たまにはさ
6



 虫の鳴き声と波の音が聞こえる庭を歩いて、離れまで戻った。部屋の明かりをつけると、もう布団が敷かれている。
 下駄を脱ぐのに邪魔になるかと思い、ヤマトは太一の手を離そうとした。
 太一は、イヤだとでも言うようにしっかりヤマトの手を握りしめた。
「太一?」
 どきりとしてヤマトが振り返る。
 太一があわてたようにヤマトの手を離しかけた。その指先が滑って、ヤマトの浴衣の裾をつまむ。
 太一に引っ張られるかたちになったヤマトはどぎまぎとうつむいた太一を見つめた。
 どうしようかとヤマトは腕を持ち上げた。太一を抱きしめてもいいのだろうか。
 迷うヤマトに気づかず、太一はつぶやいた。
「今わかった。絶対、お前のせいだ」
 怒るというよりもむくれたような口調である。
「お前が変なとこ触ったり、浴衣なんか着たせいだ」
「俺?」
「そうだよ――あっ!」
太一は悲鳴のような声を上げて、ヤマトから背を向けた。
 うつむいた肩が震えている。
「おい、どうしたんだよ」
「何でもない、部屋に行ってろよ」
 肩に載せられたヤマトの手を振り払って、太一はうずくまった。
「行けって!」
 ヤマトは首を振った。庭での妙な態度も気になるし、第一こんな太一をほってどこへ行けというのか。
「太一、とにかく部屋に上がろう」
 玄関口で座り込んでいても、しょうがないだろうとヤマトも太一の側にしゃがむ。
 膝の間に顔を伏せているので耳くらいしかみえないが、それでもまた泣いているのがすぐに分かった。
「太一 ――なんだかよく分からないけど、俺が悪いんだろ? 謝るから部屋に入ろう。 な?」
 太一は首を振る。
「先に行けよ」
「太一」
 ヤマトはため息をついて、太一を引っ張り上げようと脇の下に手をあてた。
 こんなとこでは風邪を引くかもしれない。強引にでも部屋に上げて、それから文句を言うなり、怒るなりしてもらおう。
「あっ――」
 ヤマトの手が触れた瞬間、太一は打たれたように顔を上げた。
 目元や頬が真っ赤で、涙も浮かんでいる。呼吸が乱れていた。
 なんだかこんな顔よく見ているな、とヤマトはふと思い、それがどんなシチュエーションで浮かんだ表情なのかに思い当たった。
「太一?」
 例えば、それは自分の部屋で長いキスと愛撫の後に太一が浮かべる、自分の体の熱に翻弄される太一の表情だった。
 まさかと思って、悪いとは知りつつも力の抜けている太一の浴衣の裾を割って手を差し入れる。
 足をくっつけようとする抵抗もものともせず、火照っている肌に胸を高鳴らせながらずっと奥の方まで探ると、指先が太一の熱に触れた。
 ヤマトの指に触れられて、太一は息を吐く。
「太一、お前……」
「だから、先に行けって、言ったんだよ」
 切れ切れに太一は言った。
 ヤマトはちょっと体の位置を変えて、太一を腕に抱くような形にした。
「――いいか?」
「何が……あっ」
 ヤマトの指がゆっくり体を探り始める。自分より少し冷たい指に太一は体を震わせた。
「ヤマトっ」
「ごめんな、気が付かなくて」
 ヤマトは太一の様子に目を細めながら、そっとささやいた。
「イヤだなんて言うなよ」
「……ここは、やだ」
 玄関先だ。ヤマトは太一を抱きかかえるようにして、部屋の奥、布団の敷かれた部屋へ連れていこうとしたが、太一は首を振った。
「汚れる……」
 太一の言葉にヤマトは恥ずかしくも納得した。
 自分の部屋のシーツを何度替えたか、洗ったか、すぐには思い出せない。
「だったら――」
 ヤマトは太一の薄赤い耳朶に唇を寄せた。そっと歯で挟みながら太一を抱く手に力を込める。
「風呂場でいいか?」
 太一の震えが止まって、首が小さく上下するのをヤマトは確かに見た。

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