君がヒーロー
3



 スタートラインに立った、サッカーボールを手に持つ少年にグラウンド中が注目した。
 放送アナウンスは部活動対抗リレーだと言っていたが、と何人かはプログラムを広げ直し、それから少年の足下にあるサッカーボールに納得した。
 まあ、なんと言っても中学校の体育祭だ。少しくらい浮かれて、あんな格好をしてもほほえましい限りだ。これが大方の保護者たちの感想らしい。
 テントの中の来賓や、観客、教師までもが笑っているのに気づき、太一は泣き笑いのような表情を浮かべた。
 この分だと太一を知る友人たちはそれこそ、大笑いしているだろう。
 それならそれで腹をくくってやる。
 なに、せいぜいトラック半周だ……リフティングをしながらだが。
 放送部や演劇部、テニス部などの部活動リレーに参加する選手の視線を感じながら、太一はサッカーボールを足下に下ろした。
「位置について――」
 選手が身構える。太一は正面をにらんだ。
「用意……」
 パーンと火薬が打ちならされる。いっせいに走り出したほとんどの選手は文化系の部活に所属している生徒だ。
 マイクを持った放送部がトップで、その後をカツラを抑えた演劇部が続く。
 軽音部はギターを持って走ると聞いていたが、よく見ればその手にあるのはドラムのスティックだ。
 さっさと走っていく文化部に対して運動部はと言うと……。
 テニス部はラケットの上でボールをバウンドさせながら、そろそろと移動し、野球部はバットを手のひらの上でバランス取りしながら、歩いている。
 ――そう、運動部は皆、走ると言うよりも歩くようになっている競技なのだ。
 陸上部にいたっては、グラウンド整備用の重い機材を持たされて、走っている。
 少なくともビリになることはないかなと、太一はボールと体のバランスを上手く取りながら、前へ進んだ。
 バスケ部がボール二つでドリブルしているのを追い越して、太一はサッカーボールを少し高めに上げた。
 ボールが上がっている間に、バレー部に距離を詰めようとしたのだ。
 追いつかれそうになったバレー部が負けじとボールを高く上げる。
 だが手首の返しがうまくいかなかったのか、ボールは後ろに弾み、一度バウンドすると、狙いをつけたように太一の足下へ転がってきた。
「うわっ」
 足を下ろそうとした場所に白いバレーボールがある。
 避けようとして、逆にバランスを崩し、太一はバレーボールを踏んでしまった。
 よく空気の入った堅いボールだったためか、太一は一瞬玉乗りをするように足を浮かせ、それから地面に倒れた。
 わっとどよめきが走る。サッカーボールが受け止められず、グラウンドに落ちてきた。
 ころころとグラウンドの中央へ転がっていく。追いかけようと、太一はあわてて立ち上がろうとし、うずくまった。
 足首をかなりひどく捻ったらしい。ずきずきと熱いくらいに足首が痛んでいる。
 うずくまった太一の横を、陸上部がのろのろと追い抜いていった。
 痛みをこらえ、よろよろと立ち上がりかけたとき、またどよめきが走った。
 聞き慣れた声が、ざわめきを貫いて太一を呼ぶ。
「太一 ――!」
 振り向けば、ヤマトがこちらへやって来ていた。赤いはちまきが風にたなびいている。
 こんな時だというのに、太一はどきりとしてしまった。
(か、かっこいいかも……)
 足首の痛みを一瞬忘れ、本気でそう思ってしまった。
 混乱した太一の側まで駆けてくるとヤマトは有無を言わさず、太一を抱き上げた。
「おい――」
「いいから、掴まってろ」
 そのままヤマトは走り出した。
 ボールを足下で転がしながら、本部テントを目指して走っていく。
 本来ならリフティングで走らなければならないし、第一それを言えばヤマトはサッカー部員ではない。
