夏祭り






神社に着いた頃、空の半分以上は薄闇だった。
空の西側だけ、まだ少し明るい。
木から木へ渡したロープからぶら下がる提灯(ちょうちん)の灯り、屋台の明かり。



「……うわー、すっげーっ!!」

素直に驚き、はしゃぐロイの後ろで、マルスは呆れたような微笑みを浮かべている。
それでいて、優しい微笑み。
自分だけが早歩きをしていることに気づいたロイが、
後ろを振り返り、マルスが歩いてくるのを待つ。

「な、すごいなマルス! 人と食い物がいっぱい!!
 何か、紙の中で炎が燃えてるし。すっげー」

紙の中で云々、というのは、どうやら提灯のことらしい。

「ロイ……、あれは別に中で炎が燃えてるわけじゃ……」
「綺麗だなー……綺麗なんなら、理由なんて何でもいっか。  なぁマルス、どこ行こっか?」
「……。……そうだな、」

このロイの明るさには   何と言うか、流されるしかないと言うか。
苦笑気味に、マルスが答える。

「ロイの好きなとこでいいよ、食べたいものでも見たいものでも、何でも」


   ******


「……わっ、……!!」
「あはは、残念でしたー。お嬢さん」

薄い紙の張ってあるプラスチックの輪に、取っ手がついている。
そして左手には、アルミ製の小さなボウル。
マルスは、金魚がいっぱい泳いでいるケースの前でしゃがみ込み、
穴の開いた紙を見て、悔しそうな顔をしていた。

ちなみに「お嬢さん」とは、言うまでも無いマルスのことだ。
初めは抵抗があったマルスだったが、男なのにピンクの浴衣〜なんて言われるよりはマシだ、
……なんて思ったらしく、今はもう何も言わない。

「……」
「結構難しいよな、コレ。……カンタンそーに見えるのに」
「……お前はそれでも、ちゃんと釣ってるじゃないか……」

マルスの横に立って、マルスを覗き込んでいるロイ。
その腕には、赤い金魚が二匹泳いでいる袋を提げている。
のんびりと泳いでいる二匹の金魚を恨みがましく見るマルスに、
ロイはかなり大げさに、意地悪く笑う。

「えー何? 悔しい?」
「……別にっ……」

諦めたらしい、スッと立ち上がるマルス。
金魚の泳ぐケースの向こうに座るおっちゃんが、また来てくれよな、なんて言っている。

金魚が釣れなかったことはともかく、ロイにバカにされたのが悔しくて、
すっかり拗ねてしまったマルスを、ロイが慌てて追いかけた。

「ごめんってば、機嫌直せって〜」
「謝らなくてもいいよ。どうせ、金魚の一匹も釣れない不器用な人間だからな」
「……そんな拗ねるなってば〜」

ロイがマルスの腕にしがみつく。
マルスはそれを、「こんな場所で引っ付くな」とばかりに振り払うと、
更にロイの頭を、浴衣巾着でべしっと殴りつけた。

「……いいじゃん別に、そのくらいー」

涙目で訴えるロイ。

「良くない」

例の如くすっぱりと言い切るマルス。

「……ひどいっ、ちょっとからかっただけなのに、そんなに冷たくしなくてもっ……
 ああそうかそうだよな、やっぱりマルスは俺のこと好きじゃないんだーっ!!」

かなり大げさなセリフでマルスの腕に泣きつくロイ。
……何だか、意地張ってる自分の方が馬鹿らしくなってくる。

はあぁーっ……と大きく溜息をつき、マルスは、辺りをきょろきょろと見回した。
そのうちの一つで目を止めると、今だ頑張って演戯中のロイに言う。

「ロイ。……あれ、買いに行ってもいいか?」
「え? どれー?」

マルスが、ある一つの店を指差す。
今いる場所からそこそこ離れた場所にある、その看板には、『りんご飴』と書かれていた。

「りんご飴……」
「……どんなものなのか、少し気になるから……。……どうする?
 ロイの分も買ってこようか?」
「あー……いい、遠慮しとく。他に食べたいモノあるし、今はとりあえず保留」
「そうか……、……じゃあ、ここで待っててくれるか?」
「ん、わかった。行ってらっしゃい」

ロイにふわりと笑いかけ、それから背中を向けるマルスを、目で追う。
人の波に消えたのを確認すると、小さく溜息をつく。

どうやって時間を潰そうか、
提灯の灯りをぼんやりと見ながら考えていると、

「……っ、うー……」
「……?」

子供の泣き声が聞こえた。自分の、足元から。
覗き込んでみると、……赤い浴衣を着た、小さな女の子が、泣いていた。
察するに、おそらく迷子だろう。
膝に手をかけ、ロイは、女の子の背に合わせるように屈む。

