* ロイの父上がやってきた! *



どうして不安になるんだろう

時々、ものすごく



父上が怖い。



   ******


「……ねえリンク、どう思う?」
「ん? ……ああ……」

激しい金属音が、連続で鳴り響く。
ただごとではないその音を、ただ聞こえるままに受け止める。

リンクはピカチュウと共に、リビングで和やかにティータイム。
子リンクは、ネスと一緒に木登り。
マルスは、ピチューを連れて、公園に出かけた。

いつもなら、どこまでもマルスについていくはずのロイは、
今日は―――というか、ここ三日程、ずっと屋敷に留まっていた。

何をやっているのか、と言うと。

「……ロイと、……ロイの親父さんのことだろ?」
「うん。……どうしたんだろうね」

一旦、音が止む。
深い、穏やかな男性の声が、何か言った後、
また、金属音が響いて。

先程からずっと、それの繰り返し。
ここ、三日程、ずっと。

「……剣の稽古なんて、あんな傷だらけになりながら……」
「……」


ここ三日程、ずっと、
ロイとエリウッドは、本気で剣を交えている。
本気というのは、本気で本気らしく、
ロイは毎日のように、擦り傷やら切り傷やらを、山ほど作って抱えていた。
……ちなみにその怪我は、マルスが手当てしてやってたりするのだが。

どちらに理由を訊ねても、どちらも何も、言わなかった。
ただ、「剣の稽古」だと、それしか。


「……お前にわからないことが、オレにわかるか」
「そうでもないよ。僕は、かみさまじゃないから」
「……。……そっか。……でも……、」

湯気の立つオレンジ色の紅茶を、一口飲んだ。
思っていたほど、甘くは無い。

窓枠の額縁の中に、同じ赤い髪の、大人の男性と、少年一人。
身体に大きすぎる剣を手にして、ひたすらに立ち向かっていく。


   ******


「……だああぁッ!!」

両手で柄を握り返して、右足を一歩、強く踏み込む。
その勢いにまかせて、剣を左下から、右上へと振り上げた。
左手を離し、更に勢いを増したが、
剣の軌道は、エリウッドの剣に、いとも簡単に止められてしまう。

ロイは軽く舌打ちすると、再び両手で柄を握り、
前に体重を込めて、後ろに跳んで下がった。
少しの距離を置いたところで、体勢を立て直す。

「……っ、」
「どうした? ……攻撃は、終わりか?」
「……っんなワケ、あるかっ!!」

薄く微笑むエリウッドに、ロイは向かっていく。
今度は頭上から、真下に振り下ろした。
それを受け止めた剣を、無理矢理力で押し切ると、
その反動で、エリウッドの身体が一瞬後ろに傾く。

「っ……、」

エリウッドの視線が一瞬、ロイからはずれた。
それを逃さず、ロイは右手を背中にやり、突きの体勢を取る。

「はあっっ!!」
「……まだまだ。剣の筋が読めるぞ、」

前に突き出した剣を、エリウッドは真反対に身体を捻り、避けた。

「!」

突き攻撃は決まればかなり強いが、外せばかなり痛い隙となる。
体勢を立て直したと同時に、前に跳んで出たエリウッドを、
ロイは大きく見開いた目で、追った。

「……はっ!!」
「……っ!!」

ロイの眼前を一直線に横切った剣が、空気を切り裂く。
ロイはそれを、何とか後ろに身体を落として避けると、
そのままよろめいた。
後ろ手に、剣ごと地面を突く。

そしてそれを、許すエリウッドではなかった。

「終わりだ。……相変わらずだな、お前は……、」

容赦も無く、エリウッドが剣を振り下ろす。

赤い髪の中を、ざ、と剣が通って。


「――――――っ……」

「……弱すぎる。前に、私はお前に言わなかったか?
 剣の振りが大きすぎるし、攻撃が単調すぎるのだと、な」

エリウッドの剣先が、地面に突き刺さった。
同時にエリウッドの手が、剣の柄から離れる。
勝負は、在った。

ロイの頬には、細く、長い傷が、赤く腫れ上がっていた。
先の方から血がにじんで、頬から顎まで、ぽた、と赤い雫が落ちる。

右手で剣の柄を握り締め、腰を地面に落とした格好のまま、ロイは、
はるか上にある父親の顔を、強く、睨みつける。
しかしエリウッドは、穏やかに微笑んだ。目を細め、剣を地面から抜いた。

「そういうわけだ。……強くなった、と聞いていたから、どれ程かと思ったが……。
 まだまだだな」
「……っ。……それでもっ……、前よりはっ」
「問題なのは、『前』じゃない、息子よ。わかるか?
 お前が問題にしなければならないのは、『誰』かだ。
 お前の大事なものを脅(おびや)かす、『誰』か」

立て、と、目で合図した。
それを理解して、ロイは立ち上がる。

「……わかってるよ……、」
「わかってるなら、もっと剣の腕を上げることだな。
 今のお前では……、おそらく、何も守れない」
「……ッ……、守れないとか、言うな!!」
「私は、事実を述べているだけだろう。……それに、」

