* ロイの父上がやってきた! *



父上―――

お久しぶりです。身体の具合はいかがですか?
俺の仲間達は、どうしているでしょうか?
特に変わりもないか、もしくはもっと元気であれば、
俺も安心できるのですが。

こっちの“世界”は、俺の知らないものばかりで、
とても興味深く、そして面白いです。
まだ完全に慣れたわけではなく、故郷が恋しいこともありますが、
一緒に生活している仲間達はとても親切で、個性的で、
きっとそのうち、過ごし易くなると思います。
……人間でも、動物でも、竜でもない、生き物が仲間内にいるのが、
未だに不思議でなりませんが……。
それについては、同封した『写真』とかいうのを見てくださると嬉しいです。
その場の景色をそのまま繊細な絵にしたような、小さな厚めの紙がそうです。

剣の修行も、毎日しっかりと積んでいます。
こっちの“世界”の仲間は、皆恐ろしく強くて、とても勉強になります。
俺も負けていられません。
次、父上に会う時には、父上に一太刀だけでも浴びせられるくらいには、
力を付けておきたいです。

ろくに手紙も出さない、不肖の息子で申し訳ございません。
軍内の女の人に見境無く声をかけて、問題なんて起こさないで下さいね。
将軍の親が軍内会議で問題になるなんて、情け無いですから!
本気で。

それではこの辺で。

   ―――フェレ家長男 ロイ.



 追伸 ―――そういえば、すごく綺麗な人を見つけたよ。



   ******


「……良し……、」

鞄に荷物を詰め込み終えて、エリウッドはふっと息を吐く。
ぱんっ、といっぱいの鞄を軽くたたくと、
エリウッドはすっと背筋を伸ばした。宛がわれた部屋の窓から外を覗く。

二人の姫が仲良くお茶をしている周りで、
ピンク色のまるいのが二匹、ボールを追いかけて遊んでいる。
そこから少し離れたところでは、
もうすぐ三十路の兄弟と、その兄弟に負けないくらい仲の良いカップルが、
四人で何か、新たに遊具をつくっている、子供達の為だろうか。

「……」

ふっと微笑み、鞄を手に取る。
もう一度窓の外を見ようと、部屋の扉に背を向けた。

瞬間、

「……帰るんですか」
「私の“世界”で、ちょっと問題が起こったらしくてね。
 いつまでも、留まっているわけにもいかないしな。
 もう、皆には知らせたよ。これから、最後の挨拶に回るところだ」

不機嫌そうな声がして、エリウッドは、背中を向けたまま返事をした。

「お前も、そっちの方が、いいだろう?」
「……」

にっこりと微笑み、顔ごと向ける。

「……別に……。」
「……まあまあ、」

緑の服が似合う勇者と、いつもその頭の上にいる、黄色いねずみがいた。
エリウッドの返事を聞いて、更に不機嫌そうな顔をするリンクを、
ピカチュウは相変わらずやる気のないのんびりとした声で、適当になだめる。

そんな一人と一匹を、微笑ましいと思いながら、エリウッドは笑った。

リンクはピカチュウの方に視線を向けると、はあ、と溜息をつく。
開いたままだった扉の縁に寄りかかり、エリウッドを睨むように見た。
鞄を持ち、近づいてきたエリウッドを見上げ、言う。

「……ピカチュウが、話があるみたいだから。
 聞いてやってくれますか」
「ピカチュウが?」

エリウッドが不思議そうな顔で、リンクの上のピカチュウを見る。

「……できるだけ手短にな。ピカチュウ」
「うん。ごめんね、僕、エリウッドさんとお話するには、小さくてね」
「……別にいいけどな……。」

それだけ言い捨てるように呟くと、
話になんて、まるっきり興味は無い―――とでも言うように、
リンクはその青い瞳を伏せた。

頭の上から、少し見下ろして、静かに呟いた。


「……あなたは……、……守れなかった?」

「……」


閉め忘れた窓の向こうで、風がざわついた。
縁の中の木の葉が、二枚、ふわりと舞う。


「……強くても……、……守ることができなければ、ただの飾りだ」
「……」
「私は、腕の立つ剣士だと言われた。それだけの力があった。
 ……でも、一番守りたかったものは、守れなかった」
「……」

