* ロイの父上がやってきた! *



ばぁんっっっ!!! …………。

木を強く叩く音がして、リンクとピカチュウが呆れ顔でそっちを見る。
……大分血圧が上がってそうなロイが、息を切らせ、ものすごい形相で、窓の外に見える庭の風景を睨んでいた。
ちなみに、叩いたものはテーブルらしい。載ってたコップの中の水が、僅かに震えている。

「……絶っっっっっっ対殺す……」
「……ブッソウなこと言わないでよ、ロイさん」

見かねたピカチュウが声をかけるが、どうやらロイには届かなかったようだ。
呆れたピカチュウが、今度はリンクを見上げる。
実際のところ、彼だって、このくらい――まぁロイは怒りすぎだと思わないでもないが――怒ったっておかしくない人間だ。
で、その問題の庭で、何が起こっているのかというと。


「……ああ、ここも擦りむいているな。痛むかい?」
「あ……。……い、いえ……。大丈夫です」

ケガをしたマルスを、エリウッドが手当てしている。
ロイ視点から見ると、自分の父親が、自分の愛しい愛しい恋人を口説いている、と、
そういう光景が広がっているわけだ。

何でそんな状態になってるかとゆーと、何てこたない、エリウッドとマルスは、ちょっと前まで、手合いをしていたのだ。
ちなみに、マルスの方からの申し出だ。
で、二人はそこそこ同等に渡り合っていたのだが、運悪くエリウッドの剣が、マルスの腕を斬ってしまった。
その反動で、ついでに転んでしまって……。

手当てをする、というエリウッドの申し出を、マルスは一度断った。
が、エリウッドが、「他にしてやれることが何も無いから」と言うので、
気はすすまなかったが、承諾した。

マルスの腕やら足やらにエリウッドが触れているだけでもロイの怒りを買うのに、
さらに。

「……本当にすまない。私がもっと気をつけていれば……」
「あ、……エリウッドさんのせいじゃないです、僕が避ければ良かったんです。
 ……だから、気にしないでください」

……などと、ロイには絶対言わないよーなことを、頬を薄っすらと染めながら言うものだから。
マルスは(本人は無自覚だが)、もとより同性の年上に少し弱いのだ。


「……ロイ、ロイ。それ犯罪だから」

剣の柄に手をかけるロイに、リンクが一言。
果物の入ったカゴに手を伸ばし、リンゴを取ると、頭の上のピカチュウに渡す。

「……だってさあっ……」
「ロイさんだって、同じようなことやってるじゃない。……あのひとはだめなの?」

リンゴをしゃりしゃりしゃりと食べながら、ピカチュウ。
ロイはピカチュウをぎっ、と睨むと、つかつかと歩み寄った。
ピカチュウは全く動じず、代わりにリンクが思わず引く。

「何言ってんだよっ、俺はいいんだよ俺は!!」

その根拠は何処にあるのか、少年よ。

「……ワガママ……」
「だってマルスもなにかに言って嫌じゃないみたいだしさ」
「……そうなのか?」
「毎日一緒に寝よーって言って押しかけて、まさか嫌だったらそれに従ったりしないだろ」
「……そんなことしてんのかよ……」

リンクとピカチュウ揃って、庭の外のマルスに同情の目を向ける。
そして、やはり呆れ顔で、ロイの方にも。
……リンクのロイに対する視線には、ちょっぴり羨望が混じっていたような気がするが。
リンクとて恋する青少年なので、その辺はしょうがない。

バカップルのノロケなんて聞いてられるか。
そろそろ夏だしな。
そう思い、リンクが、窓の外を指差す。

「ところでロイ、……あれ、ほっとくのか?」
「え? ……あっ、しまったそーだったッッ!! 行ってこなきゃっ」

ぱっと窓の方を向き、そのまま窓へ向かうロイ。
荒々しく窓を開き、窓を飛び越え庭へ直行する。
……庭に続く大きな窓があるんだから、そこから出ればいいのに。
窓を飛び越えるのは行儀が悪いが、今のロイにはそんなこと考えてる余裕は無かった。