立ち上がったロイの横をすり抜けて、エリウッドは、歩いた。
向かう先には、門があった。

「……父上? どこに、」
「……いつだって、守りたいものを、忘れないことだ。
 ……お前が守りたいのは、誰なんだ?」

そして、ちょうど同時に、門を開けて、外から帰ってきた人がいた。
その人物に、ロイは、視線を奪われる。

本当に戦場の人間なのかと思われるほどの、細身の身体。
さらさらと、風に遊ばれる、青い髪と、深い藍の瞳。
高めの身長に、端麗な顔立ち。

その人がちょうど、ロイに気づいて、視線が合ったのと、同時に。
背筋が、凍るような思いがあった。



マルスを真っ直ぐに見据える、父親の視線が、


「―――エリウッド、さん」
「―――マルスッッ!! 逃げっ……」


「……――」


―――ひどく、殺気立っていたような、気がしたから―――・・・。




「……」

白地の肌の上を、手袋を伝って、細い指の先まで、
彼の嫌いな赤い血が、つ……と落ちた。

「……、」
「……こういうことだ……。……必要なのは、剣の腕だけじゃない」
「……父……上、」

エリウッドが、剣を鞘におさめた。
腕を押さえ、呆然と立ち尽くすマルスに、「すまないな」、と一言告げて、
背中を向けた。

同じく呆然と立ち尽くしているロイの正面に、穏やかな笑顔で、立つ。
軽い傷だとはいえ、マルスを斬ったばかりとは、到底思えない顔だった。

「……わかったか?」
「……っ!!」

にっこり笑って言った直後、ロイは顔に、怒りをあらわにさせた。
剣をその場に落として、エリウッドの襟首を掴みにかかった。

「……っ、父上っ!! 何でっ……!!」
「私は、事実を述べただけだ。……守れなかった、お前が悪い」
「ふざけんな!! 自分が何したのか、
 わかってんですか、父上っ!!」
「いつ、誰が敵になるかは、わからないだろう。……覚えは無いか?」
「なっ……、」

エリウッドが、ロイの手をやんわりとほどく。
その微笑みが、ひどく怖かった。

「本当に守りたいなら、強くなる方が、先だ。
 奪われた事実は、奪った方ではない、奪われた方が悪いのだと、私は思う」
「……、」
「……お前は弱いよ。そして、弱ければ何も守れない。
 ―――違うかい?」
「――――――ッッ!! 誰が、弱いってっ……!!」

穏やかな微笑みを向けるエリウッド。
悔しくて、悲しくて、腹が立って。……ロイが再び掴みかかろうとした瞬間、

「ロイ!!」

鋭い声が飛んだ。

「っ!」

びくっ、と、ロイの動きが、止まる。
見てみると、斬られた腕を手で押さえて、マルスが立っていた。
やわらかく、微笑んで。

「……やめて」
「……! でもっ……!!」
「実の父親と喧嘩なんて、良くないだろ。
 ……僕なら、大丈夫だから」
「……でも、……あんたっ……」
「……そうだな。……腕が痛むんだ、……手当てを、手伝ってくれるか?」
「……」

微笑んだままそう言われ、ロイは断れなかった。
表情を曇らせ、うつむき、やがて、エリウッドから、距離を置く。

「……わかった」
「……うん。……じゃあ、エリウッドさん」
「ああ。……化膿しないようにな」
「はい。ありがとうございます」

マルスはエリウッドに軽く頭を下げると、ロイに、剣を拾うように言った。
ロイが自分の剣を鞘におさめたのを見た後で、
マルスはロイを連れて、屋敷の中に入っていく。


「……」


それを見送った後の、空が、青かった。
ひときわ強い風が吹いてきて、―――目を閉じた。



   ******



「……ロイはやっぱり、力不足だと思うよ。まだ伸びるとは思うけどな」
「うん……。剣のことはよくわからないけれど。
 リンクとか、マルスさん見てると、ロイさんは弱いかもって思うな」
「……ああ……。……でもロイは、オレやマルスより、強いとこもあるだろ。
 ……ただ、その強さには、はっきりとした形が無いんだ。……だからか」

一部始終を見ていた。

「……心だけで人は守れないし、剣だけでひとは守れない、……か……。
 ……ねえリンク、ロイさんの父上さんは、何が言いたいんだろうね」
「……さあ……。……オレの、知ったことじゃねーよ」
「そう? 結構冷たいね。……嫌いなら当然か?」
「別に嫌いじゃねえよ……。……気に喰わないだけ」
「それが嫌いって言うんでしょ。……後ねリンク」
「何だよ」

エリウッドの行動の意図が、全部わかったわけじゃない。
マルスを傷つけた時は、飛び出していこうかと思ったし、
あの穏やかな笑顔は、はっきり言って、ひどく怖かった。

「救急箱、……持っていった方がいいかなあ」
「……。……だな。……じゃあ、行くか」
「ついていってもいい?」
「いいよ。ほら」

手を伸ばす。
ピカチュウは腕を伝うと、肩から頭へ、飛び乗った。



ロイの尊敬する、父親は強かった。
剣の腕も、心の強さも、申し分無かった。

でも。それでも。
完璧なものは、ひとつもない。
彼とて一人の人であって、
大切なものの一つでも、あっただろうに。

剣の強さだけが、全てではなくて、
心の強さだけが、全部じゃない。





腕の傷に、大分おおげさに、包帯を巻いた。
彼の声が、頬の傷のことを、教えてくれた。


つづく。

 続き


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話が変な方向に(以下略)。
……戦闘シーンは難しい……。
何か、お父様が、お父様らしからぬお父様っぷりを発揮している気がしなくもないのですが、
こんなはずになるはずでは……(?)。

次で完結予定です。
と思ったら完結しませんでした……

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