 呆気にとられるリレー選手を次々に追い抜くと、サッカーボールを待っていた二番手の選手に渡し、そのままトラックを出る。
「ヤマト、下ろせって……」
 人目に付くと言えば、これほど人目に付く二人組もない。
 だが、ヤマトは太一を下ろすことなく歩き続けた。
 太一はヤマトの腕に抱かれたまま、少し離れた場所に設置された保健テントまで連れて行かれると、そこでようやくヤマトの腕から下ろされた。
 ヤマトは太一をパイプ椅子に腰掛けさせ、その足下にしゃがむと、そろそろとルーズソックスを脱がせる。
 保健医の呆れた顔にも構わず、湿布を太一の足首に張り、はがれないようにそっと押さえた。
 そのひやりとした感触に太一は足を引こうとしたが、ヤマトの手は優しいながらも、しっかりと太一の足をつかんでいる。
 ヤマトのうつむいた頭を見ながら、太一は手当を受けた。
 湿布がずれないようにテーピングされ、上からネットをかぶせられる。横で眺めていた保健医は、手際がいいこと、と感心したようにつぶやいた。
「もういいぞ」
 ネットをかぶせ終わって、ヤマトは顔を上げた。
「少し腫れてたから、病院行った方がいいかもな」
 太一の何か言いたげな顔が、ヤマトをじっと見つめる。
「……悪かったよ」
 太一を抱えて走ったトラック半周。おそらくこの体育祭の中で最大の注目を浴びたはずだ。
 ただでさえ、目立っていた太一の女装に、このハプニング。だが、うずくまった太一を見た瞬間、太一だけしか見えなくなってしまったヤマトだった。
「違う」
 太一が首を振ったところで、保健医が生徒に呼ばれて席を外した。誰か日射病で倒れたらしい。
 太一は立ち上がって、辺りを見回した。
 皆グラウンドに注目している。大逆転でもあったのだろうか。
「こっち」
 ヤマトを手招きして、校舎の裏辺りまで歩いていった。
 建物の陰に入り、グラウンドが見えなくなったところで、太一は思いがけない行動に出た。
 障害物走のときに決めたことなど、頭から吹き飛んでいる。
「た、太一」
 しがみついてきた太一の肩をそっと抱いて、ヤマトは赤くなった。
「どうかしたのか」
 ヤマトの肩に頬を置いて、太一はため息をついた。
「俺、本当にしょうがないやつだなあ」
「あれは、バレー部の奴が……」
 悪い、と言いかけたヤマトの唇に太一の唇が重なった。
 すぐに唇は離れて、太一はまたヤマトの肩に顔をうずめる。
「バカ。お前みたいな恥ずかしい奴を――」
 パーンと競技終了の火薬が鳴ったが、ヤマトの耳にははっきりと太一の言葉が聞こえた。
「……ってことだよ」
 小さくなっていく太一の言葉が終わらないうちに、ヤマトは太一を強く抱きしめた。
 太一の赤くなった耳元に、太一以上に熱い言葉を囁き返す。
 しばらく抱き合ってから、顔を上げ、お互いに赤くなった額と額をこつんとぶつける。
 退場の音楽が鳴り出した。次は最後の競技、ブロック別の対抗リレーだ。
「ヤマト、リレー選手か?」
「いや」
「足、早いのに」
 自分を抱えて走ったことを思い出して、太一は笑った。
「陸上部が勧誘に来るかもしれねえぞ」
「来る訳ないだろ。……太一は、リレー出るのか」
「この足じゃ無理だろ」
 なぜか離れがたく、ヤマトは太一を抱きしめ、太一もヤマトを抱き返した。
 アナウンスが、各ブロックの点数を放送している。
 赤が今のところ優勢らしい。次のブロックリレーで勝敗が決まるそうだ。
 太一が渋々、ヤマトの胸をそっと叩いた。
 いつまでも、ここで抱き合っているわけにもいかない。
「……着替えなきゃな」
「服、持ってきてやろうか」
 太一の足を気遣って、ヤマトは教室へ向かおうとする。
「俺も行く」
 腕を離したヤマトの体操服をつまんで、太一は恥ずかしそうに言った。
