赤毛少年ロイは今、とても深刻な悩みを抱えていた。 「…………ッ……、」 「そんなに睨むな、息子よ。不可抗力だ」 玄関先でにっこり微笑むエリウッド。 偶然鉢合わせてしまったロイ。 エリウッドの腕には―――何故か、眠ってるマルスの身体。 例の『お姫様抱っこ』の形で、エリウッドが抱き上げている。 「……なッ……にが不可抗力だ、この変態親父っ……!!」 「マルスが公園で寝ていたんだよ、でも雨が降りそうでね。 起こすのも濡れるのも可哀相だったから、こうして連れてきたわけさ。 ……ああそれにしても、雨が降らなくて良かったな」 「あーはいはいはいわかったよ、わかったからマルス寄こせ!!」 ずい、と右手を突き出すロイ。 『俺が部屋に連れてくから』―――ということらしい。 が。 「……息子よ、一つ訊いてもいいかい?」 「……何だよ」 エリウッドを睨みつけたまま、言葉を待つ。 エリウッドは特に悪びれもせず、にこりと笑ったままで、 「……お前のその身長じゃあ、マルスを落とさず運ぶのは、難しいと思うんだが?」 「……」 こう、言った。 ……思わず、二の句が続けられないロイ。 ロイの悩みとは――――――……そう、自分の身長のことだ。 ****** 「……何でこんな身長なのか、……なんて訊かれてもなぁ……」 そんなわけで、ロイの現在地はリンクの部屋、の床の上。 先ほどのエリウッドのセリフですっかりふてくされたロイは、 リンクの部屋で胡座を掻いて、半ば八つ当たりな状態でリンクに訊いていた。 『何でリンクはそんなに背が高いんだ』、……と。 説明しておくと。 ロイとリンクは、16歳の同い年。 ロイはジャスト160cmで、リンクは175cm、ちょっと上くらい。 マルスは172cmなので(ロイ調べ)、リンクの方が若干、マルスより高い。 どうもロイはそれがすごく、すっごぉぉぉく気に入らないらしくて。 ちなみにエリウッドは180cm前後。マルスより大分高かったりする。 「だって同い年だぜー? 不公平だろ、俺はマルスより低いのにリンクは俺より高いなんて」 「……まだ成長期が来てないだけなんじゃねーの? ロイの親父さん、大分高いんだし……、心配しなくても、そのうち伸びるって」 「……でもさあ」 「……でも?」 自分はベッドに腰掛け、リンクはロイに尋ねる。 ロイとマルスの様子を見てると、今でも充分幸せそーだし、 別に身長なんて気にしなくてもいいんじゃないか、とか思ってしまう。 ついでにリンクからして見れば、マルスといちゃついてるだけで充分だ。 ……それを口にしないのは、リンクがどーしようもないお人好しであるから、なのだが。 まあそんなことはともかく。 ちら、とリンクを見上げ、ロイはぽつぽつと言った。 「……マルスってさ、……自分より身長高いやつに、妙に甘えるんだよなー……」 「……は?」 思わず間抜けな声が出る。 「……ファルコンさんとか父上とか、……リンクにも。 な――――んか、何つーか……やったらカワイイ顔見せやがんだよなぁ……」 「……そうかぁ〜……?」 少なくとも、自分にはそんな風には見えない、と、リンク。 するとロイは、今度良く見てろよ、そしたらわかるよと言った。 「……それに」 「まだ何かあるのか?」 足を組み替えながら尋ねた。 「……俺がマルスより小さいと、……念願の『お姫様抱っこ』ができねーんだよっ……!!」 ぐ、と膝の上で拳を握り、心底悔しそうにどこかを睨むロイ。 ……問題なのは、それなのか。 「……。……あ、そうですか……」 心の底から呆れて、リンクがぽつりと呟く。 はあああぁっ、と大きく溜息をつき、リンクは、ロイの質問に答えてやることにした。 「オレはガキの頃、毎日牛乳飲んでたけどな。体力回復の為だったけどさ 今も子リンクが飲んでるだろ」 「……今からでも、間に合うと思うか?」 