エリウッドが、胸部の少し下で右手を軽く広げる。
それに視線を落として、ぎゅ、と握りこんだ。

「……」
「彼女を傷つけられて……。逆上したのさ。
 彼女を傷つけたものは殺したが、彼女は死んだ。
 ……守れなかった。
 力を使うということを、間違えたんだ……。」
「……。……そう」

右手を下ろして、
少し上の、ピカチュウを、微笑み見上げる。


「……でも私には、今、『子供』という、守るべきものがある。
 ……だが私には、もうそれだけだ。
 老いた私の役目は、あの子を守ること。
 あれから時間を経た今なら、それができる。……そして、」
「……」
「私の、大切な子供だから、私と同じ思いはしてほしくない。
 得た強さが、飾りになっては、駄目なんだ。
 あの子が一番大切に思う人と、幸せになってほしい。……本当に」
「……ふうん……。」

エリウッドが、自分の息子より少し青みの濃い碧の瞳を、そっと伏せた。

いったい彼は、どんな思いで、自分の子供を見て微笑んでいたのだろう。
ここから先は、あくまでも、ピカチュウの推測にしか過ぎないが。

彼はきっと、息子の母親のことだって、紛れも無く愛していた。
だけどそれは、そうではなくて。
どんな思いで、見ていたのか。
自分が守りきれなかった、本当に守りたかった人の、
面影のひとつも継いでいない、
自分の子供のことを。

「……まあ、あくまでも、推測だけど」

ぽつりと、ピカチュウが呟いた。
考えたって、仕方が無い。
何にせよ、彼はエリウッドの息子だ。それ以外、何の事実も関係無い。

少なくとも、赤の他人にとっては。

「……ところで、ロイさんの父上さん」
「何だい?」
「……似ていた? それは、見かけ?」
「……違うよ。……多分、中身が似ている。
 でも、似ているだけで、彼女じゃない。だから心配はしなくていい」
「……それでフツウ、キスとかするかなぁ……」
「あれは風習だぞ?」
「……。……ふうん……」

片手の人差し指を立てて、にっこりと告げたエリウッド。
……もう、いいだろう、これ以上は。

きっと、この人にも、いろいろあるんだ。
いい加減な態度の、その反対側に。
だからもう、他人である自分が、気にする必要は無い。

「あとね、もうひとつ。エリウッドさん」
「何だい?」
「今度はもっと、面白い話をしよう。―――またね」
「……」

へら、と笑ったピカチュウを、一瞬驚いた顔で見る。
そして、ふ、と笑った。

「……ああ。……また」

目を閉じ、リンクとピカチュウの目の前を、するりと通っていく。
開け放しの扉から出たすぐ先、階段の下に消えたエリウッドを、
ピカチュウはずっと、見ていた。

やがて、リンクが、目をそっと開ける。

「……もういいのか?」
「うん。……変な人だったねえ」
「……そうだな」

ピカチュウを頭に乗せたまま、リンクは客間に入る。
そして、閉め忘れていった窓を閉めた。二箇所の鍵をかける。

その一連の動作を見ながら、ピカチュウはぽつりと呟いた。

「……エリウッドさん。……かあ」
「……。……何だよ、……やたら気にするんだな……」

何だか面白くなさそうに、リンク。

「……」

ピカチュウはリンクに視線を下げると、

「……じぇらしー?」
「っ!? ……なっ、」

とんでもないことを呟いた。

「な、そんなわけないだろ!」
「そんなわけないんだ……」
「え、……あの、だから、そっ……そうじゃなくて、いや、だから、
 ……ああもう、そんな悲しそうな顔するなよ!!」
「じゃあ、じぇらしー、なの?」
「使い方違う!」
「……そうかなぁ」
「だから、オレは別にっ……―」

