別居婚
3



 シモンはロシウの首筋に唇を当てながら、手のひらの中で力強く勃起しているペニスの愛撫を続けた。泡でぬめるシモンの指が雁首をなぞりながら、親指の腹で鈴口を擦ると、先走りが滲みだし、泡をいっそうぬめらせる。
「ロシウ」
 息を荒げるロシウの耳にシモンは唇を寄せた。
「舐められるのと」
 ぺろりとシモンがロシウの鎖骨を舐める。
「このまま、手でされるの、どっちがいい?」
 指が臍の下に降りて、陰毛の生え際を撫でる。
 答える代わりに、ロシウはシモンに手を伸ばし、唇を重ねた。舌を入れて、熱くて、ぬるい口腔内を犯す。
 シモンがやわやわとペニスを握る。
 ロシウは腰を抱いていた手を下ろし、同じようにシモンのペニスを手で握る。すでに熱を帯びて、ゆるく勃ち上がってきている。触れられたためか、シモンの指の動きが少し鈍くなった。
「僕に触って、興奮しましたか?」
 ロシウはシモンの耳朶を口にくわえた。
「……るせえ」
 ひくりと震えながら言われれば、強がりにしか聞こえず、ロシウは首筋に唇を這わせた。形をなぞり、指を巻きつけるようにしながら擦り上げ、雁のくびれ部分を親指の腹で撫でた。
「くっ――んっ」
 噛み殺せなかった声が、シモンの喉から甘く漏れる。敏感な鈴口を擦ると、シモンのペニスも湯とは違う、湿りを帯びてきた。
 荒くなる息を吐き出す唇に自分のそれを寄せると、シモンが潤んだ目で、笑った。
「勝負するか」
「……しません」
 うるさいので口は塞いだ。
 シモンの片手が背中に回って、体を押しつけてくる。だいぶ消えたとはいえ、泡が残るロシウの皮膚はぬるついているから、シモンの肌も滑る。その腰に手を回し、しっかり抱き寄せても、やはり、手が滑る。
 ロシウは手を伸ばし、コックをひねった。頭上にシャワーを掛けて、降り注ぐ湯で泡を流していく。重ねる唇の間にも湯が染みこむ。ぬるいキスになった。
 すでに勃起した互いのペニスが触れあい、もどかしい刺激を与え合う。
「ロシウ、手」
 はっはっと息を荒げるシモンの言葉が、少しもつれる。
「一緒に」
「ええ」
 応える声がやはり、かすれる。これほど濡れているのに、何に渇くのか不思議なほどだ。
 舌を絡めて、お互いのペニスを握り合う。先端を押しつけあえば、ぬちゃりと粘る体液と触れ合う感触に、二人同時に息を吐く。
 吐息が荒くなり、その合間に唇を重ねる。擦り合っていると、口づけようとしてもずれて、唇の端や頬、顎に触れてしまう。どこでもいい、追い詰められていく快感に、触れた肌を吸い上げ、舐めて、噛みつく。
 そんな余裕もなくなって、ロシウはシモンの肩に顔を埋め、シモンはロシウの鎖骨あたりに額を押しつけ、同時に達した。ペニスがびくびくと震えて、ザーメンを吐きだしていく。臍あたりにかかるのが、自分のそれか、シモンのそれなのかも分からないまま、シモンの首筋を舐め、ロシウは顔を上げた。
 同じように顔を上げていたシモンは、とろんと瞼を重たげに開く。この無防備な視線が、ロシウにはいとしい。瞼に口づけると、潤んでいた目尻の涙の味が舌に残る。
 シモンはロシウを見ていたが、細く長い吐息を漏らすと、目を閉じた。濡れた髪が張りついたこめかみや、頬、首筋に唇を当て、肌を吸っていると、シモンがロシウを抱く手に力を込めた。
「ロシウ……」
「はい」
「体、流して、ベッド行こうぜ」
 ロシウに否やはなかった。

 シモンがベッドに座り、腰に巻いていたタオルを床に落とすと、後ろに倒れる。早く、というように視線が投げられた。ロシウは手を上げると、くくられたままだった後ろ髪をほどいた。
 湿気と最後に頭から浴びたシャワーで濡れた髪が、ぱらぱらと肩先に落ちてくる。冷たい感触を感じつつも、シモンの横に身を横たえようとした。
 と、シモンが、不意に起きあがり、ベッドに座ったばかりのロシウの膝に手を置く。
「舐める」
「は?」
「舐めたい。舐めさせろ」
 まるで、活用形のような駄々をこねて、シモンはロシウの足の間に顔を伏せる。
「ちょっ」
 肩を押さえたが、すでにシモンはロシウのペニスを指先でとらえていた。
「う、くっ」
 またたくまに口の中に含まれ、触れていた指は陰嚢に愛撫を加え始めた。
