どうしたらいい、と聞くと、どうもしなくていい、と言われた。話していないと不安だ、というと笑われた。恥ずかしい、と言うと、我慢しろ、と囁かれた。
ゲオルグの視線が躯を撫でていく。視線を追うように唇があてられる。首筋の薄い皮膚を吸われ、軽く噛まれる。手は躯に触れていた。ただ、触れるのでなく、指先で撫でられ、さすられ、感触を確かめられているようだ。
指が脇腹に当たるとくすぐったい。ひゃあと小さな声が漏れた。ゲオルグが続けて触れてくる。
「くすぐったいよ」
「困ったな」
ゲオルグが言葉とは裏腹に、楽しそうに言う。と、ゲオルグの顔が下がって、胸に近づく。肌に吹きかかる吐息が熱くて、びくりと躯が揺れた。
前髪が肌に触れたかと思うと、唇が乳首に触れた。吐息がかかったかと思うと、口に含まれる。ちゅっと音のするように吸われてしまった。
「何も、出ないよ?」
「出ないが、吸うものだからな」
平然と言って、ゲオルグはふたたび、胸に顔を伏せ、乳首を含んだ。唇で吸われている。濡れた感触は、舌だろうか。
うわあ、と内心でファルーシュは声を上げた。とてもとてもくすぐったいし、むずがゆい。それに胸がきゅうっと痛くなった。
左の乳首をゲオルグは飽きもせず、吸っている。舌先で乳首をつつかれ、乳輪を舐められたかと思うと、軽く歯が立てられた。その内に、右の乳首に指で触れられた。押すように乳首をつつかれ、胸の痛みと腰から生まれるぞくぞくした震えが強くなる。悲しくもないのに涙が滲みそうになる。
見下ろすと、指でいじられて赤くなり、唾液で濡れ光る両の乳首が見え、そこに伏せられたゲオルグの顔も一部だが、分かるので、ファルーシュは目を閉じた。
そうすると、余計に生々しさが強くなる。肌に吹きかかる吐息や熱く濡れた舌や、乾いた指の感触が、肌に刻み込まれていくようだ。
指がさまよって、敷布をつかむ。息づかいが乱れてしまう。
「ふ、あっ」
声が出てしまった。今までは呼吸の音と衣擦れの音くらいしか響かなかった部屋だから、やけに大きく聞こえ、恥ずかしくなって、ファルーシュは口を手のひらで覆った。
ゲオルグが伏せていた顔を上げる。
「構わんから声を出せ」
「いやだ」
反射的に拒んだのは、ゲオルグの顔が実に、楽しそうないたずらっ子めいたものだったからだ。負けん気というよりも恥ずかしさ、それにこのようなときも余裕を見せる男への悔しさがない交ぜになって、ファルーシュは意地でも声を出すものかと唇を噛んだ。
ゲオルグの眉が上へ上がり、すぐに笑んだ。好きにすればいいとでもいうようだった。
指先が優しい。二人、旅を共にしてから見知った優しさ以上のそれを纏って、ファルーシュの躯に触れてくれる。あたたかく、少し荒っぽく、それでいて、細やかだ。
腰や脇腹を撫でられ、唇でも触れられる。くすぐったさよりもむずがゆさと訳の分からない痺れのようなものが強くなり、潤んだ目をしばたかせ、ファルーシュはくすんと鼻を啜った。
ゲオルグの顔が上がって、頬に唇があてられる。どうした、こわいか、と甘やかされる。大丈夫、何でもないと首を振ると、そうかと笑うような吐息の音が聞こえる。
優しい、と思うと、なおさらに涙が浮かんでくる。哀しいわけでもなく、痛いわけでもなく、ただ胸がいっぱいだ。ゲオルグの何もかもが優しい。その優しさが、躯のあらゆるところに染み渡ってくる。
感じる幸福はそのまま肉体の悦びへと繋がり、兆していた肉茎にゲオルグの指が触れる。
首を振っても、許してくれない。親指と人差し指で先をつままれ、先端とくびれの部分を撫でられる。
