夏祭り






「近道?」
「本当は向こうなんだけど、あっち行った方が早く着くんだよ。
 ロイに早く追いつかなきゃいけないだろ?」

もっともらしい理屈を述べて、マルスを誘導する。
素直にその言葉を信じたマルスは、リンクの後をついていった。

ロイが屋敷を出て行ってから、何十分も経っているわけではない。
そして神社までは、結構距離がある。
ロイが神社へ向かったのなら、普通の道を行けば道の上で出会えそうなものなのだが。
それともマルスは、
「近道があるんなら、ロイはそっちを通るだろうな」
……なんて思ったのだろうか。

「(……悪いな、ロイ)」

自分の隣を歩くマルスを見、自嘲気味に笑い、思う。



      そう、本当は、嘘だ。近道なんて、どこにも無い。


誰もいない静かな道の上で、下駄が地面とがぶつかり合う音だけが響く。
動きにくい浴衣と、慣れない下駄では歩きづらいらしく、
いつもより歩くのが遅いマルスの歩幅に、さりげなく合わせながら。

「……歩きづらいよな、これ。大丈夫か?」
「ん……、……もう大分慣れたつもり……なんだけどな」
「慣れないと転びやすいから、気をつけろよ」
「ああ、……ごめん」
「いいよ別に、謝らなくても。……慣れないものは仕方ないもんな」

自分の足元をじぃっと見ながら、ゆっくりと歩くマルス。
その仕草が何だか幼くて、思わず笑いそうになってしまう。
確かに、気をつけろよ、とは言ったが、そんなに慎重にならなくても良いんじゃないのか。
……本人は一生懸命らしいので、黙っておくことにする。

「……それにしても、マルスって」
「?」
「結構子供っぽいとこもあるんだな。知らなかった」
「……そうか?」

小首を傾げて尋ねてくる。
自分の行動については、特に深くは考えないらしい。
そういう無頓着さ、普段の大人びた雰囲気の中に時折見える幼さが、
ロイを   そして自分を、惹きつけて止まない理由なのだと。



空が少しずつ、暗くなり始める。
色の混ざり合う世界の中で、星がまばらに輝いていた。


   ******


マルスがようやく顔を上げたまま歩けるようになったころには、
もう、神社はすぐそこだった。
その証拠に段々と、人のざわめきが増え始めている。
それでも、人があまり通らなさそうな道を選んだので、
まわりに人はあまりいない。
祭の雰囲気独特の笛の音、太鼓が、遠くまで響いている。
それを聞いて、マルスが言った。

「……笛の音……かな、」
「そうだよ、笛の音」
「そうか……。……もう少しで神社なのか……」
「? ……どうしたんだ?」

一度立ち止まり、面白くなさそうにうつむくマルス。
その表情に、ドキッとする。
リンクの心情などまったく知らないマルスは、ぽつ、ぽつと続ける。

「……いや……、」
「……?」
「……その……、……ここまで来ておいて、今更なんだけど……」
「……」
「……やっぱり、……この色は恥ずかしいな、……なんて」
「……はい?」

自分の纏う薄桃色の浴衣を見て、気まずそうに言った。

……今度こそ、思わず笑ってしまう。

「……笑うな」
「あはは、……ごめん。……平気だって、マルス。祭りって人多いし」
「……そういう問題じゃない……」
「それにさ、ほら。ロイと並んでれば、女の子に見えるかもしれないし。
 ……不本意だろうけどな」
「……リンクも、ロイと同じこと、言うんだな……」
「ロイ、も? ……『恋人同士に見えていいじゃん』、とか言われたか?」
「……」

図星だったようだ。

「……あのバカが勝手に言っただけだ……っ」
「ロイって、思ったこと素直に口にするからな。
 ……少し羨ましいかも、な」
「……? ……羨ましいのか?」
「……うん、ちょっとだけな」
「……何か……誰かに、言いたいことでもあるのか」
「……まあ、……な……」