「さっきは、ありがとうな」
「いや……」
 ふうっと切なげなため息が両方の唇から洩れた。
「お前、置いておいてこまる荷物あるか?」
 太一がグラウンドを見ながら聞いた。
「いや、別に」
「ふうん……」
 並んで歩いて、教室まで行く。
 ヤマトは太一が脱いだセーラー服を畳んで、袋に仕舞う。
 二人は行儀悪く机の上に座ると、太一は時計を、ヤマトはグラウンドを眺めた。
 残りの競技は一つだけだ。それが済めば、閉会式とホームルームがあるだけ。
 学校にいる時間はせいぜい一時間ぐらいだろう。だが分で直せば六十分で、秒で直せば三千六百秒。
 太一はヤマトの方を見つめた。ヤマトも太一を見つめている。
 生徒の声援も、弾むようなリズムの音楽も遠くなった。
「なあ……言い訳はどうする?」
 太一がぽつんと呟いた。
 ヤマトが応える。
「八神太一は足首捻挫で病院へ。石田ヤマトはその付き添い――ってのはどうだ?」
「家族がいるのにか」
「……何とかなるだろ」
 ヒカリの顔を思い浮かべ、ヤマトは少し考え込んだが、太一は微笑した。
「何とかなるな」
 太一の言葉にヤマトが立ち上がって、手を貸す。
「裏門?」
「ああ」
 ヤマトの手につかまって歩きながら、太一はまた笑った。
「俺たち、いい子だな」
「いい子?」
 無断で早退する自分たちのどこがいい子なのだ――不思議そうなヤマトに太一は小さい声で教えた。
「ちゃんと家に帰ってからやるんだからさ」
 ヤマトは太一の青いはちまきを引っ張ってほどくと、少し上に跳ねていた太一の髪を梳いて、整えてやった。
「そうかもな」
「それだけかよ?」
 髪の間のヤマトの指先に、目を細めてくすぐったそうな顔をしていた太一は、そのあっさりした反応がつまらず眉を寄せた。
「そんなこと言っても、もう遅いだろ」
 指先で太一の髪を軽く引っ張り、ヤマトは苦笑した。
「何回、悪いことしたと思ってるんだよ」
 太一は言葉に詰まり、片手で数えてみた。親指から折って、小指も折り、また小指を立てる。
 二桁には達してない数だったが、それでも覚えている自分が恥ずかしい。
「……これからは、しないからな」
 太一の言葉に、ヤマトは謎めいた微笑を浮かべただけだった。

 ――裏門をこっそりくぐるとき、太一は困ったような顔をした。
「どうした?」
 足でも痛むのかと、ヤマトは太一に手を差し出した。
 その手につかまり階段を降りながら、太一はヤマトの持つ紙袋を指した。
「服、返すの忘れてた」
「あ」
ヤマトは持っていた袋を見て、黙り込んだ。
「ヤマト?」
 確かタンスの裏と、カレンダーの裏、それから電話の下にもあったはずだ。
 ヤマトは大きくうなずいた。
「延長料金、俺が払ってやるよ」
 目を丸くした太一に、ヤマトはにやりと笑った。
「だから、また着てくれな」
 太一はヤマトを見つめ、それからぱっと目を逸らした。
「……汚したら、クリーニング代もお前持ちだからな」
「分かってる」
 リレーに沸くグラウンドを後にして、ヤマトの家に向かいながら、太一は気になったことを聞いてみた。
「なあ、ヤマト」
「ん?」
「お前、よくそんな金あったなあ」
「ああ……ちょっと臨時収入があったんだ」
 家の掃除中に――と心の中でつけ加え、ヤマトは浮かんだ父親の顔に謝った。
(ごめん、親父)
 けれど、あんな見つかりやすい場所にへそくりを隠すこともないだろう。もっと意表をつく場所に隠さないと、自分の目はごまかせない。
 あれだけあれば、太一の貸し衣装の延長料金を払っても、お釣りは充分にくる。
 その分はちゃんと返すから――。
「許してくれな」
「何が?」
「いや、こっちの話」
 ヤマトは楽しそうに笑う。
「なんだよ。急に笑って、変なやつ――」