 回数を重ねるたび、シモンの口淫は巧みになっているようだ。それに、たとえ初めての頃のように稚拙であっても、シモンに、そうされている、というその事実は、ロシウをひどく興奮させてくれる。
 血管を浮きだたせ、固く勃起したペニスの先から溢れる先走りの汁をシモンが啜る。くちゅくちゅと唇からは濡れた音がこぼれ、まるでもう一つの性器のように、うごめいていた。すぼまり、吸い上げて、舐めて、口づけるために開かれる。
 濡れそぼった赤い唇に、ペニスが見え隠れする。シモンは、時折、口に含んだペニスを出して、熱を帯びた目で見つめていた。ああ、この人も飢えているのだとロシウはさらに欲情をあおられる。
 亀頭を唇で吸い上げていたシモンが顔を上げた。唾液か、それとも吸いきれなかった先走りと混じり合ったのか、粘りを帯びた液体がシモンの唇とロシウのペニスをつなぐ。
「……出す?」 
 ロシウは首を振り、それよりも、とシモンをうながした。
 幾分、名残惜しげにシモンはロシウのペニスから指を離した。赤い舌が唇についた己の体液を舐め取る様に、目の前が赤くなる。
 早く、シモンに入れたい。奥まで突いて、かき混ぜるようにして、思い切り、喘がせたい。
 ロシウがシモンの肩に触れると、シモンが笑みを含みながら、上にまたがってきた。
「ちょっと、待ってろ」
 右の人差し指と中指を舐めているのを見て、ロシウは欲情に眩暈すら感じつつも、手を伸ばし、手探りで、ベッドに作りつけてある引き出しから、オイルを取り出した。唾だけで慣らすのは時間がかかる。
 片手で蓋を弾いて、中身をこぼす。手のひらや指先を擦り合わせてあたためてから、シモンを促した。
「腰をあげて」
 こちらを見たシモンの目が潤んでいる。片手で左の尻肉をつかみ、押し広げる。甘い期待にシモンの唇が開く。ロシウが人差し指で周囲をなぞると、ひくりと唇が震えた。
 同じようにひくついているであろう後孔にロシウが指を差し入れる。はっとシモンが息を呑んで、唇を噛む。
「痛いですか」
 首を振ったシモンはロシウの肩に顔を埋めた。
「へいき」
 声が濡れている。ロシウは中指を入れ、軽く動かす。
「あっ、あ」
 指先に、熱い肉が絡んでくる。シモンの甘い声を間近で聞いているだけで達しそうになった。
「いい……ですか?」
「うん、早く」
 早くして、と、シモンが繰り返し、喘ぐ。指をやや乱暴に引き抜いて、ロシウはシモンの腰を掴む。
 シモンがロシウのペニスをそっと握り、昂ぶりを押さえた手つきで、あてがった。
 ロシウへと下肢を突き出すような姿勢になりながら、シモンはロシウのペニスを自分の後孔へ収めていく。
 わずかな身動きにも、シモンがくぐもった声を上げた。
 今すぐ、腰を突き上げたいのを堪えながら、オイルで濡れ光る後孔が、シモンの唾液と先走りにまみれた己の性器を飲み込んでいく様を、ロシウは見つめていた。興奮に息が乱れる。
「ロシウ」
 シモンが腰を揺らす。
「動いて」
 ええ、とうなずいた声が、かすれた。シモンの中にいっそう深く、包み込まれるようにロシウは腰を上へと動かす。
 シモンは目を閉じて、ロシウの動きに合わせ、腰を上下させている。目を閉じて、唇を拓いているその顔は、与えられる快感を味わい尽くすかのように、淫らなものだ。
 手を上げ、シモンは自分の乳首に触れていたが、すぐにロシウの胸元をなでさすり、短い息の合間に懇願してきた。
「ロシウ、触って」
「どちらを?」
「どっちも」
 ロシウは半身をゆっくり起こすと、シモンの胸へ顔を近づけた。ぷくりと浮き上がった乳首を歯の間に挟み、軽く噛む。同時に固く張り詰めたペニスにも手を伸ばし、じくじくと先走りを滲ませる先を優しく擦ってやる。
 シモンが唇を噛んで殺した声に、限界が近いと察して、ロシウはシモンの腰を掴むと、下へと強く引いた。ぐっと深く貫かれ、シモンが喉をのけぞらせた。
 ペニスから放たれるザーメンは勢いよく、ロシウの胸にまで飛んだ。それを気にする余裕もなく、瞬間、体を張り詰めさせたシモンに締め付けられ、まるで搾り取られでもしたように、ロシウもシモンの内側に放っていた。
 はあはあとお互いに息をつきながら、シモンはロシウに、ロシウはシモンにもたれかかる。
「ああ、よかった……」
