初夜
2



 目を覚ましたとき、少し頭が重かったのは、酔いが醒めてきたからだろう。
「……ゲオルグ?」
 確かに部屋に彼の気配を感じ、ファルーシュは小声で名を呼んだ。
「ああ、起きたか」
 近づいたゲオルグは寝台に腰を下ろし、ファルーシュの頭に手を置いた。
「一度、戻ってきたんだがな、あんまりよく寝ていたから起こさなかった」
 ファルーシュは目をしばたかせ、視界をはっきりさせる。
 金色の目がこちらを見下ろしていた。視線に含まれた優しさが、なぜか気恥ずかしい。
「風呂に入ってこい」
「ゲオルグは……」
「俺はもう入った」
 そういえば、髪が濡れている。そこで、ファルーシュは彼がすでに、ズボンとシャツを羽織っただけの姿なのに気づいた。
 はだけた襟元から厚い胸板がのぞける。両胸の筋肉の盛り上がりに、ファルーシュは目をそらした。
 見慣れているのに、初めて見る気がするのは、自分の心が、ゲオルグの素肌を普通に見ていた今までと違うからだ。
 ファルーシュの羞じらいに気づいているのか、いないのか、ゲオルグは普段と変わらぬ口調で続ける。
「ここも温泉が湧いているそうだ」
「そうなんだ」
「暖まってくるといい」
「うん」
 支度を調えて、ファルーシュは部屋を出た。浴室の場所は、部屋に案内されたときに教えてもらったから、知っている。扉を閉めて、よろよろと歩き出した。足に力が入らない。壁に手を置いて、呼吸を整えた。
 やはり、風呂から上がったらそういうことになるのだろうか。思った瞬間、ファルーシュは、わあと声を上げた。歓声でも恐怖でもなく、ひたすらに恥ずかしくなった。こんなことを考える自分がいやらしい気もした。ひょっとしたら自分も助平なのかもしれない。
 助平は助平を好むのだろうか。嬉しいけれど、恥ずかしい。
 何とももやもやした気持ちで、脱衣場に入る。どこか甘い湯の匂いがたちこめているが、かすかな硫黄臭がするのは、温泉が湧いているゆえだろう。
 すのこの上で帯を解く。すでに部屋で装飾品も外しているし、貫頭衣とその上に羽織っていた短い上着も脱いでいたので、脛までの長さのふっくらしたズボンと白い上着、下着を脱いでしまえば、それで終わりだった。衣服を畳み、藤かごの中に入れる。
 持ってきた紐で髪をくくって、頭上でまとめ、浴室に通じる引き戸を滑らせた。
 木造りの浴室は清々しい匂いがした。床が濡れているのはゲオルグが入ったからだろう。
 手桶で躯に湯を浴びせる。ぬるぬるとした手触りの湯だった。
置かれていた海綿で躯を洗う。指で触れる肌が、自分のものでないような不思議な、ぞくぞくした感触に襲われる。なるべく、自分の躯を見ないようにした。
 髪も洗い、布で巻いてから、湯船に浸かる。湯の中で躯の輪郭はぼやけ、ファルーシュは目眩にも似た思いを感じ、目を閉じた。
 身も心もほとびていくような思いだ。勢いをつけて、湯船から上がる。濡れた髪の毛は、ざっと拭いて、後頭部でひとつにまとめる。
 寝間着を羽織り、斜めの襟合わせにゆったりした袖のそれを帯で締める。深呼吸を一つすると、ファルーシュは着ていた服を抱え、浴室を出た。
 部屋までの距離は遠く、近かった。虫があちこちで鳴き声を上げ、それが何とも耳に優しく染みいってくる。夜風は濡れた髪には冷たかったが、湯で火照った躯にはちょうどいい。足音の響きが、喜ぶようにも怖がるようにも聞こえて、立ち止まる。数歩、歩いては、止まる。繰り返している内に、どこかでちりりんと鈴の音が聞こえた。軒先に、風鈴でも結びつけているのだろうか。
 部屋の前でファルーシュは少し、ためらってから扉を開いた。寝室の方に明かりが見える。客間と寝室の間には、扉ではなく、風通しがいいように簾がかけられているので、ぼんやりした明かり以外、向こうの様子はよく見えない。
