叫んでただろ? どうしたんだろうと思って」
「え……、叫んで、って……。……。……あ、」

ピカチュウが、飛び降りたときの、あれだ。

「……いや、何でもないんだ。ちょっとな」
「そうなのか? ……何でもないなら、いいけど……」
「ああ」

苦笑を向けるマルスに、あいまいな答えを返して、
リンクは再び、窓の外に目を向ける。
ピカチュウは、ロイの近くで、じーっとこっちを見ていた。
わかってるよね? と、目が、言っていた。

わかってる、よね?
一体、何のことだろう。リンクはこれまでのことを思い返す。
ロイとマルスのことを話していて。
二人の仲直りの手助けを、みたいなことをピカチュウが言い出して。
ピカチュウが、ロイのところへ飛び降りて。
明日の夕方四時に、公園で、みたいな話になって。

「……」

何で、そんな、具体的に?

「……!!」
「……リンク?」

そうだ、ロイとマルスの仲直りを、という、話をしていたんだ。
欲しいものは、きっかけだ、と思ったから。
二人は最近、二人きりになろうともしない。
だから。……だから、二人きりに、させてしまえば。
二人に、これからも、という気持ちが、あったなら。

そこまで考えが及んだ瞬間。
リンクは、マルスの手首を、勢い良く掴んでいた。

「マルス!!」
「っ!? え、……な、何だ? リンク……」
「明日! 一緒に、出かけよう!!」
「……え……。……え、……う、うん。別にいいけど……、」

不思議そうに。マルスの目は、リンクの顔と、掴まれた手首とを交互に見ている。

「……でも、どうして? 何をしに行くんだ?」
「明日って、何の日か、知ってるだろ?」
「……明日? ……えっと、バレンタインデー……だっけ……、」
「そう。バレンタインデー、な。それでさ」

こういう嘘は慣れていないが、頑張ってつかなければならない。
二人のため、二人のため、二人のため。心の中で、勇気を持ち。
リンクは顔に笑みを浮かべて、いつもと変わらない調子を装う。

「ちょっと、買い物に、付き合ってほしいんだ」
「……リンクが?」
「ああ」

ものすごく、不自然だろう、とは思うが。
これはこれで押し通すしかない。

「いいよな?」
「……ああ」

勢いのまま。マルスは、こくん、と頷いた。


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