一人目は月の愛妾
二人目は赤き女帝
三人目は優しすぎた王
なら少女は何だったのだろう?
零の名を持つもの、幼きままの姫
姫君の寵愛 byダークパラサイト
第三話:出撃
鬼はそこにいた。
冷却水の中から顔だけを出し、以前と変わらないままそこにいた。
そこにいるすべてのものを凍りつかせてしまいそうなほどの殺気。
それに加え、どこか薄ら笑いを浮かべているようにすら見えるその顔。
不気味だった。
まるで年月を感じさせないその姿に、アキナの体は凍りついたようにうごかなっていた。
「なんだよ、これ。」
すぐ隣にいるはずのシンジの声すらどこか遠くの声のように感じられる。
それほどの圧倒的な存在感を伴って初号機はそこにいた。
(見てる・・・こっちを見てる。)
黄色い目の奥に光る真実の目。
それがじっと彼女を見つめていた。
さっきまでの決意など何の役にも立たなかった。
(いや、こんなのいや・・・。)
頭がぼうっとし、気が遠くなっていく。
「どうした?ゼロ。」
(・・・総・・・司令?)
挙句の果てに幻聴まで聞こえてきた。
「怖いか?」
(これ・・・あのときの・・・)
7年前も同じことを言われた。
「怖いならなぜ帰ってきた?」
「シンジ君を・・・守るため・・・。」
幻聴に答えを返すのはおかしいかもしれない。
ふとそんな考えがよぎる。
(シンジ君、変に思わないかな・・・。)
少しだけ心に余裕ができていた。
「守る?そんな状態で、か?」
なんとも人間くさい幻聴だ。
そう感じた。
少なくとも7年前、彼はこんなことを言ってはいなかった。
「私が乗らなきゃ・・・シンジ君がエヴァに乗せられる。」
ゆっくりと頭を振った。
ほとんどなくなっていた視界がぼんやりと戻ってくる。
「シンジをエヴァに乗せないために自分が乗るのか?ふん、そんなに死にたいか?」
頭が痛かった。
「私は絶対に死なないの!」
怒鳴る。
それと同時に視界が元に戻った。
「なら一度死んで来い。」
目の前に立つ男がにやり、と笑っていた。
髭もじゃのその顔を間違えるはずがなかった。
「そ、総司令?」
声が震えた。
あえて名は呼ばず、その地位で呼ぶ。
そうしなければならない理由は十分にあった。
碇ゲンドウ。
特務機関ネルフ最高司令官。
そしてシンジの父。
「久しぶりだな。ゼロ、シンジ。」
隣り合う二人に笑いかけてみせる。
まるでいたずらを成功させた子供のような笑顔だった。
「何だ?感動の再会ってやつはなしか?」
飄々と嘯いてみせる。
完全に自分のペースに持ち込んだことを確信し、ゲンドウは心の中でほくそ笑んでいた。
「仕方ないな・・・ほら、ゼロ、早く出撃の準備にかかれ。インターフェイス・ヘッドセットは以前のものが使えるはずだ。赤木にでも探させろ。プラグスーツはレイのものでも借りろ。」
「は、はいっ!」
狐につままれたような顔のまま、アキナはあわててロッカールームへと走り出していた。
相手に考える間すら与えなかったゲンドウの勝利だった。
「父さん、どういうことですか?これは。」
後に残されたのはシンジとゲンドウの親子だけ。
「このでかいのは何なんですか?どうしてこんなものにアキナちゃんが乗らないといけないんです?」
そんな中でシンジは目を合わせようとすらせずにさきほどの言動を問いただした。
シンジはアキナの強さも弱さも知っていた。
さっきのアキナは明らかにおかしかった。
それゆえに父への怒りがこみ上げてくる。
「ゼロが望んだことだ、シンジ。」
「ちがう!」
「何がちがう?現にあの子はもう行ってしまったぞ。ちがうと思うならなぜ止めなかった?」
沈黙がシンジを包んだ。
何もするな、という言葉が言い訳にならないのはわかっていた。
「いつもお前はそうだ。何をするにしてもほんの少しだけ遅い。彼女がいない今それを私に言うことに何の意味がある?」
ぎり、という歯軋りの音が鳴る。
それを聞き満足したのかゲンドウはゆっくりときびすを返した。
後は大人があれこれ言うべきではない。
答えは子供たちが自ずから見つけるべきなのだ。
「少ししゃべりすぎたな・・・。」
ドアの奥で一人つぶやく声はどこか寂しそうだった。
「リツコさん、インターフェイス・ヘッドセット貸してください!!」
「うひゃぁ!」
誰もいないはずの自分の研究室で、突然背後から大声で話しかけられたリツコは思いっきり変な叫び声をあげて飛び上がった。
「だ・・・誰?!って・・・アキナちゃんじゃない、どうしたの?こんなところまで来て。」
「インターフェイス・ヘッドセット貸してください。早く!」
会話がつながらない。
リツコは頭を抱えた。
「それは誰の分を貸せばいいのかしら?」
「私が昔使っていたやつです。早く!」
何がどうしたというのだろうか?
