例えばそんな日。/その3
こんな気持ちになるということは、すっかり相手の思惑にはまってしまったということ。
自分の気持ちを認めるのは癪だったが、いつまでも意地を張っているのもどうかと思った。
「ゼルダさん」
「? ……あぁ、マルス君。こんにちは」
リビングで、おそらくロイの分なのであろう、ケーキと紅茶を用意している、ゼルダに会った。
庭から帰ってきたマルスが、ゼルダの顔と、ケーキとを、交互に見る。
「それは……、」
「これですか? ロイ君のぶんですわ。まだ、歩くわけにはいきませんし……」
だから自分が今から持っていくのだと、そうゼルダは言った。
「そういえば、マルス君もまだ、召し上がってませんでしたよね。
ロイ君のお部屋で、一緒にいただきません?」
……何て言っても、私はもう食べてしまったのですけどね。
にこりと笑い、そう告げる。
聞く人が聞けば嫌味に聞こえるかもしれないが、別にゼルダに悪意があるわけではない。
ついでに言えば、マルスは気づかない。
マルスはテーブルの上の、自分のぶんのケーキを見つめた。
すぐ側に、カップも置いてある。
……どっかの誰かさんのせいで、その存在はかなり気に食わなかった。
嫌なことを思い出した、と、小さく溜息をつく。
マルスはしばらく考えると、やがて、少しだけ微笑んで、言った。
「……じゃあ、お言葉に甘えます」
その言葉を聞くと、ゼルダはトレイに、マルスのぶんのケーキと、カップを載せた。
ありがとうございます、と、一言お礼を言う。
「……ゼルダさん、あの……」
「……? 何ですか?」
リビングを出、階段を上がりながら、
「……一つ、お願いがあるんですが……」
大分きまりが悪そうに、マルスが言った。
******
「……マルスっっ!?」
ロイの部屋に入った瞬間、聞こえた第一声はこれだった。
その表情が、ぱぁっと明るくなる。
「……ロイ」
「マルスッ、何、どうしたんだよ珍しッ……!!」
がばっと毛布を剥いで、ベッドから出ようとする。
……右足捻挫、背中と腰その他諸々を打撲しているのだから、そんなに派手に動けば、
当然痛みを伴うのであって。
「……っつ!!」
「きゃっ……、ロ、ロイ君! 駄目ですわ、まだ動いちゃ……」
痛みの所為でベッドに突っ伏したロイに、ゼルダが慌てて駆け寄る。
マルスはと言えば、
「……バカかお前は」
呆れを隠しもせず、大げさに溜息をついていた。
こんな時でさえ冷たいマルスの言葉に、ロイがわざとらしく言う。
「ひっでーなマルス、怪我人には優しくしろって言われなかったのか〜?」
しかも涙目で。
「そんなに元気な怪我人を労わる気持ちは少しも無い」
そしてやはりキッパリと言い放つマルス。
自分の言動に嘘をつく気は無い。
少しつまらなそうにしているロイの身体を、ゼルダが支える。
その仕草、そしてそれに申し訳無さそうにお礼を言うロイ。
二人の動作はなんだか、ごく自然で それは、マルスの気持ちに何か、
棘を与えるには充分だった。
二人が何か会話をしているのを、マルスが立ったままじっと見つめる。
……その表情が、とてつもなく不機嫌そうに変化しているのに、二人は気づかない。
本人でさえ、も。
『ロイに会ってみたら』とリンクに言われ、とりあえず来てはみた。
リンクの話を聞いて、自分の気持ちがこんなにスッキリしないのは、
きっと、ロイのせいだと、思っていた。
あんなに心配させといて、そのくせ随分元気そうだったから、きっとそのせいだと、
一種の八つ当たりなのだと思っていた。
だから、ロイに会って、「バカ」でも何でも言ってみれば、解決すると思っていた。
「……まったく……。気をつけてくださいね、ロイ君」
「はーい、……すいません」
「……では、私は一度、席を外しますね。ケーキ、ベッドに落とさないで下さいね」
「え?」
確かにそれも原因の一つだ。
だが、マルスはまだ、気づいていない。
自分の不機嫌の対象が、ロイだけじゃないこと。
ロイとゼルダが楽しそうに話している、 その事実が気に喰わないのだということに。
自分の、嫉妬心に。
「何か用事でもあるんですか?」
「マルス君が、二人にしてほしいって言いましたから」
「え? ……マルス、が?」
マルスが思考にふけっていた間に、ロイとゼルダの間では、話が進んでいた。
ゼルダがベッドの側のイスから立ち上がり、マルスに軽く挨拶をして、部屋の外へ向かう。
やがて、ぱたん、と、静かに扉が閉まった。
一息ついてマルスがロイを見てみると、ロイは、ゼルダの出ていった扉を、
呆然と見つめていた。
……それも、何故か気に喰わなくて。
マルスが、ぽつりと呟く。
「……ゼルダさんの方が、良かった?」
「え?」
何か、言った? ロイが、マルスを不思議そうに見つめる。
「……いや……」
何でもないと言いながら、ベッドに近寄る。
絆創膏が三つも貼られている顔、包帯の巻かれた手首を見て、マルスは小さく溜息をついた。
そんなマルスに、ロイが、「座っていいよ?」と言う。
その言葉に甘えて、先程までゼルダが座っていたイスに、マルスが座る。
二人の距離が、ようやく近くなる。
つづく。
その2 その4
実は前回(その2)のラスト(つまり繋ぎ)を思いきり失敗しましたので、
全3回の予定を、全4回にすることにしました。
そんなわけで、もの凄くもの凄く中途半端でごめんなさい。
次回で終わりの予定です。
……どうでもいいけど、これってロイゼル……?(笑)