「……はい、これで全部かな」

足に包帯を巻き終え、エリウッドがにこりと微笑む。
剣の刃で斬られた腕ならばともかく、擦り傷に包帯はやり過ぎなんじゃあ、とマルスはひそかに思った。
……が、今更言うのもどうかと思うし、大して困るわけでもないので、思うだけにしておく。

「すみません……、……わざわざ、ありがとうございます」
「いや……本当に、すまなかった……。……君の肌に傷が残るようなことが、無ければいいのだが……」

ベンチに座るマルスの前に、跪(ひざまず)いて見上げるエリウッド。
先程の微笑みとは違い、えらく悲しそうな顔だ。
こういう顔にかなり弱いマルスは、それだけでおろおろと言葉を探す。
……人を疑うということを知らない人間だ。

どう言葉をかければいいものかと考えている途中で、ふ、とエリウッドの目が見開く。
自分の顔に何かついているのだろうか。

「……、……マルス。ちょっと動かないで」
「え?」

エリウッドはいきなり立ち上がると、右手をマルスの頬にかけた。
ああ相変わらず綺麗な立ち姿勢だなぁ、などとのんびり考えているマルスの頬を、
その手で優しく擦る。

「? エリウッドさん?」
「土がついていたんだよ。……転んだ時かな」

そう言い、エリウッドが優しく微笑んだ。
どうもこの人の仕草や動作には、「優しく」とかいう単語がよく似合う。

右手をマルスの頬にかけたままの姿勢で、エリウッドが何かを考える。
……何か面白いことでも考えたらしい、ふ、とエリウッドが、マルスに顔を近づけてきた。
そういう顔はロイに似ていて、やっぱり親子なんだ、とマルスは思った。
何を言い出すのかと思えば、

「マルス。……怪我が早く治るおまじないをしてあげようか」
「……はい?」

えらく子供騙しだと思うようなこと。

「ロイが怪我をしたときいつもやってあげていたんだがな、
 効果は立証済みだ」
「……はあ……」
「大丈夫だ。……すぐ終わるから……」

だから何が大丈夫だと言うんだろう。
何日か一緒に過ごしてみたが、この人結構おちゃめなトコロがあるらしい。
(大げさなことにはならないだろうと踏んで)マルスが、じゃあお願いします、と言う。


が。


「待てっ、騙されんなマルス!!」

ヒーロー(?)ナシで物語は成立しないものなのだ。

「やあ、おはよう。どうしたんだい、息子よ? 顔色が悪いぞ」
「おはようございます父上。随分ご機嫌でいらっしゃいますね、……でもっ」

ぎっ、とロイが実の父親をにらみつける。
マルスの身体からエリウッドの手を払いのけ、大分乱暴にマルスを抱きこんだ。

「わっ……、ち、ちょっ、ロイ?」
「……ケガの手当てだっつって、何する気だったんだこの変態親父!!」

犬、もしくは狼のように、唸り声をたててエリウッドを牽制するロイ。
エリウッドは少しも動じず、それどころか、くすくすと笑い出す。

「息子よ、『カエルの子はカエル』……という言葉を知っているか?」
「知ってますよ、カエルの子はおたまじゃくしですけどね」
「屁理屈は言わない方がいいぞ。まあ要するにだな、」
「……何だよ」
「変態の子供は変態だということさ」
「てめーと一緒にすんじゃねぇっ、こっのバカ親父!!」

心外だなぁ、と、エリウッドはのんびりと言う。
その態度が気に喰わなくて、半ば八つ当たりのようにマルスの身体を強く抱きしめる。
マルスはと言えば、二人の言い合いを飽きたかのように聞きながら、
何とかロイの腕から逃れようとしているところだ。

「大体おまじないって何なんだおまじないって!!」
「覚えていないのか? お前が小さい頃、よくやってあげていたじゃないか」
「俺はガキの頃から海の向こうにいただろーが!!」
「……ああ、そうだっけ」
「……。……ソレ、本気で言ってんだったら本ッ気で泣きますからね、俺」
「泣くのは一向に構わないが、マルスの服を汚さないようにな」
「……この変態バカ親父―――ッッ!!!」