期間限定の主のいなくなった部屋に、一人と一匹の声が、気の済むまで続く。



   ******



ぼんやりと地理を覚えかけた商店街の中を、エリウッドは歩いていた。
自分の目の届く範囲に、赤い髪が覗くたびに、少し足が止まってしまう。

実は、ロイと―――それからマルスには、
自分が今日、帰るのだということを、伝えていない。

今日だって、ロイとマルスが一緒に出かけたのをいいことに、
屋敷から出てきたのだった。
どうやらあの屋敷の責任者であるらしい、マリオには、
本当にそれでいいのか、と訊かれたが、
今更、どうしようとも思わなかった。

自分はロイにとって、大切なものを傷つけた相手なのだから、
できるだけ会わない方がいいのだ。

「……逃げているみたいだ……。」

くす、と小さく苦笑を漏らして、エリウッドは空を見る。
誰に言うでも無く、小さく、呟いた。

「……私は、愚かかな。……そうなのかもしれないな」



賑わう商店街を抜け、喧騒が遠くに聞こえるようになったころ、
エリウッドは、一本の街路樹の下で立ち止まった。
いっぱいの鞄を地面に下ろすと、一番取り出しやすいポケットから、
薄いクリーム色の、封筒を取り出す。
既に開封済みのそれは、―――ロイがこちらの“世界”に来て、初めてよこした、
エリウッド宛ての手紙だった。

決して綺麗だとは言えない字で、丁寧に書いてあるそれを、
エリウッドは懐かしげに、軽く読む。

自分の息子の見つけた大切なものが、一体どんな人物なのか、
興味本位でやってきた。
結果、それは自分の息子にとって、本当に大切なものであるらしくて、
心の底から、安心した。

けっして自分のような思いをさせない為に。
少し寂しいが、嫌われても別に、仕方無い。

便箋を畳んで、封筒にしまう。
一番取り出しやすいポケットに捩じ込み、再び歩いた。
次の街路樹が、遠くに見えてくる。

「……?」


何か、―――二つの人影と、一緒に。


「……」

二つの人影が見え、エリウッドは思わず立ち止まった。
顔が強張る。
気のせいであるようにと、心のどこかで願いながら、それでも歩いた。

次の街路樹が、近くなる。

二つの人影は、片方は街路樹に寄りかかって、もう片方はその傍に立っていた。
こちらから見えるのだから、向こうからも見えているだろう。
エリウッドは顔を強張らせたまま、歩いた。

次の街路樹が、もうすぐ傍まで来たとき、

「―――お待ちしてました。」
「……」

いやに皮肉めいた、声が聞こえた。
間違いなく、街路樹に寄りかかった人影の声だった。
それは木から身体を起こすと、もう片方の人影の斜め前で、
エリウッドをじっと見る。

「実の息子に、報せの一つも無しに帰るとは、
 随分と冷たいんじゃありませんか? ……父上」
「……知っていた、のか……」

無表情に淡々と述べた、赤い髪―――ロイのほぼ正面で、
エリウッドは立ち止まった。
ロイの斜め後ろで、青い髪―――マルスが、二人を見ていた。

エリウッドはいつものように微笑み、ロイを見下ろす。

「……どうしてだ?」
「マルスが。……父上の様子がおかしい、って」
「……。……そうか」

エリウッドは、マルスを向いた。
やはりお前は怖いな、と、苦笑して告げる。
そして再び、ロイに向き直る。

「……それで? 私に何か、用かな? 息子よ」
「……。
 ……用、って程のことじゃ、ないですけど」

それまでやたらに偉そうだったロイが、顔をしかめた。
居心地悪そうに、視線を地面に向ける。
エリウッドをちらちらと見ながら、それでエリウッドと目が合うと、
更に視線を背けた。

「……こら、」
「……わかってるよ……。……あんたが言うから、言うんだからな」

マルスが、ぽん、と肩を軽く叩く。
ロイはマルスを見て、大きく溜息をつくと、
エリウッドを見上げた。
もう一度溜息をついた。

「……あの……」
「?」
「……この前の……こと……で、……その、」
「……この前のこと?」
「……マルスを……傷つけた時の……。」
「……。……それがどうかしたのか?」
「……」

