もういいかい?
ま〜だだよ。
もういいかい?
もういいよ。
姫君の寵愛 byダークパラサイト
第二話:歪
「ねえ、シンジ君が待ってた人ってどんな人なの?」
少女はシンジが行き先を知らないといったとたん、こう切りだした。
「まさか誰が来るかもわからないまま待ってたなんてことはないでしょう?」
行き先がわからないまま人を待つというだけでもアキナには信じられなかった。
父が来いといっていたから来た、とのことだったがこの治安の悪い世の中、それでは誘拐されても文句が言えない。
だが、次の瞬間シンジの口から出た言葉はさらに彼女を驚かせる。
「葛城ミサトさん・・・だったかな?」
「へっ?葛城・・・ミサト?」
シンジの口から、まさか出るとは思っていなかった言葉が飛び出した。
まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔で少女はシンジを見つめる。
「どういうこと?何でミサトが・・・?」
文字通り開いた口がふさがらなかった。
そんなことがあるはずがない。
必死で頭の中で否定する。
そんなことが起こるはずがないのだ。
「ミサトさんのことを知っているの?」
何のことかわからないままシンジは小首をかしげる。
当然だろう。
話は少女の中だけで進んでいるのだ。
「あ、ごめん、・・・ねえ、シンジ君って小さいころ一緒に遊んでた友達の名前とか覚えてる?その・・・6歳ぐらいのころとか?・・・」
そのことに気づいた少女はあわててシンジにたずねた。
身体の中で不安定に何かが動いている。
「昔から友達ってすごく少なかったんだ。」
帰ってきたのはほぼ予想したとおりの答えだった。
(やっぱり・・・)
どこか遠くを見るようなシンジの視線。
「こんなツインテールの子・・・覚えてないかな・・・?」
髪を解き、ツインテールにくくりなおす。
昔とは印象が大きく違っているだろうがかすかに面影は残っているはずだ。
かすかな希望だった。
忘れているわけがないという思い。
それからしばらく無言の時間が続く。
「アキナちゃん・・・・?」
互いに状況を認識するのに時間がかかっていた。
(何でシンジ君が出てきているの・・・?)
(え?アキナちゃん?うそだろ?)
必死に頭の中を整理しようとするアキナに対し、いまだに信じられずにいるシンジ。
だが、事態はそれほどの猶予を与えていなかった。
少女の中で激しく人格の入れ替わりが起こる。
早くNERVに行こうとする思い。
シンジを安全なところへ保護しようという想い。
だが今は少女の想いがいかなる思いよりも強かった。
一瞬のうちに涙でくしゃくしゃになった顔でシンジの胸に飛び込んでいく。
「うわっちょっと、アキナちゃん?」
シンジはあわてて受け止めながら変わっていない少女の姿にため息を吐いた。
忘れてしまっていた。
仕方がないことなのだろう。
7年という月日はまだ14歳の少年には長すぎたのだ。
それでも思い出せた。
今はそれで良い。
「相変わらず泣き虫なままなんだ・・・」
昔そうしていたように、少女の頭をなでながら話す。
幼いころよく、こうして泣いていたアキナをあやしていた。
2分、3分と時間は過ぎていく。
それにつれて泣いていたアキナも少しずつ落ち着きを取り戻してきた。
否、実際にはまたも彼女の中で勢力の転換が起こっていたのだが・・・。
それ自体は喜ばしいことだ。
が、同時に周囲の光景も認識されてゆく。
今自分が何をしているのかが少しずつわかってくる。
(・・・ど、どうしよう・・・)
アキナの顔からはいつの間にか涙は引いていた。
それでもシンジの胸から離れない。
いや、離れることができない。
(どうやって離れたらいいの・・・)
突き飛ばすわけにも行かないだろう。
彼女がアキナである以上そんなことは絶対にできない。
「も、もう大丈夫だから。」
結局、彼女が身体を離せたのはそれから数分の後のことだった。
「とりあえずシンジ君をお父様のところへ連れて行けばいいのね?」
幾分冷静になっていたアキナは要件だけを確認する。
「なら簡単でいいわ。シンジ君少し待っててね。」
彼女はいったんシンジの前から姿を消した。
始めは相手が誰だかわかっていなかった。
自分には関係ないと切り捨てることもできた。
それがわかってしまったのだ。
内心穏やかではない。
「総司令・・・何をなさるおつもりですか?・・・」
一人虚空に向かってつぶやく。
本当はわかっている。
だが、それを認めるわけにはいかなかった。
「シンジ君を戦場に出させたりしない・・・絶対に。」
アキナの声は誰にも聞こえることなく消えていった。
「碇、シンジ君はまだこんのか?葛城君はどうした?」
