三日前、マスターハンドから、こんな手紙が届いた。 “三日後、そちらに客が行く。 会ってみたが、中々素適な奴だったから、何日か世話をしてやって欲しい” ……と。 その手紙には、肝心の「客」の名前が書いてなかった。 だが何にせよ、お客さんが来ることには変わりない。 そんなわけで一同は昨晩から、バタバタと「客」を迎える準備を始めた。 空き部屋の掃除をしたり、玄関の掃除をしたり、草むしりをしたり、……まあ要するに掃除を。 一段落着いたところで、今日はもう寝よう、明日にしようか、と案が出て、 昨晩は皆、ヘトヘトになりながら床に着いた。 「マスターハンドからの紹介状」という、 何となく拭い切れない不安を、胸中に抱えながら……。 ****** そして、今日の朝。 「……ん……、」 窓の外、小鳥の鳴き声で、マルスはふっと目を覚ました。 サイドテーブルに置いてある小物の中から、時計を探し出し、時刻を確認する。 ……その時刻に少し驚いた。どうやら寝坊したようだ。 両手を伸ばし、ふあぁーっ、と大きな欠伸をした後、 マルスはベッドから這い出た。 誰かが邪魔をしに来ないうちに、さっさとパジャマを脱ぎ、着替えてしまう。 洗濯物を出すがてら洗面台で顔を洗い、寝癖の無い髪を適当に梳く。 青い宝石のついたティアラを付け、洗面所を出た。 「……あ、おはようマルス!」 「リンク」 何やら騒がしい一階に降りようと、階段の手摺りに手をかけたところで、 ちょうど上ってくるところだったリンクと出くわした。腕にダンボール箱を抱えていた。 「おはよう」 「あのさ、起きたばっかで悪いんだけど、門の掃除してきてくれないか? あそこまだ、誰も掃除してなかったと思うんだ!」 「門?」 「ん、そう! 箒の場所は?」 「知ってる。庭の倉庫の中だよな、……じゃあ、行って来る」 「ああ、ごめんな! 終わったらみんなで朝メシ食おうな」 何て言っても、もうそろそろ昼の十一時だけどな。 少し意地悪そうに笑って、リンクがすれ違ってゆく。 マルスは少し罪悪感を感じながら、リンクの背中を目で見送ると、階段をマイペースに下りていった。 途中、手摺りを拭いているピチューやカービィに、おはようと言いながら。 「あら、おはようマルス君。何処行くの?」 「おはようございます、サムスさん。門の掃除です」 玄関を掃除しているサムスと会話を交わし、まずは箒を取りに庭へ。 「おはよう、マルス君。箒? なら、これ貸すよ。僕はもう終わったから」 「あ……、……ありがとうございます、ルイージさん」 その途中、ルイージに箒をもらい、そのまま門へ。 「あ、おはようマルスさん。ここのお掃除?」 「ああ。……ピカチュウは、」 「うん。郵便受け拭いてた」 門に備え付けてある郵便受けをきれいにしていたピカチュウと、少し話す。 やがてピカチュウは、じゃあ頑張って、と言葉を残し、屋敷の方へ駆けていった。 いつもは掃除しない場所まで掃除するこの光景は、 何だか「大晦日」みたいだな……なんて、マルスは思う。 「……さて……、……じゃあ、始めるか……」 ふぅ、と一息つき、とりあえず地面を掃く。 昨日、夕方まで降り続いた雨で重くなった葉が地面にこびり付き、中々取れない。 初夏の中、雨上がりの匂いはそんなに嫌いじゃない。 手を止め、薄い色の空の中で、雲が少しだけ早めに流れていくのを、じっと見つめる。 これから徐々に蒸し暑くなっていくのだろう、……ここに来てから、二度目の夏。 去年は確か、 スイカをまるごと吸い込んでしまったカービィが、それを詰まらせて大変だった。 無理矢理ユカタというものを着せられ、何だかやたら気恥ずかしかった。 その時も……まぁ色々あったのだが、 思い出したくない忌まわしい過去は、封印しておくことにしよう。 何にしたって、今年もにぎやかな夏になりそうだ。 その「客」とやらが、少しくらい大人しいといいのだが――…… 「……すみません、」 「……」 ぼぉーっと空を見上げるマルスに、誰かが話しかけている。 ……気づかないので、仕方なく、また。 「……あのー……?」 