シモンが口元を手の甲で擦りつつ、ベッドから起き上がる。ようやく裸ワイシャツでの撮影が終わったのだ。
差し出された冷たいジュースを飲んで、ほっと一息ついたシモンだが、すでに次の衣装での撮影が控えていることを告げられ、がっくりうなだれた。
渋々、ワイシャツのボタンを外し、名残惜しげに脱いで、スタッフに渡す。背後から着せかけられるガウンに袖を通しながら、ワイシャツをどこかへ持っていこうとするスタッフに声を掛けた。
「このシャツ、取っておいて。持って帰るから」
わかりましたとうなずくスタッフに、シモンは真剣に続けた。
「匂い、消えないように、ちゃんとビニールに入れて、封しといて」
あなたもたいがいですよ。呟くロシウだった。
「で、次は何を着る……」
シモンの声がとぎれた。
着るも何も、リーロンが手に持つのは、さらしだった。服ですらない。共通項といえば、布であることか。
「それ?」
「これよ」
「これです」
「これ」
ヨーコ、ニア、リーロンの笑顔に、シモンは一度、目をそらしたが、やがてガウンを脱ぎ捨てると、やけくそのようにさらしをひったくって、自分の体に巻き付け始めた。地下時代を思わせる堂に入った手つきだ。
「ほら、これでいいだろ!」
男らしく、仁王立ちになり、腕を腰に当てたシモンに、女性陣プラスビューティフルクイーンのダメ出しが出た。
「いけません。それは、しけた海と漁船のセットの時のポーズですから」
「そうそう。ねじりはちまきしてね。バックに兄弟船、流すから」
そこで、シモンの背後に音もなく、そして、目にもとまらぬ早さで近づいたヨーコが、きっちり結ばれたさらしにひょいと指を伸ばして、引っ張った。
「うわっ、何するんだよ!」
「ほどいてんの。きっちり、締まってるのはあまり、淫靡じゃないのよ」
「意味わかんないって。あと、胸あたってるから!」
前へせり出した膨らみの大きさは、人並み以上のヨーコだ。それほど密着せずとも、当たって、その柔らかさをシモンに伝える。
「胸くらいで騒がないで、おとなしくしててよ」
「胸くらい、ってレベルじゃないだろ、ヨーコのは!」
顔を赤くしつつ、 ヨーコの腕を拒もうとするシモンに、ロシウはふたたび、例のフリップを掲げさせようとしたのだが、それよりも先にニアが動いた。
「ヨーコさん」
ニアがほわほわした笑みを浮かべつつ、ヨーコを呼ぶと、ヨーコはシモンのさらしを引っ張るのを止めて、ニアを見返した。
「ただ、ほどくよりも、ほどかれた、といった風情で撮るのはいかがでしょう」
救いの手かと思いきや、それ以上の言葉に、シモンの頬が引きつる。
得たりとヨーコはうなずいた。
「陵辱風味ね」
抵抗の失せたシモンのさらしは、絶妙の長さを保ってほどかれた。
この直後の会話には、牛乳的白濁液ぶっかけてもいいかも、と不穏な発言もあったが、それは過激すぎる、との判断で見送られた。
見捨てられたシモンは、もう投げやりな思いで、カメラマンとリーロンの注文に応じていたが、そのやさぐれた表情が、状況に合っているらしく、ダメ出しもなく、撮影は進んでいく。
仰向け、体ねじり、うつぶせ、真横、体の位置もカメラの位置も様々に、コアドリルも手に握り、指に絡め、胸に垂らしと、何枚か撮るごとに、リーロンやヨーコ、ニアが近づいて、指の位置や顔の向きなどを変えさせていく。
後ろ向きにされて、横顔をほんの少し見せる、という姿勢での撮影が終わったときだった。
「ここに、こうしちゃったら……」
というリーロンの声と共に、ふわりと体に何かがかけられた。シモンが、あっと叫ぶ。
「なんで、兄貴のマントが」
肩に指を置いてマントを握る仕草も、しっかり撮られた。
きわどい場所は隠しながら、肩口胸元のぞかせて、赤いマントの隙間から、ちらつく素肌の眩しさよ。手渡されたカミナの刀を抱えれば、感極まったリーロンもヨーコもニアも、もはや無言で――という訳にもいかず、モニターと、実物を見比べながら、さらに細かい指示を与えるのだった。
「ちょっと、ライト、夕焼け風にして! で、風を左斜めから送って」
赤みを帯びた光と、オレンジ色の光が上手に重なり、セットの上だけが夕焼けの時刻を迎えたかのようだ。シモンの影は長く伸び、肩に羽織ったカミナのマントがたなびく。
