父親が子を思う気持ちとは、一体どういうものなのだろう。 マルスは父親ではないから、わからなかった。 そしてマルスは自分の父親と話す機会が、多くはなかった。 その立場上、それを怨んだことなど、無かったけれど。 腕の包帯を取り替えた後、マルスはロイのいない時を見計らって、 エリウッドの元へ出向いた。 「やあ、マルス。よく来たな」 「いえ……。……話を聞きに来ただけですから」 おだやかに微笑むエリウッドを見上げ、マルスも微笑む。 エリウッドは目を薄く開き、マルスを、庭へ行こうか、と誘った。 「……? 部屋じゃ駄目なんですか?」 マルスが不思議そうに訊ねると、 「お前と部屋で二人きりになると、息子他数名に、血祭りにされるものでね」 「??」 事も無げに、こう答えられた。 ****** 庭のテーブルに、ティーカップを二つ、ソーサー二枚と、ティーポット。 取っ手を摘まんで、エリウッドはカップを口元に持っていく。 一口飲んだ後で、カップをソーサーに戻し、エリウッドはマルスを見た。 視線に気づいて、マルスが微笑む。 「……」 その微笑みを理解して、エリウッドは気づかれないよう、そっと息を吐いた。 「腕の方は? ……もう、大丈夫なのか?」 「あ……、はい。あいつが大げさに、包帯なんて巻いてくれるだけなので」 「……そうか。……本当に、すまない」 「いいえ。いいんです」 にこりと微笑み、マルスは言う。 何か、理由があったからでしょう? と言うと、 エリウッドが、珍しく押し黙る。 そして、少し申し訳無さそうに微笑んだ。 お前は怖いな、と言う。 「……私の息子は、随分とやんちゃに育っているようだね」 やがて、静かに、告げた。 「……そう、……です、ね。……ここには人を押し潰すものが、ありませんから」 「ああ。単純に、自由奔放にいられるのが嬉しいんだろう……、 ……それでいて剣を手放せず、強さをひたすらに求めるのは、」 ちら、と、マルスを見る。 青い髪、藍い瞳。白い肌に、頼り無い細い体躯。 それに似つかない強い意志があるからこそ、……惹かれたのだろう、と悟る。 「……自分の未熟さが、歯痒いからか」 「ロイはあれでも、充分強いとは思いますが……。 少なくとも、戦場で人を指揮して、生き残る余裕があるくらいには……」 「でもあの子が望むのは、その為の強さじゃないからな。 ……おそらく、大事なものを……お前を守る為の」 くす、と小さく笑って言うと、マルスはほんのりと顔を赤らめ、視線を逸らした。 随分とかわいらしい恋人を持ったものだ―――と、エリウッドは心のうちで思う。 「マルス」 「? 何ですか?」 「もっと、男心というものを、勉強した方がいいぞ」 「……は?」 「いや、……何でもない」 それじゃあいつ誰に襲われたって仕方が無いと、 まあそういうことを言いたかったのだが。 世界は思っているよりも、一般常識からはずれたものが多い。 額に指をやって、仕方なさそうに苦笑った。 ようやく、全てを懸けて守りたい、大事なものが見つかったか。 それは同時に、ひどく苦しいことでも、あるけれど。 「……人は生きていて、いいことばかりというわけじゃない。 ……子供のうちにいくらだって、厳しいことは経験しておくべきだ」 「……だからあんな風に、ロイに当たるんですか?」 「まあな。……それで嫌われても、仕方が無いか」 くすくすと楽しそうに笑って、エリウッドは言った。 「……」 それを、マルスが―――少し意外そうに、見る。 「……ロイはエリウッドさんが嫌いなんですか?」 「私は少なくとも、そうだと思っているが?」 「……そう、ですか」 口元に手をやって、斜め下辺りを見つめて、何か考え込むマルス。 エリウッドはそれを怪訝そうに見た後、小さく溜息をつき、 ふ、と笑った。 「男の子には、反抗期があるものだ。