それは、口に出してはいけない思いだけれど。

立ち止まってしまったマルスを、行こうぜ、と言ってまた歩き出させる。
ごめん、と一言謝って、再び二人は並んで歩き出した。


「……あの、リンク。一つ、訊いてもいいか?」
「? 何だ?」
「……どうしてリンクは……、ロイと……僕のことを、わかってるんだ?」
「……え、」

マルスが、リンクをじっと見つめた。
……瞳が、何の嘘も、少しもついていなかった。ただ、純粋な疑問らしい。

「さっきもそうだし……、……ロイと僕が、喧嘩した時も……、
 ……いつもリンクが何か言えば、仲直りできるから」
「……」
「……あ、……ごめん、その……答えにくければいいんだ、ちょっと不思議だっただけだから」

押し黙ったままのリンクに、マルスが慌てて言った。
不安に思ったのか、少し、不安定な顔をして。


答えが無いわけじゃない。
マルスの言う通り、確かに自分は、ロイとマルスが仲直りするのを、図っている。
どう言えば二人が仲直りするのか、ちゃんと理解して。
そんな芸当ができるのは、自分もマルスを見ているから、
……そのマルスの見ている人を、恋敵なのだと理解しているから。
恋敵であるはずのロイに非情になれないのは、
多分、ロイが、マルスの見ている人だからだ。

近道をしよう、なんて言って、遠回りをしたのだって、ただ     ……

「……それは、……マルス。……オレが……」


マルスの頭を、軽く小突く。
……気にするな、とでも言ったようだった。

「……お前らの“親友”だからだよ。それじゃダメか?」
「……」


“時々、リンクの声は、魔法なんじゃないかと思う時がある。
 この声を聞くと、何故だか安心してしまう。
 色んなことが丸く収まるような、そんな気がする。”

「……リンクが親友で、良かった」

マルスが、やわらかく微笑んで言う。
できればマルスには、ずっと、こんな顔でいてほしい。

「……ありがとう」
「ん。……ああほら、マルス。神社」

リンクの指が、神社の鳥居を示す。奥には、長い石段が続いていた。
鳥居の柱に寄りかかって、見慣れた少年が、ぼーっとしていた。

少年の名前を、マルスが呼ぶ。
名前を呼ばれた少年は、こっちに気づくと、嬉しそうに走ってくる。
そして、

「マールス      ッッ!!」
「わっ……、ちょ、こらロイッ、離れろ!!」

がばぁっ、とマルスに抱きついた。
こんなところで、とロイを引き剥がそうとするマルスを、
リンクが楽しそうに見ている。
そして、マルスの肩をつついて、マルスに言った。

「じゃあ、オレはここで。その石段上ったら、色々屋台とか出てるから。
 ……それから、」

マルスの耳に、そっと囁く。

「この祭りの最後に、花火が上がるんだ。
 ……いつもみんなで一緒に見るんだけど、場所、教えておくよ」
「……ああ」
「えっと……、『山のほこら』、だからな」
「……山のほこら?」

じゃれつくロイに応戦しつつ、マルスが聞き返す。

「境内の横に、山の中腹に向かう、階段があるんだ。
 ……草やら木やらに埋もれてて、ちょっと見つけにくいけどな。
 その階段上りきると、そこに小さなほこらがあって。
 そこから見る花火が、一番綺麗なんだよ」
「……そうなのか……、そこの行けばいいんだな?」
「そう、『山のほこら』だからな。忘れるなよ」
「ああ。……じゃあ、」
「じゃあな」

ロイがマルスの腕を引っ張って、石の階段を駆け上がっていく。
それに手を振った後、リンクは一息ついた。

ふいに、後ろから声が聞こえる。

「……楽しかった?」
「……ああ」

後ろからかけられた声に、振り返らずに答えた。
声の主の後ろでは、ピチューに良く似た二匹のポケモンが、ピチューと楽しそうにはしゃいでいた。

「……何ていうか……、……あれだな、」
「なぁに?」

リンクが振り向き、声の主を見下ろす。
特に楽しそうでも、悲しそうでもない顔で、ピカチュウが石段の向こうを見つめていた。

「……やっぱ、オレが入り込む余地は無いな」
「……そんなことないと思うけど?」

何だかんだ言って楽しそうな   幸せそうな、マルスの顔。

「……だって、親友なんでしょ?」


祭りのざわめきの中に、声は消えた。


  →石段を上る



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