「青ブロックの人は、応援合戦の準備をして下さい、繰り返します――」
放送委員の声に、太一はシートの上に立ち上がった。手に持ったままのおにぎりを無理矢理、口に押し込んで、靴を履く。
「頑張ってね。一番最初に応援するんでしょう?」
喉を詰まらせたのか、胸を叩く息子を見て、母が水筒からお茶を注いで太一に渡す。
お茶を飲んで、喉につっかえたおにぎりを流してしまってから、太一はうなずいた。
「ヒカリ、写真なんか撮るなよ」
靴を履き終えて、オレンジを食べていた妹を見下ろす。
「やだよ、絶対撮るからね」
ヒカリは可愛らしく笑って、デジタルカメラを太一に見せた。
言っても無駄だと悟ったのか、それとも急いでいたからか、太一はそれ以上は何も言わなかった。
「太一、見てるからなあ」
呑気な父親と母親に手を振って、太一は教室まで急いだ。
着替えは教室内で行うことになっているが、男子が先に着替えるので、急がないと女子に文句を付けられる。
教室の扉を開ける前からも廊下には笑い声が響いてきていた。
扉を開けて、中に入った太一も吹き出さずにはいられなかった。
「似合わねえよ、お前ら!」
既に何人かは着替えを終えて、ポーズを取ったりしてふざけている。
どう見ても笑うしかできない光景だ。
調子にのって、化粧をしたり髪にリボンをくっつけている男子もいるが、さすがに太一もそこまでやるつもりはない。
着替えようと、太一は紙包みから借りてきた制服を取り出した。
青と白の襟を持ったその服に一瞬だけ渋い顔になったが、もう止めるわけにもいかない。あきらめて体操服の上着と短パンを脱いだ。
まずセーラー服の上着を着てみる。別にきつくはない。胸元のスカーフは後で結ぶことにして、次におそるおそるスカートに足を入れてみる。
「うわ、すーすーする」
「だろ? なんか落ち着かねえよな」
横で同じくスカートをはいていた友人が情けない顔で、スカートをつまんでいる。
太一はクラスの女子に貸してもらった、だぶだぶの靴下を垂らしてみた。
「ルーズソックスって普通の靴下みたいに履くんだよな?」
「たぶん」
椅子に腰掛けて、履いてみる。セーラー服のスカート丈が短めなので、太ももがむき出しになったが、そんなことはどうでもいい。
「なんか、こう……上げたくならねえか?」
足下でだぶついたルーズソックスを太一は引っ張り上げてみた。
「八神、似合ってるじゃん」
後ろからそんな言葉をかけられて、太一はむっとして言い返そうと振り向いたが、言葉の代わりに笑いが洩れた。
「なんだよ、それ!」
頬に赤い丸を描いて、付け睫毛をしたその少年はしなを作って見せた。
「アタシ、きれい?」
笑い声が教室中に広がった。笑いを収めようとしても、すぐに誰かのセーラー服姿を見て、再度吹き出してしまう。
笑いが笑いを誘い、外で待ちくたびれていた女子が窓ガラスを叩いて、男子たちをせかすまで、それは続いていた。
文句を言いながら、入っていく女子の中には空もいる。
太一はこそこそと空に見つからないように、教室を出た。
どうせ隣り合って応援するのだから、見られるのが遅いか早いかの違いなのだが、それでもそれなりに心の準備というものが欲しい。
だいたい女子がズボンを履いてもおかしくはないのに、男子がスカートを履くと笑いを誘うのはなぜだろう。
女子の笑い声を背中にしながら、男子生徒はさっさと校庭へ駆けていく。
昇降口はセーラー服姿の男子生徒ばかりで、その数の多さにグラウンドの方からも笑い声が聞こえてくる。
上靴からスニーカーに履き替えていた太一は、後ろから背中をつつかれて振り向いた。
「ヤマト」
「よお」
赤いはちまきを締めたヤマトは太一を上から下まで眺めまわした。
