運動会
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おうちでも、まだまだみんなうんどうかい

 結局、ダリーとギミーのいる赤組の優勝はなかったが、運動会に参加した園児全員に、メダルが与えられた。ぴかぴかの金メダルで、深い緑色に赤い線が入った紐に通されている、なかなか立派なものだ。金メッキではあるが、これをもらった園児たち、とくに初めての運動会だった年少組の興奮ぶりは、すさまじく、喜びのおたけびというか奇声が、園内には轟いた。
 ダリーとギミーも、もちろん、喜んだ。メダルを首にかけたまま帰宅したのはいいが、よっぽど気に入ったのか、家に戻っても首から外そうとしない。
 汗や埃、砂などで汚れた体操服を着替えさせるのに、邪魔なので、カミナとシモンが着替える間だけでも、と言い聞かせてもきかない。
 初めての運動会の楽しさに、よほど興奮しているらしく、ロシウにもらったお菓子の一つを食べながら、もう一度、おゆうぎを繰り返したり、二人でかけっこをするのだといって、アパートの庭で転がり回ったり、表彰式ごっこをしたりと、いっかな落ち着かなかった。
 おもちゃ箱をひっくり返し、人形やロボット、ぬいぐるみも参加させての運動会が始まったとき、二人に付き合っていたカミナがついに音を上げた。
「こら、お前ら、五時半起きだろが。眠くなんねえのか」
 ギミーが、ねむくなーいといいながら、ダリーの持っている、目つきは悪いがお気に入りである黒いぬいぐるみを引っ張った。それをさせまいと、しっかり押さえるダリーの顔にも眠たげな様子はない。
 カミナはギミーを掴まえて、膝の上に抱いたが、ギミーはすぐに立ち上がってしまう。
 こりゃだめだとばかりに、カミナがため息をつく。
 庭に干していた洗濯物を取り込んでいたシモンが、両手に乾いた衣類やタオルを抱えて、戻ってきた。カミナの呆れた様子に、笑みを浮かべる。
「お風呂に入ったら、すぐ寝ちゃうよ」
「まあな」
 カミナが洗濯物の山を半分、受け取ったところで、滅多に、大声を上げないダリーがギミーがかけてきたちょっかいに、きゃあっと笑うような声を上げた。二人がごろごろと床の上を絡まりながら回り、壁にぶつかって、けらけら笑い出したので、カミナとシモンは顔を見合わせた。
 これは、尋常ではない興奮ぶりというか、テンションである。
「……風呂、早めに入れるか」
「うん」
 というわけで、湯船に湯を張り、日が暮れるのが早くなっているはいえ、いつもよりも、数時間早く、ギミーとダリーは風呂に入れられることとなった。子どもというものは水(高温低温問わず)につけると弱る、というのが、子育てに使われる公式だ。
 シモンは、夕食時にまず、ダリー、ついで、お茶碗のご飯を食い意地で平らげてからギミーが沈没、という予想を立てていたのだが、その見通しは甘かったらしい。
 風呂から聞こえるカミナと双子たちの声を聞きながら、夕食のミートボール入りのナポリタン(上記の水責めに、炭水化物摂取を加えると、さらなる効果が見込めるため)の仕上げに取りかかっていたシモンだったが、風呂からの叫び声に、茹でる前のスパゲッティを取り落としそうになった。
「シモーン!」
 風呂場から聞こえたカミナの声に、シモンは湯を沸かすために付けていたコンロの火を消し、脱衣所に入った。
 風呂場の引き戸を開いて、思わず、吹き出した。
 洗髪まで終わって、遊んでいたらしいダリーはカミナの背中で、洗髪途中のギミーはカミナの腕の中で、力尽きたらしく、ぐっすり眠っている。
 よりかかるダリーを右手で、泡だらけのギミーは左手で支え、カミナは情けない顔をしている。
「ったく、こいつらは……」
「もたなかったね」
 シモンはカミナの背中にぺったり張りついているダリーを抱き上げた。手に持っている黄色と赤の水遊び用のスコップを取って、床に置く。濡れた体は、まだあたたかいが、急いでタオルでくるんで、体をぬぐう。
 パンツをはかせ、赤と白のギンガムチェックのパジャマを着せても、ダリーは、ふにゃふにゃ呟くだけで、目を覚まそうとはしない。
 寝室にしている和室に、布団を二枚敷く。広くはないので、親子四人、一本多い川の字で寝ているので、敷き布団二枚に、掛け布団は四枚、枕も四つだ。子供用の枕と布団はカミナとシモンのものよりは、ずっと小さい。ダリーを彼女の布団に横にして、この季節、朝晩は涼しいので、寒くないよう肩まで布団をかける。