「だ、だめ……」
初めての抗いの声に、ゲオルグは指の動きを一瞬だが止めて、囁いてきた。
「だめなのか?」
「だめ」
半身を起こすファルーシュを抱き寄せ、ゲオルグは問い返す。
「どうしてだ?」
「汚い」
「風呂に入ったんだろう」
「だけど」
口を塞がれた。また、指が動き出す。意地悪なのに、どうしてこうも、甘やかされている気分になるのだろう。
ゲオルグの舌にとろかされるようだった。
気が遠くなる。口づけは深くなり、躯の境界が曖昧になる。
交わす言葉や仕草、気配の一つ一つに、こみあげてくる感情を抑えきれない。
「ゲオルグ」
「ん?」
ぽろっと涙が落ちてしまった。よしよしとゲオルグが頭を撫でてくれる。いつになく甘やかされて、気持ちよさで元から潤みきっていた目からは、涙が溢れてくる。
「今日は、よく泣くな」
「勝手に出てくるんだ」
「困ったな」
ちっとも困っていない顔でゲオルグが笑う。今日はよく笑っているとファルーシュは彼を見つめ、そのまま見つめ返すのと、胸に顔を埋めるのと、どちらの行動を取るべきか迷った。
やっぱり、抱きつこうとファルーシュが目を伏せると、追いかけるようにゲオルグが口づけてきた。顎を優しく押さえられて、唇をついばまれれば、躯が震える。足の間が、じんじんと痛い。
ゲオルグがやんわりと握ってくれる。口づけられながら、ゲオルグにうながされるままに、精を吐き出した。
甘い痺れが残る躯を持て余して、ファルーシュはゲオルグに寄りかかる。これで終わりとは思わない。けれど、これだけでも目眩がするほどに濃密な時だった。
「ファルーシュ」
名を呼ばれ、顔を上げると、ゲオルグの瞳がこちらをじっと熱っぽく見つめている。
手を取られ、導かれた。
「……」
思わず、ゲオルグの顔を見上げてしまう。
ゲオルグは眉尻を下げて、少し、困ったような、面はゆくも見える表情を浮かべている。
「……ずるい」
何か言わなくては、と思って呟く。
ゲオルグが、まばたきした。
「ずるい?」
「よく、わからないけど、ずるい」
うつむくと、緩い反応を示しているそこが目に入るので、目を閉じ、ゲオルグの胸へ頬を寄せた。彼の肌も熱く、火照っている。手で触れているところと同じだ。
手のひらが腰に当てられ、尻の方へと滑っていく。指が肉を割って、忍び入ってくる。
「ここを」
指がそっと後孔に触れた。
「拓いて、性器にする」
「……うん」
「我慢できないなら言ってくれ」
「うん」
ゲオルグが一度、身を離す。何をしているのだろうと思えば、何やら小瓶を枕元から取り出していた。見た瞬間、目的が分かったので、照れ隠しに聞かずにはいられない。
「いつ、用意してたんだ?」
「さあ?」
とぼけるゲオルグを軽く、睨むと、恐いなとほほえまれた。
「――今日のゲオルグは、よく笑う」
「そうか?」
とぼける彼だが、横顔は上機嫌だ。
ファルーシュをふたたび寝台に横たえ、ゲオルグも隣に躯を置いた。
ファルーシュは、まだ己の裸体をゲオルグの目にさらすのに、羞恥が勝るが、ゲオルグは、その様子も愛でるかのように目を細めながら、油断すればすぐに、縮こまろうとする躯を開かせる。
その内、口づけるのが抗いを封じるのに最も有効なすべだと思い当たったらしく、唇が熱を持つほどに口づけられた。
何度しても終わることがない唇の触れあいが、躯を溶かしていく。
指が周辺にぬめりをともなって、あてがわれる。ゆっくりとなぞられると、くすぐったいし、むずがゆい。ぴくりと動くファルーシュの躯を抱き直したゲオルグの手が、尻を撫で回す。むにむにと揉まれて、ファルーシュは思わず、ゲオルグにしがみついた。