「いやーん、見てるだけで切ないわ。……照明はコアドリルにもっとライトあてて!」
「セットさん、そちらに、十字架と杭をいくつか置いてくださいな。場所はそこで、もっと傾けていただければ」
三者一体のごとき、一分の隙も乱れもない、的確な指示が続く。
「このセットで、十四歳バージョンも撮りたいわ〜」
「撮りましょう撮りましょう」
「じゃあ、セットはこのままね。次は、えーっと」
誰も彼女たちを止められない。
片隅で、静かに撮影風景を眺めつつ、コーヒーを飲んでいたロシウ――なぜ、スタジオにいるのかといえば写真集予約特典である撮影風景を収録したDVDの撮影のため――は、次の衣装に着替え終えたシモンが手招きしているのに気づいた。
「なんでしょう?」
現在のシモンは、襟の詰まった長袍、ようはチャイナ服だが、女装写真撮影はまだなので男物のそれを身にまとっている。斜陽を迎えつつある国の皇帝、それとも黒社会の若きトップか、とでも表現するのがふさわしい様子のシモンは、持たされていた房飾りの付いた扇を口元に当て、声を潜めた。
「兄貴の持ち物、結構あるけどさ」
「はい」
「まさか、兄貴も噛んでるとか、そんなことないよな?」
このときばかりは、総司令の威厳と迫力をまとわせたシモンだった。
他の状況でこれを見せてくれれば良いのに、とロシウは思ったが、思うだけにとどめておいた。
「カミナさんには極秘です」
本当だな、と念を押されたが、こればかりは事実である。再度、返事をするとシモンは目をそらした。
「なら、いい」
「今更、恥ずかしいも何もないでしょうに」
「あるよ!」
そもそも、大抵のことは動じない、どころかおもしろがる、開けっぴろげで豪快でふてぶてしく、肝の太いカミナだ。その前で、どうして、シモンがあれほどの照れ、というか、思春期の乙女のような恥らいを持つのかが、ロシウには理解できない。
シモンはカミナに比べれば細やかな気質とはいえ、やはり、弟分というにふさわしい大胆さを持つのだから、何を着ようともその調子でいればいいと思うのだが。
シモンはぼそぼそと付け加えた。
「着てる服、似合わねえって兄貴に思われたら俺は立ち直れない」
「……はいはい」
ロシウは投げやりに答えた。付き合うと疲れるのはこちらであるのは学習済みだ。だいたい、カミナはシモンが基本であるならばどんな応用も利く。シモンが何をしようが、何を着ようが、シモンであるなら、大抵のことは問題無しだ。
「そもそも、兄貴は簡単な格好が好きだし、こんなごてごてした服、着てたら、絶対、嫌がるよ」
ロシウは思い出した。総司令制服、白のつなぎに、肩章や袖章の付いた青の上着という、普段着用しているこの服をシモンが初めて着用したときのことだ。仮縫いの段階だったので、まだ飾りが多く、襟ももっと詰まっていて、今よりも堅苦しい雰囲気があったのだが、袖を通して、身幅や袖丈、着心地を確かめているシモンを見ながら、カミナは顎に手をやり、一人うなずいていたのだ。
あれはあれでなかなか……。呟いたカミナの声音と表情をロシウは忘れられない。脱がせ甲斐がある、というのは、半裸に近い地下暮らしが長かったカミナには、割とくるらしい。
直球スケベと思われがちなカミナだが、あの人もあの人で、マニアックなところがある、とロシウは確信している。だが、こんなことをシモンに言っても今更だ。
まだ、ぶつぶつとカミナに嫌われるような要素を上げているシモンの言葉を、はいはい、と受け流し続けた。カミナが話すシモンのこと、シモンが話すカミナのことは右から左。これが、政府内の暗黙の了解である。のろけ百パーセントをまじめに聞いても、精神ダメージをくらうだけに決まっている。
「シモン、こっちきてー」
陶磁器や掛軸、衝立が、配置されたオリエンタルな室内風のセットで、ヨーコが手を振る。
「ほら、呼んでますよ」
うながすと、シモンは面倒くさそうにそちらへ足を向けた。
「じゃあ、この椅子座って、足組んでちょうだい」
「シモン、虫けらを見るような目線をこちらにください」
「無理だって」
