道の果て
4



太一は挨拶めいた言葉を口にしたが、それを聞き流して、ヤマトは太一を見つめた。太一の髪も、服もしっとりと湿っている。見慣れた体の線が、服の上からでも分かった。
 危なげに太一が、足を踏み出し、ヤマトはそれを支えようと、手を差し伸べた。
「どうしたんだよ」
 声が裏返りそうになる。
「傘、忘れてさ」
 思ったよりも冷たい太一の指先が、ヤマトの服をつかむ。赤くなった爪が震えたように見えた。濡れて艶がいっそう目立つ髪が、目の前で揺れる。
 ヤマトは鍵を取り出すと、ドアノブに差し込んだ。片手は太一の肩に置いて、ドアを開ける。
「とにかく、入れ」
 太一はそこで顔を上げ、焦点の合わない目でヤマトを見つめた。
「ここ、お前の家だっけ?」
「太一」
 ぞっとして、ヤマトは太一の肩をつかんだ。俺が分かるかとヤマトは言いかけたが、太一は何度かまばたきして、小さく笑った。
「ああ、ごめん。ぼーっとしてた」
 肩でなく、手首をつかんで、ヤマトは太一を引っ張った。
 傘を乱暴に傘立てに放り込み、太一を家に上げる。体を拭くためのタオルを太一の頭にかぶせたところで、電話が鳴った。
 ベルを無視して、太一の髪を拭こうとしたが、太一はヤマトの手を払った。
「出ろよ」
 太一の眼差しははっきりしている。不安を消すように、ヤマトは太一の目にかかった髪を一筋つまんでから、電話に出た。
「石田ですが」
「お兄ちゃん?」
 ヤマトは素っ気ない声を和らげた。
「タケルか」
 太一は背を向け、バスタオルで髪や湿った服を拭いている。あとでシャワーを浴びさせ、着替えを用意しよう。ヤマトは太一から目を離した。
「親父なら、仕事に行ってるぞ」
 タケルのとまどったような笑い声が聞こえた。
「知ってるよ。昨日、聞いたから」
 タケルと昨日、電話で話したことを思い出して、ヤマトはそうだったなと、あわててごまかした。
 タケルが少し黙り込んだ後、ためらいがちに訊いてきた。
「今、誰か来てる?」
「いや、俺一人」
 咄嗟に嘘をついてしまい、ヤマトはかすかな後ろめたさを覚えた。
「それで何か用か、タケル?」
 タケルはまた電話口で口ごもった。
「……ヒカリちゃんから、今さっき電話があったんだ」
 我知らず、受話器を握りしめ、ヤマトは身構えた。
「お兄ちゃん、太一さんから何か聞いてない?」
「別に、何も」
 冷たすぎる答えかと内心ひやりとしたが、タケルはため息をついただけだった。
「そう」
「何かあったのか」
 返ってくる言葉は充分に予想できたが、あえてヤマトは訊いた。
「太一さん、最近様子が変らしいから、ヒカリちゃんが心配してるんだよ」
 自分だって気づくのだ。太一の妹であるヒカリが気づくのも当たり前だろう。自分たち兄弟とはまた違う、あの兄妹の不思議な絆が、羨ましく思えた。
 同時に意地悪い気持ちにもなったのは、太一が自分よりも先に、その心をヒカリに打ち明けるのではという、つまらない嫉妬からだった。
「太一のは春休みぼけとかじゃないか? ヒカリちゃんも心配性だよな」
 太一の姿がいつの間にか見えなくなっている。玄関に目をやろうとしたが、自室のドアが薄く開いていたので、ヤマトは安心した。
 太一は置きっぱなしの着替えを、探しているに違いない。
「だったらいいんだけど」
 タケルの声に、ほんの少しだがヤマトへの苛立ちが含まれている。それを敏感に感じ取って、ヤマトはわざと大きなため息をついた。
「タケルもヒカリちゃんも、本当に太一のこと気にしてるな」
「―― お兄ちゃん」
 タケルの声が低くなった。口調は怯えているようにも聞こえる。