おもしろそうな目が、一瞬だけもっと熱っぽい光を浮かべたが、太一は気がつかなかった。
「へえ、思ったよりはましだな」
太一は気まずくなって、身を引こうとした。
「ちゃんと結べよ」
適当に結ばれた胸元のスカーフにヤマトは手を伸ばし、綺麗に結び直してやる。
太一は辺りを不安そうに見回した。
「いいって。止めろよ」
自分の手を払おうとした太一の手を逆につかんで、ヤマトは太一を適当な教室へ引っ張っていった。
「おい! 時間ないのに……」
太一の言葉を無視して、ヤマトはセーラー服の襟の辺りをひょいとつまんだ。
「へえ、けっこう作りは簡単だな」
「お前、なにしてんだよ」
近づいたヤマトの顔に動揺して、太一はヤマトから離れた。
「見に来たんだよ。太一が女装するって言うから、楽しみにしてたんだ」
「楽しみ? こんなの見て楽しいのか?」
太一は自分の格好を見下ろして、疑り深そうな顔になった。
「俺はヤマトの女装見ても楽しくないぞ」
いや、ひょっとしたら似合うかもしれないが、そんなことを考えるよりも今は、グラウンドへ早く行かなくては――。
「ああ」
ヤマトはにやにや笑って、ポケットを探った。ヤマトの視線がそれたので、太一はこそこそと扉の方へ向かう。
「太一」
呼び止められて振り向いた太一の目の前が光った。
フラッシュの残光で目がくらくらする。まばたきを何度か繰り返し、目を開けると、ヤマトがフィルムを巻き上げていた。
太一は胡散臭そうにヤマトをにらんだ。
「何、撮ってるんだよ」
「いや、記念になるかなって……」
楽しそうにヤマトはまた何枚か写真を撮った。
「止めろって」
太一はヤマトのシャッターを押す手をはたいた。
「こんなの撮って何が楽しいんだよ」
「何がって……」
それを言い出すときりがない。たとえば、短めのスカート丈から覗く膝小僧とか、上着からたまに見えるお臍のあたりとか、何となく昔を思い出させるルーズソックスのだぶつき加減とか……。
つまり、一言で言えばこうだ。
「全部」
あっけらかんとヤマトは言って、太一に顔を寄せた。
「なあ、その服、いつまで借りてるんだ?」
「……今日返す」
太一はヤマトから顔を離そうとする。
「あさってじゃ駄目か?」
「駄目だ」
ヤマトの手が伸びてきて、太一の腰に巻き付く。
いいかげんにしろと、その手を振り払おうとした太一の耳元に低い囁きが忍び込んだ。
「だったら今から、家に来ないか」
「さぼれって?」
服の裾からヤマトの手が上がってくる。
むずがゆさとは別に、心地よさを感じてしまう。少し冷たいこの手が、どうして自分の体をあんなに熱っぽくできるのだろう。
揺らぎかけた太一だったが、障害物走のときに決めたことを思いだし、ヤマトの手をつっぱねようとした。
しかし最近大胆になった、というよりも太一を押し切ることに慣れてきたヤマトは、太一の足の間に自分の膝を割り込ませた。
「ヤマト、駄目だって」
太一が腕の中でもがく。
「分かってるんだけど……」
そうこう言う間にも、ヤマトはセーラー服をたくし上げて、さきほど自分が結び直したセーラー服のスカーフをぐしゃぐしゃにしてしまった。
「ヤマト」
太一の力に迷いが加わった。押し返そうか、それとも背中に回そうかという微かなためらいがある。
「人前に出したくないな」
太一を抱きしめて、ヤマトはぽつりとつぶやいた。
「いいから離せって」
「イヤだ」
拒む太一に目を細めて、ヤマトは太一の耳朶を優しく噛んだ。
太一の抵抗がまた一段と弱いものになる。
「ヤマト……」
「明日休みだろ……」
それならば太一の体を休ませることもできる。
耳元の熱い声に、太一の手がそろそろとヤマトの背中に回りかけた。