「……えっ!!? あ、は、はいっ……」 ようやく話しかけられていることに気づいたらしい、マルスが慌てて箒を持ち直す。 声のした方を見ると――そこには、鞄を持った、一人の男性が立っていた。 マルスより背が高く、おだやかな雰囲気を纏っている。そして、大分整った顔立ちだ。 だが、何よりマルスが視線を引かれたのは、……その、燃える炎ような、赤い髪。 そう、ちょうど、ロイと同じような。 「……ロ……、……イ?」 「……?」 不思議そうな顔で自分を見つめる男性。 その表情に気づき、失礼なことをしてしまったと、マルスが慌てて謝る。 「あ……、……すみません……、……知り合いに似ていて」 「そうですか、……お訊ねしますが、貴方は、この屋敷の方ですか?」 「は……はい、そうですが……」 「そうか……。……申し遅れました、私は、エリウッドと申します」 その雰囲気で、マルスは彼が、自分より年上であると悟る。 エリウッドと名乗った男性は、口元に手を持っていくと、 上から下まで品定めをするかの如く、マルスをじぃ〜〜っと見つめた。 「……へぇ……、」 「……?」 初対面の人間にジロジロと見られ、流石に怪訝に思ったのか、マルスが顔を顰める。 やがてエリウッドはにっこりと微笑むと、 実に自然な動作で、マルスの左手を、自分の右手で掬い取った。 「すみません。貴方があまりに綺麗なもので、つい……」 「……綺麗……?」 投げかけられた言葉は確かに褒め言葉なのだが、男性であるマルスにとってそれは、 褒め言葉にはならない。 前にも何回かこんなことがあったので、対応にさえ慣れてしまっている。 大分低音域の声で、マルスはぼそりと告げた。 「……僕を女だと思っているなら、大変申し訳ないんですが、 ……僕は男ですよ」 「ええ。わかっていますよ?」 「……え」 思いがけない言葉。思わず目を開いて、目の前で微笑む人物を見つめる。 そんなマルスをじっと見つめ、エリウッドは、さりげなーく左腕をマルスの細腰に回した。 ……って、ちょっとお兄さん? 「貴方の名前を教えていただけますか?」 「……な、まえ……? ……マルス、……です、けど」 「マルス、ですか……。……いい名前ですね。たいへんお似合いですよ」 腰に回したままの左腕で、マルスを抱き寄せる。 そのままマルスを、門から繋がる石の塀に押し付け、左の手首を拘束した。 「……あ、の……、……エリ……ウッド、さん?」 「出逢ったばかりの方にこんなお願いをするのも、どうかとは思うのですが……」 マルスの耳元に顔を近づけ、超至近距離で、静かに囁く。 「……貴方の貴重な時間を、少しだけ私に、共有させていただけないでしょうか?」 「……え……、……?」 その落ち着いた声に、マルスの思考が一瞬鈍る。 言葉はマトモっぽいが、実は相当まずいこと言っているこの男性。 要するに「貴方が欲しい」と、そーいうことだ。 エリウッドの手が、マルスの頬を捕らえる。 「エリウッドさん……、……ちょっ……と、」 「……大丈夫ですよ。そんなに、怯えなくても……」 何が大丈夫だと言うのだろうか。 そんなことを言っている間にも、二人の顔の距離は近づいていく。 互いの吐息が、確実にわかるくらいの距離で……、 唇が触れ合おうとした、 その瞬間。 ……だだだだだだだだだだだだだだだだだだっ、 がすッ!!! 「……へ……、」 エリウッドの背中の辺りから、ものすごい音がした。 ……何かに蹴られたような音だ。その反動で、エリウッドが前のめりに倒れ込む。 石の壁にマルスを押し付けていた状態だったので、前のめりに倒れれば当然、 石の壁に頭をぶつけるわけで。 ごんっ、という痛そうな音が横から聞こえると、マルスは思わずそちらに視線を向けた。 ……エリウッドが、マルスに身体を預けた状態で、動かなくなっている……。 「……ッ……んッのバカ親父っ……」 今度は、正面から声が聞こえた。 視線を、ゆっくりとそちらに向ける。 ……肩で息をしながら、ロイが、蹴りつけたエリウッドの背中を睨んでいた。 「……ロイ……」 何が起こっているのかさっぱり理解できず、マルスはロイの名前を呼ぶ。 ロイはそんなマルスの身体をひったくると、 今度はエリウッドを地面に蹴飛ばした。