 しめった肌が、乾いた頃にシモンが呟く。シモンの声の響きに、何となく、このまま終わってしまうような予感を感じ、ロシウはさっさと行動に出た。
「――今度は、僕の番です」
 射精の後の倦怠感からか、ぼんやりしているシモンの腕を掴んで引き倒し、上下、入れ替わる。腰を引いたので、シモンの後孔からは、ずりゅりとロシウのペニスが引き抜かれた。
「ふ、あっ」
 震えたシモンの喉に目を奪われつつも、ロシウはシモンの膝を両手で広げる。力が入らないシモンの両足は、簡単に開いた。
 たった今まで、ペニスを呑み込んでいた後孔がひくついている。うっすらと光っているのはオイルだろう。まだザーメンは垂れてきておらず、シモンの中でとどまっているようだ。
「なに、見てんだよ」
 シモンが身をよじろうとするが、足の間にはロシウの身体があるので、簡単にはいかない。
「いやらしい色をしているなと――相変わらず、薄いですね」
 まだ先が濡れているペニスの上に生えた細い柔らかい毛を撫で上げ、ロシウは正直な感想を漏らした。
「るせっ」
 蹴りが来るとは予想していたので、ロシウはシモンの足を押さえた。
「あなたは僕の躯を嬲るのは好きなくせに、自分が嬲られるのは、弱い」
 とらえた足首に唇を当て、薄い皮膚を吸い、舌で舐めると、シモンがびくりと体を震わせた。
「言いましょうか。ここがいま、どんな風になっているか」
 ロシウは後孔に指を伸ばしかけたが、その前にシモンが素早く、身を起こし、ロシウの股間に手を伸ばし、絶妙の力加減で握ってきた。
「うっ」
「……口じゃなくて、こっちを使ってくれたら、嬉しいんだけどな、ロシウ」
 喉元でシモンが囁く。
「なあ、いじめてくれよ、ロシウ大統領閣下」
 肌を噛まれて、息を吹きかけられる。この人は、となにやら歯がみしたいくらいの愛しさがおそってきて、シモンの意のままになるとは分かっていながら、ロシウはシモンの望みをかなえるために、体を動かした。

 シモンを再度、腹の下に引っ張り込んで、広げられた膝の間に自分の腰を入れる。
 半勃ちほどのペニスを自分で擦り、勃起させようと握ると、シモンの手が伸びてきた。シモンがロシウに笑いかける。微笑を返し、手を引いた。
 シモンの手のひらがロシウのペニスを包み、上下に擦り立てた。みるみる、性器が固くそそり立っていく。きっと、見下ろす自分も、シモンと同じように欲情に濡れた顔をしているのだろう。
 やがて、シモンが手を引いた。視線にうながされるまま、ペニスに手を添えて、ロシウはふたたび、シモンの内側へ押し入った。
 中は、ぬるく、濡れている。しっかりと銜え込まれて、ロシウは低い、快感混じりの息を漏らす。
 同じような息をシモンが吐いたのを機に、ロシウは動き出した。
 シモンが両膝をロシウの腰にしっかり回す。
「ロシウ」
 伸びてきた腕が首に絡んで、名を呼ぶ声が甘くなる。
 もっと、とねだられ、腰を激しく動かせば、シモンの声に悦びが混じる。激しくきしむベッドの音を遠くに聞きながら、ロシウはゆっくりシモンを責め続けた。
 抜き差しを繰り返し、強さを変えて腰を打ち付けて、時々、シモンの肌を嬲る。勃ちあがったペニスの雁部分を指で押すようにして撫でると、シモンが悲鳴のような声を上げた。
「俺、も、だめ……」
シモンの目尻に涙がにじむ。語尾がかすれていた。
「いいですよ」
 腰を引いて、シモンが一番、好きな箇所を突くと、あ、と短い一声を上げつつ、シモンが達した。さすがに、先端から放たれたザーメンには、さきほどのような勢いはない。
 まだ息の乱れているシモンは、ロシウの腕に指を添える。締め付けられたのが分かった。ザーメンとオイルで濡れた中で、ゆるやかに腰を動かしていると、シモンが囁いた。
「イけそう?」
「少し、荒くなりますが」
「ん」
 ロシウが深く腰を沈めると、シモンは腰を少し浮かせ、ロシウの動きに合わせて締めてくる。目を閉じ、快感を追うのに専念した。
 自分の吐息は、シモンのそれよりも乱れている。恥ずかしい、と思いつつ、ロシウは本能のままに腰をシモンに打ち付けた。
「ロシウ、気持ちいい?」
「ええ」
 頬を撫でられ、目を開くと、自分の目が潤んでいるのが分かった。かすむ視界の向こうでシモンが笑っている。