 ヤマトのはちまきに手を伸ばし、ほどいてから太一も笑顔を浮かべた。

 父親のへそくりのお陰で、代休を楽しんだヤマトだったが、もちろん手痛い仕返しも受けた。
「二回!」
「いいえ、五回です」
「それは、ボリすぎだ」
「太一さんをさぼらせた挙げ句、一人で楽しんで、そんなこと言ってるんですか」
 光子郎はかなり腹に据えかねたらしく、目を冷たく細めた。
「……三回」
「五回です」
 ヤマトはがくりとうなだれた。
「分かった……」
「交渉成立ですね」
 光子郎は微笑し、ヤマトに数十枚の写真を差し出した。
「写真一枚ごとに五回ですよ」
「くそっ」
 ヤマトの舌打ちを楽しそうに光子郎は聞いている。
 写真一枚ごとに、五回は太一と出かけたり、一緒にいたりすることに文句を付けないこと――なかなか、いい条件だ。
 これで、ヤマトが怒るからと誘いを断る太一と堂々と遊びに行ける。
 さて、何回出かけられるかなと、光子郎は写真を選ぶヤマトに目を向けた。
「……どうしてこんなに撮ったんだよ」
「僕の自由でしょう」
 ヤマトはくやしげに、写真に写ったセーラー服姿の太一を見つめた。
 自分だって持っているはずだったのに、ヤマトがカメラに収めたはずの太一の写真は、他でもない本人にすべて取り上げられてしまった。
 ヤマトの家でふたたびセーラー服を着ることを了承した太一だったが、写真まではさすがに許さなかったようで、気が付けば二個のカメラは太一が持って帰っていたのだ。
 色々と恥ずかしがる太一にあれやこれやと様々な注文を付けた手前、文句も言えず、こうして光子郎に写真をわけてもらう羽目になってしまった。
「くそっ」
「はい、今のところ十枚ですね。じゃあ、五十回は僕と太一さんは一緒にいられますね」
「おい、やっぱりお前ぼってるだろ」
「需要と供給の問題です」
 机の向こうで笑う光子郎。机の上の写真を持って、逃げようかと考えたヤマトだったが、教室の扉が開いて、空が顔を見せる。
「まだ、残ってたの?」
「あ、ああ」
 あわてて写真を片づけはじめるヤマトと光子郎だった。こんな時だけは、やけに気が合う。
 だが空の目は素早く机の上に向けられ、写真を一枚取り上げた。
「これ、この間の体育祭の時のでしょう」
 空は、太一の女装と部活対抗リレーの事件を思い出し、くすくす笑った。
 あれは校内新聞や、PTAの会報にも載るくらいに話の種になる事件だった。
「あ、そうだ。これミミちゃんに送ろうと思ってたんだけど――見る?」
 空はポケットから、まだ封をしていない手紙を出し、その中から一枚写真を抜き取った。
「ね、よく撮れてるでしょう」
 ヤマトと光子郎は、空の手から写真を受け取り、二人でのぞき込んだ。
「……」
「……」
「どうしたの?」
「これ、空さんが撮ったんですか?」
「ううん。ヒカリちゃんにもらったの」
 もう一度写真に目を落とす。
 光子郎とヤマトが撮った写真のような無愛想な顔でも、また横向きでもない。小さくもないし、ぶれてもいない。
 ちゃんと正面を向いて、青いポンポンを持ち、笑顔を浮かべている太一――もちろん応援合戦の時のセーラー服姿だ。
「これ、くれ」
「ダメよ。それはミミちゃんに送るんだから」
 ヤマトと光子郎の手から、写真を取って空は封筒に仕舞う。
 途端に沈んだ顔になった二人を励まそうと、空は提案した。
「ヒカリちゃんに頼んだら? まだいっぱい撮ってたみたいよ」
「ヒカリちゃんに?」
「ヒカリさん?」
 ヤマトと光子郎は顔を見合わせ、うなだれた。それは不可能というものだ。ヒカリがくれるわけがない……。
「タケル君ももらってたみたいだから、大丈夫よ」
 安心させようと空はそう言って、カバンを取り上げると教室を出ていてしまった。
「タケルが?」