うわあああぁんっ、と大分本気でマルスに泣きつくロイ。
ちゃっかりマルスの胸に顔をうずめている辺り、流石親子といったところだ。
このまま抱きつかれているのも何なので、
とりあえずロイの背中を、ぽんぽんとあやしてみる。
……ロイがしてもらいたいのは、多分おそらくそういうことじゃない。

その様子を、エリウッドが、くすくすと笑いながら見物する。
……やがて、ふう、と一息つくと、窓の方に歩き出した。
リビングに入れる、壁一面を使って作られた、大きな窓。
その様子を見て、マルスが声をかけた。

「エリウッドさん? ……どこか、行くんですか?」
「え? ああ。ピーチ嬢の買い物に付き合う約束があるんだよ」
「……そうですか……」

少し意外そうな顔をするマルスに、にこりと笑いかけ手をふる。
いつの間にか復活したロイが、二度と来るな―――とばかりに、エリウッドに舌を出して見せた。
それを見、今度はロイに声をかける。

「……そんなに邪険に扱わなくても……」
「甘やかすとロクなことがねーんだよ、父上は。第一…… ……ん?」
「? ……ロイ?」

セリフを途中で切り、ロイがマルスの左腕を、じぃっと見つめた。
訝り、マルスも、ロイが見てるのと同じところを見る。
……袖の裾に、血が少し滲んでいた。

「あ……」
「……血だ……、マルス、ちょっとゴメン」

左手首を掴み、ひょいっと上に上げる。
袖に隠れて見えるか見えないかギリギリの、腕の裏側、小さな擦り傷が出来ていた。
普段陽が当たらない為ひときわ白い肌には、小さな傷でもかなり目立つ。

「見落としたのかな……、あの父上が。……珍しい」
「こんなところも怪我してたのか……。……ロイ、いいよ、手離して」
「え? 何で?」
「手当てするからに決まってるだろ。……ほら、」
「何でだよ。手当てくらい俺がするって」
「……でも、」
「だいじょーぶ大丈夫、すぐ終わるから」

ロイが、好戦的に、にやっと笑う。
こういうロイは、何かロクでもないことを仕組んでいる証拠だ。
マルスが腕を振り払おうとしたが、時既に遅し。

……掴み上げた腕の裏側の、傷のところに唇を寄せ、
舌先で軽く、土と血とを舐め取った。


「……ッ!!」
「ん、できた。多分これで大丈夫……って、おい、どーしたんだよマルス」
「……なっ……、だい……じょう、……ぶって……ッ」

マルスが頬を、赤く染めている。
何か、信じられないものを見たような目つきで。

腕の裏側というのは、実はマルスの『弱い部分』の一つだったりするのだ。
……まあ、要するに、つまり。

「……ふぅーん……、」
「……っ、」

さっきよりも、ずっとずっと意地悪そうに、ロイが笑う。
どれくらい意地悪そうかって、思わずマルスが後ずさりするくらいに。

ロイが、ぴたっと立ち止まる。
……父親とまったく同じようににっこりと笑うと、事も無げにさらりと言ってのけた。

「……もしかして、感じちゃった? ……とか?」

「……!!」

マルスが口を手で覆い。さらに顔を真っ赤にする。

「なっ……べ、つにっ……そんなッ……、」
「はいはい、わかったから」

とことこと歩き、マルスの横で、ぴたっと立ち止まる。
……懸命に背伸びをして、マルスの耳元で、

「……楽しみにしてるからな?」

こう、告げた。
そして、えらくご機嫌で走り去っていく。マルスの剣が飛んでこないうちに。

その場にへたへたと座り込み、マルスは今度こそ頭を抱えた。
……腕の傷が、痛んだ気がした。


   ******


「……楽しんでるみたいだな」

リビングの窓からその様子を見ながら、エリウッドが楽しそうに笑う。

「若いうちは、何でも経験した方がいい。……マルスも、な」
「……悪趣味ですよね、ロイの親父さん」

そのエリウッドの後ろ、テーブルに肘をつきながら、頭にピカチュウを乗せて、リンクが言う。
穏やかに微笑んだまま、エリウッドはリンクに近づいた。
ブーツとフローリングの床とが、こつこつと硬い音をたてる。
リンクは、この音は嫌いだった。