「おーい、どうした? 何で泣いてんだ?」
「……おか……さん、……いないのっ……」

やっぱり迷子だ。

「はぐれたのか。……おかーさんと、何か、待ち合わせとかしてないか?
 『迷子になったら、ここにいるのよ』みたいなこと、言われてないか?」
「……まいご…… ……あのね、石のかいだん、上ったとこいなさい、てゆわれた……」
「石の階段? ……ああ、ならあそこだよ。あっち」

泣きじゃくる女の子の頭をぽんぽんと撫で、朱塗りの鳥居を指差す。
大分遠いが、鳥居は大きい。
女の子は、涙でぼろぼろの顔をロイに向ける。
どうした? とロイが訊くと、女の子は小さな手で、ロイの浴衣をぎゅっと掴んだ。
大きな瞳をロイに向け、はっきりと言った。

「おにぃちゃん、……一緒に、着いてきて」
「……え?」

女の子の言葉に、ロイが目を丸くする。
頭を過ぎったのは、りんご飴を買う為に人込みの中に消えた、マルスの姿だった。

「え、……ちょっとそれは出来ないなー……俺、待ってる人がいるから」
「……一緒に行ってくれないの……?」

うるん、と目を潤ます女の子。
可愛らしい顔を歪ませたかと思うと、再び泣き出してしまった。
ロイが慌てて女の子の頭を撫でるが、ほとんど効果はナシ。

「ちょ、泣くなよー……! ……ああもう、これじゃ俺が泣かしたみてーじゃねーかっ!」
「うぅ〜…… ……おにぃちゃっ……が、……いっ、しょに行っ……」
「ああ〜〜〜ッ……もう、わかったよわかったから!! 連れてってやるから泣くな!!
 ……ほら、金魚やるから、……だから泣くなっ」
「……ほんと、ぅ……?」
「ホントだってばッ!! ……ったく……」

女の子の小さな手と、自分の手とを繋いでやると、女の子はきゃあきゃあと喜んだ。
もらった金魚の袋を見て、嬉しそうに目を輝かせている。
とりあえず泣き止ませたのにはほっとしたが、
もっと気になるのは、……「ここで待ってろ」と言った、彼のこと。

「(……ごめん、マルス。……すぐ戻るから……)」

りんご飴、と書いてある看板の方を向き、心の中で謝る。
ロイは小さな女の子を連れて、石段の方へ歩き出した。


   ******


マルスがその場所に帰ってきたのは、大分後だった。
手に、袋に包まれたりんご飴を持っていた。

「……ごめん、ロイ……。店が込んでて…… ……?」

ロイが待っているであろう場所に近づいても、ロイの姿は見えない。
場所を間違えたのだろうか、と辺りを見回すが、
確かにこの場所だったはずだ。少し離れた場所に、りんご飴の看板も見える。

「……ロイ……?」

マルスが立ち止まり、辺りをきょろきょろと見回す。
だが、見慣れた赤い髪の少年は、どこにもいない。
いよいよ本気で慌て、マルスはロイの名前を叫ぶ。

「……ロイ、ロイ? どこにいるんだ!?」
「……おーい、お嬢ちゃん!」
「ロイ、……ロイ!」
「お嬢ちゃんってば!! ……そこの、青い髪のピンクの浴衣の!」
「っ!? ……あ……、」

呼ばれたのは自分のことだと気付き、声の主を探す。
マルスが立っている場所から一番近い屋台のおばさんが、マルスを呼んでいた。
呼ばれたことに疑問を感じながら近づく。
たこ焼きを売っている屋台だった。鉄板の熱気やらなんやらで、近づくと少し暑かった。

「あの……、……何か用でも……?」
「あんた、誰か探してんでしょ? 『ロイ』ってもしかして、赤い髪の男の子?」
「……! は……い、そうです!」
「あの赤い髪の男の子なら、迷子っぽい女の子を、どっかに連れてったよ。
 ……えーと、石段の方……かな」

屋台から石段の方角へ、フライ返しを指しながら言う。
マルスはフライ返しの示す方向を見やると、おばさんの方を見た。

「さっき、あんた達が話してるの見てたから。
 ……追いかける気?」
「あ……、……はい、場所がわかるんなら」
「この人込みだよ、ここで待ってた方がいいんじゃない?
 恋人がここで待ってるって向こうもわかってんでしょ、ならすぐ帰ってくるよ」
「……」
「……まあ、どおぉぉぉしても会いたいってんなら、行ってもいいんだろーけど。
 自分で決めなね」

少し意地悪く笑い、フライ返しごと手を振られた。
マルスはぺこ、と頭を下げると、屋台から離れた。

元にいた場所で、空を見上げる。
提灯の灯りに押されているのか、星はまばらに見えるだけで、よく見えなかった。
人が、前に後ろに流れていく。
ロイが行ったらしい石段の方を見て、マルスは考える。


 さて、どうしましょう?

  →石段の方に向かってみる

  →ロイが帰ってくるまで待つ



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