いつもの通り、背中に太一の手の温みを感じながらヤマトはゆっくり太一の唇に自分の唇を寄せた。お互いの吐息が重なろうとして――そこで残念だが、お終いだった。
「何をしてるんだ?」
洩れてくる声を不審に思ったらしく教師が、ドアを開けたのだ。
声がかかると同時に太一はヤマトを突き飛ばし、素早く背を向けた。
「何だ、八神と石田か」
ケンカでもしていると思ったのだろうか。教師の声は少し厳しかった。
「早く校庭に行きなさい。午後の競技が始まるぞ」
「はい」
「……はい」
ヤマトは机の角で打った腰を押さえて、太一は背を向けて、おとなしくうなずいた。
教師がドアを開けたままで行ってしまうと、太一とヤマトは気まずげに視線を交わした。
「俺、行くからな」
顔を見せないで歩きだした太一に、ヤマトもあわてて後を追った。
太一の背中が怒っているようにも見えて、不安になる。
「太一」
無視されるかと思いきや、太一は足を止めた。
振り返った太一の声は教師よりも厳しいものだ。
「お前、障害物の時、誰に手を振ってたんだ?」
どぎまぎして、ヤマトは応えた。何か悪いことをしただろうか?
いや、弟に手を振っただけだ。それ以外は何もしていない――リレーに出場した太一の写真はしっかり撮ったが、これは関係ないはずだ。
タケルに手を振っただけ、そう言うと太一の目が和んだ。
満足そうにうなずいてつぶやく。
「ブラコン」
その言葉には反論したくなったが、太一の唇に浮かんだ微笑に誘われるようにヤマトはドアに手をかけて、太一の顔をのぞき込んだ。
「見てたのか?」
それには答えず太一は、少し伸び上がってヤマトの唇に軽くキスした。
「――なら、許してやるよ」
ヤマトの目が丸くなったが、もうそれには構わず太一は走り出した。
恥ずかしいのもあったが、集合の笛が鳴っていたのだ。
残されたヤマトは唇を押さえ、切なげにため息をついた。
「さぼりてえよ」
乱暴に言って、ヤマトも走り出した。
ぎりぎり間に合った太一と違って、遅れたヤマトだったが、注意した教師が不思議に思うほどにその様子は満足そうだった。
無事に応援合戦を終えて、退場門を出ると、光子郎が声をかけてきた。
「太一さん」
「光子郎、次ってお前のブロックの応援じゃなかったか?」
「僕は音響をやっているので出場しなくていいんですよ」
「あ、その手があったか」
光子郎の左腕に音響係であることを示すリボンが止められているのを見て、太一は悔しそうに言った。
並んで本部テントまで歩いていく。
「太一さんはもう出ないんですか」
「あと、部活対抗リレーに出るだけ」
「サッカー部って何して走るんですか?」
それぞれの部活を示すようなパフォーマンスを行いながらのリレーは、応援合戦と共にこの中学の競技の目玉でもある。
「リフティング」
太一は手に持っていた青いポンポンを乱暴に揺すった。
「絶対勝てないよな。リフティングしながらなんてさ」
「わかりませんよ」
「放送部の奴らが勝つに決まってるぜ。あいつら、マイクもって走るだけだって」
文化系の部活に有利な競技だというのが、大方の体育系の部活に所属する生徒の見方である。
光子郎は楽しげに、目を細めながら、太一が話すのを聞いていた。
太一は演劇部がカツラをかぶって走るのもずるいと不満を漏らしていたが、途中で足を止めた。
「どうしたんですか?」
「なんか、変な音がする。カシャカシャって……写真撮ってるみたいな音」
太一は不審そうに辺りを見回した。
光子郎はぎくっと頬を強張らせたが、彼にとっては幸いなことに太一は周囲を見回しただけで、横の光子郎にまでは目を向けなかった。
「気のせいじゃないでしょうか? けっこう写真を撮っている人も多いですし」
「そうかなあ。近くで聞こえたから……ま、いいか」