ネルフのトップに当たる総司令室では冬月が顔をしかめながらゲンドウに詰め寄っていた。
「もうとっくについていてもいい時間だろう。葛城君はどこで何をしているのかね?」
彼女の性格を知っているだけに胃が痛むのだ。
「問題ない。」
ゲンドウの常に変わらない答えも彼の胃を痛める原因だった。
「何が問題ないのだ?!残された時間はあまりにも少ないぞ、碇。」
「シンジは来る。必ずな。」
ゲンドウは顔色一つ変えずにそう答えた。
「何を持ってその根拠としているのだ?碇。」
「知りたいですか?」
ゲンドウはにやり、と笑いながら一枚の紙をふところから取り出した。
「これが答えですよ、先生。」
自信がありありとうかがえる顔だった。
それは一枚の写真。
どこかの駅で少年と少女が抱き合っているというちんけなドラマのラブシーンのような写真。
だが、それを見た冬月の顔は一変した。
「これは・・・そんな馬鹿な。」
否定しようとするかのように何度も首を横に振る。
「事実ですよ、先生。その写真はついさっき、マギから送られてきたものです。」
否定のしようのない現実がそこにひろがっていた。
「ふふふ・・・わざわざ隔離したゼロとサードを引き合わせるなど・・・神以外の何者がこのようないたずらを考え付くのでしょうな?」
ゲンドウの声が冬月に届くことはなかった。
ただ虚空へと消えてゆく。
まるでアキナの声に呼応するかのように。
「何をしているの?」
シンジの頭に?マークが浮かんでいた。
アキナの行動が理解できていなかった。
「何って・・・バイクやさんにバイクがあるのは当然でしょう?」
悪びれずにそんなことを言う。
当然シンジが聞きたいのはそんなことではない。
「イヤ、そうじゃなくて・・・なんでそのバイクを持ち出そうとしちるのかな・・・と思って。」
質問が変えられた。
アキナだってそれぐらいのことはわかっているはずなのだ。
それでもシンジは質問を変える。
アキナが答えてくれるまでずっと変え続ける気だった。
だがアキナはアキナで素直に答えるつもりはなかった。
「ここからネルフまで、少し距離があるもの。」
はぐらかそうとする。
「泥棒はいけないと思うよ?」
核心。
「緊急時だし、後で返しに来ればいいのよ。」
やっとアキナはシンジの問いに答えた。
それもまた道理。
それでもまだ疑問は残る。
ならなぜもっとも高いバイクにする必要があるのだろうか?
アキナが店の奥から出してきたウェアを着込みながらシンジは首をかしげた。
アキナはすでに自分のヘルメットの選別に入っている。
さっきまで来ていたワンピースはきれいに折りたたまれ、すでにバイクの収納スペースに入れられていた。
「どうせなら早くついたほうが良いでしょ?」
赤の少女ならその一言で片付けてしまうかもしれないが、アキナの行動としては少々不可解だ。
(デート気分なのだろうか?)
結局シンジは無難なところで思考を収めた。
シンジにとって、アキナがバイクの運転をできることは驚くに値しない。
昔からそういう子だった。
シンジができないこと。
大人にすら難しいこと。
何でもそっけなくやってのける子だったように思う。
そのくせ泣き虫で甘えん坊で、アスカとはまた違う不思議な魅力を持った子だった。
(そういえばアスカはどうしてるんだろう?)
幼いころをともに生きた幼馴染。
彼女とも7年間会っていない。
アキナとであったことで唐突に思い出した。
もしかしたら近いうちに合えるかもしれない。
なぜかそう感じた。
どれぐらいきれいになっているのだろうか?
そんなことを考えてしまう。
アキナはとてもきれいになっていた。
だからかもしれない。
彼女も名字が変わっているのだろうか?
そんなことを思う。
惣流と名乗っていたアキナは冬月へと姓を変えていた。
自分も、赤木から碇へと姓を戻した。
ならあの少女も姓を変えているかもしれない。
「アキナちゃん・・・。」
「何?」
昔の呼び方に素直に答える少女をいとおしいと思っていた。
聞こうと思っていた約束の言葉もこの様子なら覚えているのだろう。
幼いころ告げた愛の言葉。
生まれたときすでに結ばれていた契り。
だから少女はここにいるのだろう。
(ならばそれでいいさ。)
今はそれだけでも十分だった。
「僕の分も選んでくれないかな?ヘルメット。」
言いながらゆっくりと近づいていく。
「あ、うん。わかった・・・。」
アキナのほほに少し朱がさしていた。
見ていて楽しかった。
この7年間、何があったのか、何を見て、何を感じて生きてきたのか。
知りたいと思った。
自分と合えなかった時間、何があり何を見てきたのか。
話して聞かせたい。
ともにそれを願っていた。
なのにそれにはあまりにも時間が少ない。
なら何をすれば良い?
