どこまでもふたり
2



 夕食を食べる間もカミナは機嫌良く、饒舌に、今日の賭場で幾ら儲けたか、自分の勘が冴えがどれだけ素晴らしいかを語った。これは、流れが自分たちにまた戻ってきた証拠だと断言するカミナに、シモンは、いつもの気弱そうな笑顔で応える。
 ただ、普段なら、そうだね、と肯定的な返事もあるのに、今日はやけに歯切れが悪い。うなずきにも力がない。
 お代わりを持ってきてくれたシモンに、カミナは皿を受け取りながら、訊ねる。
「お前、やっぱ、まだ具合悪いんじゃないか?」
「……なんで?」
「俺の話、あんま真面目に聞いてないだろ」
 シモンが勢いよく首を振った。ごまかされない、とカミナは眉間に皺を寄せた。
「聞く気がねえなら、寝てろ」
「ちがうよ。俺、嬉しかったんだ」
「はあ?」
「だってさ、俺が具合悪くても、兄貴は一人でも、他に仲間見つけてでも、仕事、できるのに、俺を待ってて、くれたから」
 カミナはうろたえた。別にそんなつもりだった訳ではない。だいたい、カミナはシモン以外と、盗みを行ったことは一回もない。余計なしがらみが出来るし、裏切られる可能性もある。何より、取り分がごっそりと減るに決まっている。
 何事にも自分を立てて、取り分も主張しない、シモン相手のような都合の良さは、他人と仕事をするときにはないだろう。しかも、盗みが成功するか否かは、ほとんどシモンの腕にかかっており、そのことにシモン自身は気づいていないし、気づかせないようにもしている。
「――俺の相棒はお前だけだってことだよ」
 言葉なら安いものだ。シモンの髪をくしゃくしゃにしながら笑ってごまかす。
 シモンがゆっくり微笑む。頬に、はにかみと喜びがちらついているのを見て、カミナの言葉にも力がこもる。
「これからも、よろしく頼むぜ、兄弟!」
 気をよくしたカミナが肩をこづくと、シモンがよろけつつも、うなずいた。
 このか細い躯の少年が持つ穴掘りの技術がどれだけ優れているか。今ではカミナも充分、承知だ。
 盗みを生業とするような者なら、手元に置いていて益こそあれ、損はないと踏むはずだった。下手に誰かと組んで、シモンの技術の冴えに気づかれでもしたら困る。義理堅い者ならば、シモンにそれ相応の分け前を与えるだろうし、そうなった時、シモンは今までの待遇に不満を持つかもしれない。それだけならまだしも、自分の才能を正当に評価してもらうべく、カミナの元を去り、他の者と組むことだってある。これだけは避けたかった。
「どこかに目星、つけとくからよ。また、お前のドリルで穴掘り、頼むぜ」
 浮かれたように言うカミナに、シモンが、ためらいがちではあるが、うなずく。以前なら力強い、とまでは言えずとも、歯切れの良い返事が返ってきたが、今日は久しぶりの料理と掃除で疲れているのだろう。
 カミナは、次のお代わりは自分で取りに行った。シモンがまだ食欲が戻らないからと残した分も含めて、シチューを四杯、カミナは食べて、満腹の腹を抱えて、部屋に引っこむことにした。
 汚れた食器を流しに運んだシモンは、洗い物をすると思いきや、戸棚からミルを取り出す。カミナが買ってきたコーヒー豆も袋ごと取り出す。後かたづけはコーヒーで一服してから、ということだろう。
 シモンは銅製の小さなポットに水を入れている。火に掛けると、豆の包装を開いた。きゅっと音がしそうなほどに、シモンは眼を細め、唇をほころばせた。見ているこちらまで、コーヒー豆の香ばしい、底に苦みが感じられるような匂いが漂ってくるようだ。
 コーヒーの味を好まないカミナと対照的に、シモンはコーヒーが大好きで、一杯一杯を呆れるほど丁寧に作る。
 豆を匙ですくっていたシモンは、こちらを見ているカミナに気づいたらしく、ふと首をかしげた。
「兄貴も、飲む?」
「いらねえ」
 だよね、と言いたげにシモンはうなずいて、ミルに豆を入れた。