「さあな。後は、よく食べてよく寝るコト」 「……いつもよく食べてよく寝てるつもりだけど?」 「じゃあ、マルスにちょっかい出すのやめたらどうだ? ……夜更かしばっかだろーが、お前」 深く考えてください。 さらりととんでもないことを言い放ったリンク。 リンクの言葉に、ロイは一瞬石化し、 「……なっ……、……!!」 わなわなと震えだした。 「……それはお前、リンク。 俺に『マルスの身体』か『お姫様抱っこ』か、どっちか選べっつーのかよ!?」 「まあ、そういうことになるのかな」 「やだよそんなのっ」 「じゃあその念願とやらの姫抱きは諦めるんだな」 「だってお姫様抱っこってカッコいいじゃんっ!! 俺の夢はなーっ、マルスが思わずドキッ☆ ……てなるようなイイオトコなんだぞっ!?」 そうだったのか。 「……ロイ、あのさ」 「何だよ」 「……。……いや、何でもない……」 バカは死んでも治らない、とは良く言ったものだ。 昔の人って、こういう時にすごいと思う。 ****** 「……僕にケンカ売ってるの? ロイさん」 「いや、別にそーじゃねーけど」 悪びれもせず、ロイは言う。 ロイは今度は、ピカチュウの部屋に来ていた。 特に目的は無かった。 「……まあ、いいけどね。で、どうすれば背が高くなるか、だっけ」 「うん、そうそう。それ」 「……んーとね……あるコトは、あるな」 「!!? ……本当かっ!?」 ぱぁっと目を輝かせるロイ。 窓の縁に座るピカチュウは別に意識もせず、さらっと言う。 「ゲームウォッチさんに何かやってもらう」 「……」 ちなみにゲームウォッチはこれまでに、 マルスを子供化させた(疑い)、 ドンキーを凶暴化させた(疑い)、 マリオを泣き上戸にした(疑い)、 ……などなど、色んなことをやっている。但し、証拠が無いのであくまでも『疑い』だ。 「……遠慮しておく」 「そぉ? ……じゃあ、ドクターマリオさんに」 「それも却下!!」 ピカチュウにとって、ロイの身長が高かろうが低かろうが、まったくの他人事だ。 話し方が多少雑になっても、仕方ないような気がする。 はぁ、と小さく溜息をついて。 「……ロイさんさぁ、どうして背、高くなりたいの?」 「『お姫様抱っこ』がしたいから」 「……どうでもいいねぇ、それって……」 「どうでもいいとか言うなっ! ……だって父上羨ましくないか!? マルスをこう、軽々と抱き上げたりしてッ……!!」 「……いや、僕に言われても」 変なところで熱血に語るロイ。 見かけはあの父親にそっくりなのに、……どうしてこうも、口調やら性格やらが違うんだろうか。 親子なんて、こんなものなのか。 窓の縁に座り、窓の外の景色を見ながら、ピカチュウは小さく溜息をついた。 「……いきなりロイさんが大きくなったら、マルスさんが途惑うような気がするけどねぇ」 「恋人は大きい方が、頼りがいがあっていいんじゃねーか?」 「……女のひとならそうなのかもしれないけど……、……マルスさんは男のひとでしょ」 「わかってるよそんくらい。俺の気持ちの問題」 窓の外―――庭では、エリウッドとマルスが、和やかに談笑しながらお茶をしている。 知らせた方がいいのかな、と思ったが、 「……」 ふ、と、この間のことを思い出したので、やめておいた。 それと同時に、疑問が湧き上がる。 「……ねえ、ロイさん」 「ん? 何だ?」 「……ちょっと、ヘンなこと訊いてもいい?」 「は? ……いや、いいけど別に」 「……。……あのさあ……、……ロイさん、ロイさんの父上さん、好き?」 「……。……はぁ……?」 思わず目を丸くし、ロイがピカチュウを呆然と見つめる。 ピカチュウは、質問間違ったかも―――と思いながらも、ロイの返事を待つ。 