「鬼リーダーの居ない間に」
「あれこれ着せましょう、です」
「着せ替えは、乙女のお楽しみ、ってね」
リーロン、ニア、ヨーコは、きゃっきゃっと三人で、用意された膨大な数の衣装をためつすがめつしている。
「これ、結構、セクシーじゃない?」
ヨーコはウエスタンスタイルを模したらしい衣装をハンガーごと持ち上げた。
「ほんと」
のぞき込んだリーロンがうなずく。ニアも、まあ、とため息をついた。
フリンジの付いたシャツはともかく、下はかつてのヨーコが履いていたのと同じ、ホットパンツもかくや、という丈の短さだ。これに、カウボーイブーツ、カウボーイハット、ガンベルトといった小道具も付いている。
「そんな路線なら、こっちもいいんじゃないかしら?」
リーロンは、革製のボンテージと細く高い踵を持ったブーツを手に取る。鎖や鋲を打った革のブレスも付随したそれに、ニアが頬に手を添えて、うっとりと呟く。
「拘束のエロス。すばらしいです」
「鎖で体、縛りつけちゃうのと、奴隷を踏みつけにしてるのと、二種類撮っちゃうってのは?」
「それ、採用決定」
奴隷は誰にしよう、ときゃっきゃっと騒ぐ三人の側を、機材や、そのほかの衣装を運び込むスタッフが通り過ぎる。
増産体制に入ったグラパールのための格納庫を、そのままスタジオに使っているため、かなりの広さはあるが、用意された衣装ごとにふさわしいセットも各種作られ、それぞれにスタッフが付いて、準備に余念がないため、籠もった熱気で狭く感じさえする。
そこへロシウが、最終確認のために入ってきた。賑やかに打ち合わせる三人を見て、満足げにうなずき、ついで、スタジオの隅に目を移し、ため息をついた。
小さな絨毯とクッションが敷き詰められたその一角で、背中を丸めているシモンは、誰が用意したのか、手渡されたカミナのぬいぐるみを握りしめて、ぷるぷる震えている。膨大な数の衣装も、撮影のために用意された様々な舞台からは目をそらし続けているようだ。
ヨーコとニアとリーロンの声も聞こえないふりをしている。なぜ、ふりなのかが分かるかと言うと、ヨーコ、ニア、リーロンの三人の会話が、きわどかったり、衣装選びの肝についてになると、肩が大きく揺れるからである。
この様子も、これはこれで撮っておいてよいなとロシウは判断して、カメラマンに撮影を指示した。
シャッター音に敏感に反応したシモンは顔を上げ、ロシウの訪れに気づくと、恨むようなすがるような眼差しで彼を見上げた。
「……今の僕は情け無用、という言葉を胸に刻んでいますので、そんな顔しても無駄です」
少しかわいそうには思ったのだが、この一時の同情を選んでしまえば、政府が傾く。
それでも幾分、表情を和らげてロシウはシモンに優しく話しかけた。なんといっても気持ちよく撮影に応じてもらった方が、スムーズにいくし、良いものもできあがるはずだ。ロシウはロシウなりに、写真集の完成、もしくはその売り上げを楽しみにしているのである。
「取って食われるわけでもありませんし、リラックスしてください。用意しますから、何か飲みませんか? 少し気がほぐれるかもしれません」
「うん、じゃあ……」
コーヒーでも、とシモンが言ったところで、ニアがひらりと一枚の衣装をかざした。
「こちらもどうでしょう」
「いやーん、ニアってば分かってるぅ」
ニアが手に持っていたのは、囚人服である。手かせ、足かせもセットだ。
「これに、殴られた跡のメイクをしたら……」
ほうっとヨーコ、ニア、リーロンは三人は同時に感に堪えない様子でため息をついた。人選は間違っていなかったとロシウはうなずいた。これだけの熱心さを見せてくれる人材が確保できたことは、まったくもって幸いである。
準備段階でのオファーにも関わらず、三人は類を見ないほどの熱心さで、企画を立ててくれた。その結果、ロシウには少々不得手と思われる、衣装揃えも、実にスムーズに、そして種類様々にそろったのだった。
基本の学ラン、ブレザーは、もちろんのこと、ストイックさを追求するなら、襟の詰まった司祭服、黒と白が基調の牧師服。お仕事している男のエロスが匂うスーツ、体の線を浮かび上がらせるパイロットスーツを始めとした、政府内各部署の制服、礼服。この他、わざとぶかっと着るのも素敵な医師風白衣に、腰エプロンとたくし込んだシャツの裾のたるみが魅惑的なウェイター。
男のドレスアップというなら、タキシードに燕尾服。隠して逆に浮かび上がる色気なら和服。紋付き、浴衣に甚平、袴。私生活の隠し撮り風なら、ごくごく普通の普段着も、ジャンルを変えつつ、ちょっぴりストリート系からきまじめ理学生風まで。