 服を荷物を置いている卓に置いて、寝室に行こうとしたが、躯が動かなくなった。全身が固くなっている。
 ゲオルグは自分が部屋に入ってきたことには当然、気づいているから、待っているだろう。そちらに行かねばと思うが、足に根でも生えたかのように、動けなくなってしまった。
 近づく足音にうつむく。普通にしていれば、ゲオルグもいつもどおりかもしれないのに、これほど意識してしまえば、彼も困るだろう。
 どうしようとファルーシュは混乱したが、どうしようもなかった。
 ゲオルグは素足だった。
 どうした、とゲオルグが尋ねてきたら何と、答えよう。きっと何も言えない。
 震える息を漏らしたファルーシュは、次の瞬間、宙にふわりと浮かび上がっていた。
「……」
 抱き上げられた驚きで声も出ないファルーシュの目が、ゲオルグの目と出会う。
 薄暗い中でも、彼の目がこれ以上ないという優しさで細められているのが分かった。
 言葉が胸の中で溶けてしまう。じわりと目が潤んで、唇が震えた。
 驚いたときのまま、行き所のなかった手が、自然にゲオルグの肩に置かれた。金色の目がさらに優しさを深くする。
「髪が濡れている。洗ったのか」
「うん……」
 ファルーシュの洗い髪からの小さな雫がゲオルグの頬を濡らす。
「冷たいぞ。ちゃんと、あたたまってきたのか」
「うん」
「声に元気がないな」
「――だって」
 だって、と言ったときのファルーシュの唇の形と声音は、清らかな誘惑者のそれだった。何も知らない、けれど予感だけはしている甘く怯える声とかすかに開かれた唇に、ゲオルグは口の端をかすかにゆるめた。
「顔を」
 ゲオルグの声は少し、かすれていた。
「もっと近づけてくれるか」
 ファルーシュが顔をうつむかせる。まとめきれていない髪が一筋、二筋、頬の横から流れ落ちた。ゲオルグは手を伸ばし、濡れ髪をまとめる湿った組紐をほどいた。
 銀の髪が幻の靄のようにゲオルグを包む。冷気というには、甘すぎる空気に誘われたかのように、ゲオルグの唇が、そっと触れてきた。吐息からは酒精の薫りがした。触れるだけの口づけが続き、啄むような口づけに変わり、やがて静かに離れていく。
「ゲオルグ……」
 言葉に応えるようにゲオルグはもう一度、口づけてきた。
 どうして恐いのか、分かった。触れられることが恐いのではなく、触れられて失望されることが、今までの関係が変わることが、彼が今以上に大きな存在になってしまうことが恐い。今でも、ファルーシュの心すべてというくらいに、大きいというのに、これ以上、自分のどこをゲオルグに捧げればいいというのだろう。
「ファルーシュ」
 名前を呼ばれても、目を閉じることしかできない。唇が頬にも、鼻にも、瞼にも触れてくる。
 口づけられた場所が火傷でもしたかのようにひりひりと熱い。じわりと滲んでくる涙の意味も分からなかった。
 恥ずかしくて、切ないくらいに胸が締めつけられる。ゲオルグが顔を引いたので、ファルーシュは首を振り、彼の肩に顔を埋めた。
 濡れ光る銀の髪に顔や肩、耳をくすぐられながら、ゲオルグは静かにほほえんだ。
 背中を撫でる。びくりと揺れるファルーシュがいとおしい。
 抱き上げたまま、ゲオルグは寝室へ向かって歩き出した。肩にしがみついていたファルーシュがぼそぼそと呟く。
「ゲオルグ、重いだろう。降りるから」
「お前が逃げないという保証がないからな」
 ファルーシュが黙り込んだのは、自分でもそう言い切れないからだろう。細かく震える少年を抱いて、身をかがめ、簾をくぐる。
「あの」