「わざとですか?」
「私は、自分が間違いだと思うことはしない。……なら当然、その逆も」
「……オトナのご意見、ありがとうございました」
「礼を言われる筋合いは無いんだけどな」

エリウッドが、リンクの横を通り過ぎ、リビングの外へ向かう。
誰もいなければ吐息が響くだけの、長い廊下。

「リンク、余計だと思うかもしれないが」
「……何ですか?」

目を合わさず、双方とも真っ直ぐ前を向いたまま。

「欲しいと思うだけじゃ、何でも手に入らない。
 何かを……誰かを犠牲にしてでも欲しいと思うなら、それは本物だな」
「……。……そうですか」

青い瞳が、すぅ、と閉じる。
やがて、荒々しさを含んだ声が、はっきりと告げた。

「余計なお世話です」
「だろう? ……不愉快な思いをさせてすまなかった。それじゃあ」

穏やかな声で、エリウッドが言う。
リンクの後姿を見、優しそうに笑った。
リンクの頭の上のピカチュウだけが、それを見ている。

やがてエリウッドが、扉の陰に消えたころ、
リンクは深い溜息をついた。

「……悪趣味、だ……。……ホンット」
「すごいねぇ。ロイさんのおとーさんだなんて思えない」
「……ロイとは全然違うな、……何ていうか……雰囲気が」
「だね。……よっ、と、」

ピカチュウが、頭の上から床に、飛び降りる。
とことこと、エリウッドが行ったのと同じ経路を、短い後ろ足でたどる。
それを、リンクが振り返って見た。

「ピカチュウ? どこ行くんだ?」
「んー、ちょっとね」

それだけ言うと、ピカチュウもまた、扉の陰に消えた。
……あの子は、心配いらない。

窓の外で、顔を赤くしてうずくまったままのマルスを見つめ、大きく溜息をついた。


   ******


「ロイさんの父上さん」
「?」

廊下で、ピカチュウが呼ぶ。
呼ばれた主は、穏やかな表情……はしていなかった。驚きを隠せていない。

「ああ、ごめん……私の“世界”には、ポケモンという生き物はいないし、動物は喋らないんだ」
「うーん、まあそうだろうな。……あのね、ロイさんの父上さん」
「何だ?」

膝に手を当て、エリウッドが身をかがめた。
穏やかに微笑むエリウッドを見上げ、ピカチュウは言う。

「余計だと思うかもしれないんだけれどね、」
「……ああ」

それは、初めて会った時から、ずっと気になっていた。

「あなたこそ、マルスさんの向こうに、誰を見てるの?」
「……」

エリウッドの表情が、ふっ、と消えた。

「……そう見えたのか、」
「うん。じゃあ、それだけ」

ピカチュウが、くるりと踵を返した。
エリウッドがそれを、視線で追う。

「……ピカチュウ」
「なあに?」

ピカチュウが、振り向いた。
エリウッドが、唇を動かす。よほど耳が良くないと聞こえない、小さな、微かな声。

「……、」
「……わかってる、そのくらい。でも、だから言った」
「……余計なお世話だな」
「お互いサマでしょ。じゃあね」

言い捨て、たたたっと駆けていく。

炎のような赤い色の髪を掻き乱して―――、……ロイの父親は、その姿を目で追った。


つづく。

 続き


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テンポが悪いです。ずるずるずると書くものじゃないですね……
ロイとエリウッドさんのバカな口喧嘩は書いてて楽しいです。
しかしテンポが悪い……テンポが良い小説が書きたいなー……なんて思っています。

そして、エリウッドvsロイがあくまで目標だったはずなのに、
どうしていきなりシリアス調になってしまったんでしょうか。(汗)
私も頭を抱えたくなってきました……。
……次回はきっと、一話のノリの話になります。そうすることにします。決めました。
シリアスは書いていると疲れます……嫌いじゃないんですが。

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