シモンが首を振るが、大丈夫です、とニアが両手を合わせて、ほほえんだ。
「想像してみてください。たとえば、兄貴さんと一緒に取れる昼食時だというのに、書類が片付くどころか、十日分がさらに追加されて、兄貴さんに会えるのは最低、一週間お預け。なんてことになった場合、その責任者が目の前にいて、小憎らしげに、仕事をしないあなたが悪いんです、なんて言われたらどうでしょうか?」
途端、シモンが、ニアの指示通りの目になったのにはたじろいだ。
シモンの仕事効率が著しく低下するために、カミナ切れはなるべく起こさせないようにスケジュール調整には気を配っているが、それでもたまに、なってしまうときがあるのだが、まさか、それがこんな形で役に立つとは。
付け加えると、カミナの場合、シモン切れを起こした際は、何があろうと、どんな手段を使おうとシモン充電を行おうとするため、こちらはシモン以上に気を配らなければならない。常識も道理もぶちこわしながら、シモンめがけて突っ走る姿は、今は、のほほんと平和な地上世界で、最大の危険というか、災害というべきか。
まったく、英雄とは乱世においては必要だが、平和な時期には、やっかいなものだ。お騒がせ兄弟の補佐官は、こめかみを押さえながら、ため息をついた。
フラッシュにも慣れたのか、シモンは望むままに写真を撮られていく。長い煙管を咥えたり、椅子に自堕落に腰掛けたりと姿勢を変えるたび、衣装のチェックが入り、皺一本、髪の乱れ、指の角度にまで、オブザーバーたちはこだわりを見せていたが、シモンの方は、椅子に座るか、立つか、といった姿勢が多く、表情もさほど要求されなかったため、さきほどよりは楽だったようだ。
次の衣装への着替えも、それほど手を焼かせずに、行ってくれた。もっとも、いくら、ニアがしてくれているからといっても、襟元を大きくはだけられるのは、まだ照れが残るらしい。
「くすぐったいよ、ニア」
「シモン、だめです、じっとしてて」
傍目にはじゃれ合っているようにしか見えないが、ニアの横顔は真剣だ。
襟のあわせを、鎖骨と胸元がバランスよく見えるように、幾度も調整するその姿を眺めおろしながら、シモンはぽそりと呟いた。
「もう、これなら、はだけてたっていいじゃん」
「――シモン!」
ニアがぷるぷると怒りにうちふるえながら、シモンをにらみ上げた。
「見えていることと、見えるか見えないか、というのは、まったく、違うんです!」
「は、はい……」
「シモンだって、兄貴さんがいきなり素っ裸になるより、少しずつ服を脱いでいった方がどきどきするでしょう? 襟元を片手だけで寛げたときなんか、見ほれちゃうでしょう?」
「うん! どきどきするし、見ほれる!」
シモンが力強く、うなずいた。
「そういうことなんです」
「そういうことなのか!」
思い切り、納得したらしい。
「……ニア、ごめんな。俺、なんにもわかってなかった」
「いいえ、シモン。いま、わかってくださって、わたし、とっても嬉しいです」
「ニア!」
「シモン!」
ぎゅっと抱き合いかけた二人だったが、ニアの方が身を引いた。
「せっかくの着付けが乱れてしまいます」
はあ、とため息をついて、シモンは腕を引いたが、ニアはその手を握った。
「さあ、シモン、写真を撮りにいきましょう!」
きらきらと輝くニアの瞳の先には、セットというには、あまりにも立派で風格のある家屋のセットがあった。
縁側、畳、障子に、黒光りする板張りの廊下、すだれに、沓脱石。どこで撮っても、シモンの浴衣が映えることは間違いない、とヨーコは言う。できれば祭りのセットが欲しかったとリーロンは言う。
そんな二人に、うなずきながらも、ニアは、まず縁側にシモンを座らせる。用意されていた、朝顔、うちわ、蚊遣りに風鈴、金魚鉢にて泳ぐ金魚、ざるに入ったトマトにキュウリ、スイカ、ガラスのコップに入った氷入りの麦茶やサイダー、ラムネ瓶といった小道具が入れ替わり立ち替わり、シモンの側に置かれ、時には手に持たされ、時にはかじらされ、手元や、膝の上に置かれる。
