ほんの閃きのように掻き立てられた警戒心から、イグニスはカルバンを見張り、クロードはクレアの側を片時も離れなくなった。
 ところが、当のカルバンは意外にも大人しく、すでに数日が何事もなく過ぎている。
 髪を結い上げたクレアを見た後にカルバンが取った行動といえば、宣言どおり連日領地中の細工師を離宮へと連れてきて、クレアのための装飾品をいくつも注文して満足していたぐらいだ。
 父と娘以上の過度の接触はない。
 カルバンが離宮を訪れるのはこれまで同様昼間だけ。それも、仕事の区切りがクレアのお茶の時間と重なった日だけだ。
 本当に、これまでと何一つ変わらない。
 クレアと三十分ほどお茶の時間を楽しみ、第五夫人の機嫌を窺ってから城へと戻る日々。
 さすがに、思い過ごしだったか。
 さしものカルバンも、六十歳を過ぎて実の娘相手に間違いは犯さないか。
 ――そうイグニスが思いはじめたのは、ほんの一時でも町へと降りたい用事があったからか。

(昼間……ほんの一時間ぐらいなら、クロードだけに任せても大丈夫、か……?)

 数日後に迫ったクレアの誕生日。
 その贈り物として、イグニスは知人に紹介してもらった細工師に耳飾りを作らせていた。それが本日の午後に出来上がる。誕生日当日より先に受け取りに行きたいのだが、カルバンを見張り、離宮から離れられない今のままでは、店まで取りに行くこともできない。

(一時間、……一時間だけだ。出来るだけ早く帰ってくる……)

 騎士はクロード一人になったとしても、クレアの周りにはまだ侍女と乳母がいる。
 いかにカルバンとて、そう簡単におかしな真似はできないはずだ。
 悩みに悩んだ末、イグニスは町へ出るために、主人へと外出許可を求めた。

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