「ゲオルグは助平だな」
「ああ、助平だ」
面と向かって言い返された。
睨んでも、助平なゲオルグの助平な手や指は、ファルーシュの躯をほぐしていく。太い指先が入り込んで、抜き差しを始める。ときおり、会陰を押して、ファルーシュへ快感を与えることも忘れない。睾丸を軽く揉まれたときには、顔を肩に埋めていたこともあり、思わず、歯を立ててしまった。
「す、すまない」
それでも、前歯に食い込んだ肌の感触に血が騒ぐ。
「好きなだけ噛め」
笑う男の口元に、欲情がうかがえた。薄く残った歯形を撫でてから、ファルーシュはもう一度、噛んでみた。
ざわつくファルーシュの胸内を宥めるように、こめかみにゲオルグの唇が当たる。
「跡、残してもいい?」
「ああ」
ゲオルグの言葉に甘えて、ファルーシュはゲオルグの肩を噛んだり、吸ったりしてみたのだが、少し赤くなったところで止めてしまった。
ファルーシュがそうして甘噛みしている間にも、ゲオルグの指は、ファルーシュの後孔を拓き、潤していく。むずがゆさと得体の知れない快感が大きくなって、ファルーシュはゲオルグの肩にため息を漏らした。
膝裏に手のひらがあてがわれ、思い切り押し広げられた。咄嗟に足を閉じかけたのは、露わになる羞恥からだ。
腰に手が当てられ、浮かされる。
「あ」
ゲオルグが躯を近づけてきた。腿に熱の塊が触れて、身が竦んだ。大丈夫かと問われて、何度も何度も首を振った。
「大丈夫だから、ゲオルグ……」
片手が顔の横に置かれる。目をつぶってしまった。すぐ側で、ゲオルグの幾分、荒い息づかいが響く。
熱くて、硬いゲオルグが入ってくる。
息を吐き出して、耳元で囁かれた通り、躯の力を抜くようにする。
ゲオルグは一気に押し入ってくるようなことはせず、浅く押し込んでは抜いてを繰り返し、ゆっくりとファルーシュの中へ己を沈めていった。
痛いというより苦しい。やがて、耳元で、ゲオルグがふっと短い息を漏らした。動きが止まっている。終わったのだろうかと腹部を見下ろしたファルーシュは、頬が今まで以上に熱くなるのを感じた。
引き締まり、見事に割れたゲオルグの腹筋の下の方に、黒々とした繁みがあり、その下から隆起する性器が、自分の中へと繋がれている。
ゲオルグの躯を挟むようになっている自分の腿が、濡れ光っているのは、ゲオルグが使った香油がついているからだろう。
ゲオルグが少し腰を引く。赤黒い肉の一部が見えて、そこから目を逸らしたいのに逸らせない。恥ずかしいと思うのに、同時に、たまらなく興奮している自分がいる。こめかみで心臓が鳴っているようだ。
「ファルーシュ」
ゲオルグの指が下腹部に伸びる。ゲオルグのそれに比べればずいぶんと薄い繁みの下にある肉茎に触れられた。
「だ、だめ」
激しく首を振って、ゲオルグにしがみつき、顔を見られないようにした。
ゲオルグの腹に擦りつける形になり、背中から首筋を甘い痺れが走る。
「自分でするのか」
「ちがう……」
繋がっている部分を見て興奮しているとは悟られたくない。
ゲオルグは軽く口元を笑ませて、指先で撫で上げた。途端に甘い声が上がる。唇で覆ってしばらくこちらを嬲ってやる。
強張っていた躯がほぐれて、ゲオルグに絡んでくる。達するのに、それほど時間はかからなかった。
腹に散った精液をファルーシュが、とろんとした眼差しで眺める。これで限界だとゲオルグは滾る下肢を押さえるのを止めた。