太一は光子郎の言葉に納得したのか、もうそれ以上は何も言わなかった。
応援席に戻っていく太一を、放送席前で見送りながら、光子郎は心の中で太一に謝った。
(すみません、太一さん)
その手の中には、それはそれは小さなカメラが握られていた。
インターネットを通じて、スパイの隠し撮りにも使われていたカメラを手に入れた光子郎は、この体育祭で初使用することに決めていたのだ。
そう決めたのは、もちろん青ブロックの応援合戦が男装・女装に決まったと聞いたときだ。
(ちょっとスカートが短くないかな……)
走り出した太一のスカートがひるがえり、きわどい箇所までめくれあがる。
それを見て光子郎は眉をひそめたが、それでももう一度シャッターを押したのだから、裾を気にしない太一の走り方を責めるわけにはいかないだろう。
ポンポンを持っているところをもっと撮りたかったという不満は残ったが、予想以上にたくさんの太一の写真が撮れたことに光子郎は満足した。
テントへ戻ると、ちょうど黄色ブロックの応援が始まったところだ。
綺麗にそろったマスゲームに使用されているボレロを聴きながら、光子郎は青ブロックの応援席を見やった。
太一がどこにいるかは、分からないが、もうセーラー服は脱ぐのだろう。似合ってたのにな、と光子郎は名残惜しげなため息をついた。
「太一、ポンポン回収するの手伝って」
学ランを羽織ったままの空が、太一を呼び止めた。
「面倒くさいな」
教室に着替えに行こうとしていた太一は断ろうとしたが、空に素早く段ボール箱を押しつけられて仕方なしに、また応援席へと戻っていく。
「一年生のところから集めてきてね」
空の声に太一はうなずいた。
「ね、太一」
「ん?」
空ははめていた手袋を外して、太一に笑いかけた。
「せっかくだから写真、一枚撮らせて」
「そんなのどうするんだよ」
「ミミちゃんと丈先輩に見せるの」
どこに持っていたのか、インスタントカメラを持ち出した空がシャッターを押す前に太一は逃げ出した。
「一枚くらい、いいじゃない!」
「自分の写真を撮れって」
全速力で駆け出す太一。サッカー部の足に、テニス部の足はかなわない。
学ラン姿も凛々しい空はくやしそうに、小さな後ろ姿だけ撮ると、ふと思いついた。
「あ、ヒカリちゃんにもらえばいいわ」
そう考えれば、そちらの方がいい。妹にはさすがの太一も写真を撮るのを許しているはずだからだ。
気を取り直して、空はポンポンをまた回収し始めた。
「お兄ちゃん!」
後ろから聞こえた妹の声に太一はびくりと振り返った。
もちろん、そこにはデジタルカメラを構えたヒカリとタケルが、仲良く並んで立っている。
「今、忙しいから後でな」
太一は素早く背を向けて、下級生のポンポンを集めようとした。
ヒカリがぽつりとつぶやく。
「……お兄ちゃん」
不思議そうな顔をする男子生徒から、四つポンポンを受け取ったところで、太一はまた振り返った。
ヒカリがじっと何か訴えかけるようにこちらを見ている。
「――分かったよ、撮れよ」
太一はため息と共に抵抗をあきらめて、ヒカリにうなずきかけた。
ぱっとヒカリが花が開いたような明るい笑顔を浮かべる。
「あのね、ポンポン持って、こう構えて」
太一は黙って箱を置くと、妹の注文通りポンポンを構えた。
「笑って、お兄ちゃん」
太一はむっつりした表情のままだ。
「お兄ちゃん……」
「ヒカリ、それ誰にも見せないって約束するか」
「……分かった」
「なら、いい」
太一は少しほっとしたのか、微笑した。
タケルは思わずカメラを構えたが、ヒカリに肘でつつかれて、あわてて腕を下ろす。
確かにタケルも撮ろうとしたら、太一は今度こそ背を向けて行ってしまうかもしれない。