だいぶ、慣れてきたのか、シモンもリーロンやヨーコの指示に異論を唱えることなく従っていたが、途中、不服そうな顔を見せた。たぶん、シモンとしては、これだけはだけて、足も胸元も見せるなら脱いだ方が、というところだろうが、ニアにチラリズムについての意見を受けていたために、口にすることはなかった。
結局、シモンが撮影中、訊ねたのは、照明を落として、部屋の奥に敷かれた布団に横たわったときだけだった。
「こんな暗いのに、ちゃんと撮れてんの?」
「ばっちりよ。隅から隅まで、夏の夜の寝苦しさに、淫靡さがプラスされて、もっともっと寝苦しくなっちゃう写真になってるから」
リーロンが親指を立てて突き出すと、それ以上、シモンは休憩に入るまで、何も言わず、黙々と撮影に応じた。
「はーい、いったん休憩、入るわねー」
「おつかれさまー」
「おつかれさまです」
リーロンの声がスタジオ内に響くと、あちこちで、同じような言葉がやまびこのように響く。ロシウもDVD撮影をしていたカメラマンや照明スタッフに、おつかれさまと言葉をかけて、椅子から腰を上げた。
「じゃあ、私たちは後半の打ち合わせしてくるから」
ヨーコはパイプ椅子の背もたれにかけていたジャケットを取り上げ、袖を通す。
「シモンは今の内に、ゆっくり休んでてくださいね」
ニアは指を伸ばし、ヨーコのジャケットの裾の乱れを直すと、シモンにほほえんだ。
「腹減った……」
スタッフ用の軽食が用意されているテーブルにシモンの視線が移動する。と、リーロンが指をわきわきさせながら、シモンの腹部をなで上げた。
「ひゃあっ!」
「軽食は取ってもいいけど、おなかが膨らむくらいに食べちゃ、だ、め、よ?」
「了解……」
ひらひらと手を振って、リーロンがヨーコとニアを追いかける。
「画質をチェックしないといけませんね」
「そうそう。どうも今のカメラだと肌の質感が、ざらついてる感じするし」
「できるだけ、修正はしない方向でいきたいわね。一度、印刷に出してみましょうか」
真剣に語り合いながら去っていく三人を、見送ったシモンはピーナッツクリームが挟まれたビスケットを一枚だけ、手に取ると、かじりながら、セットの方に戻った。
縁側に腰を下ろし、裾をからげて、膝を組んだ。ロシウはカフェオレを両手に持って、シモンの方へ近づいた。
マグカップを差し出すと、シモンが礼を言いつつ、受け取る。
口を付けて、思い出したように家屋の内側を指さした。
「ロシウ。これ、何なんだ?」
「蚊帳です」
シモンが、さきほどまで、中で寝ころんだり、立て膝しながら、網をめくりあげて出てくる姿勢を取らされていた蚊帳に目をやり、ロシウは答えた。
「蚊帳?」
「夏の夜、虫を防ぎつつ、涼を取れるようにするものですね」
「ふうん」
カップの中身を啜っていたシモンは、半分ほど減ったところで、暑くなったのか、カップを置いた。傍らに置かれたままだったうちわを取り上げ、ぱたぱたと扇がせる。前髪が浮き上がり、髪が頬にかかるのを人差し指で払う。
細い手首もだが、内側の白さに感じ入りつつ、ロシウは用意していたメモをめくった。
「この後は、第一回女装タイムになります」
ロシウが言った瞬間、シモンの頬が引きつった。
「予定表によると、まずミニスカメイド。その後、オールドルックメイドですね。アメリカンなウェイトレスも、というリーロンさんのご希望により、タンクトップ、ホットパンツ、ローラースケート、という衣装も追加されました」
小道具と三時のおやつを兼ねて、生クリーム乗せチェリーパイとアップルパイのバニラアイスクリーム添え、プレッツェルも用意される予定である。
「また、女装タイム終了後は、14歳に若返っての試し撮りが控えています。こちらは地下時代の思い出、というコンセプトで……あ、今、衣装が到着しました」
懐かしいポンチョと穴掘り用の手回しドリルが運ばれてきた。その後ろからカートに乗せられ、えっちらおっちら運ばれてきたものを見たとき、シモンは目眩を感じ、額に手を当てた。
「ロシウ」
「はい」
「俺にはあれがラガンに見える」
「はは。本物じゃありません。レプリカです」
「何に使うんだよ!」
ロシウは手元にある資料をめくった。
「えー、ヨーコさん提案による、ラガンの中でお昼寝シモン、ラガンの中で開脚シモン、ラガンの中でピンチシモン、そのほか、です」