「前に、ヒカリちゃんが、一人だけで、僕たちの知らない別のデジタルワールドに行ったって、話したことあるよね」
「あるけど……タケル?」
 タケルの声はわずかに震えていた。
「ヒカリちゃんは、いつの間にか、こっちの世界からいなくなってたんだ」
 タケルはゆっくりと、一語一語区切るようにして言った。
「太一さんは、ヒカリちゃんの……お兄さんなんだよ」
 そんなこと知っている。口を開こうとし、ヤマトは青ざめた。まるでタケルの怯えが、受話器を通して、強くはっきりと伝わったようだった。
「だから僕が怖いって言ったら、笑う?」
 タケルには見えないだろうが、ヤマトは首を振った。まとわりつく怯えを払うように、髪を乱し、ヤマトは口早に告げる。
「タケル、あとでかけ直す」
 返事を聞かず、受話器を戻し、ヤマトは自分の部屋のドアを見つめた。ドアがかすかに揺れているのは気のせいだろうか。部屋の窓は閉め切っているはずだ。
 床をきしませながら、ドアへ近づく途中、部屋の明かりを点けていないことに気づいた。部屋が暗く、空気ですら重い。急に雨の音が大きく聞こえ始めた。まさか、部屋が空っぽだということは、あるまい。
 もし、そうならば―― 。ドアを開けた瞬間、恐怖の虜にならないようにヤマトは祈った。
 ドアの留め具が小さく音を立てる。かすかな音だったが、机の側にいた太一はさっと手を引くと、振り向いた。
「太一」
 今度こそ、壁によりかかって、ヤマトは安心のあまり、滲んだ涙を隠した。
「……なに見てたんだ?」
 バスタオルを肩に掛けたままの太一は、机から二、三歩遠ざかった。
 机の上にあるのは、教科書や参考書、ノートにプリント、辞書や読みかけの漫画、雑誌。ペンも転がり、全体的に少し散らかっていた。
そこに、違和感無く収まるものが、もうひとつある。太一が隠すように、後ろ手に握っているものと、同じものだ。
「これか?」
 震える膝頭を叱咤しつつ、机に近づく。
 置かれていたデジヴァイスを取り上げ、ヤマトは太一を見た。
「……ヤマトも、まだ持ってたんだな」
 太一はヤマトとその手の中のデジヴァイスから、目を逸らした。
「持ってるに、決まってる」
「そうだよな」
 太一は遠くを見て笑い、ふとうつむいた。まだ半乾きの太一の髪は、あちこち跳ねていた。
「ちゃんと体、拭いたか?」
 デジヴァイスを机に戻し、ヤマトは太一の体が濡れていないのを確かめようとした。
「拭いた」
 太一がタオルをつかみ、部屋を出ていく。不自然なくらい、まっすぐ前を向いていた。
 変だと思うより、早く手が動き、ヤマトは太一を振り向かせた。
「なんで、泣いてるんだよ!」
「ちが……」
 太一が言い終える前に、ヤマトは太一の肩を揺さぶり、何滴も涙を床へ落とさせた。
「言えよ」
「何でもねえよ」
「嘘つけ」
 今日だって、太一は嘘をついた。今までだって、そうだったかもしれない。
 自分こそ、泣き出しそうになり、ヤマトは太一を激しく揺さぶり続けた。太一のデジヴァイスが静かに床に落ち、かしゃんと乾いた音を立てる。
「言えって!」
 両手が自由になった太一は、ヤマトの腕をつかみ、揺さぶられるのを止めようとしている。
「太一!」
「何でもないって、言ってるだろ!」
 太一が叫び、ヤマトの腕をきつく握った。肉をつかまれる痛みよりも、太一の叫び声の必死さに、ヤマトは顔を歪めた。
 荒々しく太一の肩から手を離し、ヤマトは唇を噛んだ。
「俺には言えないのか」
 太一は答えない。黙ったままだ。ヤマトは身をかがめて、足下に転がっていたデジヴァイスを拾い上げた。太一のデジヴァイスは表面に水滴がついて、曇っている。