各種ビキニにスク水、チアリーダー。ナース、セーラー、巫女服、メイドはコスプレのお約束。女装男装、よりどりみどり。小道具類も豊富に揃えて、あれも、これも、それも、どれも、と女性陣の貪欲さは尽きることはなく、会話もとどまることを知らない。
「もう、いっそ、一ページごとに、衣装替えってどう?」
「でも、あんなアングルやこんなアングルで、撮れないのは、もったいないのではありませんか?」
「あっ、そっか……。いっそ、通常版と豪華版作って、豪華版はページ増、お値段も増、でどう?」
意見を求めて、ロシウにヨーコの視線が注がれる。
「いいでしょう」
ロシウに否やはない。もともと、やけくそじみた企画である。はじけ飛んだ方がいい出目が出るだろう。彼とて、グレン団メンバーである。ここ一番の勝負時があることはわきまえていた。
「やった!」
ぱちんとヨーコが指を鳴らす。
「あ、と、ね」
うふふ、とほほえみながら、リーロンが小さなボトルを親指と人差し指で挟んで、二人に見せる。
「これ、なーんだ?」
ヨーコとニアは顔を見合わせる。不思議そうな瞬きを繰り返す二人にリーロンはささやいた。
「若返りの、おクスリ。時間限定だけど」
一瞬の間があった後、きゃあーっと歓声が上がり、ニアとヨーコはリーロンに抱きついた。
「リーロンさん、偉いです」
「すてき!」
「もう任せて。最っ高のシモン総司令写真集、作り上げちゃうから!」
急遽、十四歳サイズの衣装も各種、用意された。というよりも薬の開発にあたった時点で、リーロンが手配していたため、何の戸惑いも混乱もなく、準備はなされたのだった。
「シモンさん、コーヒーが準備できましたが」
「いらねえ……」
ニアが囚人服を見せた時点で、小さくまるまっていたシモンだったが、若返りの薬の時点で、いっそう小さくなった。この状態なら、リーロンの作った薬もいらないのでは、というくらいに小さくなっている。
「たまには、小さくなるのもいいものですよ」
「ロシウ、お前さ」
シモンが顔を埋めていたカミナのぬいぐるみから、目線を上げた。
「ぜったい、楽しんでるだろ」
「不眠不休で、痴話喧嘩の余波をくらって大破した発電施設の復旧に追われた人間には当然の権利ではないでしょうか」
ぐうの音も出ないシモンだった。
「――さてと」
衣装選びも一段落付いた三人は、隅でいじいじしているシモンに目を移す。肝心の主役は、まだ現実逃避中だ。
「撮影に入る、といいたいところだけど、あれじゃねえ」
ぐったりしながらも、絶対に何もしない、着ない、させない、と言わんばかりの決意が溢れたシモンの姿に、ヨーコとリーロンはため息をついた。
ニアが小首をかしげ、小さな靴音を立てながらシモンへと近づき、ドレスの裾を優雅に持ち上げて、かがみこんだ。
「シモン、こちらを向いてくれませんか?」
ニアはシモンの手をそっと優しく握りしめささやくと、慈母のようなあたたかいほほえみを浮かべた。ニアの笑みを目にしたシモンの顔は、まるで太陽に照らされ出した植物のように、生気がよみがえってくる。
「シモンには、色々なお洋服やお衣装が似合うと思います。わたし、とても楽しみにしています」
「ニア……」
慈しみに溢れたほほえみを向けられて、シモンの心も揺れる。
「だから、シモンお願い。お着替えしてくださいな」
「う、う……」
ニアが指さすのは、三人がかりで選んだ膨大な数の衣装。今から、あれをとっかえひっかえするのだと思うと、シモンの顔はこわばる。中には、あまりに普通ではないのもあるではないか。衣装が普通でも小道具が微妙なのもあるではないか。
「だけどさ、ニアたちの話、聞いてると、ちょっとマニアックなのもあって……」
「まあ、マニアックだなんて、とんでもない。シモンが着ればこその衣装ばかりですよ?」
ふんわり、やんわり、じっくりとニアはシモンを追い詰めていく。最後の一撃とばかりに、ヨーコが両腕に腰を当て、シモンに詰め寄った。
「あんたも男らしくないわね! ばーんと脱いで、ばしっと撮って、ばっちり見せちゃいなさいよ。元々、裸みたいな格好してたでしょ」
「それと、これとは、意味が違う!」
がんばって言い返しては見たもの、女二人プラスビューティフルクイーンが相手では、口で叶うはずがない。
総司令礼服はあっというまにひん剥かれ、撮影スタッフの手で運び去られようとしたのだが、ニアが呼び止めた。
「あ、待ってください」
長い髪を揺らしながら、ニアはほほえんだ。
「これも後で使いますから、こちらのハンガーに掛けておいてください」
