たまにはさ
2



 お茶やジュース、お菓子やおにぎりを買い込んで、列車に乗り込む。指定席ではなく、自由席だったのだが、運良く二人並んで座れた。
 ヤマトが緊張をほぐしてくれたため、太一の表情はだいぶ晴れやかなものになっている。
 早速、買い込んだおにぎりを開こうとすると、ヤマトがそれを押しとどめて、立ち上がった。
 網棚に載せた荷物の中から袋を取り出すと、太一に差し出す。
「こっちから喰えよ」
「お前、弁当作ったのか?」
「ああ」
 色鮮やかなサンドイッチに、冷たいフルーツ、太一はサクランボをつまむと、自分も足下のリュックからアルミホイルの包みを出した。
 ぶっきらぼうにヤマトに押しつける。
「やる」
「なんだ?」
 手に取るとなんだか温かい。ヤマトはがさがさと包みを開くと、太一を見つめた。
「これ……」
「別にお前のために作ったんじゃないからな。朝、ばたばたして、朝飯食う暇がなかったから、作ったんだぞ」
 おにぎりを作る時間があれば、朝食は摂れると思うが、ヤマトはそんな野暮なことは聞かなかった。
 ちょっといびつな形の、一つ一つがかなり大きく握られたおにぎり。全部で三つ。
「どうせお前みたいに握れねえよ」
 太一がむくれたように横を向く。
「いいや、充分」
 ヤマトは嬉しそうに笑って、一つ手に取った。
「旨い」
 ちょっとしょっぱいが、それは愛嬌ということだ。具の昆布がなぜか太一らしい。
「また作ってくれな」
「……いいぜ」
 太一はまんざらでもなさそうにうなずくと、自分もヤマトのサンドイッチを食べ始めた。
 こちらの方は、もちろん形も見た目も、そして味も文句の付けようがない。
 動き出した列車から見える外の風景を眺めながらの食事もなかなか楽しかった。
 太一はヤマトのサンドイッチを全部食べてしまい、ヤマトも太一の作ったおにぎりを全部平らげた。
 たわいもない会話を交わしつつ、列車は進んでいく。
 途中でローカル線に乗り替えて、そこから二時間。田んぼや畑ばかりが広がる風景の中、トンネルを抜ける。
「あっ!」
 窓際の太一が声を上げた。少しうとうとしていたヤマトをつつく。
「すごいぜ!」
 きらきら光る海が目の前に広がっている。レールにこすれる車輪の音以外にも波の音が聞こえてくる気がする。
「本当だ……」
 トンネルを抜けると海沿いの崖にずっと線路が通っていた。見晴らしが良く、下の街に見える白い蒸気が温泉街らしい雰囲気を盛り上げている。
 降りる準備をしながら、真っ青な海を見て、太一はくやしそうな顔になった。
「水着持ってくればよかった」
「海開き、まだだろ」
 残念そうな太一を慰めるようにヤマトは言った。
「それにどうしても泳ぎたかったら、パンツ一枚でも泳げる」
「そんな情けないことできるか」
「じゃあ、素っ裸」
「つかまるだろ!」
 もちろん冗談だ。笑い合って、ゴミと荷物を持つと、駅のホームへ降り立つ。
 坂の上にある小さな駅だった。日差しのせいで白く見える道をずっと下っていく。
「温泉以外、遊ぶところはないって、親父言ってたなあ」
「な、旅館の名前は?」
「山清旅館っていうところだ」
「どこら辺にあるんだ?」
「海に近い高台にあります、って書いてある」
 パンフレットを太一に見せて、ヤマトは辺りを見まわした。
「この辺じゃないよな」
 そんなに大きくはないこの温泉街の中心地らしい。
 高台といえば、さきほどの駅と反対側の方にある。
 ぶらぶらと歩きながら、旅館を探していく。たまに浴衣に下駄履き、タオルを引っかけた人とすれ違うのがいかにも温泉街といった感じだ。
「太一、夕飯が入らなくなるぞ」
 温泉客目当ての出店でイカ焼きを買った太一にヤマトは注意した。
「いいって、温泉に入ったら腹減るし」
 素知らぬ顔で太一はイカ焼きにぱくついた。
「あれじゃねえか?」
 地図とにらめっこするヤマトの先を行っていた太一が指さした。
「ほら」
 ヤマトは顔を上げて、太一の指さす方向に目を向けた。確かに一軒、旅館がある。
「でも、あれ……」
 何がそんなに立派な旅館じゃない、だ。かなり離れたこの場所から、見ても相当に大きな旅館のようだ。
「ほら、行こうぜ」
 太一がヤマトの手を引っ張る。
「だけど、太一」
「行くだけ行ってみようって」
 楽観的な太一に、ヤマトは連れられる形で歩きだした。
「どうみても違うと思うんだけどな」
 太一は聞こえないふりをして、ヤマトを引っ張っていく。
 太一に連れられ、旅館の前まで来ると、ヤマトは再度思った。
(ここは、違うだろ)
 何というか……立派すぎる。大きな松の木が塀の向こう側からのぞいて、門の前に木陰を作っている。白塗りの塀は今塗られたみたいに真っ白く、門の前には打ち水がなされており、涼やかな風が吹き抜けた。
 太一は感心したように門を見まわし、ため息をついた。
「でけえな」
「ここ、違うんじゃないか」
 あまりに立派な、その門構えにヤマトはたじろいだ。門を見ていた太一はヤマトの服をつまんで、門にかけられた号の文字を読ませた。
 山清旅館――確かに黒々とした字で、そう書かれている。
「パンフレットと違うぞ……」
「まあ、とにかく行ってみようぜ。違ったら道を聞けばいいだけなんだし」
 太一は気楽そうに言ってさっさと横の小さな門をくぐる。鍵はかかってないらしく、あっさり扉は開いた。
「おい、待てって」
 ヤマトもあわてて、後を追いかけ、門をくぐった。
 玄関まで距離がある。白い敷石に玉砂利、丁寧に剪定された庭木。本当にここが、今夜泊まる旅館なのだろうか?

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