クロードに伴われて離宮の自室に戻ると、乳母が腰に手を当てて待ち構えていた。
帰還したらすぐにでも説教。それが終わるまで夕食はお預け。むしろ、今晩の夕食は中止に、と意気込んでいたカーラは、戻ったクレアの顔を見て、すべての計画を取りやめた。
優しく微笑み、ただ一言「温かいココアをご用意いたしますね」とだけ口にして退室したカーラを不思議に思うが、それについてあれこれ考えるのも億劫だった。
無言で椅子に座り、フィリーにされるままに着替える。
「……姫様、町はいかがでしたか?」
沈黙に耐えかねて、フィリーが恐るおそる口を開く。
てっきり、カーラにたっぷり怒られた後、一応の反省をし、すぐにそれを忘れて町での体験を武勇伝のように語ってくれると思っていたのだが。戻ってきたクレアの様子は、酷く憔悴しており、カーラもお説教を取りやめたほどだ。
「……疲れたわ」
そっけなく返された言葉に、フィリーは鼻白む。ここで引き下がっては、しばらくは落ち込んだままのクレアと対峙せねばならない。なんとも重たい空気を払拭できないものか、とフィリーは食い下がった。
「えっと……」
何か他に話題はないものだろうか。
懸命に言葉を探すフィリーを、クレアは無情にも切り捨てた。
「今日はもう休みたいの。お説教なら明日聞くって、カーラに伝えて」
「……はい」
それっきり口を閉ざしたクレアに、フィリーは諦める。黙々と夜着に着替えさせて、リボンの解かれたクレアの髪を梳り、これ以上の仕事がないことを確認してから退室した。
誰も居なくなった寝室で、クレアはのろのろと寝台に上がる。寝室の外には、今日はクロードが控えているはずだ。イグニスは町へと馬車を返しに行った。
(馬鹿なこと、言わなきゃ良かった……)
自分を連れて逃げろなどと。
考えてみれば、これまで自分はイグニスに対して数々の我侭を言って振り回してきた。今更一人の女性として、彼に愛されるはずもない。クレアとて、自分のような我侭な娘の相手など嫌だ。
イグニスにとっての自分には、家族を捨てるほどの価値もない。
全てを捨てたところで、イグニスには我侭で手の付けられないクレアしか残らないのだ。
主家の姫ではないクレアには、価値がないどころか、イグニスにはお荷物でしかない。
(馬鹿なこと、言った。もう、たぶん……)
イグニスはどんなにクレアが希おうと、嫁ぎ先までは付いてきてくれない。
自分がクレアの側に居れば、いつかまた同じ事を言い出すと解っているはずだ。
深く、深く息を吐き、クレアは寝台の上で胎児のように丸くなった。