人は我々の一人のように、善悪を知る者となった。


今は、手を伸ばして命の木からも取って食べ、永遠に生きる者となるおそれがある。


主なる神は、彼をエデンの園から追い出し、彼に、自分がそこから取られた土を耕させることにされた。


こうしてアダムを追放し、命の木に至る道を守るために、エデンの園の東にケルビムと、きらめく剣の炎を置かれた。


『旧約聖書より抜粋』




姫君の寵愛 byダークパラサイト

第四話:サキエル(サイドゲンドウ)







「エヴァ、地表に到達!ロックボルト解除します!アンビリカブルケーブル、正常に稼動しています。電力供給率100%。」


モニタの中央に写された映像に皆が目を奪われていた。


「う・・・動くんですか?先輩?」


マヤの口から不安げな声が聞こえてくる。


無理もないだろう。あの事件以降に入ってきた彼女はアキナの実力がどれほどのものであるかなど知る由もないのだ。


「大丈夫。動くわよ・・・。動いてくれるはずよ・・・。ゼロが・・・ゼロが乗っているのよ?動かないはずないじゃない。」


知りすぎているリツコは別のことに恐怖している。


すなわち、いつ暴走が始まるのか・・・と。


いつもの冷静な彼女はそこにはいない。


ただ脅え、震える。


紫の鬼神と。


黒き天使と。


両者はいまだに何の動きも見せていない。


必然的に空気の密度が高まっていった。


「マヤ、シンクロ率のチェック、忘れないでね。モニターできないんじゃそれだけが頼りなんだから・・・。」


不安げな声。


ゆがめられた顔が醜かった。


「は、はい。シンクロ率は安定しています。・・・ハーモ二クスはまだ大きく乱れていますが・・・。」


マヤの声が終わるか終わらないかのうちにエヴァがその体を軽く前に倒した。


右足が大きく前に踏み出される。


どよめきが走った。


「動けるってのか?!あんなひどいハーモ二クスで・・・。」


青葉の言葉が若い職員たちの気持ちを代弁していた。


彼らのマニュアルにこのような想定は存在していない。


シンクロ率は低くともハーモ二クスにはある程度の安定を持たせよというのがマニュアルではなかったのか?


そのための綾波レイではなかったのか?


疑問は尽きない。


だが、そのざわめきをあざ笑うかのように上部の人間たちは静かだった。


エヴァもまた同じ。


まるであざ笑うかのように疾走する。


跳ねる。


ずん、という鈍い音が響き施設全体が軽く震えた。


それがどのような現象を巻き起こすのか、モニタに注目が集まる。


だが、その注目の中でエヴァは悠々と使徒へと向き直った。


「彼女はなぜ中和をしようとしないのだ?」


冬月だけがそのモニタの中の情報からもっとも必要な情報を抜き出していた。


「恐れているんだろう。やつがどのような能力を持っている以上は彼女にとっても自分の守りを解くことは得策ではないはずだ。」


(本気か?彼女に不可能ならなぜレイにそれを教え込んだ?)


ゲンドウの言葉に冬月は首をかしげた。


(何を考えている?)


いつの間にか教え子は遠いところにいた。


そんな思いに縛られる。


(ユダは貴様か・・・?碇。)


モニタの中ではエヴァが使途にはじき返された無様な姿をさらしていた。


その姿に苦笑する。


「碇、彼女の動き、不安要素はなさそうだな。」


心の中に浮かんだことなどおくびにも出さない。


だがそんな冬月の囁きに意外にもゲンドウの頬が緩んだ。


「当然だ、あれが誰の子だか、知らぬとは言わせんぞ、冬月。」


うれしそうにモニタを見つめる。


そんなゲンドウの姿に冬月は忌々しさを覚えていた。


まさにエヴァの申し子。


その動きの一つ一つにゲンドウは一喜一憂する。


「シンクロ率100%は伊達や酔狂で出せる数字ではないということですよ、先生。」


「あのような忌々しい子供などわしは認めんよ。あれは人の理に反しておる。」


はき捨てるように冬月の答えが返る。


その答えに失望しただろうか?


答えは否。


それどころかゲンドウは満足げにこうつぶやいて見せた。


「だがその彼女によってユイは目覚めたのだ。たった一度だけとはいえ、な。」


と。


「わしは認めんよ。あのようなものがユイ君である筈がなかろう。あのような禍々しい獣が・・・。」


冬月の目の奥に移る幻像。


(そこに私はいるのか?)