だから、別に気にしない」 「……」 そう言っても、まだ納得しないのか、未だ考え込んでいるマルスを、 エリウッドは、じっと見つめた。 どこか懐かしげに、その顔を、見つめる。 マルスがそれに気づいて、エリウッドを見た。 どうしたんですか? と訊くマルスを見つめたまま、そして、 「……マルス」 「……はい……?」 優しく微笑んで、言った。 「……これからも、ロイを、よろしく頼む」 「……」 今まで見た笑顔とは、少しも似ていない微笑みに、 思わず視線が奪われた。 エリウッドは視線を下げ目を閉じ、静かに続ける。 「あの子は、まだ、子供だ。だから、強さを求める。 ……そして、子供だから、強さの矛先を見誤る可能性がある……」 「……」 例えばその剣で、誰かを傷つけようとする。 傷つける理由が、「守る為」だとしても、 「守る為」に、何でも許されるわけでは、決して無い。 「……理由であるお前が傍にいるなら……。あの子も、間違えないかもしれない。 本当はそれは、親である私が教えるべきなのだろうが、それができない。 例えば、大切なものを傷つけられた時の、 その瞬間の強さの矛先を…… ―――あの子はまだ、自分で判断できないから」 「……」 そして、傷つけるのが嫌だからと言って、 守るべきものを守れないのも、きっと正しくはない。 エリウッドにつけられた腕の傷を、ぎゅっと掴む。 「……あの子が、『強さ』を間違えないように。 ……お前には、見守っていてほしいんだ」 「……その為に……来たんですか?」 「さあ、……どうだか。……それで、……私の頼みは、聞き入れてもらえるのかな」 にこりと微笑んで、言う。 何だか、マルスにとって、ひどく懐かしかった。 「……わかって、います」 同じように微笑(わら)った。 花のほころぶような微笑みに、エリウッドも思わず、目を惹かれる。 自分らしくもない、と、自嘲気味に笑って。 「……そうか。……ありがとう、 ……あの子のことは、どう思っている?」 「……え? ……どう、……って」 何気なく尋ねたことだったのだか、マルスは何故か、 やたら真剣に考え込んでしまった。 視線をテーブルの隅の方へやり、その一点を、じっと見つめる。 エリウッドをちら、と見て、 少し苦笑気味に、答えた。 「……少し、羨ましいな、って」 「……羨ましい……?」 「はい。……僕は王子で、僕の父は、王だったんです。 父とはそれほど話したことも無くて、 僅かな記憶を辿っても、話したことは、剣を持て、戦え、と、 そんなことばかりだったから」 背筋を伸ばして、真っ直ぐにエリウッドを見た。 綺麗な姿勢だな、と、エリウッドは思う。 「……父と、僕とは違う……、 ―――こんな風に……思い合えている、親子は……。 ……羨ましいと、思います」 「……」 ―――自分が聞きたかったのは、そういうことではなかったのだが。 どうやら質問の趣旨を少し取り違えてしまったらしいマルスに、 エリウッドは思わず、脱力しかける。仕方無さそうに苦笑した。 けど、こういうのも、悪くない。 エリウッドが、立ち上がる。 「―――マルス」 「? はい、……?」 マルスの座るイスに、正面から向かい合い、 不思議そうにエリウッドを見上げる、マルスの肩を、そっと取る。 そして、 「――――――っっ……!!?」 マルスの唇に、そっと、自分の唇を、押し付けた。 「……っ、ん……、!!」 思わず目をぎゅっと閉じたマルスが、もがき、エリウッドの腕を軽く叩く。 抵抗になっていない抵抗に、エリウッドは素直に従った。 解放してやり、真っ赤になってエリウッドを見るマルスを、 エリウッドは見下ろす。 肩で息をするマルスは、右手で口を覆い隠して。 「な、……何っ……、」 「……」 随分とかわいらしい反応に、つい苦笑を漏らした。 落ち着いて、とでも言わんばかりに、髪をそっと撫でる。 