ヒカリが満足するまで、様々なポーズを取ってやった太一は疲れたように、ポンポンを集め始めた。そろそろ最後のブロックの応援合戦も終わりかけた頃だ。
ご機嫌なヒカリの様子にタケルはちょっと愚痴を洩らしてみる。
「ヒカリちゃんだけずるいよ」
「でも、タケル君が撮ったらヤマトさんに写真がいくでしょう」
「お兄ちゃんには見せないから、撮りたかったな」
「だったら、さっき撮った写真あげる」
タケルは首を傾げた。
「だって、太一さんは見せるなって」
「お兄ちゃん、あげるなとは言ってないよ」
タケルは立ち止まって、ヒカリの顔を見つめた。それはそうだ。確かにその通りだ。だが、そういうのを屁理屈とは言わないだろうか。
「やっぱり、いらない?」
「いる」
うなずいて、タケルは心の中で太一とヤマトに謝った。
(ごめんなさい、お兄ちゃん、太一さん……)
屁理屈でも何でも、ポンポンを構えた太一の姿は、非常によかった。
その貴重な一枚のためには、兄弟の絆を一時だけ忘れたタケルだった。
ポンポンを回収し終わって、さて着替えようと教室へ歩きかけたところで、部活仲間が太一を呼びに来た。
「部活対抗に出るやつ、集合だって」
「着替えてくるよ、このままじゃ走りにくいし」
「……急げよ」
じろじろと太一の格好を見て、吹き出した相手の頭をはたいてから、太一は教室まで急いだ。
静かな校舎内を走って、教室へ駆け込む。ドアを引いたところで、甲高い悲鳴が耳をついた。
数人の女子が学ランを脱いでいたところだったのだ。
鋭い叱責の声が太一を刺した。
「着替え中!」
「わ、悪い」
目を逸らしてドアを閉めてから、太一は困ったように窓の外を眺めた。
よく見れば、皆集合し始めている。着替えを終え、全速力で走ってぎりぎりというところか。
いらいらと待つ太一の横をまた何人かの学ラン姿の少女がすり抜けていく。
「おい」
「何?」
うちの一人を呼び止める。
「着替えるのか?」
「そうだけど……」
彼女たちが着替えるのを待っていたら、間に合わないことは確実だ。
「悪いけど、俺の体操服取ってきてくれないか」
「あ、部活対抗に出るんでしょ?」
太一の焦ったような口調の理由を察して、少女はうなずいた。
「持ってきてあげる」
彼女は教室に入り、すぐに太一の体操服を持ってきてくれた。
「助かった!」
少女に礼を言って、太一は隣の教室へ駆け込んだ。
スカートの下に、短パンをはいたところでドアが開く。
「おい、八神!」
すでにサッカー部のユニフォームに着替えた相手の少年は、着替え中の太一の腕を引っ張った。
「なにしてんだよ。お前だけだぜ、来てないの」
「いや、着替えが……」
嫌な予感が走る。
「もう、それでいいって」
「少しくらい待てよ」
ドア近くまで連れてこられて、太一は情けない顔になった。
応援合戦はまだいい。なにしろ百人以上の男子の中の一人だったのだから。しかしリレーはそうはいかない。たった一人でトラックを半周するのだ。
セーラー服を着たまま、リフティングする自分を想像して太一は家に帰りたくなった。
こんなことになるのなら、ヤマトとさぼっていた方が良かったかもしれない――。
「な、すぐ済むから……」
太一を遮って、少年はグラウンドを指した。
「だってもう入場してるんだぜ」
「嘘だろ!」
太一はこのリレーで一番最初に走る。ヒカリの撮影に付き合っていたのが、まずかったのだろう。
力が抜けた太一を慰めるように少年が言った。
「気にすんなよ。お前がサッカー部だってこと、みんな知ってるし……」
そんな問題ではないことは、太一もそう言った少年も知っていた。
グラウンドまで駆けていきながら、太一はせめて短パンだけは履けてよかったなと、自分で自分を慰めた。
<<<
>>>