 細い声だが、耳元で響くので、聞き取りやすい。
「その……」
 ファルーシュは顔を上げ、ゲオルグを見下ろした。彼の目は穏やかで、優しかった。
「僕は、こういうことは、あんまり……いや、ほとんど何も知らない」
 はは、とゲオルグは小さく声を立てて笑い、ファルーシュを抱いたまま寝台に腰を下ろした。
「俺としては、そちらの方が嬉しくもあるが。――恐いか」
 見下ろしていた目線が、今度はほぼ同位置になる。頬が赤いのは、蝋燭の照り返しだと思っていてくれるといいのだがとファルーシュは考え、訥々と言葉を紡ぐ。
「恐い、のもあるし、それに……その、ゲオルグを、よ、喜ばせる自信がない」
 ゲオルグはまた笑った。それも、かなりおかしいというように、豪快な笑い声を上げた。
「ゲオルグ」
 勇気を出して言ったのに、とファルーシュが恨めしげに見ると、ゲオルグは笑うのを止めてくれた。
「すまんすまん」
 指先を髪に絡めて遊ばせながら、ゲオルグは膝の上の少年に謝った。
「心配か」
「……だって」
 うつむくファルーシュの額に唇を押しあて、腰を抱き寄せながら、ゲオルグはまだ笑いの滲む声で言った。
「俺は充分、喜んでいるが」
 わからんか、とゲオルグは問い、ファルーシュは首を振った。
「そうか」
 彼の声からは、まだ笑いの気配が消えない。
 気恥ずかしさと妙に拗ねたくなる心持ちになって、ファルーシュはふいと横を向いた。
 寝台の横の卓には酒瓶と杯があり、彼が部屋でも酒を嗜んでいたことがうかがえた。
 いつもより、饒舌なのはそのせいかもしれないなとファルーシュは、酒の香りが残っていた彼の口づけを思い出した。
「主人が寝酒にと分けてくれたんでな」
 ファルーシュの視線を追ったのか、ゲオルグが酒瓶にちらと目を向け、言った。
 その手がファルーシュの左手を取った。皮の厚い手のひらに、ごつごつした指は長く太く、ファルーシュの手をすっぽりと包み込んでしまう。
 その指が絡んできて、指の間を撫でられる。くすぐったさに混じって、小さい震えが背中を降りていった。
「お前も飲むか?」
「ううん、いい」
 普通に指を絡めて、話しているだけなのにと自分に言い聞かせるファルーシュは、すでに愛撫が始まっていることにも気づかない。ゲオルグの指は、ファルーシュの手の甲や指の股を撫で、そのたびに、身の内がざわざわと騒いでしまう。
 気を紛らわせたくて、訊ねた。
「……あれから何を話してたの?」
「奥方との馴れ初めを聞いていた」
「――とても綺麗な人だったね」
 確かにとうなずいたゲオルグはファルーシュに問われるままに、語った。
「さすがに、名までは教えてくれなかったが、貴族の娘だったそうだ。どこだかの王族とも血が繋がっていたと言っていたから相当な大貴族だな」
 幼い頃からその美貌は名高く、結婚が決まっても、まだ諦めきれない者たちが、昼となく夜となく、彼女を狙ったという。権力争いまでが絡むその闘争は次第に血なまぐさくなり、傭兵たちが護衛兵として雇われた。その中に放蕩を繰り返した挙げ句、傭兵稼業に手を染めていた主人もいた。
 どのようにして館の奥深くに住まう娘と出会ったのか、どのようにして恋を語らったのか、主人は何も言わず、ただ、 数十年の時をわずかな言葉で告げた。
「彼女を浚って、逃げて、流離って、ここまで来てしまった、と笑っていた」
 そこで、ゲオルグの目が、何とも言えない形に細められる。笑いながら、なお、何かを思い出しているようで、どこか寂寥感のある眼差しになる。いや、自嘲というのか。
「彼女はまだ、十五だったそうだ」
「……」
 震えたファルーシュの手をゲオルグは離さない。握り合わされる手のひらから、彼の熱が伝わってくれる。いつもよりも体温が高いのは酒のせいだろうか。