それがリツコの感想だった。
「今エヴァに乗ってどうするの?」
確かに使徒の侵攻をゆるしている今アキナの申し出は非常に魅力的なものであるといえる。
だがなぜ今、このタイミングで彼女がここにいるのだろうか?
「総司令からの命令。さっさと出しなさい!」
(だからといって・・・)
以前の後遺症などは大丈夫なのだろうか?
もう暴走しないと・・・誰が保証できるというのだろう。
不安は残る。
「総司令からの指示なの?」
はっきり言って信じられない。
「そうよ。だから早く出しなさい。」
「エヴァに乗ってどうするつもり?」
「戦うの!」
(急速な幼児退行そして倫理的思考能力の低下・・・か。精神操作の影響は大きいみたいね・・・。)
「わかったわ。その代わり私の話も聞いて頂戴。」
今できることをする。
ほとんど逃げることにも等しい行為だが現在のリツコにできる唯一のことだった。
「今ここは使途と呼ばれる未確認生命体の侵攻を受けているの・・・。」
ほんの数分間、リツコは今わかっていることの説明を続けた。
「起動準備を開始しろですって?どういうことですか?総司令。」
ところ変わって発令所。
突然帰ってきたかと思えばとんでもない指示を出す総司令に、発令所の中は最大級の混乱状態に陥っていた。
「どうしたもこうしたもない。パイロットが届いたからエヴァを起動する、それだけのことだ。」
ゲンドウはまるでそれが当然のことであるかのように指示を下する。
「シンジ君が乗ることに同意したのかね?」
発令所を代表して冬月がゲンドウに質問した。
「まさか、ゼロが帰ってきたのになぜサードなど使わねばならないのですか?」
ゲンドウが肩をすくめて見せる。
だが、その言葉は発令所に更なる爆弾を投げ込んだだけだった。
「ゼロを?馬鹿な、彼女が・・」
「同意するはずがない、か?冬月。」
ケージの中でアキナに見せたものと同じ笑いがゲンドウの顔に張り付いていた。
「心配するな。強制でもなんでもない。彼女は自分の意思でエヴァに乗ることに同意してくれたよ。」
だから早く準備しろ。
言葉の奥にそんな想いが見え隠する。
「では起動準備を開始します。冷却水排出開始。」
(こちらのお膳立てはしてやる。後はお前とユイがどこまでやれるか・・・だ。)
青葉の言葉を皮切りにあわただしく動き始めた周囲を眺めながらゲンドウは自分の妻とその娘に思いをはせていた。
「う・・・少しきついかも。」
ロッカールームでレイのスーツに身を包んだアキナは少し顔をしかめた。
それぞれ個人の体格に合わせて作られたプラグスーツは多少の伸び縮みはするものの基本的に他人が着られるようにはできていない。
それゆえにほとんどレイと同じ体格のアキナだが幾分きついのだ。
・・・主に胸が。
「あいつ本当に女なの?コウゾウ伯父様もものずきよねぇ。人形抱いて何がうれしいのかしら・・・。」
一人ごちる。
空気を抜けばさらに締め付けられるであろう胸が心配だった。
「もし胸が小さくなったら殺してやるんだから・・・。」
冗談のようなせりふだったが顔は笑っていない。
あえて言えば無表情。
(シンジ君・・・)
不安な顔は見せてはならない。
見せれば彼は気づいてしまうだろう。
笑おう。
無理して鏡の前で笑い顔を作る。
だがそこに写っていたのはとてもじゃないが笑い顔とはいえないものだった。
引きつった顔に涙が出そうになる。
(だめ、か・・・。)
だめならだめで良いという思いがあった。
表情を消せば良いだけの話なのだ。
ふ、と周囲が冷たくなる。
初号機にも似た存在感。
それが彼女を包み込んでいることに彼女自身も気づいていなかった。
一方そのころ、アキナをロッカールームへと送り出したリツコは足早に発令所へと向かっていた。
「アキナちゃんをシンクロさせようだなんて・・・いったいどういうつもりなの?司令は・・・。」
彼女をシンクロさせることの危険性は誰よりも彼が知っているはずだった。
今回使徒の侵攻という一大事に彼女に呼び出しをかけず自分の子供を呼んだのもその危険性を考慮してのことだと思っていた。
「もし暴走でもしたら取り返しのつかないことになるのよ・・・。」
急ぎ本人に確認を取る必要があった。
ところで、人間というものはほとんどの場合、何か重大な考え事などをしているときは注意力散漫になりがちである。
リツコの場合もその例に漏れず、前方不注意になっていた。
それゆえに、普段なら気づくであろう距離に人が接近していてもに気づくことができなかった。
そして不幸なことに、前方から接近していた人物もまたひとつの悩み事を抱えていた。
問い
狭い通路の中前方不注意なままの人間二人がそれぞれがそれぞれの来た方向に向かって歩いているとどうなるか?
