彼を知り己を知れば、百選して殆うからず。
彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。
彼を知らず己を知らざれば、戦うごとに必ず殆うし。
『孫子・謀攻』より抜粋。
姫君の寵愛 byダークパラサイト
第四話:サキエル(サイドアキナ)
「これが・・・使徒・・・。」
地上に出、最終安全装置であるロックボルトがすべて解除されたところでアキナはやっと敵を肉眼で確認することに成功していた。
結構派手に飛び出してきたはずなのだがこちらに気づいたようなそぶりすら見せていない。
「これなら勝てるかも・・・。」
ゆっくりと右足を前に。
もちろん実際に足を動かすのではなくあくまでイメージするだけである。
だが、それだけでエヴァの体は20m近く前進した。
「うん、いける。」
次は走り。
はじめはゆっくりと。
だんだんとスピードを乗せて。
そして跳ぶ。
100mにも及ぼうかという大ジャンプ。
その衝撃はすさまじく、着地の瞬間、3m近く地面がえぐれた。
「よし、慣らし終了!行くわよ、母さん!」
悩みはある。
母が受け入れてくれていないこともわかっている。
それでも今はただ信じ、ただ駆け抜けるのみ。
使徒との距離はぐんぐん縮まっていった。
正面から攻める。
彼女の下した決断は至極単純明快なものだった。
「ほとんど何もわかっていないの。」
リツコの言葉を思い出す。
(もしかしたらこれでジ・エンド、ということもありうるわけね。)
そんなことを思いながら駆け抜ける。
もっと、もっと早く。
気ばかりが急いていた。
一撃離脱戦法、その上奇襲。
彼女としては最も手っ取り早く敵の強さを見極められる方法を選んだつもりだった。
(まずは見極める。)
ATフィールドの有無だけでも戦力には大きな差が出てくるのだ。
それにもしこの一撃でやられるようなことがあるとしたらそれ以外の方法をとったところで同じことだろう。
そう結論付けていた。
「喰らえ!」
使徒の眼前で跳びあがり、同時に右肩からプラグナイフを抜く。
時速1000キロメートルを超えるスピードを利用し、そのままナイフを横なぎに払った。
ほんの一瞬の攻防。
常識的に考えればナイフが折れるか使徒の体に巨大な切り傷ができるかのどちらかだっただろう。
だが、そのどちらもなされることはない。
ギャン
硬質の鈍い音だけが戦場に残った。
どちらも無傷のまま再度100m近い距離が置かれる。
(今の感触・・・ATフィールドを持ってるんだ、こいつ。)
ナイフが当たる瞬間見えた正八角形の赤い光の壁。
自分の使うATフィールドとは質が違うようだが根っこのところは同じものなのだろう。
(なら・・・。)
ナイフに意味はない。
いざとなれば中和を行うべきなのだろうが敵の出方がわからない以上自分のフィールドを解除したくはなかった。
ナイフを再度納め、正面の敵を見据える。
気になることは多かった。
(こいつ、反撃しないの?)
しようと思えばいつでもできるはずだ。
アキナはそれだけの隙を作って待っているつもりだった。
(何かを待っている?)
ふとそんな考えが浮かんだ。
だが、今の彼女にそれを確認するすべはない。
何よりもそんな考えを吹き飛ばしてしまうほどのものが身近に迫っていた。
(な、何これ?!)
ふと気がつくと目の前に白いもやのようなものがかかっていた。
いや、目の前だけではない。
L.C.Lの中すべてにもやがかかったようになっている。
(また!こんなときに・・・。)
まるで生き物のように動く塊。
振り払おうと必死に手で払いのける。
吸引しないように口を閉じる。
(これ、こんなものがあったんじゃ戦えない!)
前が見えない。
それどころかゆっくりとこちらに動いてきている。
(こないで、こないでよぉ)
泣いたような、怒ったような、そんな叫び。
だが、抗いむなしく、もやは彼女の目の中に入り込んできた。
閉じていた鼻や口などからもこじ開けるようにして入り込んでくる。
(いや・・・っ痛!)
目を空けていられないほどの痛み。
体の奥で何かが煮えたぎっているような感覚。
焼けるような熱さとかきむしりたくなるようなかゆみがアキナの体から自由を奪った。
この世のものとは思えぬほどの刺激に彼女の体が震える
(熱い・・・・・助けて・・・・シ・・ン・・・。)
恍惚とした瞳で呼ぶは自らの夫。
最も愛する者の名。
(だめ、遠・・・い・・・・・・。)
だが、叫びは届かず、ゆっくりと眠りの世界へ消えていく。
間。
しばしの休息。
そして・・・目覚め。
アキナの唇の片側がつい、と上がった。
(ふふ、だれを探しているの?サキエル・・・)
名。
とめどなく流れ込む知識。
その名は彼女の知るはずのない名。
それでも彼女には何の迷いもない。
神の徒を呼び捨てにすることへの罪悪感も躊躇もない。
ぶるり。
待ち望んだ者の到来に使徒の体が大きく震えた。
底知れぬ力と。
巨大な意志と。
(どうしたの?何かあったの?)