 砂糖とミルクを大量にぶち込んだのならカミナも飲めないことはないが、それはコーヒーをそのままで飲むシモンの前では、ばつが悪い。あんな苦い、まずいものが飲めるのに、酒は飲めないとは不思議だが、シモンは酒の方が舌に馴染まない、という。
 シモンが豆を挽き出すと、台所にはさらに香りが溢れた。口の中に苦みが湧いたようで、カミナは早々に、台所を立ち去った。

 部屋に戻って、ラジオのスイッチをひねる。ちょうど、最近、流行っている恋歌が流れ出したので、ダイヤルを回さず、そのままにしておく。鼻歌だけのつもりが、気分の良さから、ついつい、口ずさんだ。
 ――君はさよならと言って僕をひとり残し、行ってしまった。僕はひとりぼっち。隣には誰もいない……。
 歌詞のように、めそめそと哀しく歌う心境ではまったくないカミナは、明るい声で、唄を口ずさみ、ベッドにごろりと横になった。足を上げて、靴ひもをほどく。靴の後ろ革の部分をすりあわせるようにして、半分脱いでから、ベッドの外へ足を出し、靴を放る。勢いよく飛んだ靴は壁や机に当たって、ごとりと床に落ちたが、構うことなく、片手を伸ばし、枕元の電灯を点けた。
 大きなあくびが一つ出た。頬を枕にひっつけると、汗と脂の臭いが染みついていたはずのそれも、今は石鹸と太陽の混じり合う、乾いたいい匂いがした。手に触れるシーツもくたびれて、湿った感触ではない。
 ベッドの上で、手足を伸ばし、カミナはまたこみ上げてくるあくびを噛み殺した。満腹感からくる眠気は、じつに心地いい。その中で考えるのは、次の盗みのことだ。
 また、街をぶらつきにいって、盗みに入るに良さそうな店を探そう。こんなご時世に、金や宝石をもっている輩は、だいたい、保険もしっかりかけているから、少々、盗られたところで何の痛痒もないはずだ。
 そういえば、チミルフ大通りに、質屋が新しく出来ていた。なかなかに儲かっているというから、様子見がてら行ってもいいだろう。
 もっとも、カミナが狙うのは宝石か現金だけだ。美術品や工芸品は、持ち運びにも手間がいるし、売りさばくにしても特殊な経路がいるので、その方に伝手がないと足が着きやすいが、現金はそれだけで、そのまま使えるし、新札を避けていれば、後腐れがない。
 宝石も名の知れたものなどではなく、ごくありきたりの、だが、上質な宝飾品を狙う。これくらいなら売りさばくにも都合が良いし、賭金代わりに使える。小さいものは、飲み屋や娼家の女たちに、心付け代わりとして渡せば、待遇もうんと良くなる。
 このところ、今までの蓄えを細々切り崩すばかりで、飲みに行っても女たちの愛想は表面ばかりのそれだったが、なに、次、行くときこそは。
 女に取り囲まれ、何くれと世話を焼かれ、ちやほやされる姿を想像し、にんまりと笑みが浮かんだ。
 歌のコーナーは終わったのか、ラジオからは男と女のだらだらとした会話ばかりが流れている。ダイヤルを回し、音楽を流す局を探したが、どこも会話中心の時間帯のようだ。音量だけを下げて、適当な局に合わせておく。
 寝酒でもやろうか。
 ベッド横の小テーブルに置いてある数本の酒瓶を取り、振って、中身を確かめた。赤い葡萄酒の瓶だけが、ちゃぽんと音を立てた。
 コルクの栓を親指ではじく。半身をひねって、身を起こし、自堕落な姿勢で酒瓶に直接、口をつける。今から、酒場に行くのも面倒だが、今日のような日は、体に興奮が溜まって、熱を持つ。女を買う位の金はあるから、出かけようか。それとも、家で飲むことにして、一人で擦るか。そちらの方が後腐れもないし、手軽だ。
 壁に貼り付けているポスターを眺めた。胸と臀が豊かで、腰は蜂のようにくびれた女が、わずかな布で胸の先端を隠し、こちらに向けて腰を捻りながら臀を突き出している。割れ目に食い込むような形の紐ビキニだが、ポスター全体がくすんで、端も黄ばみ、めくれかけている。唇だけが、いやにどぎつい赤色を保ったままだった。
