貪るような激しいそれでなく、互いを味わうような交わりを体が許す限り、続ける。ゆるやかに兆したままで、抱き合い、睦言を交わす。肌の上で指先を遊ばせて、意味もなく名前を呼び合った。
こんな時間を持てるようになってから、それほど時間は経っていない。まだ慣れきっていない、このぎこちなさも、どこか楽しかった。
幾度か、互いを追いやって、昂りつめて、終わった後は、ぬるい水のような時間にたゆとう。
ロシウはまどろみながら、シモンの指が体に触れるのを感じている。ゆるやかな快楽は、眠りと目覚めの境目にロシウの意識を置いて、それが何とも心地良い。
「眠たそうだな」
シモンの声も遠くから聞こえる。
「そう、ですか?」
「疲れてるんだろ?」
声が上手に出せない。シモンの笑い声が聞こえた後、胸に抱き寄せられた。
「いいこだな」
なにを、と言いかけて、耳元で聞こえる鼓動に気づく。シモンの心臓の音だ。とくんとくんと脈打つその音は、耳を澄ませていると、眠りの方へとロシウを引き込んでいく。
ああ、もうだめだ。眠ってしまえば、シモンに悪戯されるだろうが、これ以上は堪えきれない。あきらめのため息をついて、ロシウは意識を手放した。
――明け方より、少し前に目を覚ますと、今度はシモンがロシウの胸に顔を寄せていた。規則正しいシモンの寝息が肌をくすぐっている。胸に湧き上がるあたたかな感情を、抱きしめるようにして、シモンの体を抱き寄せると、ロシウはもう一度、目を閉じた。
※
音に引かれるように眠りから目覚めた。首を振りながら、頭をもたげ、同時に手を傍らに伸ばす。シモンのぬくもりだけがあった。息を吐いて、耳を澄ませる。眠りから覚めるときに聞こえた水音が響いてきた。
浴室からだ。先に目が覚めたシモンはシャワーを浴びているらしい。体も洗わないまま、眠ったからだろう。
さほど待つこともなく、シモンが戻ってきた。
「起きたか」
バスローブを引っかけただけのシモンの髪から、雫が滴っている。のぞき込むシモンに笑みを返し、ロシウは身を起こし、垂れてきた髪を掻き遣った。
シモンはベッドに腰を下ろし、ロシウの髪をすくった。
「伸びたな」
「そろそろ切ろうかと」
シモンの手のひらに流れる髪を見ながら、ロシウが言うと、シモンは笑んだ。
「じゃ、短い内に、また来る」
髪を引っ張られ、おや、とロシウは意外に思った。
「――短い方が好みですか」
肩下まではあるロシウの髪をいじることが多いから、てっきり、長い方が好きなのだと思っていたのだが。
ロシウの問いに、シモンは、いや、と頬をかいた。
「短い方が、くすぐったくはないんだろうけど」
「くすぐったい?」
「俺が上か、座ってる時はいいんだけどな。他の時がなあ。顔とかに髪、あたってさ」
どういう時の話をしているかは明白だ。
「……結びますから、そういう場合は言って下さい」
ぐいっとロシウの眉間に皺が寄る。集中していないと言われているようで、これは男としては沽券に関わる。
「しらけるだろ。つまんないし」
シモンも顔をしかめた。むうっと互いに近くでにらめっこをする。
「しらける、しらけない、つまる、つまらない、の問題ではないでしょう。お互いが満足できないセックスは、ただの相互自慰に過ぎません」
ロシウの一手。
シモンはロシウの髪を梳きながら、呟いた。
「だって、お前、髪がほどけてると、理性乱れてます、って感じでいやらしいだもん。そういうのがいいんだ。見てると、すっげえ興奮するし――昨日、分かっただろ?」
瞬く間に脳裏に、昨夜の乱れ艶めくシモンの痴態が音声入りで見事に再現された。
ロシウの負けである。ロシウは両手に顔を埋め、喜びと羞恥に真っ赤になる顔を隠した。
シモンは乙女のように身悶えるロシウを眺めながら、バスローブを脱ぎ捨てた。昨日脱いだきりだった衣服を身につけていく。
その間に、どうにか興奮を冷まして、ロシウは起きあがり、シモンが脱いだバスローブを自分が身にまとった。幾分の湿り気と、シモンの体臭がかすかに襟元から漂う。
寝台に腰掛け、マントを肩に留めるシモンを見やった。身支度を調えたシモンはロシウに向き直り、彼に近づく。
ロシウはシモンを見上げ、嘆息した。
「今度は、どちらに?」
訊ねるロシウの髪を手ですくい、シモンは唇にあてた。
「さあな」
「グルメ本、続編を楽しみにしてます」
ははっとシモンは笑って、ロシウの髪を幾分、名残惜しげに指から離した。
「いい子にしてろよ。浮気したら、ねじ切りに来てやる」
「……どっちみち忙しいので、そんな暇ありませんよ」
シモンは満足げにうなずいた。優しく、熱っぽい笑みが唇に浮かぶ。
「愛してるぜ、大統領。いつだって、お前に逢いたくてたまらないよ」
顔が近づいた。別れのそれというには、あまりに濃厚なキスと言葉だった。
濡れた唇をぺろりと舐め、シモンはマントを揺らしながら、遠ざかっていく。
「……やっぱり、聞いてたんじゃありませんか」
それだけ呟いたロシウは、震える手で口元を押さえ、ベッドにどさりと横になった。朝の予定を遅らせて良かった。心の底から思った。
<<<