楽しみながら話しかける。
言葉にならないほどの愉悦感に包まれていた。
そこにいるのはアキナではない。
普段の人格の流動程度では説明のつかない、本質的に別の存在。
ぶるり。
また震える。
恐怖。
憎しみ。
それがわかる。
(何を怨んででいるの?サキエル。)
睨みつける。
(殺・・・す・・・)
声が返ってきた。
言葉ではない。
頭の中に直接話しかけてくるような会話。
(殺す?誰を?)
答えはない。
使徒に話しかける。
そのことの異常性は彼女の中では些細なことでしかなかった。
(できればあなたたちと戦いたくはないのよ。)
心にもないような言葉。
(あなたたちにわかるかしら?戦わないって言葉が。)
嘲笑する。
(殺す・・・殺す・・・・・・。)
それが見えたかのように使徒からの負の波動(ここでは仮にこう呼ぶものとする)が強まった。
(殺せるものなら殺してみなさいよ。神に頼らなければ何もできないのだということを教えてあげるから。)
交渉決裂、といったところだろうか?
だが、もとより交渉などする気のなかったアキナにとってはそのほうが好都合だった。
エヴァ、ひいては自分の体を大きく折り曲げていく。
今の夫に教わった戦闘用の体勢。
まるで獅子のように荒々しく。
そして霊鳥のように優雅に。
その姿は、以前の第一位に似通っている。
(力っていうのはね、こう使うのよ。お・ば・か・さ・ん。)
過去に自らを堕としたものへの嘲笑。
恨まれなければならぬ理由などない。
そんな思いがあった。
「シャローム、サキエル。」
声に出して唱えるはヘブライの別れの言葉。
「さようなら、サキエル。」
かつて栄華を極めた王として。
そして、最も古き人として。
(サキエル、あなたを倒す!)
四肢にATフィールドを凝縮。
開放。
そして展開。
一連の作業をほぼ無意識のうちにやってのける。
言葉はもう要るまい。
後はただ叩き潰すのみ。
トン。
巨体に似合わぬ小さな音が彼女の起動音となる。
四肢を覆うように展開されたフィールドは両のこぶしと脚に莫大な反発力を生み出していた。
冬月アキナであった先ほどまでとは比べ物にならぬほどの大きな力。
それがすべて下向きにたたきつけられる。
まるでそれが当然のことであるかのようにエヴァの体は目にも止まらぬほどの速さで上昇を始めた。
すべてのビルや山を越え、更なる高みへと上がっていく。
やがて、眼下に第3新東京市が一望できるほどの高さに達し、それすら点のように見える高度に達したところで機体はやっとその動きを止めた。
すでにケーブルは届かず、切断されている。
それどころかサキエルの持つすべての攻撃の射程範囲外。
高度に直して20km、いわゆるオゾン層の始まり付近。
そこで彼女はすべてのATフィールドをいったん霧散させた。
赤い光が霧状に散る。
当然のことだがすべての支えを失ったエヴァは自由落下に入った。
一瞬空中でぐらり、とゆれた後急速に下方向への加速がかかり始める。
頭を下にし、両手をその前に突き出した独特の姿勢。
その姿勢のまままっさかさまに落ちていく。
(主よ、汝の子らにわれは問う。
汝にあだなす我が問う
汝の子らが可愛くば
我が雷を外させたまえ
我の力認めし時は
子らの盾、貫かせたまえ)
心の中で唱える言葉。
それに応じるように合わせた手にATフィールドの布が絡まりついていく。
一重、二重、三重・・・
次々と重なり合い、巨大なスピア状に固められていく。
十重、二十重、三十重・・・
すでに両手の区別はない。
合わさり、巨大な黒い砲弾としてそこにあるのみ。
重ねられし布は72枚。
柱の悪魔。
それらすべてを開放する。
(のろわれし銃弾よ、我が力、届けよ!)