 机の引き出しには、ピンナップが何枚かと古いが気に入っている写真集とポルノ雑誌が三冊ほど。どうせなら、そっちで抜くかとカミナは酒瓶を床に置いて、起きあがった。
 靴を履くのも面倒なので、素足で立とうとしたところで、部屋の扉がノックされる。もちろん、相手はシモンしかいないので、入るようにうながす。
 立て付けの悪い扉が、蝶番と扉上部をきしませながら開いた。枕元の小さな電灯だけが光源で、部屋の四隅には闇が濃いから、細長く、暗い隙間から、のぞくシモンの顔は、いっそうほの白い。
「兄貴……」
 まだドアノブに手をかけたまま、シモンはもじもじした様子で、部屋に入ってこない。
 なんだ、といぶかしげに見やるカミナの視線にうつむいて、シモンは細い声で呟いた。
「体、洗ってきたから……今日、夜、大丈夫……」
 きょとんとしたカミナは、すぐにシモンの恥ずかしそうな様子で、何を言っているかを悟った。
「――おう」
 手招きすると、シモンが羞恥の宿るぎくしゃくした足運びで、部屋に入ってくる。
 それもそのはず、シモンと体を重ねるのは、久しぶりだ。それに、向こうからせがんでくるのも、めずらしい。もしかしたら、初めてではないだろうか。
 ともかく、これで自慰もせずに済んだし、シモンも回復したという証明も果たされた。カミナには何の不満もない。
 カミナは床に足を付けて、シャツを脱いだ。
 報酬目当てに用心棒もするから筋肉もそれほど、落ちていないし、女たちの賞賛ほしさに体型の維持には気を遣っているから、おどおどと立つシモンの腕をひっつかんで、自分の方へ引き寄せる位、たやすい。
 手首の細さにも驚いたが、抱き寄せた体が骨張っているのに戸惑った。肩胛骨や腰骨、肩の骨の尖りがよく分かる。シモンが具合を悪くしてからは、一方的な奉仕はあったが、抱くために触れたことはなかったから、知らなかった。
 いつの間に、こんなに痩せていたのだろう。家の中に籠もりがちだったために、肌が白い。そのくせ、どこか蛇の腹のようなぬめるような色を帯びているのは、欲情のためか。
 以前ならふっくらしていた頬も、今は細くなって、顎の尖りと色の白さが目立つ。大人びた、というよりも窶れて、それが不思議に翳りのある艶気をたたえている。
 止めた方がいいか、との考えがちらりと浮かんだが、欲情は止められなかった。
 服を脱がせようとするカミナの手に、シモンが手を置く。
「待って」
 シモンが首に掛けていた革ひもを外した。ひもの先にぶら下がる緑の貴石の填った銀の指輪にカミナは苦笑する。
「お前、まだ持ってんのか、それ」
「うん」
 シモンは指輪を、ベッド横の酒瓶が林立する小テーブルの上に大切そうに置いた。
 地上に出てきて、割と早い内に、とある店に忍び込んだ際の獲物の一つだ。
小遣い代わりのつもりで与えたのだが、シモンは換金もせず、かといって身につけるには、指輪が大きすぎるといって、革ひもに通し、常に身につけている。
 この指輪を手に入れた盗みは、結果的には失敗だったから、眼にするたび、土下座を繰り返し、戦利品をぶんどられ、拘禁までされた苦い思い出が蘇る。ただ、一度、やった以上、指輪はシモンのものだし、あれだけ大切にしている様子を見れば、カミナには、どうすることもできない。もっとも、シモンならいざというとき、質草にと差し出してはくれるだろうが。
 シャツのボタンを外すシモンの指は、カミナを誘うかのようにゆっくりだ。
 気が急いてきて、カミナはまだ服を脱ぎ終えていないシモンを、こちらに引き寄せた。それなりにいいものを喰わせてやっているのに、背があまり伸びないシモンは、カミナが腰掛けていようと、目線はそれほど違わない。
 おずおずと、シモンがカミナの肩に手を置く。もの言いたげなシモンの唇は体の細さとは違い、明かりを右にしたせいか陰影がついて、啄めば、さぞ柔らかろうと思わせるほどに、ふっくらして見える。