 太一自身をそうしたいように、ヤマトはデジヴァイスを握りしめた。自分がとるに足らない小さな存在に思えた。太一の世界から閉め出され、太一を支えることも、見守ることもできない。
「……俺じゃダメなのか」
 太一が首を振り、ヤマトの手を掴んだ。
 太一の指先は冷たい。肩は暖かかったので、指先や爪先だけ、体温が戻ってないのだろう。
 迷うように、何度も太一の唇からすすり泣くような呼吸が洩れる。やがて、雨音に紛れて、消えてしまいそうな細い声で太一が言った。
「――見つからないんだ」
 そのまま泣くのでもなく、太一は微笑した。疲れたようにため息をつき、頬を擦り、また笑った。
 あまりに苦しい太一の笑みに、自然とヤマトは手を伸ばす。太一は抱き寄せられるまま、ヤマトの肩に顔を伏せた。しばらくヤマトは何も言わず、太一の髪を撫で、背中をさする。
 あやすようなその手つきに、太一はヤマトの上着を掴む指に力を入れた。
「ゲート?」
 ヤマトは恐る恐るささやいた。
「ゲートを探してたのか、太一?」
「分かってたんだ」
 太一は疲れたように言い、ヤマトの肩に強く顔を押しつけた。
 肩が湿り始めるのがヤマトには分かる。
「太一……」
「当たり前だよな」
 もう俺には無理なんだからと、太一はまたつぶやき、ようやく小さな泣き声を上げた。
 言葉を失い、ヤマトは太一を強く抱きすくめた。太一は肩を震わせ、ヤマトにしがみついてくる。あまりに無防備で、弱々しい太一の仕草に、ヤマトは胸を貫かれる気がした。
 必死に何か言葉を探した。太一の心を晴らす言葉、涙を止めるささやき、笑みを浮かべさせるための軽口。
 そのすべてが、喉の奥でむなしく消える頃になって、ヤマトは顔をずらし、太一の赤い耳に唇をつけた。太一の髪や肌からは、どこか懐かしい雨の匂いが漂っている。
 震えた太一の頬を挟み、今度は額に口づけた。鼻梁に沿って唇を降ろし、固く結ばれた太一の唇に触れる。
 きっと、太一はこんな慰めは欲しくないはずだ。けれど、自分のぬくもりをすべて捧げる以外に、出来ることがヤマトには思いつかなかった。ヤマト自身も太一のぬくもりを欲する以外に、どうしたらいいのか分からない。大切なことは、太一を離してはいけないということだ。
 太一の体がかすかに強張り、それでもヤマトは太一に唇を重ね、そっと舌先で唇を開かせた。
 背中に手を回し、太一を腕の中に閉じこめる。デジヴァイスが静かな音を立てて、床に転がった。
雨がガラス窓を叩く音が響き、それすらも聞こえなくするため、太一を床に組み敷いた。
 服に手を掛けようとし、太一の視線に気づく。拒むような心は感じられなかった。けれど、望んでもいないのだろう。
「太一、嫌だったらいいんだ」
 太一は首を振った。そのままヤマトを逃すまいとするように、太一の腕が絡んでくる。
「た……」
 ヤマトが何か言う前に、太一は口づけてきた。太一から仕掛けられたキスは、徐々に深くなり、ヤマトを誘うように唇が開かれる。ヤマトは舌を絡めながら、太一の上着を脱がせ始めた。
 上半身を空気にさらした太一はたどたどしく、ヤマトの襟を寛げようとする。指先が震えていたので、自分で脱ぐからとヤマトが耳元でささやいても、太一は止めない。
 ボタンが外され、はだけられたヤマトの胸元に太一の唇が触れた。震えと熱さを伴った吐息が肌をくすぐり、首筋の毛が逆立つような感覚を与えられる。
 いつもなら、太一からの愛撫も心地よい。与えるだけではなく、与えられるのもこの時間の望みだった。けれど、今日は違う。身を起こして、足の間に顔を伏せようとした太一を捕らえ、口づけた。