一方のゲンドウも片目で冬月を見つめながら心の中でそう問うていた。


「私は下がろう。これ以上ここにいてもすることはなさそうだ。」


互いにこれ以上話すことはないだろう。


そう考えた冬月がゆっくりといすを引き立ちあがった。


音をほとんど立てなかったのはさすが、といったところだろう。


「レイが心配か、冬月。」


ゲンドウはあえてとめようとはしなかった。


これ以上ここにいても彼にはすることなどあるまい。


共通の見解。


それを承知しているが故の暴挙。


ふん、と鼻で笑い、冬月は背を向ける。


それが返事らしかった。


「よかろう、持ち場を離れることを許可する。ただしネルフ本部で待機だ。良いな?」


「老人にすることなどないさ。さて、私は下がらせてもらうよ。」


そういい残すと冬月はそのまま部屋を出て行ってしまった。


「そのレイもゼロのまがい物にすぎないのですがね・・・。」


小さく呟く。


だがその言葉は次の瞬間巻き起こった叫びにかき消された。


「シンクロ率上昇、ひ・・・188,7%で安定。ハーモ二クス誤差、さらに拡大しています、現在誤差89%。そんな・・・。」


モニターを食い入るように見つめていたマヤがほとんどパニックを起こしかけている。


「暴走?!それとも・・・とにかく落ち着いて!今あの子は地上にいる!いざとなったらL.C.L圧縮してでもとめるわよ!」


「了解!!!現在のところエヴァ、使徒、ともに動きはありませんが・・・。」


アップになったエヴァがピクリとも動かず敵を見据えていた。


(きたか。)


ゲンドウはそのグラフに彼女の面影を見る。


予想はしていた。


早すぎず、遅すぎず、ちょうど良い。


欲を言えばもう少しアキナとしての戦闘データを取りたかったのだがいた仕方あるまい。


データなど、ほしければいつでもそろう。


そんなことよりもゲンドウにとってはほかに気になることがあった。


ほかならぬシンジが戦闘が始まってからピクリとも動かないのだ。


父親を除く周囲が騒然とし始めた中、一人だけ、シンジだけが状況を飲み込めていないらしかった。


それはそうだろう。


これまで彼がここにつれてこられたことはなかった。


瞳に何を移しているのだろうか?


恐怖か。


絶望か。


「見ておけ。お前の妻の戦いだろう。」


それでも見ておかせなければならないはずだ。


妙な使命感がゲンドウを突き動かす。


「妻?・・・そうか、そうだね。」


シンジはゲンドウに一瞥すらくれなかった。


義姉の横顔を伺いつつ正面のモニタを見据えている。


(怖くないのか?)


意外だった。


アキナのことを第一に考えるであろうと思っていたシンジの答え。


(そうか、もう7年も過ぎてしまったものな。)


アキナがこの関係に不信感を抱かなかったほうが不思議だったのかもしれない。


(だが・・・)


それでも思う。


本来あそこにいるべきはシンジだった。


分かっているのだろうか?


息子は何も語らない。


戦闘中とは思えないほどにゆっくりと時間が流れてゆく。


「シンジ?」


不安だった。


言いようがないほどに不安だった。


自分が招きたかったのはこんな結論ではなかった。


「何?父さん。」


不思議そうにシンジがたずね返す。


「怖くは・・・ないのか?」


疑問をぶつける。


「アキナちゃんとは約束したから。」


「約束?」


話がつながらない。


「だからアキナちゃんが負けるはずがない。・・・絶対に。」


簡潔な答えだった。


「そうか。」


その言葉を聴いてやっとゲンドウにも記憶がよみがえってきた。


もはや何年前かすら忘れてしまったがアキナが一人で家を出て行ったきり帰ってこなかったことがあった。


NERVの仕事で出ていたのだが、誰も彼にそのことを告げなかった。


そのときもシンジは何も言わず待っているだけだった。


(ゼロが負けるはずがない・・・か。)


口癖のようにシンジが繰り返していた言葉。


何があっても信じること。


シンジはそれを徹底していた。


それを見て心配が杞憂であったことに安堵する。


彼女にできないことなどない。


そう信じ込んでいる。


それだけのことだったのだ。


自分はみたことがなかった使徒。


だが、彼女たちにとっては顔見知りに近い仲だったはずだ。


やれるか?


答えはひと言。


やる。


彼女が。


リリスが出した答え。


シンジが信じた「力」の元凶。


(見せてみろ。シンジがそれほどまでに信じる力。)


自分もモニタに目を戻す。


使徒はいまだ動きを見せてはいない。


だが、短気な彼女が何を考えているのかなどすぐに予想できた。


(徹底的に叩きのめす気か?リリスよ。)


エヴァが体を沈めるのを横目に捕らえながらゲンドウはまたもほくそ笑んだ。


(老人たちよ、貴様らの思惑、どうやら大きく外れそうだぞ。)


モニタに写る獣。


その姿に目を奪われる。


この世のいかなる存在よりも彼女は強い。


(跳べ。)


知らず、彼は普段のポーズをやめてしまっていた。


子供たちは知らぬ間に大きくなっていた。


息子も、ゼロも、きっと彼女たちも。


(跳べ、リリス。それがお前の力だろう。)


机の上に乗せられた手に握りこぶしを作り、心の中で必死の声援を送る。


次の瞬間モニタからエヴァの姿は消えうせていた。


トンというかすかな音だけを残して・・・。


「エ、エヴァ初号機、ロスト!」


日向が悲鳴を上げた。


まるでエヴァが人類の敵であるかのように。


リツコも、青葉も、マヤも。


シンジと、ゲンドウを除く誰もが必死にモニタにかじりついている。


((上だ))