 普段から、頭を撫でたり、肩を抱いたりと接触は多いし、こうして、体を重ね合いもするが、唇同士を触れ合わせたことはなかった。さすがに、初めての口づけが男相手では哀れだろう。感傷的とも思えるが、これは弟分を思いやるカミナの正直な気持ちだ。まあ、いまのシモンならば、女と口づけを交わすのも、相当、先の話だろう。
 見つめ合うなどという甘ったるい時間は面倒なので、早速、腹の下に引っ張り込もうとすると、シモンがやんわり拒んだ。
「俺には、あんまり、触らなくていい……」
「ん?」
 シモンは床に膝をついた。
「舐めてくれんのか?」
 シモンがうなずいたので、カミナは任せた。
 足を開くと、シモンが身を入れてくる。久しぶりだからなのか、指がおぼつかない。カミナは自分でボタンを外し、前をくつろげた。下着からペニスを引き出そうとすると、シモンも手を伸ばしてきたので、指が触れ合った。
 シモンが一瞬、はっとしたように指を引き、自らのその仕草に、兄貴が戸惑ったりしていないだろうかと言わんばかりの怯えたような眼で、見上げてきた。
 なんとはなし、胸をつかれて、額を軽くこつんと拳で撲つ。ふっと笑ったシモンが目を伏せる。
 唇が開いて、舌先がかるく亀頭に触れた。根本を支えた指はやわやわと竿を撫でる。
 はあっとカミナは息を吐き出して、目を閉じた。
 シモンとのセックスは楽だ。誘えば断られないし、むしろ、求められることが嬉しいらしく、少し無理かと思う注文も嫌がらない。口淫も、商売女などよりはよほど丁寧に、熱心にほどこしてくれる。
 今日などは、いつも以上に熱心に舐めてくるようだ。手もおざなりにはされず、陰嚢を揉んだり、軽く引っ張ったりと、まめに動く。
 久しぶりの口淫に、ペニスはたちまち膨れあがり、血管が浮き上がる。鈴口からは、先走りがじくじく流れ出して、亀頭を濡らした。
 雁を舌先で辿っていたシモンは、はあ、とため息を漏らし、一度、唇をペニスから離した。
「……兄貴、一回、出す?」
「ああ」
 目を閉じて、快感に耽っていたカミナは、ふたたび顔を伏せたシモンに無意識に手を伸ばし、耳にかかる髪を撫でた。舌先で鈴口を舐められながらも、唇で吸われた。ちょうど唇が雁にひっかかる形になり、カミナは低く呻く。
「――出すぞ」
 囁き終えたかと思うと、カミナはシモンの口に吐精した。びゅくびゅくと脈打つように精液が放たれていくのが分かる。量が多いのは、ここ数日、自慰をしていなかったからだろう。カミナが長い息を吐いていると、被さるようにシモンが小さく喘いだ。
「ふ……あっ」
 息苦しかったのだろうか。嬌声めいたようにも聞こえるその声に、背筋にちりりと欲情の痺れが走る。手を伸ばして、枕元のティッシュペーパーを数枚、取ると、シモンに差し出した。
 口淫の後は、大体、吐き出させる。さすがに弟分にそこまで望みはしないし、飲ませることに満足感を覚える訳でもない。
 受け取ったシモンは口は拭ったが、吐き出したりはしなかった。それどころか、喉が動く。
「おまえ、飲んだのか」
「……うん」
「そこまでしなくても――」
 言いかけて、カミナは止めた。きっと具合が悪い間、相手が出来なかったことを気にしているのだろう。
「ベッド、上がれ」
 シモンはうなずいて、まだ履いたままだったズボンを脱いだ。カミナもズボンを下着ごと脱いで、ベッドの下に放る。
 シモンがベッドに上がる前に、電灯に手を伸ばした。見るともなしに、カミナはシモンの裸体を目にした。成長の兆しはあまり、見あたらない。背は幾らか伸びたようだが、顔立ちにも、まだ幼さが残っている。多少は毛も生えてきたようだが、幼児めいたつるんとした下腹部と薄いピンク色の性器は、男のものというには、性の匂いにとぼしく、それがかえって背徳感を呼んで、幼児愛好者といった嗜好はないが、興奮する。