「……好き……とか訊かれても、……別にそういうんじゃなくて……何て言うか、」 「……」 「……そりゃあ、尊敬はしてるさ。父上だしな。……あの見境の無さはともかく」 「……じゃあ、ロイさん」 うーん、と難しい顔で考え込むロイに、もうひとつ。 「……ロイさん……、お母さんは?」 「……」 ……訊いてはいけないことだというのは、何となく、理解してるつもりだった。 でも―――…… 「……俺が生まれてすぐ、死んだらしいんだ。だから、顔は知らない。 父上も、写真とか絵とか……飾ってないしな」 「……。……そうか」 とん、とピカチュウが、床に座り込んでいるロイの前に跳び下りる。 ロイを見上げて、 「……ごめんなさい、」 こう言った。 「……気にすんなよ、……俺にはまだ、父上がいるしさ」 ピカチュウの頭をちょっと乱暴に撫でながら、ロイは言った。 ピカチュウはロイを見上げたまま、その行為にちょっとだけ抵抗した。 「……で、さ。ロイさん。教えようかどうか迷ったんだけど」 「ん? 何だ?」 「お庭にねぇ、ロイさんの父上さんとマルスさんが、一緒にいるよ」 「っっ!!? な……っんだとぉっっ!!?」 こんなことしてる場合か!! ―――と、ロイが勢い良く立ち上がる。 その勢いの良さにちょっと後ずさりしつつ、ピカチュウはロイをなだめようとする。 「で……でもさロイさん、別にロイさんの父上さん、 ちょっかい出してたワケじゃ」 「あの変態セクハラ親父は、ほっておくと何しでかすかわっかんねーんだよっっ!!」 「……変態セクハラ男の子供は変態セクハラ男……」 「俺と父上を一緒にすんなっっ!!」 びしぃっ!! ……と、ピカチュウに指を突きつけてそー言うと、 ロイはあっという間に、ピカチュウの部屋から出て行った。 ドアは開け放しにしていった。……行儀が悪い。 「……はあ……、……何ていうか、」 とことことドアの方に歩き、ぱたん、とドアを閉じる。 再びベッドに跳び乗ると、再び窓の縁に座り込んだ。 「……何て……言えばいいんだろ……」 ―――あの時、エリウッドは言った。 ピカチュウの、人より優れた聴覚でしか聞き取れない程の、小さな声で、 『失くした恋人に、雰囲気が似ている』……と。 「……」 失くした恋人というのは、ロイの母親のことなのだろうか? ……そうすると、エリウッドがマルスに構うのは、 ただ単に『代わり』を見つけたからなのだろうか? でもエリウッドは、『それでも私は、彼が気に入った』と、こうも言った。 そうすると、どうなるのだろう。 エリウッドとロイがマルスを気にかけるのは、どこかに、 いなくなった家族の面影を見て、 無意識とはいえ、身代わりにしようとしているからなのだろうか? それじゃあまりにも、マルスが可哀想じゃないのだろうか。 でもロイは、『知らない』と言った。 ……じゃあ……、 「……ま……、僕が悩んでも仕方無いか」 ピカチュウが、難しい考え事を放棄する。 何も知らない第三者が考えたって、仕方が無い。 ―――これは、当人どうしの、気持ちの問題。 「……マルス――――――ッッ!!」 「……」 窓の外から、ロイの声が聞こえる。 ……ああまた乱闘になるのかな、教えない方が良かったかな、と、 ピカチュウは一瞬思った。 が、 『楽しそうだからいっか』などという、適当極まりない気持ちにより―――、 マルスをめぐって、父親と息子は、 また、闘いを始めようとしていた。 つづく。 話が変な方向に湾曲しました(汗)。 そんな……別に、ロイの母親がどーこーとかいう話じゃなかったんですが。 ただ最近、ロイのお母さんってどちらさんだろうと思って、 それを考えながら書いてたら、 ついにはこんなことに。 だから連作はプロット立てようって言ってるんだ…… 多分、全五回になると思います……。 |