好きだから、どうしても、不安にさせたくはなかった。
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ゼロ・フォーチューン
第四話
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「あら、珍しい組み合わせね」
廊下に、ロイとダークリンクを見つけて、サムスはこう言いながら、話しかける。
すぐに、軽く手を上げて挨拶を返したロイより、一拍遅れて、
ダークリンクはゆっくりと、手を口元に持っていった。何か、考えるようなしぐさだ。
「……、」
「私の名前なら、サムス、よ。覚えてなかった?」
「……サムス、」
教えられた名前をゆっくりと繰り返して、
ようやくダークリンクは、ああ、と、納得して、頷いた。
「……人の名前くらい、覚えろって」
「……仕方、ないだろう。……できないんだから」
「いいのよ。ダークも、努力してないわけじゃあ、ないんでしょう?」
「……。」
努力をしているのかと訊かれると、何だか微妙なところだが。
そんなことはともあれ。
「随分、真面目に話し込んでたから、何かと思ったんだけど。
男の子同士の、真剣な悩み、かな」
くすくすと笑いながら、ロイの肩をぽん、と叩く。
「……そんなんじゃ、ないですよ」
やや苛立ったように、ロイは呟いた。
そんな様子を見て、ダークリンクはそっと、サムスに近づく。
真横で、ぴた、と止まった。
「? ダーク? どうしたの?」
サムスは、ダークリンクと同じくらい、背丈がある。
ダークリンクは、少し声を潜めると、サムスだけに聞こえるように、呟いた。
後ろのロイを、ちょっとだけ気にして。
「……俺じゃあ、無理のようだから」
「え?」
「気づいてるんだろう? ……貴方なら、できる、と、思う」
「……」
無責任にそう言い残したダークリンクは、そのままサムスの横を通り過ぎた。
階段を上って、……おそらくは、自分の部屋に戻るのだろう。
そんなダークリンクの背中を、驚いたような顔で見ていたサムスは、
気を取り直して、ロイを見下ろした。サムスの方が、ロイよりずっと背が高い。
ふ、と、保護者そのものの顔で微笑んだ。
「……どうしたの、ロイ」
「……」
わかってはいた。
ロイとマルスのあいだが、何か、おかしいことに。
ロイは、笑っている時間がやたらと減ったし、
マルスは、普段に輪をかけて口数が少ない。
たったそれだけのことだったけれど、いざ無くなってみると、
二人が一緒にいるというのは、当たり前の日常だったのだ、と思う。
これほど違和感を感じるのだから。
サムスは、ロイとマルスの関係の名前を、きっちり知っているわけではなかったが、
こんなに不思議だった。
「黙ってても、わからないよ」
「……サムス姉さんは、」
下を向いていたロイが、ぽつり、と言う。
「……歳、いくつでしたっけ?」
がすッ。
「ってぇッ!!」
「ロイ。失礼だよ」
ロイの頭を殴った拳をぐっと握り、サムスの口元がにっこりと笑みを作った。
目が、ちっとも、笑っていない。
殴られた場所を押さえ、ちょっと涙目になりながら、ロイは慌てて取り繕う。
「だっ、そんな本気で殴ることないじゃないですかッ!!」
「ピーチに言ってごらん。フライパンで吹っ飛ばされるから」
「言いませんよっ!! あいつは怖いッ!!」
サムス姉さんも、怖いけど。
心の中で、そう付け加えて。
「……サムス姉さんは、落ち着いてて大人だなあって。
思ったんですよ……、それが、うらやましくて」
「うらやましい? どうして」
「……結局、今回も、突き詰めていけば俺が悪かったのかもしれないし」
自分が『大人』なら、落ち着いていたなら、冷静だったなら。
こんなことには、ならなかったかもしれなかった。
ロイは小声で、ぼそぼそと言う。言いたいのに言えない言葉たち。
サムスは腕を組むと、ふ、と笑う。
喧嘩の理由が思い当たるなら言ってごらん、と言って。
「……多分、これです」
「……これ、って……。……、」
ひょい、と、ロイは左腕を上げる。
開いた裾の中に見えた、ロイの腕。
大げさに、包帯が巻いてあった。思わず言葉を失った。
「……それ……、」
「ちょっと暴動があったんで、それを制圧に行ったんです。
その時、……左の肩に、剣、喰らっちゃって」
腕を下ろして、ロイは笑う。
「傷、残っちゃったんですよ。痛みも」
「うん。それで?」
「もっとちゃんと、きっちり治してくればよかったんですけど。
……そうしてると、予定通りにこっちに帰ってこれなくなるし、
……どうしても、マルスに、会いたくて」
