夏祭り






てっきり、神社の石段の下、鳥居のところで待っているのだと思っていた。
ところが、その場所に、ロイはいなかった。

今度は、石段を一番上まで上った。
……そこにもロイの姿は無く、視界にあったのは、祭りを楽しむ人の群れ。

「……いない、……な……。……どこ行ったか、見当つくか? マルス」
「……いや……」

辺りをキョロキョロと見回すマルス。
その手には、自分の分と、ロイの分との浴衣巾着を下げている。
その顔は、ひどく不安そうだった。

リンクが溜息をつき、髪を掻き乱す。そして、言う。

「そうか……、……どうする? 中入って……探してみるか?
 もしかしたら、暇だっつって見物に行ったのかもしれねーし」
「……」

……あのマルス大好きっ子に限って、そんなことはないと思うが。
でも今は、可能性があるなら、かけてみなくてはならない。

「……それ、ロイに渡さなきゃいけないしな。だろ?」
「……ああ……」

未だ不安げな顔をしたまま、マルスはゆっくりと頷いた。


   ******


提灯(ちょうちん)の灯りと屋台の明かりが、薄闇の中のにぎわいを照らす。
リンクとマルスはその中を、ロイの名前を呼びながら歩いていた。
名前を呼ぶ声も、石畳の上を歩く下駄の音も、
この祭りの喧騒に、溶けて消えていってしまう。

「ロイー、ロイ   ッ!? いないのかーっ!?」
「ロイ、……ロイーっ!」

様々な“世界”の人間達が入り乱れるこの町で、赤い髪は珍しくなかった。
さっきから、赤い髪も、青い浴衣も、たくさん見かけた。
でもそれは、どれもロイじゃなかった。

マルスの心が、不安に捕らわれる。
「一緒に行こう」と、直接言われたわけでも、言ったわけでもなかったが、
それでもこの祭りを二人で楽しむのは、暗黙の了解に等しかった。
お祭り騒ぎが大好きなロイが、マルスを誘わない、なんて考えられなかった。
マルスも無意識に、この祭りはロイと一緒に行くんだろうな、なんて思っていた。

待っててくれてると思ってた。
あのロイが、自分を置き去りにするなんて、無かったから。

「……ロイ……、」

それとも、そう思ってたのは自分だけで、
……置き去りにされたのだろうか?

「……」
「……マルス……、」

人込みの中で立ち止まって、表情を曇らせるマルスを、リンクが見つめる。
マルスの側に寄って、どう声をかければいいのかと、必死で言葉を探す。
神社の奥へ手前へと流れていく人達。
時折肩がぶつかって、華奢なマルスの身体がぐらつくと、
リンクはそれを、片腕で楽に支えた。

何気なく屋台の看板に目を向け、ふ、とリンクが、ある一つの店でその視線を止めた。
マルスを見つめ、少しだけ考えると、リンクはマルスに言った。

「マルス、ちょっとここで待っててくれるか?」
「え? ……どこか、行くのか?」
「ああ。すぐ戻るから、……人込みに流されるなよ」
「……」

軽く手を振るリンクが、人込みに消えていく。
不思議そうにその背中を見つめるマルス。

そして、「すぐ」というその言葉の通り、リンクは、すぐ戻ってきた。
左手に、何か持っていた。

「はい。やるよ、これ」
「……?」

その何かを、ずい、と突き出す。
マルスはそれを知らないが、   りんご飴、だった。

「……どうして」
「何か食ったら、少しは頭が落ち着くかと思ってさ。
 ……そんなカオしなくても、」

割り箸に、赤い実が刺してある。
甘そうだったが、ロイが好みそうな味ではなさそうだった。

「……ロイがお前を置いていく、なんて、絶対無いよ。
 ロイは、自分がどんなことをしたら、お前がどんな顔をするのか、ちゃんとわかってるはずだ」
「……」

差し出されたりんご飴を、両手でおずおずと受け取ると、
リンクは快活に笑い、マルスの頭を撫でた。
子供扱いするな   と、マルスがリンクを睨む。
マルスをなだめながら、リンクは、言った。

「とにかく、さ。……お前が信じなきゃ、何にもならないから」
「……、」
「元気出そうぜ? ロイも、マルスのこと探してるよ」
「……。……ああ……、」

長い時間の末、ようやく顔に微笑みの戻るマルス。
リンクは満足そうにそれを見ると、マルスを連れて、再び歩き出そうとした。


その瞬間、

「……あ、マルスにーちゃん!!」
「……え? ……、わっ……!」

後ろからよく通る声が聞こえたかと思うと、急に腰の辺りに重みを感じる。
思わず後ろを振り向くと、黄緑色の浴衣を着た少年が、マルスの腰に抱きついていた。
……子リンクだ。

「やっほー、やっぱりここにいたんだねマルスにーちゃん!
 屋敷探してもいなくってさぁー、慌てて来たんだよ!」
「子リンク……」
「……なぁ子リンク、ちょっと訊きたいんだけど」
「え? ……あぁ、いたの、リンクにーちゃん……」

マルス以外は眼中に入ってなかったらしい子リンク。

「……。……まあ……いいさ、……あのさ子リンク、お前、どっかでロイ見なかったか?」
「え…… ……ロイにーちゃん?」

恋敵の名前を聞き、ちょっと嫌な顔をする子リンク。
やや低めのトーンで、言う。

「……知ってるよ、……えっとね、石段上がったトコにいたよ」
「!!」

子リンクに抱きつかれたままのマルスと、リンクが目を合わせた。

「子リンク、……本当なのか!?」
「マルスにーちゃんには嘘つかないよ、僕」

そう言って、子リンクはマルスの身体を放した。

「マルス」
「……ありがとう、二人とも。行ってみる」
「……わかった。……オレは、子リンクの面倒見てるよ」
「えーっ、僕も一緒に行くー」
「……子リンク、……えっと……」

困り顔をするマルス。
子リンクはそれを見、ぱっと表情を変え、笑った。

「ウソだよ。ロイにーちゃんになんか会いたくないもーん」
「……。……ごめんな、……ありがとう、子リンク」

ふわりと微笑み、子リンクの頭を優しく撫でる。
子リンクが嬉しそうに笑ったのを見ると、マルスは踵を返した。

「じゃあ、……本当にありがとう、リンク、子リンク!」
「ああ。……ロイによろしくなー」

軽く手を振るリンク。
マルスはそれに笑って返すと、慣れない浴衣で、ゆっくり走っていった。
すぐに人込みに消えて、青い髪も、やさしい色の浴衣も、見えなくなる。

「……本っ当、ムカツクなぁロイにーちゃん……」
「は? ……どーしたんだよ、子リンク」

面白くなさそうに溜息をつく子リンクに、不思議そうに問うリンク。

「……ロイにーちゃんがさ、『マルスどこにいるか知らないか?』て訊くんだよ。僕に。
 ……そしたら、マルスにーちゃんもロイにーちゃん探してたんだもん」
「……」
「……ずるいなぁー……、……マルスにーちゃんと一緒にいたいのは、ロイにーちゃんだけじゃないのに」
「……仕方ないさ、子リンク」

ロイという人間が、どれだけ彼にとって大切な人間なのか。
……彼の表情を見てれば、一目瞭然だ。

それくらいわかってるよ   と、すねる子リンクに、リンクは笑いかける。

「どうする? ……折角祭りに来たんだし、何か食おっか」

子リンクをなだめながら、リンクは言った。


  

マルスを追いかける





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