 ヤマトは複雑そうな顔になった。確か、この間会ったときはそんなこと一言も言っていない。ヤマトを写した写真を何枚かもらっただけだった。
「あいつ……」
 素早く身を翻すヤマト。光子郎は後を追った。
「どこに行くんですか、ヤマトさん」
「タケルのとこだよ。まだ小学校にいるだろ!」
「なら僕も行きます」
 廊下を並んで歩きながら、光子郎はヤマトに手を差し出した。
「何だ?」
 素知らぬ顔でヤマトはポケットを押さえた。
「とぼけないで下さい。空さんが来たときに、三枚ポケットに直したでしょう。約束違反ですよ」
 ポケットを押さえたまま、ヤマトは走り出した。
「ヤマトさん!」
 光子郎も走り出す。
「ずるいですよ!」
「ぼったお前が悪い!」
 振り返らず、まっすぐ校門に向かって走りながらヤマトは言った。
「ぼ、ぼったって――」
 ヤマトの後を必死になって追いかけながら、光子郎はあまりの言いぐさに憤慨した。
 学校中の注目を集めたとうの太一とヤマトは、教師の許可も得ずさっさと帰宅し、おそらく――これは光子郎の推測だが、それはそれは熱い時間を過ごしたのだろう。
 太一が代休後の部活を見学していたのは、絶対に捻挫のせいだけではない。
 「ヤマトさん――」
 放課後の静かな校舎を光子郎の声とヤマトの足音が賑わせた。
 たとえ逃げ切られても、約束は守らせてやろう。小さくなっていくヤマトの背中を見つめ、光子郎は堅く心に誓った。

「母さん、これ、何?」
 病院から帰った太一はテーブルに置かれていた紙封筒をつまみ上げた。
「この間の写真」
「なんだって?」
 洗い終わった食器を拭きながら、母は太一の方へ振り返った。
「この間の運動会で撮った写真。ヒカリがタケル君から貰ってきたそうよ」
 肝心のヒカリは、写真を広げたところで友人に電話で呼び出されたらしい。
「……母さん見た?」
「ちょっとだけね。でも、おかしかったわ」
 思い出し笑いをする母をちょっとにらんで、太一は袋から写真を撮りだしてみた。
「……」
 いつの間に、というくらい自分ばかり写っている。大半が応援のときのセーラー服姿だというのがなんとも情けない。
 パラパラと気のない仕草で写真をめくっていた太一の指がふと止まった。
「……バカだよな」
 頬が少し赤く染まり、唇が笑うとも尖るとも言えない微妙な形になる。
「あら、それ何の写真?」
「な、何でも、いいだろ」
 のぞき込んできた母にあわてて、太一は写真をポケットに仕舞うと部屋へ戻っていった。
 閉めたドアに寄りかかりながら、もう一度写真を見つめ直す。
「……本当にバカだよな」
 太一はほほえんだ。
 こっそり持ってきた写真は一枚。
 見たことないくらい真剣な表情で、太一に向かって駆けてくるヤマトの写真だった。
 太一は写真に写ったヤマトの顔を指ではじいてから、大切にアルバムにしまい込んだ。
 着替え始めた太一から楽しそうな鼻歌が洩れだした。
 後、何年かしてこれを見せたらどんな顔をヤマトは見せるだろう。どうしてこんな写真を取っておいたのかと怒るだろうか。それともむくれて横を向くかもしれない。
 そんなことになったら文句を言わせる前に、キスしてやろう。かっこよかったぜとでも言ってやりながら。

 ――ヤマトが太一の写真を手に入れられたかどうかは、数年後の石田家で分かる。
 アルバムを広げた太一の目にその写真が飛び込んだのと、ヤマトがあわててアルバムを閉じさせようとするのは同時だった。
 それから、文句を言いかけた太一の唇にヤマトがキスするのも、突然のキスに驚いた太一に、ヤマトが笑顔で似合っていたぜと言うのも――すべて数年後の話だ。

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