今すべきことは何だ?
アキナもシンジも本能的に理解している。
自分がすべきこと、自分のしたいことをするしかないのだ。
すなわちシンジは父親に会いに。
アキナはシンジを守るために。
すでに賽は投げられたのだ。
「私がすべてを終えるまでは何もしないで。」
アキナはジオフロントに入る際にそう言ってシンジに念を押した。
昔から彼女たちが何か難しいことをするとき必ず交わしていた約束だった。
3人の中でもずば抜けて能力が高いアキナがすべてを終えるまで残りの二人はそれを見ているだけ。
そのことに誰も疑問を持っていなかった。
押さえつけるわけではない。
だが、毎日一緒に暮らしているうちにそうすることで結局一番うまくいくことに気づいた。
それだけのこと。
シンジ達とて努力していなかったわけではない。
特にアスカなどは何とかして彼女に追いつこうとして必死の努力を重ねていた。
だから前に難しかったことが次にするときには難しくなくなっていることなどざらだった。
今日もそうなのだろう。
シンジには確信ともいえるそんな思いがあった。
絶対的な信頼。
シンジが唯一それを許したのがアキナだったのだ。
だが、シンジの想いとは裏腹にアキナは引き裂かれてしまいそうな不安の中に身を任せていた。
昔と何も変わっていない。
7年前、彼女がそこを追い出されたあの日から、何も。
だからこそその光景がアキナの不安をかきたてていた。
7年前の事件がフラッシュバックしてくる。
どれほど泣き叫んでも来てくれなかった助け。
母の怒り。
それはアキナに向けられたものではなく。
それどころか何かに向けられるようなものですらなく。
ただ純粋な破壊衝動として幼いアキナを飲み込んでいった。
自分が何をしたのかに気づいてしまったときアキナは自らの母を拒絶した。
一歩間違えていれば自分にとって大切なものすら壊してしまっていたかもしれない。
だから逃げ出したのだ。
少なくとも彼女自身はそう思っていた。
少年を守るといったその言葉に嘘偽りはない。
自分がするべきことも漠然とだがわかっている。
N2が爆発しても解かれていない警報から察するにエヴァがらみの何かなのだろう。
頭では理解している。
だが、体が理解しようとしない。
(怖い。)
シンジのことは守りたい。
だがエヴァには乗りたくない。
ほとんど板ばさみの状況だった。
ネルフに入り、ゲージに近づくにつれて足が重くなってくる。
まるで地下牢の囚人にでもなったような気持ちだった
(どうしよう・・・大丈夫だよね。)
あの時、アスカからもシンジからも逃げ出したあのときからずっと乗っていなかった。
(乗れるの?エヴァに・・・。)
一度拒絶してしまった自分にはエヴァに乗る資格などないのかもしれない。
それどころかまたあの暴走を起こしてしまうかもしれない。
足が重い。
ここから先何が起こるのか、アキナ自身わかっていない。
(誰が出てくる?総司令?コウゾウ伯父様?リツコさん?)
隣に立つシンジの手を軽く握り締める。
(あったかい。)
少年の体温が感じられた。
彼がどう思っているかはわからない。
それでも、自分は彼が今でもすきなのだと認識できた。
(行こう。)
だからこそ今を守りたい。
だからこそ今を守らなければならないのだ。
いつの間にか近づいていたゲージへと続く扉を前にしてアキナは一度大きく息を吸い、はいた。
(大丈夫、私はやれる。母さんだってわかってくれる。)
信じること。
7年間の生活でアキナが伯父から教わった生きていくうえで最も大切なことのひとつだった。
アキナ君にとって本当に必要なのは他人を信じることかも知れんな。
口癖のようにアキナに言っていた。
いまだその意味はわかっていない。
あそこで何があったのか、今日出てきたばかりなのに気づけば記憶のほとんどがそこにはない。
それでも今は母を信じよう。
幼いころ愛した人を守るために。
今、自分が好きな人を守るために。
ゆっくりと鋼鉄製の扉を開く。
「ただいま、母さん。」
鬼は、そこにいた。
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あとがき
いきなりですがピンチです。
すこし短くなりました。
それはいいんです。
アキナとシンジの関係がすでにずれを生じてるんです。
どうしよう、このままだと当初の予定が・・・・。
アキナの存在的性格の位置付けに付いてはこっちのほうがわかりやすいと思うんですが・・・・。
蒼來の感想(?)は第6話にて<(_ _)>
一挙掲載なものですから・・・(⌒▽⌒;ゞ