「ファルーシュ、すまんが、今度は俺の番だ」
まばたきしたファルーシュの返事を待たずに、腰を動かす。食いちぎられそうな締めつけだった。
ファルーシュにはきつい、苦しい、痛いの三重苦だ。
揺さぶられて、擦りつけられ、深く押し込まれるたびに、息が漏れる。
頭が熱い。耳朶が熱い。頬も熱い。全身が熱い。熱に浮かされるような気分で、閉じていた目を開く。
ゲオルグの顔が歪んでいる。額や鼻に汗が浮かんで、幾粒かが玉になって顎から落ちた。
苦しげに寄せられた眉間や、低く荒い息を吐き出す唇、瞳が情欲に霞み、熱っぽくこちらを見つめている。
喉がひりひりした。こんなゲオルグは初めて見た。
「痛い……?」
「ああ、痛い」
言いながら、ゲオルグが動く。彼の腰が揺れると、ファルーシュの躯も揺れる。
ぐいぐいと押し入ってくる塊が熱い。息苦しさに、長い息を吐くと、すまんなと謝られた。耳元ではゲオルグの荒い息づかいが聞こえる。
「平気」
頬の肉を甘く噛まれた。囁かれた言葉が嬉しかった。優しいのは、ゲオルグの方だ。
下半身のあちこちに彼の躯の様々な部位が当たっている。硬い骨、汗で濡れて熱い皮膚、強い繁み。これほどにぴったり寄り添って、中にまでゲオルグがいる。痛みと苦しさと妙なだるさが薄くなり、不思議な心地よさに支配される。
ゲオルグの腕の中にいる。いま、この瞬間、世界中の誰よりも彼の側にいるのは自分で、ゲオルグはファルーシュのものだった。それが嬉しい。これほどに自由な男を捉えている喜びが体中を満たして、強く、強く、ゲオルグの背中を抱きしめた。
彼が声を噛み殺すような呻きを上げた。内側が濡れる。満足感をともなうため息が耳に響いた。
ゆっくり目を開くと、ゲオルグもこちらを見ていた。
「……」
ゲオルグの顔が一生懸命、遊び回った後の子どものように見えるとファルーシュは思った。自分も達した後、こんな顔になっていたのだろうか。
ファルーシュが達してからゲオルグが浮かべる表情の意味がやっと分かった。愛おしまれていたのだ。
手を伸ばして、汗で額にくっついた前髪を払い、そのまま頭を抱きしめた。ゲオルグの頭がこつんと胸に落ちる。
ゲオルグのつむじに唇をあてる。同じ洗髪料の匂いがした。
荒く上下していたゲオルグの呼気が落ち着いていく。彼が腕の中で身動きした。
「ファルーシュ」
目線を下げると、ゲオルグもこちらを見ていた。腕の力を緩めると、彼が顔を上げ、その動きで、まだ繋がったままの中が擦られ、ファルーシュは、唇を薄く開き、ああと甘くさえある呻きを発した。
「……変な感じ」
「あまり、動かんでくれ」
「え」
ファルーシュがぎくりと躯を強張らせると、ゲオルグは息を吐いた。
そのまま唇を覆われる。内側で、彼の肉が熱を帯びて、力を取り戻すのが分かった。
なんともいえない、強烈な感覚に驚きの声を漏らしかけたが、ゲオルグの舌が口中を侵し、声も吸いこまれてしまう。
唇を離したゲオルグの息が荒々しい。
「悪いが、もう少し、付き合ってもらうぞ」
言葉を返す間もなく、ゲオルグが腰を動かした。
喉の奥から声が出る。熱さに、口を押さえることも忘れてしまう。敷布を強く掴んでも、ゲオルグに突き上げられると、躯がずれてしまう。
強く擦りつけられて、躯が灼けそうになる。
ファルーシュ、と、何度も、何度も、かすれた低い声で、ゲオルグがささやく。これほど、熱烈な調子で名前を呼ばれるのは、初めてだった。
同じように名を呼び返した。いつの間にか、こぼれた涙が舌で舐め取られ、唇を塞がれてしまう。呼吸を奪われた。