にこやかに微笑んだままロイを見るエリウッドを見て、
ロイはやはり、どこか居心地悪そうだった。

赤い髪をがしがしと掻いて、きっ、とエリウッドを見上げる。

「……この前の、あれは、俺が弱かった。……認めます。
 マルスの心配をするよりも先に、父上に怒りを向けたことも、認めます……、
 ……俺はまだ、未熟でした。
 ……申し訳、ございません」
「……」
「……でも、マルスを傷つけたことに関して、……許しはしないですから。
 ……でも、マルスをあの時守れなかった、自分のことも許しません」
「……」

藍い瞳が、真っ直ぐにロイの後姿を見つめる中。

「……それで?」
「……俺は、強くなります。父上にも負けないほど、強く。
 ……自分の未熟さを父上の所為にした、そのことを謝りにきたんです。
 ……謝ります。……だから……、……そ、の、」

一旦、言葉を切った。
深く息を吐いて、ぽつり、と言う。


「……また……。……来て、……ください、ね」


「……」


ふい、と顔を逸らしたロイを、エリウッドは、目を丸くして見つめた。
ますます居心地悪そうに、ロイはエリウッドをこっそり覗く。

父親が、自分だけをじっと見つめていると考えると、
何だか気恥ずかしくって仕方が無い。

「……だからっ、そういうことですからっ!!」
「……そうか、」

半ばヤケになって怒鳴ったロイの頭に、
エリウッドが大きな手を、ぽん、とのせる。

「……是非、来させてもらうよ。
 ……元気で、いろよ。――――ロイ」

「……」

子供をあやすように、エリウッドはロイの髪を撫でる。
特に嫌がりもせず、ロイはそれを、黙って受け入れて、

ふ、とエリウッドが微笑んだ。
ロイもそれを見て、苦笑気味に笑う。

「……それじゃあ」
「……はい。父上も、お元気で」

エリウッドはロイの横を、すりぬけた。
すれ違いざまに、エリウッドの視点で斜め前のマルスをちら、と見、
ありがとう、と呟く。



やがて、エリウッドの背中が、街の向こうに消えていくのを、
ロイとマルスは、二人で見送った。



「……さて、と。
 ……俺達も、帰ろっか? マルス」
「……」

腰に手を当て、やれやれと溜息をついたロイは、マルスに問う。
が、マルスは、エリウッドが去った方向と、ロイとを交互に見て、
返事をしなかった。

「……マルス?」
「……」

訝って、ロイがマルスを覗き込む。
そんなロイに、マルスは、ぽつりと一言。

「……しないんだな」
「は?」
「……キス……」


……。


「……はい?」
「ロイとエリウッドさんの地方では、何か特別なことがある時、
 親子で、……キス、するものなんだろ?」
「……何、だって……?」
「……だから、するのかなあ、と思って、……しなかったから……」
「……。
 ……なあマルス、ちょっと」

ロイが、不思議そうな顔で考え込むマルスの腕を、掴む。

「……それ、誰から聞いた話?」
「……エリウッドさんから」
「……信じたのかよ、それ」
「……違うのか?」
「何で十六にもなる男が、父親とキスして喜ばなきゃいけねーんだよ!!」

ごもっともで。

「……それでっ!? マルス、何かされたのか!?」
「……だから、……キス……、」
「……」

心底疑問らしい、頭の上に山ほど疑問符を浮かべ、ロイを見るマルスと、
何だか頭から、ぶちぶちと音がしてる、ような気がする、ロイ。

「〜〜〜〜〜〜ッ……」

ロイが、エリウッドの去った方角を、勢い良く振り向く。
そして。

「……二度と来んなっ、
 あんっ……の……っ、
 ……バ父―――――――――ッッッ!!!」



ロイの怒涛の叫び声が、街いっぱいに、木霊した。
エリウッドに届いたのかどうか、それはもう、誰にもわからないが。

とりあえず、
台風一過ということで―――




おしまい。



**  **  **  **  **


お疲れ様でした。
エリウッドさんの設定をぐーるぐーると考えていたら、あらまあこんなことに(汗)。
泥沼で申し訳ございません……
というかきちんと烈火をやった全ての方に申し訳ないです(汗) ああ……。

何にせよ、とりあえずこれでおしまいです〜。
長い間お付き合いいただき、ありがとうございましたv

またそのうち、お父様絡みで何か書きたいです。

04,01,26 白銀水也

SmaBro's text INDEX