モニタには何も映ってっていない


ただ青い空があるだけ。


それでも二人は顔を見合わせうなずきあった。


笑いがこぼれ落ちる。


((勝った(な)。))


もはや揺らぎはしない。


絶対的な勝利が目の前に迫っていた。


「上空に高エネルギー反応確認!高度19,000m付近です。映像・・・出ます!!」


映像がぱっと切り替わった。


両手を前に突き出した格好のエヴァがかすかに見えた。


次の瞬間、そこから何かが零れ落ちた。


漆黒の銃弾。


おそらく有史始まって以来最大の弾丸が地上へ向けて落下していく。


はじめはゆっくりと。


だんだん早く。


そして、それが地表の使徒に到達するころには音速を軽く超えるほどのスピードにまで達していた。


使徒の上には八角形のATフィールドが展開されている。


だが、まるでそれを嘲笑うかのように銃弾は壁を突き破った。


ほんの一瞬の停止も、減速もなかった。


赤い壁などはじめから無かったかのごとく。


壁を貫き、使徒の体をも貫き通す。


パッ、と赤い光が散り、火柱が立ち上った。


一瞬その場にいたほぼ全員が全てのときが止まったかのように感じていた。


だが、そんなはずは無い。


暴れ狂ううちからの存在をレーダーは逃していない。


「何?これ・・・。」


何とか意識を保っていたリツコ。


「気持ち悪い・・・。」


今にも胃の中のものを吐き出してしまいそうなマヤ。


「悪魔だ・・・。」


青ざめている日向。


「こんな・・・ゼロチルドレンは何をしたいんだ・・・。」


声が裏返っている青葉。


その目の先に熱源として示された使徒の体内があった。


体内で荒れ狂う何本もの蛇。


それが生々しい原色で表されている。


ほんの数秒で使徒の体内はあらかた食い尽くされた。


ずん・・・


使徒の体が力なく倒れこむ。


その体から何匹もの赤い蛇が飛び出、使徒の体と共に大爆発を引き起こした。


同時に発生した強力な衝撃波が襲い掛かりすべてのモニタがブラックアウトする。


「「「「「う、うわああぁぁぁ!!!」」」」」


悲鳴が響き渡った。


「落ち着け!使徒はどうなった?!」


ゲンドウの声だけがむなしく残る。


だが誰も答えない。


「無駄だよ父さん。」


シンジはすでに事実確認をあきらめたらしかった。


「僕、もう行くよ・・・彼女が心配だ。」


立ち上がり、冬月が去っていった扉から消える。


後には騒然となった発令所と、疲れ、ため息を吐くゲンドウが残された。






(だれ・・・?)


部屋の中で少女はもだえた。


(いや・・・。こないで。)


黒い闇の中でもだえる。


だがどうしても体が動かせない。


まとわりつくような感触。


粘土の中で眠っているような圧迫感があった。


(まさか・・帰ってきたの・・・?)


「助・・・けて・・・。」


必死に助けを求める。


「大丈夫だよ・・・。」


不意に体が軽くなった。


(あ・・・・)


頭に何かがのせられている。


暖かく、大きな手。


「先・・生・・。」


ぎゅっと握り締める。


「暖かい。」


ゆっくりと、いとおしむように撫でる。


「レイ、大丈夫だ。」


(そう・・・大丈夫。今は守ってくれる人がいる・・・。)


胸の中で何かがしこりのように残っている。


「帰ってきたの?」


そっけない。


主語も何もない言葉。


「ああ。忌々しいやつだよ。」


「そうね。」


白い天井の病室の中。


老人と蒼い髪の少女と。


「ねえ、先生。殺して。」


このままでは張り合うことさえできないから。


にっこりと笑う。


「ああ、そうだな。」


・・・ぐ・・・


胸の辺りに力がこめられる。


「あっ・・・。」


息が漏れた。


「あっ・・くっ・・・。」


断続的に囀りのような音が聞こえる。


燃え上がるような快楽。


体が焼かれるような至福のひととき。


「先・・・せ・・・い・・・あ・・・。」


愛している。


そういおうとして、彼女は果てた。


後には荒い息の老人と。


物言わぬ人形と。


「きれいだよ・・・ユイ君。」


はらりと服が落ちた。


「本当に・・・きれいだ。」


真っ赤に染まった包帯に口付けを交わす。


濃い鉄の味が口の中に広がった。


・・・んく・・・


それをつばにからめ飲み干す。


一口。


二口。


口の中に含んでは飲み干していく。


胸に顔をうずめ、無心に飲む。


くちゃ


水音が響く。


くちゃ、くちゃ


聞きようによっては卑猥に聞こえなくもない。


次の日が来るまで冬月はずっとレイの骸に覆いかぶさっていた。





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あとがき

やっとわかった。

私はこの作品に手直しをしているんじゃない。

「冬月アキナ」に手直しを入れているんだ。

私好みの・・・私の好きな主人公へと。

そうしなければこの作品はいずれ詰まるから・・・。

蒼來の感想(?)は第6話にて<(_ _)>
一挙掲載なものですから・・・(⌒▽⌒;ゞ