殺されてもいいと思った。このまま死んでも悔いはないと心から感じた。悦びに身をゆだねきって、ゲオルグにすべてを任せた。
――終わり際には心地よさと疲労が入り交じったけだるさが、ファルーシュの身を包んでいた。幾度も溶け合ったためにゲオルグの躯の熱も己の熱かと思えるほどだ。
ゲオルグが離れていくのは感じられた。足の間が冷えるような感覚もあった。汗で湿った髪を撫でられるのも分かった。
けれど、すべてが夢うつつだ。すでにまどろみ始めていたファルーシュには、すべてが遠い。
「ファルーシュ」
彼に名前を呼ばれるのは、いつ、どんなときでも嬉しい。彼のような響きで名を呼ぶ人は、他にはいない。
返事をしようとしても、声が出なかった。目を開けて笑おうとしても、瞼が重かった。唇だけ何とか動かせた。
「眠るのなら、悪戯するぞ」
からかわれて、おかしくなった。ゲオルグが拗ねているように思えた。
いいよ。
上手く言えたのかどうか。触れてきたゲオルグの手は、何よりも優しく、暖かかった。
どんないたずらをするのと訊きたかったが、限界だった。
安らかで甘い眠りが、ファルーシュをゲオルグの元から連れ去ったが、それも一時のことだろう。朝になれば戻ってくる恋人を見やりながら、汗に濡れ、乱れたその髪をゲオルグは静かに掻き遣った。
深い眠りからの目覚めは心地よかった。白い敷布の皺がまず、見えた。それから、節の目立つ、太くて長い男の指が。
ファルーシュはまばたきした。三度、まばたきして、昨夜のことをすべて思い出し、どぎまぎしながら視線を上に上げる。
ゲオルグはもう起きていて、こちらを見下ろしていた。
視線があった途端に、微笑まれ、はずかしくなった。枕に顔を埋めると、頭に手が置かれた。撫で方が今までと違うのが、少し哀しいような、誇らしいようなそんな気持ちにさせる。
「起きあがれるか?」
いたわりの言葉さえ、恥ずかしくて、ファルーシュは平気だと示そうと起きあがろうとし、腰から下にまったく力が入らないのに驚いた。
上半身だけをどこか悩ましげに、ひねろうとするファルーシュを目を細めて眺めていたゲオルグは、その肩に手を置いて、止めた。
「無理はするな」
「無理しては……」
口をつぐんだ。声が嗄れている。
「あとで、喉にいい薬湯でも探してこよう」
ゲオルグが苦笑した。
「先に、朝飯だ」
ゲオルグの手がファルーシュの肩を押して、寝台に横になるようにうながす。
掛布を肩までしっかりかけて、それだけではなく、ぽんぽんと子どもにでもするように布の上からファルーシュの躯を軽く、叩いた。
「持ってくるから待っていろ」
ファルーシュは枕から顔を上げて、出て行く背中を見る。機嫌が良さそうなのは、自分の気のせいだろうか。
いや、ゲオルグは上機嫌のようだった。
恥ずかしがるファルーシュをからかい、いたわりながら、食事をさせ、入浴を手伝い、蜂蜜入りの薬湯は口移しに飲まされた。
あまりに自分の世話を焼くゲオルグに、嬉しい反面、戸惑うファルーシュだった。
髪の毛を梳いてくれているゲオルグの服裾をちょんちょん引っ張って、言ってみる。
「そんなに、甘やかさなくていい」
「甘やかしているつもりはないが」
そう言った男は、これからの半月間の逗留の間、宿の主人に、鼻の下が伸びている、とさんざん揶揄されるのだが、そういわれるのも無理のない、満足と幸福感の入り交じった笑みを浮かべるのだった。
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