こんな、大きな怪我をしてしまったから。
急に会いたくなった。
不安にさせるのが不安だった。それが、この結果だ。
「……それで、帰ってきちゃったの」
「そうです。それだけです」
「……マルスに、バレたんだね。傷のことが」
「ええ。うっかりしてたんですけどね、俺が。
それで、それどうしたんだ、って言われて、
何でもない、って言って、
……後はもう、いつもどおりの喧嘩だったんですけど」
あはは、とロイは軽く笑って、目を閉じた。
以前のことを思い出しているような仕草だった。
視線が、それを、追いかけて。
言いたいのに言えない言葉たち。
ロイが素直にこう、言えば、もしかしたら、わかってくれたかもしれないのに。
……もしかしたら、だが。
マルスの機嫌を回復させるのは、わりと難しかったりするのだ。
哀しそうな横顔。
寂しがりの子供のようにも、たった一人の大人のようにも、見えた。
呻くように、ロイは、呟く。
前髪を、手で軽く、押さえて。顔のはんぶんが隠れる。
「……怪我のことくらい、言えばいいだろ、なんて言われても……。」
「……。
……ロイ、……君とマルスは……、……いや……。」
ロイをじっと見つめていたサムスは、何か言いかけて、やめた。
ふ、と、苦笑して、ロイの頭を、軽く撫でてやる。
ロイがそれを、下から睨んだ。子供扱いしないでください、なんて言って。
サムスは今度は、声に出して笑う。
そして。
「ロイ」
「……何ですか」
「率直に言うよ。マルスに、謝る気はないの?」
「……だって、あっちも、悪い」
「それはそうだけど」
「……それに……、」
静かに。ロイは、まったく子供らしくない表情を見せた。
何だか泣きそうな顔だと、思ったけれど、言えなかった。
きっとこれは、必要な通過点だと、サムスは知っていた。
「……あの人のこと、考えずに、……勝手なこと、言ったし……。
……わかってたのに、ひどいこと、言ったから……」
「……。」
その言葉で。
サムスは、ほぼ確信した。ロイが謝ろうとしない理由まで、すべて。
きっと、ロイは、マルスが大切だ。大切すぎるから、謝れないのだ。
謝っても、許してもらえない可能性が、怖くて。
「……なるほど、ね……。……でも、喧嘩なんて、そういうものだと思うけど」
「……」
苦笑気味に言ったサムスの顔を見て、ロイはうつむいた。
さて、でも、こういう場合、どうしたらいいのだろう。
サムスは口元に手をよせて、考える。
ロイとマルスが仲違いをしていることにより、屋敷の中まで何だか暗い、ということを、
もう充分、サムスは承知していた。
仲直りをさせたいのは山々なのだが、今ロイに、必要なものは何だろう。
サムスはロイを、ちらっと覗く。
許してもらえない可能性、のことも含めて、目の前の少年はきっと、
意地になっているのだろう。
喧嘩の原因が両方にあるから、なんとなく、謝りづらい。
先に謝ると、自分だけが悪いような気がする。そしてそれでは、ワリに合わない。
男の子というのはそういうものだと、サムスは、様々な事情を通じて、知っていた。
それじゃあ、必要なのは、きっかけだろうか。
やっかいな意地を取り払えるだけの、ちょっとしたきっかけ。
結局二人とも、お互いを気にしないでいられないのだから、
何か、きっかけがあれば。
ダークと、約束もしたしね。
サムスは遠くに目をやって、きっかけは無いか、探す。
「……そうだ」
「?」
やがて、何かを思い立ったらしいサムスは、ぽんと手をうった。
「ねえロイ、一緒に買い物に行かない?」
「え? 買い物?」
「うん。ロイについてきてもらいたいな」
「……別に、いいですけど……。」
話が急にそんなところに飛んで、ロイはきょとん、と目を丸くする。
サムスはにっこりと笑い、歩き出した。
どこに行くんですか、と問いかけたロイに、サムスは、
コートを取りにいくの、と答える。
「ピーチとプリンはもう行ったみたいだけどね。忘れてた。
ゼルダとナナは、どうしたかな。ついでに誘ってみようか」
「……え? 何、ですか?」
混乱するロイ。
とりあえず自分もコートを取りに行こうと、階段に向かう。
「チョコレート。ロイも誰かに聞かなかった?」
「……チョコレート……、」
甘いのに、苦かったり。
似ているから、そのお祭りの主役になったのだろうか。
思い出す。
ナナに聞いた、お祭りの名前。
よくわからない質問をしてしまった、あの時。
「玄関で待ってるから」
「……。」
サムスは優しい微笑みを浮かべて、手をふった。
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