ATフィールドの砲弾がゆっくりと動き始めた。
今の自分に仕えるすべての力を織り込んだ布。
それがサキエルの元へと届けられてゆく。
はじめはゆっくりと、だんだんと早く。
後ろに何枚かの布をたなびかせながら砲弾は最高加速状態へと導かれてゆく。
巨大なはずの砲弾はすぐに消えて見えなくなった。
数秒後・・・。
ゴウン
地上付近に巨大な火柱が立ち上った。
ほんの少し遅れて
神の力を示すはずの十字型の閃光。
(届いてないわよ。)
手で斜め十字を切って彼女はゆっくりと目を閉じた。
再度自分に体を返却するために奥に眠る少女を揺り起こす。
(さて、後はあなたの番よ。)
アキナの口元にゲンドウを思わせる笑みが浮かんだ。
現在高度14,000m。
死へと向かうにはすでに十分な加速がかかっている。
内臓電源ももうほとんど残っていない。
(さあ、どうする?)
自分はゆっくりと精神のおくへと沈み込みながら愉しそうに嗤う。
自分はもう限界だ。
眠りがさめるまでは少女に体を返すつもりだった。
ただ、そこで誤算が生じた。
(け・・結構目覚めが悪いのね。リリンって。)
現在高度13000m。
このまま落ちていけば100%ここでこの話は終わってしまうであろう。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・シンジ君、重い。」
目を覚ました時、アキナは自分の上に転がっているものを見て苦笑した。
すーすーと健康な寝息を立てる少年。
その横顔をそっとなでる。
「・・・ん。」
少年の口から意味を持たぬ声が漏れる。
「ただいま、シンジ君。」
常に繰り返してきた言葉を繰り返す。
自分のことではなく、あえて少年を気にし、ついさっきまで戦いに身をおいていたとは思えないほどの優しい声で話しかける。
「疲れてるんだよね。」
緩やかなときが流れてゆく。
それだけのことがうれしかった。
それゆえに・・・。
「総司令、今はそっとしておいてくれませんか?報告は明日しますので。」
何もない天井に向かい話しかける。
「わかっていたのか、・・・まあいい。全治一週間だそうだ、しばらくは安静にしていろ。」
スピーカーから少年の父親の声が帰ってきた。
「よろしいのですか?シンジ君と一緒にいてあげなくて。」
自分の幸せな時間を壊したくはない。
だが、それによってシンジや彼の父に迷惑がかかるのであればそのほうがつらい。
「かまわんよ、私はすでにそいつを捨てた。・・・お前は知らんかもしれんが私とシンジはすでに親子ですらない。ならその子にとってもお前とともにいることのほうが望ましいことなのだろう。」
悲しげなつぶやき。
(変わっていない。)
そう思う。
「シンジ君のお父さんは総司令。それは変わらないと思います。今は私もそう思いますから。」
沈黙。
いまだに自分に自信が持てずにいるのだろうか?
少し心配になった。
「君は戻る気はない、ということか、ゼロ。・・・もし戻る気がないならこちらで住居も用意できるが・・・。」
「私はシンジ君と一緒じゃないといやですよ。せっかく戻ってきたんだから自分の夫といっしょにいたいです。」
「むぅ。」
少し困らせてやろう、という少女の思惑は見事に当たった。
「ならシンジとの二人部屋を・・。」
「私の話聞いてなかったんですか?シンジ君が総司令といっしょにいられることを望んだんですよ?私は。」
ころころと笑う。
「一緒にすみませんか?総司令と、私と、シンジ君と・・・3人で。」
ほとんど爆弾発言とも呼べる発言にスピーカーの無効で誰かがこけるような音が聞こえた。
「ほ、本気か?ゼロ。」
どこかあわてたようなゲンドウの声にまた笑う。
「なにか問題でもおありですか?まだ母さんと住んでいたころの部屋に住んでいらっしゃるんでしょう?」
「それはそうだが・・・。」
ゲンドウの声に苦渋がにじむ。
「私は気にしませんよ。母さんは今も生きていますし・・・ね。」
フォローしようとしたアキナの声も小さくなった。
「もういい。肋骨にひびが入っているんだ静かに寝ていろ。」
ゲンドウの声にどこかいたわりの気持ちがこめられていたのをアキナは聞き逃さなかった。
「ありがとうございます。総司令。」
だからシンジの横顔をなでながら謝辞を述べる。
「もう良いといっている。シンジには今日はそこで泊まるように伝えてくれ。着替えなどはこちらで用意させる。」
それを聞いてアキナはそのまま目を閉じた。
幸せな今の時間を噛み締める。
今だけは・・・暴力的な考えはおこらなかった。
--------------------------------------------------------------------------------
あとがき
今後のネタばれを含みます
書き直し終了!!
戦闘シーンは書き直しが少なくていい!!
いやほんと・・・リリスって私の中でイメージが固まりすぎてて直すところがないんですよ・・・。
兄さんもいいキャラ作ったもんだ・・・。
アキナは三人もの人間が移り変わり続ける様を書くのがすごく難しいんですけどね・・・。
蒼來の感想(?)は第6話にて<(_ _)>
一挙掲載なものですから・・・(⌒▽⌒;ゞ


