おべんとうのじかんです
昼食時、木陰の下に敷かれた赤い炎のような模様がプリントされたビニールシートの上にシモンが広げたのは、四段重ねの大きな大きな重箱だった。
一段目と二段目にはぎっしりとおにぎりが詰められ、三段目と四段目には卵焼き、ウィナー唐揚げ、プチトマト、ポテトサラダ、煮物、といったおかずが、それに別の容器に入ったサンドイッチと果物。幼稚園児二人に大人二人、プラス一人の少年が食べる量としては、格段に多い。多いのだが、すでにシモンとカミナの食事量を知っているロシウには、別に不思議ではない。この二人は、冗談かと思うほどに、よく食べる。とくにシモン。冗談抜きで、シモンの食べっぷりは見事だ。
ということで、大家族ならさもあろうという量には動じず、ロシウは弁当箱を広げるシモンを手伝った。
ちなみに、カミナは、先生とばいばいをして、戻ってきたギミーとダリーが、父親を見つけるなり、あぐらをかいたその膝の上によじのぼり、右と左に陣取ってしまっているので、身動きが取れない。
お父さんが大変だから誰か一人、こっちにおいでとシモンが手を伸ばしたが、ギミーとダリーは揃って首を振る。
「ま、いいだろ」
カミナが目を細めて、二人の頭を撫でる。シモンも諦めて、おしぼりをカミナに渡した。カミナはギミーとダリーの手をそれで丁寧にぬぐっている。ロシウもシモンから手渡されたおしぼりで手をぬぐった。
軽くて薄いカラフルなプラスチックの皿と箸が渡される。
ギミーが身を乗り出さんばかりに、重箱を眺め、うまそおーとはしゃぐ。
「おれ、おにぎりー。こんぶの。あとねあとね、いっぱい!」
ギミーにおにぎりとたまごやき、唐揚げ、ウィンナーを取ってやると、シモンはダリーをうながした。
「ダリーは?」
ダリーはじいっと広げられた重箱を見ている。シモンは別に急かすこともなく、ダリーが選ぶのを待っている。
「……サンドイッチ。卵の。たこさんも」
シモンはサンドイッチとウィンナーを皿に載せて、ダリーに手渡した。
「ロシウもしっかり食えよ」
「は、はい。いただきます」
シモンの手料理を食べるのは初めてではないが、何度、経験しても嬉しい。
嬉しいのだが、今日は、あれだった。カミナがいるのだ。
「兄貴は、どれ?」
「たらこ」
シモンはたらこのおにぎりを取ると、当たり前のように、あーんと言った。
こちらも当たり前のように、大きく口を開いたカミナ。ギミーとダリーが食べやすいように握ったらしく、小振りだ。カミナは一口で頬張ってしまうと、もぐもぐと口を上下させる。
「うん、うめぇ!」
おにぎりを呑み込んだカミナが全開の笑顔で讃えると、シモンは嬉しげに笑み返した。
自制心、自制心と呟きながら、ロシウは卵焼きを口に入れた。しっとりふんわりした卵の感触が舌を楽しませる。
味わっていると、シモンの真似をしたくなったのか、ギミーがカミナの腕を引っ張った。
「あーん」
ギミーが唐揚げをカミナの口に近づける。カミナが口を開いて、唐揚げを食べると、うめえ、と言って、ギミーの頭を撫でた。
「ありがとな」
ギミーが、へへ、と照れくさそうに笑う。
ダリーは、というと、一個しかないウィンナーを見て、きゅっと眉間に皺を寄せた。あーんして父親に食べさせたい、でも一個しかないし、というジレンマに苦しんでいるようだった。
ロシウはシモンが、何かするかと思ったのだが、シモンは何もせず、おにぎりを食べながらダリーを見ているだけだ。なので、ロシウも様子を見ていた。
やがてダリーはカミナの腕をつついた。
「ん?」
「あーん……」
「お、ダリーもか」
カミナは嬉しそうに顔をくしゃくしゃにして、口を開けた。たこさんウィンナーを父親の口に放り込んだダリーは、頭を撫でてもらい、うつむきながらも嬉しそうに笑う。シモンはそこで初めて、動いた。カミナにつまようじに刺したウィンナーを渡す。
「ダリー、父ちゃんからお返しだ。あーん」
ダリーが口を開く。
「うまいか?」
「うん」
ウィンナーを食べたダリーの片頬がぷっくりと膨らんでいる。唇もほころんでいた。
「俺も、あーん、して!」
羨ましげに見ていたギミーがねだる。
「ほい」
シモンに取ってもらった唐揚げを、カミナはギミーに食べさせてやり、上機嫌で二人の頭を撫でた。
「ようし、いっぱい食え! でっかくなれよ!」
ロシウは自分の口元に笑みが浮かんでいるのに気づいた。シモンもにこにこ笑っていたが、ロシウの方を向いた。
「ロシウ」
シモンの箸には、ウィンナーが挟まれている。まさか、と思った。
「あーん」
ロシウが素直になるには、人目がやや多すぎた。
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