答え
どん!!!
ぶつかる。
「いったぁ・・・ごめんなさい、少し考え事をしていて・・・ってうそ?・・・シンジ君?!」
「ごめんなさい、少し考え事をしていて・・・って、姉さん?!」
同じような科白をはきながら立ち上がった二人は互いの顔を見た瞬間に悲鳴にも似た叫びを上げていた。
「ちょ、何であなたがここにいるのにアキナちゃんがヘッドセットを取りにきたのよ?」
「何で姉さんがここにいるんだよ?!」
互いに互いの存在が信じられない。
そんな叫び。
「私はここの職員なんだもの、いるの当たり前でしょう?そんなことよりなんでシンジ君がここにいるの?」
詰め寄る。
そう表現するのが正しいのだろう。
「何でって・・・父さんに呼ばれたから・・・。」
しかしシンジから得られたのは少しずれた答えだった。
リツコの問いはシンジがここにいながらなぜゼロを出そうとしているのかということに有る。
「それぐらい知ってるわよ。・・・ああ、もう良いわ。話は後。ちょっとついてきなさい。あなたのお父様に話があるんだから。」
「な?!ね、姉さん?!」
今解決すべき問題はシンジのことではなかった。
そのことを思い出し、こけた際に打ったお尻をたたきながらリツコは立ち上がった。
なぜアキナがここにいるのか?
なぜアキナがエヴァに乗ることを許可したのか?
シンジ、サードチルドレンがいるにもかかわらず許可を出したというなら責任問題になりかねない。
(本当に何を考えているのよ、総司令は・・・)
半ば引きずるような形でシンジを歩かせながらリツコは発令所へと向かい歩を進めていった。
「第一次接続開始します。」
リツコが発令所にたどり着いたときそこではすでに初号機の機動が始まっていた。
「 L.C.L.注入します。冬月さん、苦しいのは少しの間だから我慢してね。」
彼女の弟子にあたるマヤの声が聞こえてくる。
「慣れてるから大丈夫です。続けてください。」
正面モニターに移るアキナはすでに胸元までL.C.L につかっていた。
その顔に笑みはなく、ロッカールームで見せた無表情な顔をしている。
だが、その心情は複雑だった。
「主電源全回路接続。 主電源全回路動力伝達・・・完了。」
「起動用システム作動します。稼働電圧臨界点突破。L.C.L の注入が完了し次第続けて第二次接続に移ります。」
青葉と日向の声がすでに後戻りできない状況であることを告げていた。
「なんてこと・・・。」
もしこれで失敗すれば使徒の侵攻を待たずして自分たちは全滅してしまうだろう。
リツコの脳裏を死の恐怖がよぎった。
(はは、そりゃ遺書はもう書いたけどね)
どうしようもないのだろうか?
アキナに賭けてみるしか方法はないのだろうか?