 優しく抱きしめ、頬にも首筋にも触れていく。太一の肌にはまだ雨の名残が残っているようで、鎖骨の小さなくぼみが湿っていた。くすぐるように指先で鎖骨をなぞると、太一が小さな笑い声を上げた。それが嬉しくて、ヤマトは指だけでなく唇でも太一をくすぐった。
 腕の付け根や胸元、日焼けがない肌を吸い、舌や歯で、すぐに消える赤い痕ばかりつける。
 左胸に耳を当て、太一の鼓動を確かめた後、また唇を降ろした。ヤマトの唇が下がるほど、太一の鼓動も早くなる。
 太一を床に寝かせ、ベルトを外す。身につけていた衣服がすべて取り去られたとき、太一はわずかに身を強張らせた。
 傷が残る膝小僧に舌を這わせ、柔らかさを残す腿の奥、足の付け根に今度こそ消えない口づけの痕を残す。
 すでに形を変え始めていた箇所に触れると、太一は身をのけぞらせた。
「ヤマト……」
 肩に手を掛け、太一はヤマトを押しやろうとする。
 そんな抵抗を止めさせようと、口に含めば、太一は喘ぎ、首を振った。ヤマトは舌を動かし、甘く歯を立てる。はあっと太一は濡れたため息をつき、少し体をずらした。
 太一が逃げないように、ヤマトは膝を掴む。優しく、ただ情欲だけが太一を包むように、彼を追い込んでいく。そうすれば、せめてこのときだけは、哀しみを忘れることが出来るかもしれない。
 何度も太一に名を呼ばれた。達したときも太一はヤマトの名を呼び、そこから決してヤマトを離そうとしなかった。
太一に息を付かせる暇を与えず、ふたたび指先であおり、体を開かせようとした。自分自身の欲望も少しずつ限界に近づいてきている。太一に体を寄せると、押し当てられたヤマトの昇ぶりに太一が眼を開けた。
 太一は手を伸ばして、ヤマトの頬を包み込む。顔の造作を確かめるように、あちこち触れられ、ヤマトは思わず笑みを漏らした。
 太一は何か言いかけたが、ヤマトは太一の唇に指先で触れて言葉を消した。今、この時間に言葉は必要ないはずだった。
 首筋や耳元に吐息を吹きかけると、太一の体が弛んでいく。ヤマトの手が膝を広げたので、太一は腕をヤマトの背中に回した。 
 確かめるためなのか、指先で何度か体を侵されて、太一は首を振った。言葉の代わりに、ヤマトの肩を噛む。
 見つめると、太一は小さく笑んだ。ヤマトは自分の体で一番熱くなった部分を、太一の体へと押し進める。腰を浮かせた太一の自然な抵抗が、ヤマトを拒み、それでも深く体を沈めていく。額からこぼれた汗が、太一の汗と交わり、床に流れた。
 濡れた唇をさらに濡らして、太一が押さえきれない声を漏らす。愉悦の声に、幾らかの哀しみがあるのも、ヤマトは知っている。目に涙が浮かんでいるのも、分かった。今ここで泣けば、涙に別の意味合いを見つけられるから、太一は泣いているのだろう。
せまる波を感じながら、ヤマトも太一の名を呼ぶ声に、涙を滲ませた。哀しいと、太一を腕に抱きながら思うのは初めてだった。
 体を重ねるこの関係が、嫌なわけではない。もはや肌を合わせることが一番の慰めになってしまった自分たちが、少し寂しかっただけだ。

 ヤマトが風呂の用意をしている間、太一は床に転がって、眠っていたようだった。毛布を適当に掛けただけで、肩も足も向きだしのままだ。
部屋へ入ったヤマトは、音を立てないように、太一の横に座った。太一が眠るのなら、ベッドの方がいいのだろうが、起こすのは嫌だった。毛布を肩まで上げてやり、ヤマトは片膝を抱えると、しばらくうなだれていた。
 少しすると、太一の寝息を聴きながら、ヤマトは部屋を見回した。明かりを付けていないので、部屋は灰色に見える。夕刻の時間を刻む時計やカレンダー、ハンガーに掛けた制服、机の横の鞄を見つめ、ゆっくり太一に目を戻す。
