10.(ver.キョン+ハルヒ) 月曜の朝教室に入った瞬間、俺はハルヒの殊更強い視線に出迎えられた。思わず回れ右をしたくなったね。 真剣な表情の中の挑むような瞳は、二日間の雨の反動で雲ひとつ無く晴れ渡った空のせいかキラキラと輝いている。 だがその視線の種類を述べるならば、日差しが眩しいというレベルの可愛らしいものでなく、虫眼鏡で太陽光を一点に集中させたような凶悪的なものだった。みくるビームも真っ青だ。 俺は肩を竦めた。 「はよ」 「仲直りしてきたんでしょうね」 ハルヒの最高に不機嫌な、地の底から響くようなとはこういうことかと思わせる低音が俺の鼓膜を震わす。閻魔大王も喜んでお前に地位を譲ってくれるだろうよ。 ところでだな、ハルヒ。俺は「おはよう」と挨拶をしたわけだが。 挨拶と言うのは人間関係において重要なもんで、挨拶をすることで相手も自分も爽やかな気分で一日が始められるってもんだろう。つまりだな、挨拶はちゃんと返しなさい。 「お・は・よ・う。んで?どうなのよ」 「お前なぁ・・・。・・・してきたよ」 ハルヒの嫌味たっぷりな心無い挨拶に俺の不快指数は若干上がり、自然と俺の声も乱暴になる。 ほらな。挨拶ってのは大事だって言ったろ? 「ならいいわ。ほんと世話焼かせるんだから」 団長の苦労を減らしてやろうと言う気はないの、とそっくり同じ言葉を返してやりたくなるような台詞をハルヒはふいと顔を背けながら言った。だが、心配を掛けた事も気を遣って貰ったのも紛れもない事実なわけで、すまん、と俺は素直に謝っておいた。ふん、とハルヒは鼻を鳴らす。 ハルヒのこの膨れっ面をこの位置から見るのも何度目になるのか。 俺は椅子に横向きに腰掛けながら思う。 案の定、と言うのが切ないが、3年間ハルヒの前の席に居座り続けることになった俺はどうも真っ直ぐ座るより横向きの方がしっくり来るようになってしまった。ちなみにきちんと座っている時も後ろに身体を捻る癖が付いてしまった。無意味に後ろを向きたくなる衝動に駆られるというのはどうなんだろうな。 「ねえ、人には分かれ道ってものがあるのよね」 「は?」 頬杖を付いたハルヒは、かつて俺に初めて自分の存在の小ささに気付いた日のことを打ち明けた時のような、弱さの見える声で呟いた。晴れ渡った空から降る光を映した眼球は作りモノのようだった。 「どんなに願ったって別れの日は来るし、死ぬ時は例外なく一人で」 窓の外、ハルヒの視線の先には3年経ってほんの少しだけ変わった町並みがあるのだろう。毎日眺めていても分からないかもしれないそんな変化を、コイツはきっと気付いている。 日々の中で僅かに消えて、生まれて、歪んで、整えられ、別の物になっていくものたちを。 「でも出来得る限り長く、せめて一人か二人でもいいからずっと繋がっていられる人がいたらって、そう思わない?」 ハルヒは形の良い唇を閉じる。視線が遠くから近くへと移されたのが何となく分かった。 俺はそのぎこちない動きを見て、やっと気付いた。「団員を纏めるのも団長の仕事なのよ!」と息巻いて、こいつが俺と古泉の不穏な空気にやたらと介入して来た本当の訳に。 「何が一人か二人だ。どうせお前のことだから、バラバラの大学に行こうが社会人になろうが結婚しようがなんだろうが『全員集合!』だのなんだの言って召集かけるんだろうが」 俺はハルヒの顔を見ないように顔を正面に向けて、話しだす。ハルヒは言い返す事もなく黙っている。 「そんで飲みなんかになってだな、お前はウザいくらいにくだ巻いて、朝比奈さんは相変わらずコップ一杯でヘロヘロになって、長門はひたすら無表情で飲み続けて、古泉は酔ってんだか酔ってねえんだかわかんねえヘラヘラした顔してて、そんでもって俺は・・・とりあえず後が怖いから飲み過ぎないようにするわ。確実に大騒ぎしすぎて次の日は全員二日酔いだな」 口に出しながらその様子を思って口元が緩む。大丈夫だ、ちゃんと、想像できる。 みんな、そこにいる。 「変わんねえよ。卒業とか喧嘩とか、そんなことで切れるような仲なのか?SOS団ってのは」 そうだ。コイツはこれを心配していたのだ。 団長だからと強がってはいたが、ようするにコイツは恐ろしかったに違いない。俺と古泉が喧嘩をして、それきりになってしまうのが怖かったのだ。そこから亀裂が広がっていくんじゃないかと不安になって。 なあ、ハルヒ。 もう俺達にはこれ以上の場所なんて見付かりっこないんだ。未来から来た朝比奈さんだって、地球外が出身地の長門だって、機関から義務でやって来たはずの古泉だって、結局全員が「SOS団」っていうモンで繋がってる。きっとこういうのを絆とか何とかって青春ドラマじゃ言うんだろうぜ。 俺達には若干残酷なモンでもあったわけだが、それでもお前には感謝をしてるんだ。お前が神だったなんて今だって完全に信じちゃいないが、それでもこのSOS団に磁力を持たせたのは紛れも無くお前で、それは充分過ぎる「力」だよ。誇ったって良い。 「大丈夫だ。それの証拠に俺と古泉はちゃんと『仲直り』してきたろ?」 振り向いた先でハルヒはコクコクと黙って頷いた。 それから小さな声で、「うるさい」でも「そんなこと分かってるわよ」でもなく「うん」と呟いた。 上擦った、か弱い声だった。 俺は声をかけるべきか、そっとしておいてやるべきかほんの少し迷って、若干上がった男レベルでとりあえずハンカチを取り出した。(言っておくが洗濯してあるぞ?) それを黙ってハルヒの目の前に置いてやり、俺は姿勢を戻した。 「ホームルーム始まるから寝た振りでもしてろ」 と付け足して。 ハルヒは、これまた小さな声で「馬鹿じゃないの」と涙声で言った。 馬鹿はお前だ、そんな声で言われても効果は無い。 正直男として、ちょっとクるものはあったが。お前それを前面に出していったら男はホイホイ騙されるぞ。俺は推薦しないが。うん、まあ、あれだ。似合わない。 別に、妹が初めて彼氏を連れてきたような気持ちになるとかそんなことはない。ましてや「娘さんを僕にください」などと言われた父親の気持ちにだってなりはしないさ。ああ、ならないね。 ひとまずは、寂しがり屋の団長様の為に今週末はハルヒ宅で勉強会だな、と相変わらずの体育会系ノリで教室に入ってきた岡部の声を聞きながら、俺は思った。 11話→ 月曜の古泉と長門→ ※And if I die before I wake = もし目覚める前に死んだなら 10話。ハルヒとキョン。この夫婦たまらん。 (07/08/25) |