(大丈夫よ・・・彼女がエヴァを暴走させたのは何度もやった実験の最後の一回だけじゃない・・・。)
何とか心を落ち着かせる。
(今は事実確認のほうが先よ。誰が、なぜこのような指示を出したのか・・・)
内心の動揺を無理やり押さえ込み彼女は上を見上げた。
そこにいたのは顔色一つ変えることなくモニタを見つめるネルフのツートップがいた。
「あ、あれはいったい・・・?」
一方のシンジも目の前のモニタに釘付けにされているという意味ではリツコと変わりなかった。
操縦という言葉からよくあるロボットアニメのコクピットのようなものを想像していたのだ。
だが、その実体は何か狭い空間に並々と水が満たされているだけ。
シンジでなくともはじめてみれば驚かざるにはいられないだろう。
「 シナプス挿入、結合。パルス送信。A10神経接続、 全回路正常。左右上腕筋まで動力伝達、全神経接続問題なし、 第二次接続正常に完了。」
シンジの驚きをよそにエヴァの起動は着々と進められていく。
「第三次接続開始、 絶対境界線突破。エヴァ、起動!!」
「双方向回線開きます。シンクロ率・・・ひゃ、100%?!。」
「ハーモ二クスは?!さっさと報告なさい!!!」
リツコの怒鳴り声が聞こえた。
「ま、待ってください。ハーモ二クス値出ます。・・・異常確認!!!誤差58.9%。そんな、これでは起動しても反応などに異常が出るはず・・・。」
モニタを見つめる女性の言葉はわからない。
だが、隣に立つリツコの顔に緊張が走ったのはわかった。
「かまわん、そのまま発進準備に移れ。後はゼロが何とかする!」
上からシンジにとっては冷酷とすら思える父の声が聞こえた。
「そんな、無茶です!!いくらゼロとはいえこれほどの誤差、何とかできるものではありません!!!」
リツコが叫ぶ。
普段の理知的な彼女はそこにはいなかった。
「今は使徒の撃退を最優先にすべきだ。かまわん、出せ!」
それに対抗するようにゲンドウも叫ぶ。
「大丈夫ですよ、リツコさん。私は大丈夫です。」
「そんなはずないでしょう!!あなた自分の顔色わかってるの?!はっきり行って真っ青よ?!」
叫ぶ。
もはや何もできぬことを知っているからこそそうせずにはいられなかった。
「青葉さん、発進準備再開してください。」
「わ、わかった。発進準備再開、 アンビリカルブリッジ移動。」
ゴゥン、という音とともに何か巨大なものが動き出したような音が聞こえた。
「それとマヤさん、できれば発令所との通信回線を切ってくれませんか?うるさくて集中できないとイヤなので・・・。」
アキナの声に体が震えた。
「いいの?そんなことしたらこっちからの指示も通らなくなるわよ。」
「そんなことできるわけないでしょう!」
リツコの声が聞こえる。
シンジにはもう何がなんだかわからなくなっていた。
「第一ロックボルト解除、第一拘束具除去、第二拘束具除去、1ー15番までの安全装置解除。」
青葉の声がどこか無機質な機械音のように聞こえた。
(吐き気がする・・・。)
彼女が止めた。
彼女が望んだ。
それを免罪符にしてはいけない。
「何がちがう?現にあの子はもう行ってしまったぞ。ちがうと思うならなぜ止めなかった?」
「いつもお前はそうだ。何をするにしてもほんの少しだけ遅い。彼女がいない今それを私に言うことに何の意味がある?」
父の言葉が頭に響く。
「内部電源充電完了、 外部電源コード異常なし。これより射出口へ移動します。」
もう時間がないのだろう。
リツコももう何も言わない。
父もただ見守るのみ。
(今自分にできることをする・・・)
それが自分たちの間での約束ではなかったのか?
(考えろ、今自分にできること・・・)
もう止められない。
いや、彼女は止めてもやめないだろう。
「アキナちゃん・・・。」
自然と少女の名が口をついた。
「何?シンジ君。」
マヤやリツコとのにらみ合いを続けていたアキナがシンジの消え入りそうな声にこたえる。
その顔に表情はない。
「何を言えばいいかわからないんだ。いいたいことはいろいろあるんだけど・・・うまく言葉にならない・・・。」
「うん。」
一呼吸入れる。
「だからかえってきたら話す。」
「うん。楽しみにしてる。」
ふと、アキナの顔に笑みが漏れた。
「もう良いだろう、モニタ切断。エヴァ、発進させろ。」
ゲンドウの声とともに動きが早まる。
「射出口への移動完了。モニタ、切断します。」
青葉の声と同時にモニタには外の様子しか写らなくなった。
「エヴァ、発進!」
ゴン、という音が発令所に残り、エヴァは地上へと飛び出していった。
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あとがき
おお〜、意外と変更点が少なかったぞ・・・・。
それでも洒落にならないぐらい手直しはしてるけど・・・・。
アキナが明らかに普通の人間と違う理由がちょっとだけ漏れてます。
探してみてね〜。
蒼來の感想(?)は第6話にて<(_ _)>
一挙掲載なものですから・・・(⌒▽⌒;ゞ


