夏祭り
「じゃーねリンク、行ってらっしゃい!」
「ありがとうございました、サムスさん」
赤い浴衣を纏うサムスは、とにかく美人、としか言いようが無い。
顔が赤くなるのを頑張って誤魔化し、軽く頭を下げた後で、
リンクはサムスの部屋から、静かに出て行った。
緑の浴衣に、長い金髪は、何だか妙に合っている。
後ろで簡単に一つ結びにされている髪は、綺麗に梳かれていた。
……実は本当は、「もっと違う髪形にしてみない? 三つ編とか」なんて言われたが、
マルスの二の舞はごめんだったので、丁重に断った。
ピーチはこれで納得してくれないが、サムスは納得してくれる。
ああマルスがいて良かった、などと考えながら、はぁ、と溜息をつく。
『髪が長い』という要素がある以上、
もしもマルスがいなければ、自分がピーチのおもちゃになっていたに違いない。
ゆっくりと廊下を進み、階段を下りる。
もう何度か着ているが、それでも浴衣というものは、どうも動きにくい。
「……さて、と。ピカチュウ達連れて、行くかな……」
ぼそ、と口にしたのは、毎年恒例のこと。
廊下の窓から、涼しい風が吹いてくる。
風に誘われて窓の外を見ると、空は薄い朱色、一番端は水に溶かした群青色が広がっている。
一度立ち止まった足を、もう一度動かす。
下りようとした階段を、上がってくる音がした。
何気なく、下に目をやる。
「……マルス?」
「え? ……あ、」
階段を上がってきているのは、マルスだった。
薄桃色の浴衣を着ている ということは、ピーチには負けたのだろうな、
そう思った。
「どうしたんだ? ロイと一緒に行くんじゃねーのか?」
「忘れ物したから、先に行っててもらってるんだ」
「忘れ物?」
「……えっと……、……手首から提げてる……何て言ったっけ、」
「……“浴衣巾着”?」
「そうそう、それだ。ロイが、部屋に置いてきたって言ってたから」
「……それをお前が取りに行くのか?」
「? そう、……だけど」
「……。……へえ……」
心の底からバカップルかこいつら。
……別に、いいけど。
じゃあ、と言いつつ階段を駆け上がるマルス。
その後姿を見ながら、リンクは、ふ、と考えた。 滅多に考えない、こんなこと。
「マルス、」
「何だ?」
「一人で行くのも何だろ。……一緒に神社まで行かないか?」
「え?」
「ロイのことだから、神社のどこか一箇所で大人しく待ってる、なんてないと思うんだよ。
一緒に行くついでに、探すの手伝うから」
「……そう……か、……じゃあ、下で待っててくれるか?」
「ああ。リビングにいるな」
にこ、と笑い、そして上の階に姿を消す。
それを見送り、リンクは下に下りた。
たまには、いいんじゃないか、と言われたことがある。
もっとワガママ言っても、……と、そう。
折角、こんな日なのだから。
******
「……あのさ、二人で行っててよ」
「え……、」
ロイの忘れ物を取って下りてきたマルスと二人で、ピカチュウ達を迎えに行くと、
ピカチュウはこんなことを言った。
ピカチュウ的には、滅多に無い状況に、かなり気を使ったわけなのだが。
「ピチューがね、イトコと一緒に行こうかな、て言い出したからさ。
その子達迎えに行ってから、神社行こうと思ってて。遠回りになっちゃうからさ、……だから」
「……」
リンクとマルス、二人で顔を見合わせる。
……そうするべきではない理由も特に見つからないので、
じゃあ行こうか? と、マルスが言う。
リンクはと言えば。
「……」
「……リンク?」
「……え、あ、……ああ、そ、……うだな、……行こう……か」
ピカチュウが作ってくれた『二人っきりになるチャンス』に、動揺していた。
リンクだって、マルスを思ってる人間の一人なのだから、
二人っきり……というのが、嬉しくないわけではない、……というかむしろ、かなり嬉しい。
が、いざそういう状況になると思うと。
何を話せばいいんだろうとか、
何か余計なことを言ってしまわないだろうかとか、
そんなことばかり脳内に浮かぶ。
マルスと二人っきりになるときと言えば、
いつもは、ロイとマルスが喧嘩して、それを仲裁するとき、くらいだから。
「行ってらっしゃい。向こうで会おうね」
「ああ」
ピカチュウに軽く手を振って、リビングを出て行くマルス。
マルスに続いて出て行こうとしたリンクの肩に、
……何故か、急にピカチュウが飛び乗る。
「? ピカチュウ?」
「一応ね」
そして、リンクの耳に、ぼそりと一言。
「妙な気起こして、ロイさんの逆鱗に触れたりしないでね。
僕、巻き添え嫌だからね」
「……。……ばっ、なっ、……っ!!」
「言葉になってないよリンク。ホラ、マルスさんに置いてかれるよ」
あっさりと告げられた言葉の意味を理解し、顔を真っ赤にするリンク。
リンクの肩から飛び降り、何かまずいこと言ったかな、と不思議そうに首を傾げるピカチュウ。
「リンク? ……どうしたんだ?」
「え……、あ、ああごめん! すぐ行くから!」
玄関から飛んできたマルスの声に、慌てて走っていく。
ピカチュウの視線に見送られながら、リンクは、マルスの元へと急いだ。
屋敷から出ると、夕涼みの風が開放的に吹いているのがわかる。
太陽はほとんど沈み、夜が来るのは時間の問題だった。
ギィ……と、鉄製の門を押し開ける。
雨やら霧やらで、思っていたよりずっと錆びついている門。
たまには磨いてやらなきゃな、と思う。
マルスを先に出して、その後にリンクも出る。
門の鍵を下ろすと、リンクはマルスの横に並んだ。
身長のほとんど変わらない二人だが、今日のその格好は、マルスをいつもより小柄に見せる。
線の細さがはっきりとわかる浴衣だからこそ、余計に。
「……なあリンク、」
「ん?」
屋敷からしばらく歩いたところで、マルスが、ふっと尋ねてくる。
「神社って……、どこにあるんだ? ……そういえば」
「……え……、マルス、神社行ったこと無かったっけ? 夏は確かに初めてだけど……初詣とか」
「……初詣は確か……、……足を痛めて行かなかったんだ」
苦笑気味に言うマルス。
ああそういえばそうだっけ、と返した。
分かれ道に差し掛かる。
二人がぴた、と立ち止まり、リンクが少し前に出る。
「えっとな……、」
→真っ直ぐ神社へ向かう
→近道をしようと言ってみる
指で真っ直ぐと、道の先を指し示して。