 肩を抱かれた。しがみつくようにしてくるシモンに、きつく締めつけられ、ロシウはわななくような息を漏らした。
「シモンさん……!」
 一度目の激しさはなかったが、濃い快感が流れ出していく。
 ロシウの射精が終わると、シモンは、長い息を吐いた。ロシウの背中に回していた腕をゆるゆるとおろして、ベッドにぱたんと投げ出す。
 シモンの膝裏を持って、足を開かせて、ロシウは腰を引いた。ペニスがぬるりと滑るようにして抜ける。
 シモンは立てていた膝を戻して、言った。
「休憩」
 ロシウにも異存はない。床に足を付けて、ベッドに腰掛けると、ティッシュを数枚、取って、股間や腹部を拭う。
「体、拭きますか?」
「めんどくさいからいい」
 言いながら、シモンはロシウの方へ寝返りを打った。骨っぽい肩の尖りに触れたくて、ロシウが指を伸ばすと、シモンは目を細めた。前髪が汗で額に張り付いている。肌も熱い。
「疲れましたか?」
「まだまだ」
 ふっと笑ってロシウは立ち上がると、床に放り投げられていたタオルを取り上げ、腰に巻き付ける。
 シモンの体に、これもまた床の上に落とされていた毛布をかけると、キッチンに行く。たまに寝酒に使う蒸留酒をグラスと共に持って、寝室に戻った。
 シモンは目を閉じている。起こすのもためらわれて、ロシウは静かにベッドに腰を下ろすとグラスに酒を注いだ。
 少しずつ飲んでいると、背後から、ふふっとシモンの笑い声が聞こえた。
「おっさんくせえ」
「幾つだと思ってるんですか」
 シモンは笑顔だけを返して、俺も、と酒をねだった。ロシウが酒を注いでいる間に、シモンはよいしょ、と呟きながら体を起こす
「おっさんくさいですよ」
「もう、おっさんだって」
 肩を回して、関節を鳴らしたシモンは、ロシウから酒を受け取った。
 一口、飲んで、笑顔が大きくなる。
「さすが、大統領。いい酒飲んでるな」
「貰い物ですよ」
 ロシウはグラスを置いて、ベッドに横になった。両腕を頭の後ろに置いて、グラスを傾けているシモンを眺める。
 シモンが視線に気づいたのか、ロシウを見下ろし、ほほえんだ。と、その笑顔が、消える。
 閉じた唇に、どうしたのかと訊ねる前に、シモンが呟いた。
「今、出てきた」
 シモンは腰を浮かした。危なっかしい手元のグラスはロシウが引き受けた。
 四つんばいになったシモンはグラスを持ったロシウの胸元にもたれかかってきた。
「シーツ、汚したかも」
「明日、クリーニングに出します」
 シモンの吐息が胸をくすぐる。ロシウはグラスをベッド横のテーブルに置いた。
「量、多かったな」
「久しぶりでしたので」
 シモンの背中に手を置いて、撫でた。汗が引いて、わずかな湿り気の感じられる肌をなで下ろして、引き締まった尻を両手でつかむと、シモンが身動きした。互いの体に押された性器に、ゆるく快感が生まれる。
 指を忍ばせると、シモンの息が少し乱れた。まだ熱の残る内側をロシウはゆっくりほぐすようにして、広げていく。指がくちゅりと小さな音を立て、シモンがかすかに喘ぐ。
「何日……出してないの」
「覚えてません。禁欲してるんですよ、こういう時のために」
 笑うシモンの体が揺れて、髪の毛の先が顎をくすぐる。顔を動かして、つむじに近づけると、濡れた髪から石鹸と汗の混じった匂いがした。
「待ってた?」
「待っていました」
 シモンを満足させた答えらしい。喉元をシモンが舌で舐める。薄い皮膚を引っ張られるようにして噛まれ、くすぐったさに笑いが漏れた。
 首筋を吸うシモンの唇の感触は心地良いが、この強さと歯を立てているのを考えれば、痕が残るだろう。やめてほしいといえば、面白がって、余計につけるに決まっているので好きにさせた。
 首筋や鎖骨、胸元に唇を当てて、シモンは顔を上げた。
「どうする?」
「お好きなように」
 言うと、足の付け根にやんわりとシモンの指が伸びてきた。指先で転がされ、弄ばれる。腰の辺りにむず痒いような感覚が走った。
「今度は、ゆっくりがいい」
 猫のようにシモンは目を細めた。
「ゆっくりですね」
 シモンを組み敷きながら、ロシウは壁に掛かった時計をちらりと見やった。
 時間は、まだ、充分にあった。


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