チラチラと感じる視線に、セシリアは悠然と微笑む。
黒髪の美女に微笑まれた男――見るからに下級の兵士だ――は、だらりと相好を崩すと、すぐに気を引き締めるように背筋を伸ばした。
「まったく、なんなんだ!」
狭い馬車の中へと閉じ込められ、憤然と顔を歪めた客に、セシリアはしなだれかかる。
男の憤りも、理解できない物ではない。
セシリアには心当たりがあるが、男にしてみれば楽しい美女との旅行を、突然無骨な兵士達に邪魔され、狭い馬車へと閉じ込められているのだ。
まともな神経をした者ならば、それだけで参ってしまう。
「まあ、落ち着いて。せっかくだもの、この状況を楽しみましょう?」
褐色の耳朶に噛み付き、セシリアは甘い声音で囁く。それだけで男の機嫌は見る間に治まった。
「まあ、そうだな。折角の旅行なんだし、たまにはこんな経験も……」
「そうそう。兵士に拘留されるなんてこと、普通に生活してたらまず経験できないもの」
とはいえ、現在男が兵士に拘留されているのは、『まず経験できない』どころか、経験すべき事として仕組まれたことだ。
胸にしなだれかかる黒髪の美女によって。
「それにしても、急におまえから旅行に行きたいだなんて、ねだられるとは思わなかったよ」
紅を塗ったセシリアの唇に吸い付きながら、男は腰に腕を回す。その動きに身を任せたまま、セシリアは艶やかな笑みを浮かべた。
「今、色街の女の子達の間で流行てるのよ。馬車にのってのお忍び旅行」
正確に言うのなら、黒髪の娼婦の間で、褐色の肌をした男を選んでの旅行が、ほんの十日程前から流行りはじめた。
城下に住む褐色の肌をした人間は珍しいが、商人として入ってくる外国人は別だ。人の流れの多い色街に住む娼婦からしてみれば、わざわざ探さなくとも条件にあう男はいくらでも見つかる。
城下町から一斉に旅立つ黒髪の娘と褐色の肌の男。
それもお忍び旅行風に、馬車を使っての移動だ。
同じ条件の二人連れを探す兵士達には、面白いように声をかけられた。
数箇所で次々と見つかる二人連れに、さぞや兵士達も手を焼かされているだろう。
(少しは役に立てたかね……?)
兵士達が探している二人を思い、セシリアは男の胸に甘えたまま思考する。
これから先、どの道を選んで進めば、より多くの兵士とお知り合いになれるだろうか、と。