 シモンはタオルを戻しに浴室に戻った。ギミーの頭を洗い流したカミナが、ちょうど上がってくるところだった。ギミーは口をぽかんと開き、気持ちよさそうに眠っている。
カミナはギミーの頭をちょいと揺らした。
「ギミーは、寝てる時のが、頭、洗いやすいな」
 流れる泡が顔にかかるのを嫌がるギミーは、毎回、シモンとカミナの手を焼かせるのだが、今日は眠っていた分、楽だったようだ。
 タオル越しにギミーを受け取り、シモンは体を拭きながら、和室へと急いだ。ギミーにも起きる気配はない。ダリーとは色違いの青と白のギンガムチェックのパジャマを着せていると、素っ裸のカミナが横にしゃがみこんだ。ダリーの頬をつついている。
 ギミーを布団に入れると、同じように頬をつまんでいたが、二人には揃って、何の反応もない。規則正しい寝息が返ってくるだけだ。
「こりゃ、明日まで起きねえな」
「そうだね。――兄貴、お風呂、入り直してきたら?」
 体、冷えてるとシモンが肩に触れて言うと、カミナはうなずいた。シモンの顔を覗き込みながら、にやっと笑う。
「久しぶりに、一緒に入るか?」
 シモンは頬を染めながら、目を逸らした。
「夕飯の支度、あるから、いいよ」
「いまさら、恥ずかしがってどうすんだ」
 カミナが肩に手を回して言うが、シモンはうんと言わない。間近にある羞恥に淡く染まる顔を見ている内、カミナは堪えきれなくなった。そもそも、二人きりでゆっくり出来ることなんて、子どもが出来てしまえば、滅多にはないのである。
「おっし! 風呂入りたくなるような気にさせてやるぜ」
「何、言って、ちょっ……!」
 布団の上に引き倒されてシモンは、焦った。視界に電灯が見えたが、すぐにカミナの顔に遮られる。唇を少し歪めるようにする笑い方に、情欲が滲んでいる。
「だ、だめだって」
 シモンが手をあげて、寄せられるカミナの顔をやんわり拒む。その手を取り、指先や手のひらに口づけながら、カミナは笑った。
「起きねえよ」
「ひゃ」
 れろりと手首の内側を肘に向かって舐められて、シモンは声を上げ、慌てて、口を押さえる。
 カミナは首筋に顔を寄せ、息を吹きかけながら、肌を吸った。冷えた体にシモンの体のぬくもりは、心地いい。
 シャツの裾をめくりあげて、臍の横に唇を当てると、シモンの体がびくんと震えた。舌で舐めるようにしながら、上へ向かって口づけていく。
「あ、兄貴ぃ……」
 声に混じりだした甘い響きに、カミナは気をよくして、淡いピンク色の乳首に軽く歯を立てる。シモンが鼻にかかるような声を上げた。
「やっぱ、ここは俺のもんだ。なあ、シモン?」
 ちゅうっと吸い上げ、左の乳首は指で先をつまみ、引っ張り上げる。
 子ども二人とも、時折、添い寝しているシモンの胸をさぐっては、顔を埋めているのをカミナは知っている。からかいもこめて言うと、シモンは何も言わず、顔を背けた。目尻がほんのり赤く染まっている。
 シモンを初めて抱いた日、その日から終始、腕の中から離さず、離れることも許さず、三日間を過ごしたのだが、そのとき、シモンが欲情すると目尻あたりが、うっすら赤くなるのを知った。顔を近づけなければ気づかないこのしるしを目にするたび、カミナは意味を知るのは、自分だけなのだという深い満足感を覚える。
 目尻の紅よりも、もう少し甘い色の乳輪を舌で舐め、乳首を歯の裏で擦ると、シモンが震え声で抗ってきた。
「だ、だめ」
「聞こえねえなあ」
 弱々しく肩を押す手は、カミナの愛撫のたびに、震え、肩を握りしめてくる。手をジーンズのウェスト部分にかけようとしたところで、シモンが哀願の響きを帯びた声で訴えた。
「……お風呂、一緒に入るから……許して」
 カミナはぴたりと動きを止めた。
 妙な熱を孕んでいるような沈黙が怖ろしく、シモンはカミナの顔を見上げた。
「あにき?」
「――おっしゃ、風呂場でヤるぞ、シモン!」
 がばりと身を起こし、カミナはシモンを抱き上げた。
「一緒に入るだけだって!」
「夫婦二人で風呂っていったら、エッチしかないだろうがあ!」
「そんな訳ないだろ!」
「あるんだ! 信じろ!」
「意味、わかんないよお、兄貴!」


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