夏祭り






「あれ……マルス、まだソレ着てんの?」
「! ロイ……」

リンクがリビングを去ってしばらくした後、同じく浴衣を着に出ていた、ロイが帰ってきた。
青い色の浴衣だ。ちょうど、マルスの瞳の色のような。
既に浴衣を気崩している辺りが、やはりロイというか、何というか。

「いいじゃん別に、似合ってるし」

可愛らしい色の浴衣を着るマルスを見、さらりと言う。
その横を、すいかを食べ終えたピチューが、たたたっと走り去った。

「よくないっっ!!」

当然の反論だ。

「ねぇ、どーしてもダメ?」
「駄目、……と言うか……やっぱり嫌ですってば……」

小さな声でごにょごにょと呟くマルス。
そんなマルスをじぃっと見つめた後、ピーチは急に、

「……やっぱりダメなの……?」
「……え、」

うるん、と目を潤ませてみた。

王子という職業(?)柄、無意識にフェミニストの気のあるマルスは、こういうのに弱い。
それを知ってか知らずか、ピーチはさらに畳み掛ける。

「そうよね、ちょっと興味本位で着てみせて、なんて言ってもダメよね……。
 ……一年に一回しか機会が無いからって、ちょっとワガママ言い過ぎたかも、ね……」
「え……、あ、の、……ピーチさん……」

床に座り込み、はらはらと涙を落とすピーチ。女は誰でも女優である。
ピーチの高さまで姿勢を落とし、おろおろとしているマルスの後ろで、
ロイは面白そうに  半ば呆れた様子で、それを見物する。

「……ごめんなさいマルス君……もうこんなこと言わないから」
「〜〜〜〜っ……、……わっ、わかりましたよ、着ればいいんでしょうっ!?」
「ホントッ!!?」

腹をくくってマルスが言うと、急にぱっと明るくなるピーチ。
こうなってしまえば、もはや言い逃れも反論もできない。

「やったぁ、ありがとうマルス! 流石王子様、優しいわ〜っ。
 ……あ、と。じゃああたしもそろそろ着替えてこなきゃ〜」
「……」

決断早まったかも、とマルスが溜息をつく。
テーブルの上で一部始終を見ていたピカチュウが、ピチューの食べ残しを片付けながら、

「ご愁傷様」
「……ピカチュウ……」

スッパリと言った。
すいかの種と皮と汁の載ったお皿を器用に頭の上に乗せ、キッチンへ向かう。
その様子を、縋るような視線で見ていたマルスの後ろから、
ロイが嬉しそうに言った。

「まあまあ、仕方なかったと思って諦めろって」
「……ロイのバカ」
「何でそーなるんだよ。……でもまあほら、良かったじゃん」
「……何が」
「その色なら、俺と恋人同士に見えるだろ?」
「……」

呆れてものも言えない。
はああああぁっ、と大きく溜息をついた。

「……バカか、お前は」
「あ、ひっでーなそんなこと言うなよなーっ。
 ……さってと。じゃあ行こっか、マルス」
「え……もう行くのか?」

窓の外を、ちらっと見る。
薄い赤紫色をした空と、薄く伸びる雲が見えた。

「今から行けば丁度いいくらいだよ。
 夜の屋台よか、日暮れのころの屋台の明かりの方が綺麗だぞって、マリオさん言ってたし」
「……そう、……か。……わかった……」
「よしっ、じゃー行こ、マルス!」

浴衣の上からマルスの腕をぐいぐいと引っ張るロイ。
転ばないように気をつけながら、時々ロイを叱りつけながら、玄関へ向かう。
玄関には、いつの間に用意されていたのか知らないが、
それぞれ、浴衣の色に合わせた下駄が用意してあった。
マルスの着ている薄桃色の浴衣に似合いそうな下駄は、三つ有る。
少し考えた後で、一番大きなサイズのものを選んで、履いた。ぴったりだ。

扉を押し開け、外に出る。
梅雨明けの暑さは大分おさまり、今は、夕涼みの風が吹いている。
ロイが、そこで待っていた。

「お待たせ、ロイ」
「ん。……じゃー行こ……」

元気良く出かけようとしたところで、

「……あっ、忘れ物!!」

ロイが勢い良く振り返った。

「忘れ物?」
「アレだよアレ、えーと……浴衣巾着だっけ? ホラ、あれ。あんなの」

門の外を、びっと指差す。たまたま門の外側を通りがかった、女の子。
手に、何か、小さなバッグみたいなのを持っている。
どうやら忘れ物とは、あれのことらしい。

「どこ置いたっけ……、あ、そうだ、部屋だ」
「部屋? ……全く……、慌てるからだぞ」

マルスがくるりと後ろを向き、屋敷の中へと戻っていく。
行儀良く脱いだ下駄を揃えるマルスの仕草をじっと見た後で、慌てて言った。

「い、いいよマルス行かなくても。俺が取ってくるって」
「もう下駄も脱いだんだし、いいよ、別に。……僕のも取ってこなくちゃいけないしな」

呆れたように、困ったように、
マルスがふわりと笑う。
いつもと違う格好をしているからなのか、それともマルスが滅多に笑わないからなのか、
その微笑みが妙にかわいく見えた。
心臓の鼓動が、早くなる。

ボーッとマルスに見とれていたのを、本人はどう取ったのか。
くす、と軽く笑うと、マルスは言った。


  →「すぐ取ってくるから、少し待っててくれるか?」

  →「先に行っててくれないか? 後で追いかけるから」


ロイがそれを承諾すると、マルスは屋敷の中へ、
慣れない浴衣で走って行った。



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