……労わる気持ちは少しだって無いらしい。 「……お久しぶりです、って言いたいところなんですがね……」 「……ロ、……ロイ?」 倒した相手の背中をぐりぐりと踏みつけながら、ロイが鬼のような形相で相手を睨む。 マルスはロイの後ろで、エリウッドの背中とロイの横顔とを、交互に見ていた。 「……な・ん・で、息子の恋人に手ェ出してんだ? ……父上様よ――――」 「……ふっ……。……後ろから不意打ちとは……、腕を上げたな、息子よ……」 よろよろと立ち上がりながら、エリウッドが言う。 何の腕が上がったというのだろうか。 体勢を整えると、ロイを 「仕方が無いだろう? 人とは、綺麗なものに惹かれる生き物だからね」 「だからって普通息子の恋人に手出しますか!?」 「ごめんごめん。気に入ってしまったのだから、仕方あるまい」 「……気に入ったぁ!? いーやっ、よくないよくないですっ!!」 「それに私は彼より年上だから、お前よりも彼を幸せにしてあげられる自信があるよ?」 「だああぁっ、うるせーっ!! 悪かったなガキで!!」 「誰もお前を子供だとは言ってないじゃないか、息子よ?」 「えーいっ、とにかく俺は、この人をあんたに渡す気はさらっさらありませんからねっ!!」 「こっちだって、大人しく譲ってもらう気なんて無かったさ」 ギリギリと歯を噛み締めて牽制を続けるロイ。 猶も余裕綽々……といった様子のエリウッド。 「要は、ちゃんと実力で譲ってもらうなら問題無いということだろう」 「そーいう問題じゃねーんだよ、このバカ親父ッッ!!」 「……ロ、……ロイ、ロイってばっっ!!」 話の中心人物が、声を上げる。 何事かと二人揃って相手を見ると、マルスが、ロイとエリウッドとを、未だずっと見続けていた。 「マルス」 「……どういう……ことだ? ……“父上”、って……」 「……ああ……。……聞いた通りだよ」 ロイが、心底嫌そうに、エリウッドを横目で睨む。 エリウッドは、そんなロイの心情を知っているのか、かなり嫌味そうに笑った。 やがて、すぐににっこりと微笑み、マルスの方を向く。 「……エリウッド、……れっきとした俺の父親。 この世界にいるからこんな若そうに見えるけど、実際そんなに若いわけじゃねーから」 「改めて、こんにちは、マルス。……息子がいつも世話になっているようだね」 「……は……、……はぁ……」 でも、どうしてロイの父親が、ここに――――……、 マルスの瞳がロイにそう問いかける。 ロイは、エリウッドと同じ色の髪をぐしゃぐしゃと掻き乱すと、 はああぁー……っ、と大きな溜息をついた。 「……何の陰謀だか知らねぇけど、」 「……」 「……コイツが……、例の「客」なんだとさ……」 「そういうことさ」 エリウッドが、実に素早い、かつ丁寧な動作で、マルスの手を取る。 挨拶がわりに――と言わんばかりに、手の甲に軽くキスをした。 マルスが、真っ赤になってその動作を見つめる。 それを見たロイが、慌ててマルスの腕を取り、エリウッドを払いのける。 そして、マルスの身体をぎゅうぅっ、と抱きしめ、再びエリウッドを睨みつけた。 「何日か、世話になることになった。……よろしく、マルス」 「……」 その事実に、マルスは思わず頭を抱えたい気持ちになってきた。 「客」が少しくらい大人しくあれば、と思ったのに。 そんな小さな望みさえ、神様は、叶えてくれないらしい。 マルスは二人に気づかれないように小さく溜息をつくと、 再び口論を始めている二人に、困ったように視線を送った。 つづく。 遊びすぎました…… そんなわけで、噂のロイのお父様です。カエルの子はカエル。この親にしてこの子アリ。 二人の趣味はほとんど一緒のようです。 頑張れ王子。 ちなみにエリウッドさんの見かけはあの公式絵でお願いします。 てっきりあの絵で25歳くらいかと思っていたのですが、なんと17歳だとか。 まあびっくり。 ここでは25歳で通させてください、テーマは「歳の差対決」なので(嘘)。 どのくらい続くのかまだ決まってません。 とりあえず、ロイの父上様関連の話は、こちらに載せようかと思っています。 |