 明かりが消えて、暗闇に目が慣れない中、音がやけに生々しく響き出す。ベッドのきしむ音に混じるシモンの息づかいと衣擦れの音が、艶めかしさすらともない、カミナを刺激する。嗅覚も敏感になったのか、シモンの甘酸っぱく、どこか懐かしさにかられる体臭が、こちらの鼻をくすぐる。少し生臭さが混じっているのは、さきほど放った精液が、臭い出したからだろう。
 昔、地下の村にいた頃は、視角に頼るよりも、匂いや音、気配が人を見分けるのに使う手段だった。電気があったとはいっても、村全体を照らし出せるわけも無く、ことに村長と啀み合っていたカミナにとって、自分の姿を見られるのは、あまり都合は良くなかった。
 電気に照らされた影と影の間をこそこそ移動していたのを思い出す。そういえば、地上に出てきても、商売柄、似たようなものだ。
 ふと込み上げた侘びしさを振り払うように、カミナは横たわったシモンの膝を広げた。
「兄貴、俺、自分でするよ」
「いい」
 起きあがろうとするシモンの胸を押さえ、カミナはベッドサイドに左手を伸ばした。酒瓶の間を探る。二本ほど、床に落ちたが、構わず、目当てのものを探し出した。
 蓋を弾くようにして、開く。右の手のひらにチューブの中身を出す。手のひらで中身を温めて伸ばしてから、後孔に触れた。最初は周囲に塗り広げるようにして、指を段々奥へと忍び込ませていく。
 シモンの息が異物感からか荒くなり始めた。久しぶりの感覚に体も強張っている。しょうがねえなとカミナは、指を抜いて、ペニスと後孔の間や玉を柔らかく押し揉んで、シモンをしばらく喘がせてやった。
「そろそろ、入れるぞ」
 乱れる息の合間に、シモンが、わかった、と返事を返す。かすれがちな声は、こんなときに聞くからか、色っぽくなくもない。
 開いた足の間に、自分の腰を入れようとして、左太腿の付け根あたりに指が触れた。
 何かが指先に当たる。軽く押してみた。皮膚一枚下に、しこりがある。カミナの親指大ほどの大きさのようだ。気になって、愛撫の途中だが、ぐりぐりと押していると、シモンが膝を閉じようとする。
「ああ、わりい」
「後ろ、向くから」
「そのままでいい」
 肩を押さえて、カミナは閉じかけた膝を開かせる。膝裏を持ったときにも、似たような感触があった。なんだ、と疑問が浮かぶが、そんなことを気にしても仕方ないので、ペニスを片手で持って、後孔に押しつける。
 腰を沈めていくと、ぐちり、と鈍い音を立てながら、ペニスが呑み込まれていく。
「あっ……くっ」
 シモンが声を喉の奥で噛み殺す。びくびくと、喉が震える。
 まだ苦痛の方が大きいようだ。枕の横に転がしていたチューブをもう一度、手にとって、手のひらに中身を出すと、温めて馴染ませる。濡れた指先で、シモンのペニスを擦り上げて、亀頭をくりくりと揉むようにしてやる。
 唇から漏れる吐息に、甘い声が混じる。しばらく擦ってやり、余分な力を抜かせてから、カミナは腰を引いた。シモンに挿入していたペニスを半ば、引き抜き、手のひらに残っていた軟膏を塗りつけた。
「入れ直すぞ」
 幾分、語気が荒くなったのは、自分で擦った刺激で、昂ぶってきたためだ。
 うん、とかすれ声で、シモンが呟く。
 雁の部分で引っかかっていたので、再度、腰を押しつける。久しぶりだから、中の締めつけが痛いくらいだ。根本までずぶずぶと押し入れて、シモンが呼吸を整えるのを少し待っていたが、我慢出来なくなった。
「動かすぜ」
 シモンが目を閉じたまま、こくりとうなずくのが見える。堪えきれず、カミナは腰を動かした。最初に射精していたから、思うよりは長く持ったはずだ。
 後始末の手間を考えて、外で出すのが暗黙の了解になっていたが、今日は無理だった。堪えきれずに、中に熱を迸らせる。締めつけられながらの射精の快感はたまらないものがあった。
 満足の息と声を漏らしていたカミナは、シモンの身動きに気づいて、慌てて、悪いなと耳打ちしたが、力ない声で、うん、と返事が返ってきただけだ。
 無理をさせたかとペニスを抜こうとすると、今しがた自分が出した精液が濡れた音を立てた。塗りつけた軟膏も混じってか、中もぬめって、さきほどとはまた違う具合の良さだった。