総司令のい・け・な・いお仕事シリーズがありますから、とニアは付け加えて、皺が寄らないように手ずから、総司令服をハンガーに掛けた。
上も下も脱がされたシモンは素っ裸の上にガウンを羽織り、ふてくされている。
早速、撮影に入るべく、衣装が用意されているのだが。
「やだ。俺、そんなの着ない」
「裸ワイシャツくらいなによ」
ヨーコは言うが、シモンは抵抗を続ける。
リーロンがヨーコの肩に手を置いた。わたしに任せて、と耳打ちして、リーロンはシモンの前に歩み出た。
「シモン。これ、カミナ着用後のシャツよ」
「えっ、兄貴の?」
途端、食いついてくるシモンに、リーロンはほほえんだ。
「そう。しかも昨日、着用したのを密封パックの上、空輸してもらったの。脱ぎたて、ほやほやよ」
「昨日……脱ぎたて……」
噛みしめるようにシモンが呟く。
「そ。昨日一日、カミナが着てたのよねー。めずらしいわよね。普段は、こんな襟の詰まった服、嫌がって着たがらないから、レアよ、レ・ア」
ほらほらとリーロンが、ひらひらと右に左にシャツを揺らす。
シモンがその動きにつられたように、右に左に首を動かす。
「ほらほら」
「う……」
「ほらほーら」
「うう……」
苦悶の表情をシモンは浮かべる。
「ほらほらほら。シモンが嫌なら、あたしが羽織っちゃおうかしら」
「だめだ!」
うふふふと満足した表情でリーロンが笑い声をこぼし、誘惑に負けたシモンはうなだれながらもガウンを肩から滑り落として――もちろん、ここもしっかり撮影されているわけだが――ワイシャツを素肌一枚に羽織った。
頬を赤らめながらシャツに袖を通し、袖の大きさを確かめつつ、袖口を口元にあてる。
このときばかりはカメラのフラッシュも気にならないらしく、シモンは、兄貴のにおいがする、と弾んだ声で呟いた。襟首に顔をうずめて、はにかんだように笑うところは、カメラマンにも、かなりきたらしく、連続してフラッシュが光る。
「カミナの兄貴さんを、地方に行かせた甲斐がありましたね」
「そろそろ、カミナ切れしてくる頃だもんね」
ほわほわしている様子のシモンを、同じく、ほわほわした表情で見つめるヨーコとニアは二人でうなずきあった。
少し気がゆるんだのか、リラックスした表情になったシモンは、カミナのぬいぐるみを抱き直して、ふうとため息をついた。
しかし、ヨーコ、ニア、リーロンはすぐに表情を引き締め、仕事に戻る。
撮影された写真は、すぐにデータが転送され、モニターで確認することができる。真剣な顔でそれをのぞき込んだ三人は、新たなるポーズやシチュエーションの相談に余念がない。
「これは、これでいいけど……せっかくの裸ワイシャツだから、もう少しパンチ欲しいなあ」
「それなら、少し、お湯をかけてはどうでしょうか?」
「あ、で、お風呂の写真と並べるのね」
「ええ。お風呂上がりとの連続性が保てて、いいかと思います」
「じゃあ、ベッドの上なんてどう?」
早速、シモンは素肌を湿された上で、ベッドの上に追いやられた。ベッドにあがる際のきわどいアングルは、寝ころんだカメラマンがニアの指示で撮影された。
濡れた素肌に、張りついたシャツ。そこからうっすら透ける肌の色合いを、どれだけ実物に近く再現できるか。何十枚も撮られた写真には、ニア、ヨーコ、リーロンの厳しいチェックが入る。
このほか、前屈み四つんばいの胸元に揺れるコアドリルも眩しい一枚、体育座りで足の間の魅惑の三角空間を、これまた悩ましいシーツの皺で引き立てつつも、絶対死守の一枚。また、寝そべって、ぬいぐるみを抱きかかえる切なげな顔も、ばしばしとフラッシュが焚かれながら、撮られていく。
「はーい、シモン、目線こっち。――いいわ、いいわよ、素敵。ぞくぞくしちゃう」
カメラマンの真後ろでリーロンが肩を抱いて、震える。私物のデジカメをなぜか持ち込みしているニアとヨーコがその後ろで撮影を行いながら、さらなる魅惑のショットを求めて、会話を交わす。
「コアドリルを舐めてる感じで撮るのはいかがでしょう?」
「きゃー、ニア、それすてき」
すてきじゃない、とシモンは呟いたが、誰の耳にも届かない。
「シモン、コアドリル咥えてみて」
「咥えるもんじゃない!」
ヨーコに言い返したシモンを見て、ロシウはスタッフに指示した。
カメラマンの背後で、大きなフリップがかざされた。
政府予算大赤字。発電施設再興資金。
――ふりがなもふられたそれを見て、シモンは首に下げていたコアドリルを外した。
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