 ファルーシュはゲオルグの頬をさらりと撫でた。湯浴みしたとき、髭を剃ったのだろうか。そこまでざらついていなかった。頬骨の感触を確かめ、彼の目を覗き込んだ。
 かいま見えた心はすでになく、ゲオルグはふたたび、情欲を宿した眼差しでファルーシュを見つめ、その唇に触れた。
「止めたくなったら、遠慮せず言え」
「……でも」
「今までだって待ったんだ。まだ、待てるさ」
 ファルーシュの逡巡を受け止めるゲオルグの笑い方に、胸の奥を握りしめられたようで苦しくなり、息をそっと吐きながらファルーシュはただ首を振った。
「ま、待たなくて、いい。でも……」
 どうした、とゲオルグは腕にしっかり繋ぎ止めた幼い恋人を見下ろす。
「ゲオルグ、僕のことを嫌いにならないで欲しい」
「そんな心配は要らんから安心しろ」
 ファルーシュの目尻を撫で、ゲオルグは呟いた。
「俺の方こそ、嫌われんか不安だがな」
「そんなことはない」
「そうか」
 ゲオルグの腕がさらに強く巻きついてくる。
 目元を撫でていた手が頬に添えられた。次に彼が何をするのか理解して、ファルーシュは目を閉じた。
 口づけなら何度も交わしている。
 思い出したように、ゲオルグはファルーシュに気軽に口づけてくるときもあったので、いつの間にか、唇の感触に慣らされてしまい、舌を触れ合わせる口づけも、その時の息の仕方も覚えてしまった。
 重なるだけだった唇が離れ、ゲオルグの手が帯に伸ばされる。自分のことではないかのように、ファルーシュはぼんやり見ていた。
 ゲオルグは片手で器用に帯を解いて、腰に頼りなく引っかかるだけになったそれを自分の手に引き寄せ、床に落とす。布地が触れ合うささやかな音が、やけに大きく聞こえた。
 左右の袷が開かれる。まだ湯のぬくもりを残した肌の香りが立ち上った。伸ばされた手は、すぐには素肌に触れず、まずファルーシュの肩を包み込む。
 手の熱さにすくむファルーシュをなだめるように、優しく口づけられた。
 唇の動かし方に、彼が求めているものを悟って、ファルーシュはおとなしく、唇を開く。
 忍び込んできた舌がファルーシュの舌にくっついた。彼との口づけは大好きだ。触れるだけでも、こうして、舌を差し込まれるのも。交わりを知らないファルーシュにとっては、口づけが、ゲオルグに一番近づく時であり、彼に深く求められていると感じる行為だった。
 ちゅっという濡れた音を立てて、唇が離れていく。名残惜しくて、ファルーシュが瞳を開くと同時に、するりと寝間着が肩から落とされた。肘の辺りで皺を寄せながら、とどまる衣の柔らかい感触が、心許ない。
 ゲオルグの目はファルーシュの躯を熱っぽく眺めている。
出会った頃よりは、筋肉がついたと思う。背も少し伸びた。だが、ゲオルグが喜ぶような躯になっているのかは自信がない。
 なにしろ、ど助平というくらいだから、もっとこう、胸がふっくら豊かで腰もきゅっとくびれてて、尻もぴんと張った女性の方がいいのではないだろうか。
「……あの、ちぢれマイマイで、申し訳ない」
 ぷっとゲオルグが吹き出した。今度は、ファルーシュに睨まれるまでもなく、すぐに笑いを収め、顔を覗き込む。
「気にしてるのか」
「当たり前だ。……どう頑張ったって、母上や叔母上のような胸にはなれないから」
「男で胸が膨らんでいたらそれは珍妙だぞ」
「だけど、ゲオルグは大きな胸が好みだろう?」
「あいにく、俺の今の好みは、お前なんでな。胸の大小は関係ない」
 言葉の意味を理解した後、ファルーシュは真っ赤になった。
「な、な、何……」
「ん?」
 彼は自覚していない。自覚してないということは、本気だ。