 忘れられたように転がっているデジヴァイスも二つ、目に入った。手をのばし、二つとも取り上げると、外からの光を映し、デジヴァイスの表面を光らせた。
 太一をまた見つめ、ヤマトは小さく、それでも力強くうなずいた。明日がいい。早いほうがいいのだ。
 
 風呂が溜まった頃になると、計ったように太一は眼を開けた。横にいたヤマトに驚く様子も見せない。
「風呂、入ってこい」
 太一がしきりに目を擦るので、まだ眠いかとヤマトは訊いたが、太一は首を振った。
「いや、眠くない」
 ヤマトが額を撫でたので、太一は微笑して、体を起こした。
 眠っている間に畳んでいた服を太一に手渡し、デジヴァイスも渡した。太一は礼を言って、一つ伸びをすると、上着だけ着て、浴室へ向かう。
夕飯にはまだ早かったので、どことなく手持ちぶさたで、太一が風呂から上がるのを待った。  
 騒がしい水音が響いていたかと思うと、髪もよく拭かず、太一はさっぱりしたような顔でキッチンに姿を見せた。
「ヤマト、ジュースあるか?」
 太一にペットボトルごとジュースを渡した。太一専用のボトルなので、太一は直接口を付け、飲んでいる。
「髪、乾かせよ。送って行くから」
「いいって」
 どちらを断ったのか分からない太一の返事だったが、ヤマトは上着を取りに部屋へ戻った。
 太一にも貸そうとしたが、断られた。
「寒くないか」
 髪の毛を乾かそうと、無茶苦茶に頭を拭いている太一はうなずいた。
「平気。これあったかいんだよ」
 太一は着ている服をつまみ、愛想のように笑った。
 くしゃくしゃになった湿り気のある髪を、ヤマトは撫でつけてやる。
「雨、降ってるか?」
 ヤマトの手から逃れるようにして、太一は玄関へ向かった。
「少しな」
 太一に傘を差し出す。これは断らず、太一は傘をぐるぐる回して、ヤマトが靴紐を締めるのを待っていた。
 小雨になったためか、外は傘も差さずに行き交う人々も多い。体が痛むらしい太一はゆっくり歩き、ヤマトはその足並みに合わせ、たまに手を貸して、濡れた道を進む。
 角を曲がり、交差点を渡るたびに、太一の住むマンションが近づいてくる。自宅までの道で、最後になる横断歩道へ差し掛かったところで、太一は足を止めた。
 信号の赤い光が眩しく見える。
 水音を立てながら、車が道路を行き過ぎ、ヤマトは傘を上げて、太一の横顔を眺めた。太一の唇が開いたので、ヤマトは傘で表情を隠す。
「ヤマト、今日は――」
 ごめんなと太一が言う前に、ヤマトはそれを遮った。
「明日、家に来い」
「学校が終わった後か?」
 気ののらない太一の問い返しに、ヤマトは落ち着いた声で答えた。
「朝。着替え、持って」
 太一がヤマトに目をやった。
「着替え?」
「制服じゃ、やばい」
 ヤマトは傘を傾け、太一と視線を合わせた。
「ゲートを探そう。俺達でも……開けるやつを」
「ヤマト」
 信号が変わったので、足を踏み出しながら言った。
「嫌だって言っても連れて行くからな」
 ぱしゃりと水を跳ねて、追いついてきた太一がヤマトの肩を掴む。
「お前……」
「来いよ」
 一言だけ、ヤマトは言った。
 太一は傘を下げて、顔を見えないようにしてしまう。肩から太一の手が離れていくが、ヤマトはその手を押さえた。ほんの一時間前に太一が付けた傷がひりひりと痛む。
 濃いブルーの傘は太一を隠していた。それでもその向こうで、太一がうなずくのが、ヤマトには、はっきり見えた。

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