「……これはね、私の地方の、風習なんだ。 仲の良い親子が分かち合う、愛の証と言ったところかな」 「……え……?」 にっこりと笑った。 笑いかけた相手は、目を大きく見開き、尋ねる。 「私の地方では、仲の良い親子は、何か特別な―――例えば、しばらく会えないとか。 そういった時に、キスをするんだよ」 「……そう、なんですか?」 「そうなんだ。……だから、」 マルスの手を、そっと握る。 「お前が私を、父親のように思ってくれると、嬉しいということさ」 「……」 手を握られたまま、マルスはぼうっと、エリウッドを見つめる。 ……やがて、ひどく慌てた様子で、マルスは言った。 「……そ、……う、だったんですか。……ごめん、なさい……」 「? 何がだ?」 「その、……そんな風習があるなんて、知らなくて……。 ……もっと、別の意味かと…… ……だったら、ちょっと困ったんですけど」 「……。 ……そうか。……驚かせたね、……すまない」 その間は何だ。 何とか持ち直したマルスが、エリウッドに言った。 「……あ、あの、エリウッドさん」 「うん?」 「本当、……ですか?」 「……? 何がだい?」 少し照れた様子で、少し寂しそうに。 「……エリウッドさんは、僕の父ではないけど、 ……そんな風に、思っても、いいって」 エリウッドが、目を見開いて、マルスを見た。 どうやらあくまでも真剣らしい、マルスの目は、真髄だ。 エリウッドの肩が、小さく震える。 やがて―――抑えきれなくなったのか、 「……はははっ……、」 「……え、」 「……そうか。……そう、だな」 声に出して、笑い始めた。 こんなエリウッドを見るのは、初めてで、マルスは困惑する。 青い髪を大きな手でゆっくりと撫でて、エリウッドは言った。 「もちろんさ。 ―――新しい子供が出来たみたいで、私も嬉しいしな」 「……」 子供じみた顔で言ったエリウッドが、平静を取り戻し、 いつもの、大人らしい表情になる。 「……ありがとう」 「……」 マルスに言い、ふわりと笑った。 その後、さり気ない動作でテーブルを向き、上を片付け始める。 「紅茶、ごちそうさま。……おいしかったよ、 またいつか、貰ってもいいか?」 「あ、はい、……あの、片付けは、僕が……やりますから。 エリウッドさんは、お客さんですし……」 「……そうか。……じゃあ、そうしようかな。 ……では、その辺を、探索がてら散歩してくることにしよう」 そう告げ、マルスに背を向け、歩き始めたエリウッドを、 「あ、―――エリウッドさん!!」 マルスが、珍しい大声で呼び止めた。 エリウッドが、思わず足を止め、振り向く。 「……?」 「あの、……余計、かもしれませんが……。 ……ロイは、エリウッドさんを、嫌いじゃないと、……思います」 「……」 滅多に見せない、笑顔では無い表情。 真剣のような危なっかしさを持った。 ロイより少し青みの濃い碧で、マルスを見る。 呑まれない様、すっと立って。 「……どうして、そう思う?」 「エリウッドさん……今、……このお茶、おいしいって言いました……よね」 「……ああ」 「……この紅茶は……。……ロイの、一番好きなお茶だから」 「……」 同じものを好きなものに、ほとんどの場合、隔たりが無いと。 ―――親子なら、なおさら。 「……そうか」 「……」 エリウッドが、微笑む。 穏やかに、優しく。 「……ありがとう」 「……」 エリウッドは、マルスに背中を向け、歩き出した。 どこか寂しげに見える綺麗な姿勢を、藍い瞳で見送った。 つづく。 話が変な(略)。 ええと…… ……すごいシリアスですね(汗) タイトルがうそのよう……。 ただただ、エリウッドさんの、 「これからも、ロイを……」 ……の台詞が書きたかったのです。 これを言わせたいがためだけに、無謀に連載始めたのです。 次こそ完結予定です。 |