 カミナは下唇を舐め、途切れがちのかすれ声で聞いた。
「シモン、もっかい、いいか」
「いいよ……」
 シモンが大きく息を吐き出し、膝をさらに開く。衣擦れの音とともに、膝の下のシーツが引っ張られる感触があった。シモンがシーツを握ったので、そちらに皺が寄ったのだろう。
「わりい、すぐ終わらせるからな」
 腰を揺らして、入れたままのペニスに刺激を与えながら言う。はっはっと短い間隔の息を吐くシモンの返事は聞こえなかったが、いいと言ったに決まっている。
 最初よりは余裕があるので、カミナはシモンが悦ぶであろう箇所を堅くなってきたペニスの先で突いて、擦ってやった。
「あ……」
 シモンが喉を見せる。わずかな身動きがそのままカミナへの締めつけになった。口元をだらしなく開き、カミナは腰を動かす。ベッドが大きくきしみ、ぎしぎしと揺れる音をどこか遠くに聞きながら、絶頂を目指して、腰を打ち付け続けた。
 二度目も、シモンの中に射精したが、一度も二度も同じようなものだ。
 ペニスをシモンから抜いてしまうと、すっきりとした開放感と、もうこれ以上何もしたくない倦怠感とが同時に襲ってきて、カミナはあくびしながら、ベッドに寝転がる。
 シモンは起き上がって、ベッドの端で足の間をぬぐっていたが、よろよろと立ち上がった。二回も中に出したから、拭うだけでは追いつかず、溢れてしまうのだろう。
 バスルームへ向かうらしいシモンは、床に落ちた服を取り上げて羽織ろうとした。
 カミナが枕元の明かりをつけると、シモンが取り上げたのはカミナが部屋着に落とした色褪せ、着慣れて柔らかくなったシャツだった。ベッドの上に畳んで戻そうとするシモンに手を振る。
「いい。着とけ」
 シモンは少し、迷うような様子を見せていたが、ぶるりと体を震わせたかと思うと、ごめん、と一言、残して、カミナのシャツを羽織り、急ぎ足で部屋を出て行った。細い、筋張った足に、自分が吐き出した精の名残を見るのは、どこか征服欲が刺激されて、シモンの大変さを思いながらも、満足感がある。
 シモンが部屋に来る前に、口を付けていた葡萄酒の瓶を取り上げ、カミナは一息に飲み干した。寝転がった姿勢のためか、ゲップが出た。
 うとうとしていると、体を洗い流したらしいシモンが戻ってきた。石鹸の匂いが漂う。
 もう寝たのかを確かめるように、のぞき込んできたシモンの腕を引っ張って、ベッドにあげる。
「兄貴、お酒飲んだ?」
 カミナは生返事を返し、シモンの髪を撫でた。湯気のこもるバスルームにいたからか、湿り気がある。腕の中のシモンが力を抜いた。
 痩せたからだろうか。触れていても骨っぽさがあって、今日は興ざめ気味ではあった。太らせねえとなあとシモンの腰を撫でながら思う。
 胸元でシモンの頭が動き、髪が肌をくすぐった。
「あにき?」
 ああ、催促したように思われたか。気怠さの中で、カミナは、なんでもねえと呟いた。
 もう一度、抱いてもいいかとも思ったのだが、相手は病み上がりのシモンだ。無理させて、また体調を崩されては元も子もない。
「今日は、もういい」
 起きあがりかけた頭を押さえた。
「うん……」
 シモンの吐息が胸を撫でていく。そのままカミナは目を閉じた。心地よい疲れと満足感は、すぐに眠りを呼んだ。シモンが一、二度、頭を動かしたようだが、眠りを妨げられはしなかった。
 夜中、目を覚ましたら、シモンは隣にいなかった。共寝した後は、だるさもあって、大抵、お互い、ひっつき合って朝まで寝ているのだが。
 味気ない思いを潰すように、ごろりと寝返りを打って、カミナはあくびに近いため息を一つすると、また目を閉じた。
 いつのまに、消されていたのか、ラジオの音はもう聞こえなかった。


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