「そのほかってなんだよ!」
説明されている言葉より、説明されていない言葉の方が恐しいと今日、学んだシモンである。
「……さあ」
一応、軽いメモはあったのだが、それを言うとシモンの反発がいっそう強くなりそうだったので、とぼけておいた。
無機質な機械と裸体のエロティクス、土埃の汚れもオプション、弾丸、血に汚れた包帯もよし、とあるが、これは、リーロンとヨーコの字だろう。矢印が引っ張られ、直前まで内密、とある以上、発表は控えねばならない。
が、何を察したのか、シモンは立ち上がった。
「さあって、なんだよ、さあって!」
シモンがロシウの手にした資料――総司令シモン写真集撮影予定表、第一日目――を奪い取ろうとしたときである。
ばあん、とすさまじい音を立てて、スタジオの扉が開いた。
「あ」
「あっ」
ロシウは、面倒なことになるかという予感に眉をひそめつつ、シモンは、待ちこがれていた救いの手の登場に、瞳を輝かせながら、二人ともに驚いた。
開いた扉が壁にぶつかる反響音も消えぬうちに、激情を押さえきれないといった様子でスタジオに足を踏み入れたのは、副総司令カミナである。地方出張帰りの略礼装姿で、眉間に皺を寄せながら、こちらへと近づいてくる姿には、風格と威厳がある。
あれを普段から発揮してくれていたらなあとロシウは、やはり、思う。
「ロシウ、てめえ……!」
瞳を燃やしながらロシウをにらみ、カミナは拳を握った。
「そこで、ヨーコたちから聞いたぜ。赤字解消のために写真集だと? ふざけんなよ」
カミナはぐるりとスタジオ内を見回し、様々な衣装や小道具をにらみつけ、へっと鼻を鳴らした。
「メイド? ナース? セーラー?」
乱暴な足取りで一歩一歩、カミナはシモンに近づいていく。
救出に来てくれた感動にうち震えるシモンを、じっと見下ろしたかと思うと、勢いよく、ロシウの方を向いて、指を突きつける。
「そういうのもいい。パイロットスーツもいいし、今、着ている、寝乱れ浴衣もいい」
だがなあ、とカミナはかっと目を見開いた。
「そんな、着せて万歳、見て素敵、脱がせて最高なお衣装だけじゃあ、シモンの魅力は伝わらねえ! 漢と漢が裸になってぶつかりあったところに生まれるもんもあるだろうが!」
シモンの目が、点になった。
「九十六部限定で四十八手の写真、一枚付きだ。撮影行くぞ! ライトこっちに回せ!」
おらよっとシモンの上に覆い被さったカミナに、ロシウは冷静に訊ねた。
「なぜ、九十六部なんですか」
シモンの襟元を押し広げていたカミナが顔を上げる。
「四十八足す、四十八はいくつだあ!」
「……九十六、ですが」
「14のシモンと21のシモンで、それぞれ四十八手。だから九十六部だろうが!」
「なるほど」
ぽんとロシウは拳を打って、納得した。
「あ、あ、兄貴!」
涙目で訴えるシモンにカミナは、満面の笑みを浮かべた。
「いい写真集ができるぜ、シモン!」
できなくていい、というシモンの叫びは、カミナの唇に封じられた。
「や、あっ、あん、あ、兄貴……」
抗いの声も甘い喘ぎに変わり、もはやシモンに抵抗のすべはなかった。
画像合成ではあるが、21歳と14歳のシモン二人が片方の手のひらを合わせ、残る片手は拳銃を模した形で手に取った者を指さす、という写真が表紙のシモン総司令写真集は、通常版、豪華特装版、プレミアムエディション版、と発売されたが、そのどれもが、カミナシティの書店の新刊売り上げ記録をことごとく塗り替えた。中でも、九十六部限定、大小シモン四十八手写真付きは、プレミアにもプレミアを重ね、その高値は、写真集の印税と共に、政府予算を潤して、余りあるほどだった。
四十八手を写した写真のデータは、当然ともいうべきか、カミナの手に収まり、それを取り戻そうとシモンは懸命の捜索を行い続けているが、いまだ、どこに隠しているのかすら確認できない。
お願いだから消去してくれ、と訴えるシモンに、これは俺のお宝だ、地方出張の時の夜のお供だとカミナは言ってはばからないのだった。
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