 ファルーシュは全身を真っ赤にした。もはや、言葉は続かず、唇は震えるのみだ。
「どうした?」
 頬を包まれて、ファルーシュはくらくらと目眩を感じた。
 今夜、感じる恥ずかしさには、きりがない。これから、どれだけ恥ずかしくなるのか、想像しただけで目眩がした。心臓が皮膚を破って、飛び出てきそうだ。
「あの」
言葉がつっかえる。
「ゲオルグ」
「――ファルーシュ」
 ゲオルグが前髪をわしわしとかき回す。いつもの仕草に、肩の力が少し抜けた。これで、優しく抱きしめられたりすると、きっと泣き出してしまう。
「余計なことは考えなくていい。そうだな、明日の朝飯に何が出るか考えているといい」
 そうしたいのはやまやまだが、ファルーシュは首を振った。
「無理……。僕の頭の中はゲオルグのことでいっぱいだ」
 ファルーシュは言い終えて、目を見張った。自分の発言の意味に気づいたのではない。
 ゲオルグが、ぐっと低く唸ったのだ。かいま見えた荒っぽい表情に、緊張や恥ずかしさではない胸の高鳴りを感じた。
 ゲオルグは息を吐いた。まるで、己を落ち着かせるためというような印象を受け、ファルーシュは、せっかくの提案に対して、失礼だっただろうかと慌てた。
「ゲオルグ、あの」
「ああ、もう、そんなに煽らんでくれ」
 ファルーシュの頬をぐいと親指で撫でて、ゲオルグはぼそりと呟いた。
「え、あの……ごめんなさい」
 謝ったファルーシュの額にゲオルグは唇をあてて、躯に絡んでいた寝間着を脱がせ切ってしまうと、寝台に横たえた。広がる銀色の髪を、丁寧に掬いあげ、背中の下にならないようにしてくれる。
 ゲオルグが幾分、荒っぽい仕草で、羽織っていた上着を脱いだ。何度見ても、羨むほどのたくましい体躯が露わになる。
 筋肉がごつごつと盛り上がる両肩からシャツが落ちるのを見届ける前に、ゲオルグがファルーシュの上に覆い被さってきた。
 両脇に彼の手が置かれ、真上から見つめられる。まるで、閉じこめられたようだ。
 見下ろしてくる金色の瞳を見上げた。一心に見つめた。彼を思うと羞恥に身悶えたくなるが、瞳を見つめると不思議に落ち着く。
 今はもう見慣れた双眸がファルーシュを見返す。
 ぼそりとゲオルグが呟いた。
「そう、しげしげと見るな。照れる」
「ゲオルグも、照れるの?」
「ああ」
 嘘じゃないかとファルーシュは思ったが、ゲオルグの頬の辺りに幾分、面はゆげなものが浮かんでいる。また、胸が高鳴る。
「何を笑っている」
「笑ってない」
 笑っていた、とゲオルグは言って、顔を近づけた。思わず、目を閉じると鼻先に口づけられた。
 驚いて目を開いたら、頬に唇があてられた。
「ゲオルグ」
 返事の代わりに、唇が耳の近くに押しあてられる。ファルーシュの顔を唇で確かめるように、ゲオルグは額に、眉に、瞼に、目尻に、頬に、唇をあてていく。
 ファルーシュはいつの間にか、目を閉じていた。触れられた場所から、じんわりとあたたかくなる。それが心地よかった。
 ゲオルグの指がファルーシュの手首に触れる。どれだけ流麗に三節根を操っても、これ以上太くはなり得ないであろうその手首を軽く握り、ゲオルグはやがてファルーシュの手に、己の手のひらを重ねた。
 指と指の間に、ゲオルグの指が入り、握りしめられる。握り返したのが先か、唇が降りてくる方が早かったのか。
 閉じた瞼の裏が眩しかった。指から、手のひらから、唇から、熱が伝わってくるからだ。
 そう思ったとき、ファルーシュの唇から、甘い吐息が漏れて、それを零すまいとするように、ふたたび唇は覆われた。

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