「よお」
入ってきたヤマトに太一は手を上げて、笑顔を見せた。
「これ、クラスのやつらから」
ヤマトは果物の盛り合わせの入ったかごをベッド脇のテーブルに置いた。
「そっか……俺、いまリンゴ食べたばっかりなんだよな」
「太一のところの母さん来てたんだろ? そこですれ違ったよ」
ヤマトは太一の顔から目をそらして言った。
「――具合、どうなんだ?」
「なかなかいいらしいって先生は言ってた。あといくつか検査したらリハビリ始めようかってさ」
太一の声はどこまでも明るかった。
それは麻酔から覚めた後も、そして衝撃的な事実を告げられた後も変わることのないものだった。
そして連日太一のもとを訪れているヤマトでさえ、太一の沈んだ表情や悩んでいるところを見ることはなく、また打ち明けられることもなかった。
太一はいつもヤマトに笑顔を見せる。ほほえまれたヤマトの胸が痛むくらいに透き通った笑みを太一は浮かべるのだった。
――太一は肉体的には致命傷を免れた。頭部にも大した怪我はなく、その後の検査でも異常はないと判断されていた。問題は下半身の怪我だった。右大腿骨の骨折と左の足首の骨折、そして右足に負ったすさまじい裂傷。右足の神経は切断され、後遺症を免れなかった。
「――息子さんは、サッカーをやってらっしゃるとうかがったのですが」
担当の医師と向かい合って、太一の父と母はうなずいた。
「はい」
「……息子さんにはお気の毒ですが、はっきり申しますと、サッカーに限らず、スポーツは、以前のようにはできないであろう可能性が高いです」
父が顔を伏せた。母の表情が凍り付く。
「怪我の状態とリハビリ次第では日常生活に差し支えない程度には回復すると思われますが――息子さんはプロを目指しておられるとうかがいましたので……」
「ええ……大学も推薦で行くはずなのですが」
乾いた声で母が応える。今にも崩れそうな妻を父が支えた。
「ウソでしょう……だって、あの子……」
「普通にスポーツはもちろんできます。趣味程度には。けれど、プロの行う運動量に息子さんの足はもう耐えられないと思われます」
「……なんとかならないのでしょうか」
震える声を抑えて、父が聞いた。
「……これは、もう……」
医師はカルテに目をやった。
「神経の癒着がまだありますので、時をみて再手術をするのをおすすめします。けれど、元通りになる、ということは何とも……。まずは、日常生活のリハビリが最優先でしょう」
しばらくは伏せられていたこの事実も、やがて太一に告げられた。
父からゆっくり事情を聞かされ、太一は大きく息を吐いた。
「そっか」
ゆっくりうなだれる。視線が右足に移った。
「太一、だけどな……」
「だいたい分かった。父さん、ちょっと一人にしといてくれ」
病室を出ていく父の目に映った息子はひどく小さな背中をしていた。
父がゆっくり扉を閉め、重い足音が消えていくと、太一は左手で足をさすった。
「もうダメかあ……」
つぶやくと、太一は大きく息を吐いた。
「ダメなのか」
吐き出した息の中に、自分の夢や希望が詰まっていて、それが全部空中に消えていってしまう気がした。
夢が全部消えたら、自分は空っぽだ。なぜかそんな考えが浮かんだ。
決してそんなことはないのだろうけど、どうしてかそう思ってしまう。あまりにも残酷な結末だ。
「あーあ。どうしよっかなあ……」
太一は言って乱暴にベッドに横になった。体のあちこちが痛んだが、そんなことには構わなかった。
しばらく天井を見上げている内に、涙が少しこぼれて、その後太一は少し笑った。
「俺、しくじったなあ……」
――表面上の太一はまったく落ち着いて見えた。医者の話にうなずき、質問し自分なりに答えをまとめ上げようとしているようだった。
見舞いに来た誰もが言葉に迷う様子を見て、笑いもした。
毎日病室にやって来るヤマトに呆れた顔を見せて、差し入れが多すぎて太ったと愚痴をこぼしたりもする。
始まったリハビリにも熱心な様子で参加し、早く歩きたいんだと担当の医師に告げた。
「俺が歩けないと、みんな暗いからな」
そう言った太一の目はあまりにも真剣なものだった。
支えがなければ立つことができなかった足が、なんとか何かに頼りながら歩けるようになる。
やがて、杖をつきながら病院内を歩く太一の姿が見られ、足を引きずりながらも歩けるようになる頃にはもう夏は終わりかけていた。
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